窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、
その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”。
逆転の可能性がゼロではないなら、
その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
20:軍略A+
製作者が手抜きと言った食事は、たいそう美味であった。遠坂主従は賛辞を惜しまずに、だが食べる量はそう多くなかった。アインツベルンは主とそのメイドが席につき、見慣れない料理に首を捻った。
「これ、フリカッセと違うのね。とってもおいしいけれど」
「フリカッセって何さ」
「いわゆるシチューだよ」
黒髪の通訳に夕日色の頭が、勢いよく方向を変える。
「アーチャー、よく知ってるなあ」
「私の敵国は、ドイツに近い文化の国だったからね。
国民はみんな、その国の言葉を習うんだ。だからわかるんだよ」
「うわ、そういうことかあ。
法律に詳しいって、それもそうなのか?」
「まあね。私は文民統制国家の軍人だから、当然法律に従わなきゃいけない。
昇進する度に、必ず講習でしつこく言われる」
「講習ねえ。それ聞くと、やっぱり公務員よね。
でもそういうので、そんなに詳しくなるものなの?」
凛の言葉に、アーチャーは眉を顰めた。
「私は軍事基地の司令官を務めたんだ。
この職は法的届出の最高決裁者になり、軍法会議で裁判長をやることになる。
事務の責任者が、そういうことに厳しい人で、勉強もさせられた。
彼のテストにパスしなきゃ、有給は認めんとさ」
一同から感嘆の声が上がった。金髪を上下動させながらカレーを食べる一名を除いて。
「軍人って戦ってばっかりじゃないのか」
「一日の戦闘のためには、それに百倍する訓練が必要なんだ。
そのための食糧や人件費に兵器、訓練の計画に実践。
こういったことを充分やる、それが戦略で、戦争で一番重要な点だ」
「それ、腹が減っては戦ができぬ、ってヤツか?」
「まさに至言だね。我が国の滅亡の原因の一つがそれだ」
セイバーがカレーから顔を上げ、アーチャーに鋭い視線を向けた。
「他には何があったのです」
「多勢に無勢さ」
今まで戦いと縁のなかった現代人たちに、アーチャーは戦略の基本を説明する。
「一番の必勝の策は、敵より多くの味方を揃えることだ。
さっきのランサーとの戦闘みたいにね。
これができれば勝ったも同然、できなければ負けるのは必然。
そいつを敵さんにやられた。彼は戦略の天才だったんだ」
「……何か、俺が想像してたのと違うぞ」
「長い年月、敵対している国同士だったが、一回の戦闘の限界は一月ぐらいだ。
その準備と後始末が大変なんだ。
そのためには、国から金を出してもらわなきゃいけない。
一番ウェイトを占めるのは、予算要求と適正な予算執行。
とはいえ金勘定なんて私にはさっぱりで、
優秀な事務の達人に丸投げして、だから何とかなったんだがね」
「だからアーチャーは物知りなのかしら」
イリヤの問いに、ヤンは苦笑いを浮かべた。
「一番大きいのは、私の国の仕組みがこの国に近いからだよ。
似ているから理解がしやすいんだ。これは数少ない私のいいところかな」
これに反論したのは、なんとイリヤのメイド兼家庭教師だった。
「アーチャー様、ご謙遜をなさるものではありません。
あなたのお陰で、お嬢様は無用な復讐をなさらなくてよくなったのです。
私どもが考えもしない方法を教えて下さったのですから」
「セラ……」
「いいえ、これは知っている者にとっては義務ですよ。
子どもが親の愛を求めるのは当然のことだ。
でもイリヤ君、士郎君もまた、養子としての権利を持っているんだよ。
だからなんとか、折り合いをつける方法を考えてほしいのさ。
非常に難しいことは、よく分かっているけどね」
凛は小さく息を吐いた。
「なるほどね、アーチャーの『中立中庸』ってこういうわけね。
人それぞれに立場と言い分があるってこと?」
ヤンは小首を傾げた。
「そうかもしれないね。なにしろ長い戦争をしていた国に生まれたんだ。
それぞれに言い分があるし、理があるってことを、私はよく知ってる。
自分の意見を他人に理解してもらうのが、いかに難しいかもよくわかる。
ただ、努力しても駄目なものは駄目なんだよなあ」
赤い色の潔癖そうな眉が、上向きに角度を変えた。
「俺は、そんなことないと思う。
努力すれば、きっとできるようになるって」
優しげな黒い眉は、下向きに角度を変えた。
「そう思えるのが平和の尊さなんだね。本当に羨ましい」
「なんでさ」
「戦闘中に努力しない兵士がいると思うかい?
