Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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47:裏側に潜むもの

 昨夜、アーチャーがランサーに携帯電話を渡したのは、霊体化させないためだった。キャスターに、彼との会食と対決を匂わせたのも煽動だ。彼女の探査能力で追跡し、マスターか潜伏先が割れればいいなあという程度には、アーチャーも他力本願だった。

 

 しかし、アーチャーは、生活のかかった女性の底力を過小評価していた。ゲリラ戦の名手で、必殺の槍を持つ神出鬼没のランサーは、彼女にとって二番目に怖ろしい相手だ。捕捉する機会を虎視眈々と狙っていたのは、キャスターも同じだったのである。昏倒事件で、被害者を細かく選べるほどの彼女は、ランサーの居場所も探していたのだ。

 

 今までは掴みきれなかったが、アーチャーとの対決が決定打だった。公園の戦いにこっそり干渉し、ランサーの力を削いでおき、逃走経路で罠を起動した。戦闘で消耗し、実体のままで逃走するランサーは棚から転げ落ちた牡丹餅だ。

 

 外人墓地を突っ切ろうとして、骸骨に十重二十重に取り巻かれたところを、短剣で一撃。

 

「いやなぁ、クラスによるうまい戦い方の話を聞いた後で、

 キャスターが刃物でブッ刺してくるとは思わねぇだろ?」

 

 遠坂邸の呼び鈴を連打して、凛を叩き起こしたランサーは蒼い髪をかいてそう言ったものだ。

 

「あれほど小官を手こずらせておきながら、女の細腕でやられるとは。

 情けないにもほどがある」

 

 灰褐色の視線を漂白した美丈夫が腕を組む。ランサーが犬歯を剥き出して反論した。

 

「てめえも真夜中の墓場で、骸骨の集団に取り巻かれてみろよ!

 挙句に黒いフード被った女が、短剣握り締めて突っ込んでくるんだぜ!

 普通は慌てるだろうが!」

 

 ……絵に描いたようなホラーだ。いや、幽霊同士の戦争に今さら言うのもナンセンスか。怖がらずに、慌てながらも立ち向かうとは、さすがは歴戦の英雄。

 

 しかし、こうしてここにいるこということは……。凛はうんざりしながら思考を巡らした。

 

「骸骨どもは蹴散らして、そいつも槍で突いたんだがなぁ……」

 

「でも幻影だったんでしょ」

 

 質問ではない確認に、ランサーは鼻に皺を寄せると後頭部を掻いた。

 

「おう。俺としたことが、背中から刺されるなんてよ……」

 

 アーチャーの部下も反論はしなかった。これについては人様をどうこう言えない。倒したと思った敵に、背後からトマホークを投擲されたのが死因だったからだ。もっとも、サーヴァントは少々刺されたぐらいで命を絶たれたりはしない。キャスターの短剣が絶ったのはもっと深刻なもの。ランサーとマスターとの契約だった。

 

「あれがキャスターの宝具だったんだな。

 今の俺は、魔女のサーヴァントってわけよ。 

 で、嬢ちゃんの護衛を令呪で命令された」

 

「気前のよすぎる申し出だ。疑ってかかるべきですな、閣下のマスター」

 

「要するによ、あの魔女は勝つんじゃなくて、生き残りを考えたんだろうさ」

 

 今後のことを考えるなら、今まで搾取した魔力を保たせなくてはならない。これ以上搾取して、事件を起こすのは禁物だ。戦いによらぬ利をもたらせる、管理者遠坂の機嫌を損ねるべきではないからだ。

 

 となると、対魔力に優れるが、戦いに魔力放出を用いるセイバーよりも、白兵戦技能に優れ、燃費の良い自分のほうが手駒として望ましかったのだろう。ランサーはそう踏んでいた。

 

 もしも、アーチャーがこの言を聞いていたら、頷きながらも補足しただろう。キャスターにとって、最も怖ろしい相手へのカウンターとして欲したのだと。『彼』が彼女の敵に回った場合、霊体化できないセイバーでは、彼女の夢の源泉を守れないからだ。

 

「俺がこうなったのは、管理者に恩を売るためだ。

 あの野郎が夕食に招いた結果なんだから、

 アーチャーのマスターとして責任をとってもらいてぇな」

 

 凛はすっくと立ち上がり、部屋へと戻った。再び居間に姿を現した時は、身支度を済ませ、手には片付けていなかった先日のお泊りセット。

 

「お、どうしたんだよ」

 

「……嫌よ。絶対に嫌! こんな男どもと合宿なんて無理っ!」

 

