それから凛たちは士郎の一行に合流し、衛宮切嗣の墓にも手を合わせた。本堂に向かい、大河に若住職の零観を引き合わせてもらい、納骨記録である過去帳を書き写す。
そちらを凛がやっているうちに、アーチャーは零観から、柳洞寺の縁起を何くれとなく聞き出した。円蔵山という地名や寺の名前。そして怪談。夏ならばまだしも、冬だとうそ寒いだけだった。
「珍しい地名ですね。
お寺の名前みたいなのに、ここは柳洞寺という名がちゃんとある。
でも、柳という名なのに、境内にも参道にも柳は生えていませんよね?」
柳を姓に含む者から、思わぬ指摘を受けた零観は目を瞬いた。
「そういえばそうだな。まあ、あれは川べりの木だ。
なにより、寺に柳じゃあ、幽霊に出てくれと言わんばかりだろう。
坊主は死人を供養して、成仏させるのが仕事だ。
植えるのはまずかろうなあ」
「ああ、そうですよね。昔はあったのかも知れませんが」
「君はずいぶんと面白いことを考えるな」
「歴史学科なので、興味がありまして。僕の名字と同じ寺ですし」
そう言うと、物柔らかに微笑む。凛は内心で唖然としたが、考えてみれば、アーチャーの父は、何億円もする壷を買ったやり手社長だった。これは演技ではなくて、お坊ちゃんだった彼の一面なのだろう。
「なるほどなあ」
「で、洞は洞窟の洞ですが、この山のどこかに洞窟があるんですか?」
零観は懐手をして顎をさすった。
「ああ、そういえば怪談の舞台だったな。いや、俺は知らんなあ」
漆黒の瞳が瞬くと、アーチャーは小首を傾げた。
「怪談は、江戸時代の頃ですよね。
落盤とかあっても、おかしくはないかな。
このあたりは、戦時中の南海大地震でかなり揺れたでしょうし」
「……そういうのも歴史学なのかい?」
「僕の父方の祖父の実家は東京なんです。
祖父にも実際の経験はないけれど、関東大震災のことは随分聞かされました。
歴史学と、気候や天災は関わりが深いんです。
僕も卒論のテーマにしようかと思っています」
「そういうものか。
また親父にも聞いておくが、あんまり揺れなかったんじゃないか?」
地震そのものを知らないようなのに、意外な発言であった。再び小首を傾げる黒髪の青年に、若き僧侶は過去帳を手に取る。
「大きな地震があると、墓石が倒れて割れたりするものなんだが、
ここの墓石は、古い物が綺麗に残ってる。
それこそ、遠坂さんの家の墓がそうなんだ」
現代技術による滑らかな表面を持たない、人の手によって磨かれた墓石だ。微かな鑿の跡に苔がむして、写真では字が鮮明に撮れそうになかった。
「ああいう立派な墓ほど、石が重くて倒れやすい。
倒れると無傷じゃ済まなくて、割れたり欠けたりするものなんだ。
直したなら、こいつに書いとくんだが」
二人の青年に視線を向けられた凛は、首を左右に振った。
「ええ、そういうことは書いてありませんでした」
「ま、戦時中のことなら、手落ちはあるかもしれんよな。
一成、こいつは弟だが、遠坂のお嬢さんと同級生なんだ。
何かわかったら、伝えさせるようにしよう」
アーチャーは嬉しそうに一礼した。
「ありがとうございます」
それをしおに、二人は寺を辞した。寺の出口でイリヤが待っていた。
「あら、士郎と帰ったんじゃなかったの?」
「先に行っててもらったの。ねえ、リン、これ見て」
イリヤが差し出したのは、そっけないデザインのプリペイド携帯だった。画像が添付されたメールが一通。本文は『門番のアサシン?』の一言。半ば透き通っているが、顔かたちに浅黒い肌と灰銀の髪や瞳の色、着衣の真紅が見て取れる。いっそ見事なほどの心霊写真だ。