それで戦死を逃れられるなら、みんな戦場から帰ることができる」
発言者を除くすべての者が息を呑んだ。
「こんな話はここまでにしようか。すまなかったね」
遠坂凛のサーヴァントは、平凡な青年の姿をしている。新都のデパートにでも行けば、周囲に紛れてわからなくなるほど日本人に近い容貌だ。しかし、たしかに戦争の中で生まれ育ち、死んだ存在なのだ。現代人は骨の髄まで思い知らされた。
セイバーも悟らざるを得なかった。この頼りなげで、ステータスも軒並み低いアーチャーは、『カリスマA』を持つにふさわしい一軍の将であったろうことを。これほど真摯に、兵士の死を惜しみ、人の心を理解し、理解させようと努める存在だ。さぞや部下に慕われたことだろう。セイバーは思わず問うた。
「アーチャー、それでもあなたは聞き、語ろうとするのですか。
限界があると承知していながら」
「人間には他に方法がないと私は思うんだ」
そう言ったアーチャーは、静謐な笑みを浮かべていた。
「不完全ではあるけれど、心をわかってもらうには、言葉をもってするしかない。
たしかに、言葉では伝わらないものもある。
でもそれは、言葉を尽くしてからのことだと思うんだ」
「アーチャー……」
それ以上言葉がでてこないセイバーに、アーチャーは苦笑いしながら黒髪をかきまわした。
「しかし、三回ぐらい言っても、駄目だと駄目なんだよなあ。
それにね、万人に賛同されるなんてありえないんだ。
半分が味方になったら大したものだ、ぐらいに思ったほうがいいよ。
選挙なら勝てる」
「あんたね、今ちょっと感動したのに、
すぐさまぶち壊すようなこと言わないで」
抗議する凛に対して、セイバーは無言で考えこんだ。生前のこと、前回の聖杯戦争のマスターのこと。すべて意志の疎通を欠いていたからではないのか。自分はまだ、衛宮士郎に真実の名を告げることはできないでいる。
「でも、これもまた私個人の考えだからね。
もっとも、死んでからではあんまり意味がないか。
だが、その死人が行う聖杯戦争に呼ばれてしまった以上、
私は生きている人間の保護を最優先したい」
「戦わないと、そういうことですか」
緊迫しかけた空気におろおろする琥珀に、翡翠の矢が直撃した。思わず目を泳がせると、今度は二対のルビーの矢が。もう一対はセイバーを無表情に見ている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、セイバーにアーチャー。
夕飯の片付けが終わってからにしてくれよ。
お茶も淹れ直したいしさ! なっ」
「じゃあ、私がやる」
「ありがとう、リズ」
「うん」
「『うん』ではなくて『はい』と言いなさい。
では、わたくしも」
二人のメイドが立ち上がろうとし、一方をアーチャーが制した。
「すみません、セラさん。あなたはイリヤ君の家庭教師だと伺いました。
そして、魔術の師だとも。あなたも魔術師ということですか?」
「はい、それがなにか?」
「あなたにも同席していただきたいんです。
できるだけ多くの知識がほしい。家門によって魔術が異なるならなおのことです。
私は、魔術にはまったく縁のない時代に生きていましたから。お願いします」