 ――かくて、遠坂凛は自宅を出奔したのであった。

 

「小官としては、こちらのサーヴァントと共闘のうえ、

 この男を聖杯に突っ込むのが最善と愚考いたしますね」

 

 見えざる剣を構え、ランサーと対峙するセイバー。ランサーの背後には戦斧を握る白い騎士が現れる。

 

「うん、わたしもそのほうがいいと思う」

 

 頷くイリヤの背後には、膝立ちした鉛色の巨人がうっそりと顕現した。

 

「ちょっと待ったぁ!」

 

 叫んだのは二人の男。渦中の槍兵と家主の士郎だ。

 

「朝っぱらからやめてくれよ! ランサーはともかくとして家まで壊れちゃうだろ!」

 

「……おい」

 

 ともかく呼ばわりのランサーは頬を引き攣らせたが、聖杯戦争のルール違反であることは違いない。

 

「それに、ランサーはライダー討伐に協力してもらうつもりだったじゃないか!

 善は急げだ。イリヤ、間桐の家に行こう」

 

 白銀が首を傾げた。

 

「え、今から?」

 

 赤毛が力強く頷く。

 

「そう、今からだ。セイバーも着替えてくれ。

 ランサーも、俺と一緒に来てくれないか」

 

「お、おう。俺はいいぜ」

 

 ここから逃げられるんなら、何でも口実にしてやる。必死の思いを眉宇に滲ませた少年は、蒼い髪の青年を頷かせた。

 

「うし! 行くぞ!」

 

 風の速さで支度を済ませ、士郎は一行を引き連れて駆け出した。遠坂凛を置き去りにして。

 

「あ、あいつ、弟子の分際で逃げやがったわね……!」

 

 シェーンコップは肩を震わせている少女に何も言わず、霊体に戻った。百戦錬磨の色事師は、女性と修羅場になる局面を作らないのだ。

 

「遠坂様、事情はわかりかねますが、ひとまずお上がりになってください」

 

「……もうゴハン食べた?」

 

 二人のメイドが掛けた声の最初に頷き、次に首を振る。

 

「では、ありあわせで申し訳ありませんが、

 よろしければお召し上がりになってください」

 

 そして、凛もアインツベルンの素晴らしい朝食を供されることになったのだった。食後が珈琲だったのは、凛にとって画竜点睛を欠いたのだが。

 

「もう、こんなドサクサで間桐をどうこうできるはずないじゃないの……」

 

 朝っぱらから疲れた凛は、座卓に突っ伏した。

 

「早く起きてよ、アーチャー」

 

***

 

 結果的にいうなら、ドサクサでどうにかなってしまったのである。半時間後、凛は顔を覆った。

 

「もぉ、いやぁ……。嘘でしょう」

 

「ちゃんと姿隠しはしてもらったぜ。一般人に見られちゃいねえよ」

 

 ランサーの小脇に抱えられた慎二と、桜を姫抱きにしたライダーを加えた一行が戻ってきたのだ。

 

「これはなぁ、嬢ちゃんの攻撃が効き過ぎたんだとさ。

 そいつに下手を打ったらしいぜ」

 

「……ハイ。私のせいで、サクラが……。

 お願いです。サクラを、サクラを助けてください!」

 

 実体化したものの、色も魔力も薄れたライダーが、貝紫が地に触れるほどに腰を折る。

 

「当たり前よ。わたしは桜の姉なんだから」

 

 青褪めて、目を開ける様子もない桜に、凛は眉を顰めた。

 

「これは……魔力切れみたいね」

 

 かなり消耗している。このままでは早晩、衰弱死するだろう。しかし管理者として、言うべきことが別にある。凛は、美しい騎乗兵を鋭く見据えた。

 

「でも、桜を回復させたはいいけど、

 ライダー、あなたに悪事を働かれたんじゃ元も子もないわ。

 先に、結界の解除をしてもらいましょうか」

 

 琥珀色が驚愕に見開かれた。 

 

「そんな、遠坂! 早く桜を助けてくれよ!」

 

「いいえ、シロウ。それはリンが正しい」

 

「セ、セイバー!?」

 

 思いがけないことに、凛の賛同者は士郎の従者だった。 

 

「管理者とは、この地を管理するということなのでしょう。

 悪を為した者を、身内だからといって、情に流されてはいけない」

 

「だって!」

 

「士郎とセイバー、論争は後にして。

 ねえライダー。あなたががさっさとやれば、桜は早く治るの」

 

「わかりました」

 

 踵を返し、霊体化するライダーを見ていたランサーにも、凛の指令が飛ぶ。

 