「な、なにこれ!?」
「リズが送ってきたの。この赤いヒト、門のところにいるみたい。
リズはセイバーと一緒にさっきのお店に行ったわ。
セラはバーサーカーが守ってる。でも」
「なるほど、これのために待っていてくれたのか。
ありがとう、イリヤ君。でも私じゃ護衛にはならないと思うけどなあ……」
イリヤは、青年の手を引っ張った。
「大丈夫よ、バーサーカーがすぐ来てくれるから。
でも、今日はとてもすてきね、アーチャー。
あの黒い服より似合うわ」
「それはね、服がいいからだよ、きっと。
凛のお父さんはお洒落な人だったんだろうね」
またしても、思わぬ角度からの一撃だった。口許を押さえる凛にアーチャーは頭をかきかけ、手を止めた。
「ごめん、私はどうもデリカシーがなくていけないな。
さて、夕方までまだ時間がある。教会のお墓にもお参りしようか」
凛は無言のまま頷いた。このサーヴァントは、凛にも喪のプロセスを辿らせようとしているのだ。還らぬ人を想うことで、生の尊さを、戦いの虚しさを目の当たりにさせる
『争いは何も生み出さない』というのは、彼にとっては建前ではなく、本音そのもの。
「……そうする。その後、夕方までどうするの?」
「待ち合わせは学校だから、士郎君たちとはそこで合流しよう。
イリヤ君も、士郎君について行くといいよ」
つぶらなルビーの瞳が大きさをました。
「え、シロウのブカツを?」
「私は凛と一緒に学校に行っているだろう。
霊体化してうろついていると、生徒の情報が色々と聞けるんだよ」
これもまた、セイバーやバーサーカーにはないアーチャーの優位性だった。普通高校とはかなり毛色が異なるが、ヤンは同年代に学校生活を送っている。当時は無関心だったが、どういうところで噂が立つのかはよく知っていた。
「イリヤ君とセイバーの出現で、士郎君は一躍時の人だ。
君との縁で、学校一の美少女である我がマスターとも仲良くなってるからね。
僻む男もいないではないが、彼はなかなか人気があるんだよ」
もげろ、爆発しろというよりも、同情の声のほうが大きかった。士郎のファザコンぶりは有名で、なのに隠し子がいたなんてというわけだ。
それがまた、幼い美少女の大富豪で、メイドを見張りにつけるほど怒っている。遠坂凛は、両方と少々の接点があったがために、貧乏くじを引かされた第三者。
男たちの怨嗟の声は、士郎の人徳もあって、もっぱら故人に向けられていた。衛宮切嗣には申し訳ないことだったが、死人の心は傷つかない。
「過ぎるくらいに正直で、親切な働き者だし、弓道の腕前は素晴らしいそうだ。
見学するといいんじゃないかな?」
「キュウドウ? なあに、それ」
「日本の武道なんだって。私も知識倒れだから、実際に見たほうがいいよ」
「おもしろそうね。でも、アーチャー、それだけじゃないんでしょ?」
長い銀の睫毛から、真紅の瞳が漆黒を透かし見る。外見を裏切るが、実の年齢にはふさわしい、魅惑的な眼差しだった。アーチャーは両手を挙げて敗北を宣言した。
「君には降参するよ。
昨日、呪刻をいくつか消去して、弓道場に起点がある可能性が高いとわかった。
もしもの時でも、イリヤ君たちならなんとかできるだろう?」
「……シロウじゃどうにもできないってことね?」
少年の師匠は渋い顔になった。
「それができるなら、セイバーが魔力不足にはならないでしょ」
「……あ、そうだった。ごめんね、リン」
だが、たとえ一人前でも、ギリシャ神話で最も有名な女妖の術を解けるはずはない。