「それでは僭越ながら」
リズが片付けを始め、アーチャーも資料をごそごそとテーブルに並べ出した。冬木市の地図が二種類に、郷土史の本。遠坂家の戸籍が一式と英語らしき文章の綴られた紙の束。レポート用紙と筆記用具は凛の前へ。
「じゃあ、凛には書記をお願いしたい」
「え?」
「きちんと記録をとり、文書に残した方がいいんだ。
もしかしたら、第六次の基礎資料となるかも知れないんだからね」
そう前置きすると、ヤンはこの聖杯戦争の概略をかいつまんで説明した。二百年前に始まり、およそ六十年周期で開催され、今回が五回目であること。遠坂家が霊脈、アインツベルンが術式、マキリが令呪のシステムを提供している。
ゆえに始まりの御三家と称され、優先的に令呪が発現し、特典もある。サーヴァントが敗退すると、マスターからは残った令呪が消失する。しかし、御三家のマスターの令呪は異なる。サーヴァントを失っても令呪は残り、主を失ったサーヴァントと再契約が可能である。
「ゆえに、御三家のマスターはより狙われやすい。敗者復活の権利があるからだ。
だから、本当に勝ちたいんなら、三者が連携して戦えばいいんだよ。
自分たちの手下の魔術師で残る枠を埋め、願いを叶える順番も決めておけばいい。
極論するなら、アインツベルンが願いを叶えたら、
みんなに第三魔法を使うと約束すれば、諸手を挙げて協力してくれる。
戦う必要もないんだ。令呪を使えばそれで済む」
婉曲な表現なので士郎は聞き流したが、残るマスターとセイバーの顔色が白っぽくなった。不老不死が対価ならば、マスターだって八百長上等だろう。サーヴァントを六騎集めて、令呪で自殺させればいいということだ。
そんなことを言われたアインツベルンのマスターが、抗議の声を上げた。
「でもアーチャー、これは魔術師としての栄光なのよ!」
「イリヤ君もそう聞いているのかい? 凛も同じことを言ったな。
もう一つ重要なのは、これが六十年周期で行われることだ。
歴史学では一代は二十五年として計算する。
つまり、本来なら第五次はあと五十年後、君たちに孫が生まれ成人した頃に、
君たちの子どもが挑むことになる」
歴史マニアを除いた面々は、色とりどりの頭を傾げた。発言者と同じ色の髪の持ち主が、紙面にペンを走らせながら問う。
「それがどうしたのよ」
「単に霊脈とやらの、エネルギーの問題ばかりじゃないと思うんだ。
魔術は一子相伝。これを守るなら、二代ぶんの間隔を空けないと後継者を残せない。
遠坂家が直面している問題が発生する。つまり、君が死ねば遠坂に次はない」
細い指先から、ペンが転がり落ちた。
「アーチャー、なんてこと言うのよっ」
「そして、君の父上もそれは当然考慮するはずだ。
自分が死ねば、まだ小さな娘と何も知らない妻が遺されてしまうと。
つまり、彼は死ぬつもりなどなかった。
いや、そういう取り決めがあった可能性すらある。
第三次の遠坂の参加者と思われる、凛の曽祖父は生還している。
でないと、養子に出ている大叔父たちが生まれないからだ」
士郎は首を傾げた。
「でも、なんでさ。遠坂のお祖父さんが跡継ぎなんだろ?