「あと、ランサーも同行してちょうだい。解除の反対をやられたら困るから」

 

「人使いが荒いじゃねえか……」  

 

 軽口を叩こうとしたランサーに、心話が突き刺さった。現在のマスター、キャスターの命だ。さっさと行かないと、惨く殺すと息巻いている。周囲を見回すと、バーサーカーの隣で可愛らしい仁王立ちをするイリヤが。

 

「しょうがねえな。じゃ、俺も行ってくるわ。こいつで連絡するからよ」

 

 ランサーはジーンズのポケットから携帯を取り出した。ひょいと投げ上げて霊体化し、ふたたびキャッチした時には、群青の武装を纏っていた。軽々と軒先に飛び上がると、あっというまに屋根を足場に学校へ向かっていく。士郎は、彼に向けていた視線を、呆然と上空に向けた。

 

「ランサーって……現代に馴染みすぎじゃないか?」

 

 その約十五分後、凛の携帯が鳴って、一同はその念を新たにしたのだが。凛は、虎の子の十年物のエメラルドで、ライダーとの約束を果たした。とはいえ、意識が戻るまでの回復ではない。あくまでも、これは点滴のようなもの。病気と同じで、桜の回復は本人の体力に任せるしかない。

 

 意識が回復したのは、桜の兄のほうだった。

 

「あ、大丈夫か、慎二?」

 

 覗きこんでくる琥珀の瞳。慎二は呆然とし、あたりを見回した。

 

「は、え、衛宮!? あ、な、何が……」

 

「それは俺が聞きたいぞ。どうしたのさ。

 いや、どうして、慎二たちが聖杯戦争に参加したのさ」

 

「衛宮も聖杯戦争に参加しているくせに、愚問だね。

 遠坂の弟子なら知っているだろう。ぼくは間桐の魔術師だ」

 

「俺は、たちって言ったぞ。

 慎二が間桐の魔術師なら、桜はなんなんだ。

 なあ、ライダーは、本当は桜のサーヴァントなんだろ?」

 

 士郎と慎二のやりとりを、凛は襖を隔てて聞いていた。士郎と桜の交流は、慎二との友人関係が先にあった。ならば、ここは士郎に任せよう。そう判断したのだ。

 

 士郎の問いに返されたのは、舌打ちだった。

 

「ああ、そうさ。まったく、あのグズにふさわしいはずれサーヴァントだよ。

 桜なんかに、間桐の跡取りが務まるもんか。

 だから出てけっていってやったのに!」

 

 やっぱり、わたしが出ようかしら。ぶっ血殴ってやるべきよね。左袖をまくり始めた凛に、穏やかな心話が届いた。

 

『……ちょっと待ちなさい。毒舌や憎まれ口を叩くのが、愛情表現という人もいるんだ』

 

『あ、アーチャー? 大丈夫なの!』

 

『いいや、あんまり。だが、ここは士郎君に任せてごらん』

 

 凛は、浮かせた腰を落とした。凛がやろうとしたことを、士郎が始めてくれたからだ。赤毛の少年は、猛然と反論を開始したのだ。

 

「慎二には悪いけど、おまえには魔術回路がないって聞いたぞ。

 どうやって、魔術師になる気なんだよ」

 

「そんなもの、聖杯戦争に勝って願えばいいのさ。

 そのためのサーヴァントじゃないか。

 あいつは、お爺様に命令されて呼んだくせに、戦いたくないって言うんだぜ」

 

 凛は唇を噛んだ。アーチャーの推測は当たっていたのだ。

 

「だから、僕が引き受けてやったんだ」

 

「それで人を襲ったり、結界を張ったりしてたのかよ!」

 

「サーヴァントを呼んで、戦争する気なら当然じゃないか。

 魔術師としての知識や、心のあり方のほうがずっと大事なんだよ。

 まるっきりなっちゃいないね。嫌なら呼ばなきゃいいのさ。

 僕が出てけって時に出て行かないからこうなるんだ」

 

「なんだとぉ!」

 

 士郎の大声に、桜の瞼がピクリと揺れた。力なく睫毛が震える。凛は息を呑んだが、結局それ以上の動きにはならなかった。

 

『言葉の裏側に、心が隠れているものだよ。よく聞いて、彼の心を読み取るんだ』

 

「あいつ、馬鹿なんだよ。魔術回路があるだけで、僕を見下してやがる。

 なんだよ、言うに事欠いて、ごめんなさいって。

 僕が跡取りになれない、自分が選ばれたってさ」

 

「そ、それは……」

 

 とりなそうとする士郎に、慎二は青みがかった瞳を眇めた。

 