「イリヤも見てみなさいよ。簡単に解けるような魔術じゃないの。
言ってみれば、ドアの前に石を置いて、開かないようにしてるだけ」
なかなか巧みな比喩だった。ヤンはにっこり笑って補足する。
「凛や君なら、大きな石を置けるだろう。だが、士郎君にはまだ無理ってわけだよ」
翡翠とルビーが見つめあい、多難な前途に吐息をついた。サーヴァントを排除するのではなく、利益供与によって協力してもらう。現界できるのは、どのみち二週間。その間に、サーヴァントに停戦を呼びかけて饗応し、偉大な先人に知識を借りるべきだというのが、アーチャーの主張だった。
専門家であるキャスターは言うに及ばず、原初のルーンの使い手のクー・フーリン、
高度で複雑な結界術を施せるメドゥーサ。後ろの二人は、討ち取るチャンスがあったサーヴァントだが、だからこそ恩も売れるというのだ。本当に、大人って汚い……。
「それにね、慎二君と桜君も弓道部だ。
御三家の残る一つに、イリヤ君がアインツベルンのマスターとして接するのは、
礼に適っていないかな?」
イリヤにも益を与えつつ、間桐主従を抑えにかかるアーチャーだった。白銀の頭が傾げられる。
「戦争なのに?」
「元の形を忘れちゃいけないよ。
こいつは、三家共同実施の大魔術だったんだろう。
道に迷ったなら、原点に立ち返ることが鍵ではないかと思うのさ」
アーチャーはそういって、不器用にウインクをしてみせた。
「私たちは、お寺で得た資料を元に、遠坂家の文書をあたってみようと思う。
キャスターも一応停戦に乗ってくれたよ」
「本当!? すごいわ、アーチャー。どんな魔法をつかったの?」
目を輝かせるイリヤに、ほろ苦い微笑が向けられた。
「それはまた後にしよう。みんな、イリヤ君を待っているからね」
三人で参道を下る。途中の山門をヤンは観察した。画像に写りこんだ背景を見るに、七人目のサーヴァントが立っているのはこの辺りだ。彼と自分の目の高さを概算で比較する。
彼はずいぶん背が高い。ヤンより十センチは上背があるだろう。褐色の肌に、銀髪と鉄灰色の目は珍しい取りあわせだが、顔立ち自体はアジア系とおぼしい。胸元まで写っている風変わりな服装は、仏像の四天王や十二神将を思わせる。
アサシンとなる英雄は、山の翁ハサン・サッバーハだという。だが、顔の彫りは深く端正だが、骨格からしてアラブ系ではなさそうだ。よしんばアジア系の混血としても、ムスリムの男性が髭を生やさないのはおかしい。そこまで考えて、ヤンは遠い目になった。
「でも、今さらだよなあ……」
魔術の存在により、この世界の歴史はヤンの常識と異なっているかもしれない。 ハサン・サッバーハは、イスラム教の一派の教主だ。信徒に
そんなことを考えながらも、ヤンは二人の少女のおしゃべりに相槌を打ちながら、素知らぬ顔で参道を下っていった。七人目が確定。だが、マスターは不明。彼がアサシンだとしたら、姿を晒す意味はないはずなのに。
「……あ、そうか。そういうことか。
もう何でもありというか、やった者勝ちというか、あー……こりゃ大変だ」
聖杯戦争の時期が巡れば、魔術師はサーヴァントを召喚できる。たとえ、へっぽこの見習いでも。
マスターはマスターを感知する。令呪の疼きで。マスターの魔力の大小に左右されるが。
では、英霊となった大魔術師が幻影で現れたのは……。
ヤンは溜息をついた。イリヤが褒めてくれた服装だが、ベレーもないから髪をかきまわせない。
「どうしたの、アーチャー?