「本当に馬鹿だ。魔術師として選ばれることで、蟲にたかられてるのにさ。

 そいつを自慢して、僕を哀れんでやがる。どこまでも大馬鹿なんだよ!」

 

「な、な、なんだって!?」

 

 凛は手のひらに爪を食い込ませた。これが昨日、凛を不機嫌にさせた原因だった。アーチャーと調べた先祖の名前から目星をつけた文書に、こんな一文が載っていたのだ。

 

――マキリ・ゾォルケンなる魔術師、其は虫怪のたぐひなり。限りなく穢らわし。努々(ゆめゆめ)、血を交わらせること(なか)れ。――

  

 遠坂と間桐は不干渉。これは、遠坂側の訓戒であったのか。

 

「あんな甘ちゃん、間桐には不要さ。さっさと逃げ帰ればいい。桜は……」

 

「本当は遠坂の妹、そうなんだろ」

 

「はっ、恐れ入ったね、衛宮。いつの間に桜の姉貴まで誑しこんだんだよ」

 

「士郎君と凛の名誉のために言わせてもらうが、それを教えたのは私だよ」

 

 第三の声が割って入った。襖の前にモノクロのサーヴァントが実体化する。

 

「お、おまえは!」

 

「あ、アーチャー! 大丈夫、じゃ、ないよな……」

 

 少年たちが見たのは、ライダーよりも薄れた姿の青年だった。 

 

「やっぱり、おまえのせいか……!」

 

 睨まれたアーチャーは、小さく肩を竦め、まったく悪びれることなく反論した。

 

「遠坂家の戸籍を取れば、簡単にわかることだ。

 当時を知る大人もいるだろう。

 桜君が遠坂家の娘だったことは、君たちが思っているほど秘密ではない」

 

 少年たちは二の句が継げなかった。

 

「もし、彼女たちの母が存命であったなら、様々な手が打てただろう。

 不幸なことにそれも叶わなくなってしまったが、

 桜君が声を上げられないならば、兄の君が声を上げればいい」

 

 その声は、不変の定理を述べるように、淡々と部屋に流れた。

 

「教育とは、人の心をいかようにも色付けできる、そんな力がある。

 それが非人道的な虐待であってもだ。

 当人にとって当然になってしまうんだ。悪いのは教える側だ。

 君の怒りは、そちらにぶつけるべきだった。

 他者に向けたのが、君の誤りであり、罪である。私はそう思うね」

 

 何もかも見通すような瞳が、慎二に向けられる。

 

「君は聖杯を手に入れて、魔術師になるのが望みだと言う。

 君の言葉によるなら、蟲にたかられる羽目になるのに、それでもかい?」

 

 士郎ははっとして、友人と青年を交互に見た。

 

「間桐の跡取りは、僕だからだ」

 

 アーチャーの瞳が、ふと緩んだ。

 

「ツンデレ、か。イリヤ君が言ったのは、けだし名言だった。

 君は素直ではないが、妹思いの兄のようだね」

 

「な、な、何を言い出すんだよ!」

 

「君が発していたのは、凛へのSOS。違うかな? やり方には賛成できないが」

 

 半ば透けた黒い瞳には、すべてを見通すような光があった。

 

「学校で騒ぎを起こせば、管理者の凛が黙っていない。

 凛にライダーを始末させるもよし、手を組めそうなら、

 桜君を家に帰すきっかけにするもよし。

 もしも勝ったら、君が魔術師となれる。やはり、桜君はいらなくなる」

 

「桜がいらなくなるって……」

 

「家に帰れるってことだよ」

 

 慎二は一瞬呆けた顔になり、次に哄笑した。

 

「は、はははっ! こいつは傑作だ! 僕がそんなお人よしだって!?」

 

「君の本当の敵は、聖杯戦争のマスターやサーヴァントじゃない。

 敵の敵は味方になれるものだ。君の敵は、凛や士郎君にとっても敵だろう。

 ――マキリ・ゾォルケンなる魔術師、そは虫怪のたぐいなり」

 

 慎二は歪んだ笑みを浮かべた。それは、泣き笑いに近いものだった。

 

「……そいつも、おまえが調べたのか? 

 そうさ、僕が欲しいのは、うちのジジイの墓だ!

 もうちょっと、もうちょっとなんだ。これ以上、邪魔するな!」

 

「邪魔なんてしないよ。事と次第によっては協力できるかもしれない」 

 

 少年たちは、静かな笑みを浮かべるアーチャーを凝視した。

 

「なにがあったのか、話してくれるね」

 

 慎二は思わず頷いていた。


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