ためいきをつくと、しあわせが逃げちゃうってテレビで言ってたわ」
「うーん、アインツベルンの君に言われると、矛盾を感じるなあ……。
このお寺の方の話によると、満足して生涯を閉じたなら、成仏するんだって。
そりゃ、神霊ってことだよね。サーヴァントとして呼べなくはないかい?」
アーチャーのぼやきに、霊体化していたアサシンが膝をついてしまったことは誰も知らない。
***
遠坂凛とアーチャーは、食事を終えて教会に墓参に向かった。一方衛宮士郎は、弓道部の面々の注視を集めていた。拳を握り、唾を飲み込んで口を開く。
「その、みんなもひょっとして知ってるかもしれないんだけど、この子はイリヤ」
「はじめまして。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです」
士郎の紹介に、にっこりと笑みを浮かべたイリヤが、可愛らしい淑女の礼をした。部員から、感嘆とどよめきが起こる。
「で、こっちが、イリヤのメイドのセイバーさん」
セイバーのほうは、毅然とした表情を崩さず、言葉少なに一礼した。
「はじめまして。よろしくお願いします」
士郎は、中空に視線を彷徨わせ、ややあって口を開いた。
「う、その、とっても言いにくいんだけど、この子……俺の親父の、実の娘なんだ……」
部員の多くは表情の選択に困った。部長の美綴綾子が、代表して士郎に囁く。
「ちょっと、衛宮、大変なのはわかるけど、何もここで言わなくても……」
「ゴ、ゴメン! でも、実は遺言状を探さなきゃいけないことになったんだ」
琥珀の目が、弓道部の備品庫の扉に注がれた。
「ここにあるかもしれないって、そういうことなんだ……」
「えっ……!?」
弓道部の顧問が、気まずそうな半笑いになった。
「ご、ごめんね、わたしからもお願い。
し……衛宮くんが隠してなくても、衛宮くんちにあった木箱とか、沢山貰ったの。
土蔵にあった、使ってなかったのを。
……まさか、まさか、切嗣さんに娘がいるなんて、知らなかったのよぅ……」
ほとんどの武具や防具は個人のものだ。だが、それを保管しておく木箱や行李は、衛宮邸で余っていたものだ。顧問になった大河に、乞われるがままに譲っていたのだった。
「底に布とか、紙とか敷いてるのあるでしょ?
ひょっとして、もしかして、その間に……」
表情の残り半分は泣きべそだ。琥珀とルビーが、複雑な色で大河を見やる。
「だから、ほんとに悪いけど、ここを家捜しさせてほしいんだ。
きっとあちこちひっくり返すことになると思う。
たださ、もうちょっとで新年度だろ。ついでに整理したらどうかと思うんだ」
部員から否定的な声があがる。士郎は唾を呑み込み、拳を握り締めると、過去最長レベルの演説を行った。
「だって新入生のために、弓の調整とかやっておかないといけないだろ。
今の一年生も、来年度すぐに試合だろ。
みんな出来るようになったほうがいいと思う。
俺でよかったら、やり方を説明するから」
士郎を除いた部員の視線が交錯する。今日は間桐兄妹は欠席だった。両方とも体調不良だそうだ。すなわち、一番嫌味を言う副部長が不在ということである。綾子は断を下した。昨日遠坂凛に、弓道部の体制をたしなめられていたのだった。
「確かに、衛宮の言うとおりよ。
先週の終りにぐちゃぐちゃだったのが、一昨日から綺麗になってる。
水曜日の当番は、今日休んでる間桐兄と一年女子だったわね」
視線を向けられた女生徒らが、気まり悪げに下を向く。
「ずいぶん、上手に直したのね。
間桐兄は、そっちの指導はさっぱりなのに偉いわ。
間桐妹のおかげ? でも、弓張りまでやるの、みんなの腕力じゃ大変だったでしょ」
一年生の女子達はますます俯いたが、残る部員も同じ姿勢になった。綾子の茶色の瞳が厳しくなった。
「あら、ほめたのに、ずいぶん謙遜するわね。
……本当は、ブラウニーがやってくれたんじゃないの?」
弾かれたように頭を上げる面々に、士郎は慌てた。
「お、おい美綴!」
「私にも教えてくれる人はいるってこと。
ねえ、みんな。新年度には後輩が入ってくる。私たちも進級する。
今の二年は、夏休み明けには引退。妖精さんもいなくなる。
で、今のままでいいの? 道具整備が全部できる人、手を挙げて」
手を挙げたのは、士郎と綾子、二年生がもう二人。残りは床を見詰めたままだ。
「じゃあ、手を挙げなかった人はどうする気?
いつ習うの? これがチャンスでしょ。
では、もう一回聞くけど、衛宮の提案に賛成の人、手を挙げて」
林立する手に、綾子は表情を緩めた。
「挙手多数により、衛宮の提案は可決しました」
その言葉に、夕日色の頭が下げられる。
「みんな、ありがとな。無理言ってごめん」
「次に、私からの提案。部活は全員で掃除して始めるようにする。
最後に当番の掃除っていうのが、よくないと思うんだ。
あの事件が解決するまで、遅くまでの部活はできないからね」
次の採決も、挙手多数により可決。その鮮やかさに、士郎もイリヤも唖然となった。これも、凛の従者が仕込んでいた魔術の種の萌芽である。
霊体化して凛にくっついているアーチャーは、セイバーやバーサーカーが及ばないほど学校生活に接していた。千六百年前の授業を楽しみ、生徒や先生の人間関係を観察し、こっそり図書室に忍び込み、郷土史研究部の会誌に目を通す。
彼が着目したのは、弓道部のキーパーソンとなれる部長の美綴綾子。凛の友人で、アーチャーを彼氏かと茶化したボブヘアの美人だった。好奇心旺盛な彼女は、機械音痴の凛が購入した携帯を目ざとく見つけ、再び『親戚』との関係を冷やかし混じりに問いかけてきた。
ヤンは、凛に事実を答えさせた。アインツベルン家とのいざこざのせいだと。一欠片の嘘も吐いていない。士郎とその義理の妹の件と思うのは、他者の自由である。
続いて、あの夜に、士郎が遅く帰宅した理由を告げさせた。これは、凛にとっても腹立たしいことであったから、すらすら言えた。後半については、イリヤの事情を少々アレンジしてみた。
「あのね、綾子には教えとくわ。
昨日わたしが休んだの、元はと言えば弓道部のせいよ。
間桐くんのやり口を、女子が持て囃しているみたいじゃない。
注意した衛宮くんに、掃除や弓の手入れを押し付けて、みんな帰っちゃうなんて。
事件のせいで、部活も五時半までのはずだったわよね。
そのつもりでイリヤは待ってたのに、三時間以上も待たされたわ。
顧問も部長も何やってるの!」
まさに寝耳に水。まったくの初耳だった。凛が休んだ前日は、二月二日。体育会系部の月例全体会合で、部長の綾子は顧問の大河と共に出席していた。その留守に、そんなことが起こり、なのに誰も言わないなんて。同級生も下級生もだ。
顔色を変えた綾子に、凛はやや口調を緩めた。
「イリヤも余計に怒っちゃって、本当に大変だったんだから。
済んだからことだから、もういいけれどね。
でも、衛宮くんの居残りは、れっきとしたいじめでしょう。
綾子も部長だったら、ちゃんと手を打っておきなさいよ。
場合によっては、生徒会長の耳にも入れるわよ」
根回しは、本人が行うよりも、第三者の方が効果が高い場合がある。凛は綾子と友人だが、士郎とは表面的には顔見知り程度だ。士郎がいじめだと訴えるより、より公平を印象付けることができ、信憑性も高い。慎二を恐れて口を噤む者も、凛や生徒会長が味方になるなら証言するだろう。
――そして美綴君は、信望が高く統率力のあるリーダーだ。部員をまとめ、士郎君の孤立を防ぐ方法を選択すると思われる。でないと、部活動の資金を直撃するからね。生徒が修繕して回るぐらい、緊縮予算なんだろう?――
艦隊司令官となってからは、信頼できる優秀な幕僚に任せていたが、その幕僚を揃えるために、ヤンもなけなしの人事術を駆使したものだ。だが、恩師の統合作戦本部長、先輩の後方主任参謀の後押しの方が絶大だった。
ヤンは、凛に頼れる上役を張らせたのである。これは普段の行いがものをいう。ミス・パーフェクトの凛だから、可能だし有効なのだが、無駄飯食いの穀潰しでは、やっても聞いてはもらえない。わかっちゃいるが、日頃の行いを改めるには、ヤンは怠け者過ぎたのだ。
これは昨晩、士郎に弓道部の人間関係調整を勧める前に播いておいた種だ。凛の言葉は、綾子を動かし、部長の言葉は顧問を動かす。