なんの関係があるんだよ」
「そ、そうよ」
「こんなに出産や育児が安全になったのは、日本でも昭和四十年代以降だよ。
凛の曽祖母のきょうだいは、七人のうち成人したのが四人、
三十歳以上になれたのは二人しかいない」
「う……、マ、マジに?」
「とにかくそれだけ、感染症が恐ろしいものだったんだ。妊娠出産も命がけだった。
凛の曽祖母の実家でいうと、兄嫁はそれで亡くなったと思われる。
それを潜り抜けても、昭和三十年代まで人生は五十年だったのさ」
平均寿命八十年の時代の高校生二人にとって、想像しがたい五十年前の日本の姿だった。
「アーチャー、なんであんたそんなこと知ってるの!?」
「一昨日図書館に行った時、司書さんに日本の明治以降の人口動態の
ダイジェストを作ってもらったんだ」
面倒なことはさっさと他人を頼るヤンだ。コピーをしている間に、そっちも頼んでおいたのだった。こちらは、千六百年後も廃れていない図書館のサービスで、素人歴史マニアはお世話になったものである。
「それが劇的に変わるのが昭和四十年代、高度経済成長と第二次ベビーブームだ。
平和が続いて経済が発展し、栄養状態と公衆衛生が著しく向上した。
医学の発達のおかげもあるが、前者の影響がずっと大きい。
それより前の時代に、一人っ子を設けたからよし、なんて言っていられないよ。
とにかく無事に育ってくれなきゃ、素質に応じて跡継ぎを選ぶこともできない」
「その発想はなかったわ……」
「子どもの素質なんて、赤ん坊の頃にわかるわけないじゃないか。
せめて、物心つくぐらいまでは待たないといけないだろう。
魔力の有無もそうだが、研究者なら聡明な頭脳の持ち主が望ましいはずだ」
「ええ、それはそうだけど……でも、なぜそれが問題なのよ」
「さっき言ったように、二十歳までに七人中三人が亡くなっているってことだよ。
これは人類史上、長らく至難の技だった」
白銀の頭が可愛らしく傾げられた。
「ねえ、アーチャーはなにをいいたいの?」
「ほんの六十年前までは、生まれた子どもが成人できるかどうか半々だった。
出産が女性の死因の上位を占めていた。
平均寿命が五十歳の時代、明治から昭和初期の五十年に、戦争が三回もあった」
高校生二人の喉が鳴った。
「こんな状況で、一人っ子にすべてを賭け、
本気で戦うような危険な真似はできないよ。
聖杯戦争を続けていくならばね」
凛は頭がくらくらしてきた。歴史上の社会や技術の発展を考察し、広く事象を把握する。高校生に追い付ける思考法ではない。衛宮主従は完全に表情が漂白されていた。イリヤとセラは、食い入るようにアーチャーを見つめている。
「もう一つ。日本の民法は、戦前と戦後で大きく変更されている。
戦前は、相続権があるのは長男のみだ。
最初に生まれた娘が優れた魔術師でも、彼女には遠坂家を継げない」
「じゃ、じゃあ、遠坂みたいな子はどうしてたのさ?」
「一人っ子なら婿養子を取り、婿が跡取りになる。
弟が生まれたら、彼が遠坂家の跡取りだ。
子どもを複数もうけておいて、素質に応じてなんとか算段する方が確実だ。
こういう社会だと、子どもが成人してすぐに親の寿命がくる。
凛の父方の祖父母がそうなんだ。違うかい、凛?」
アーチャーの言葉に、凛は不承不承に頷いた。彼女が生まれる前に、父方の祖父は亡くなっている。祖母は時臣の少年時代に没している。二人の顔を、凛は直接には見ていなかった。
「そして、一子相伝の縛りのせいで、傍系の援助を期待できない。
これでは余計に、小さな娘を残して死ぬわけにはいかない。
遠坂時臣氏にとっては、サーヴァントを戦わせ、自身は籠城するのが最適な戦術だ。
ならば、必ず単独行動スキルが付与されるクラスを選ぶ。
凛の父が選んだのは、アーチャーだと私は予想する。
それもとても強い英雄を選んだことだろう。彼には準備時間も資金も充分にあった」
セイバーが我に返った。
「あの、黄金のサーヴァントが!」
「なるほど、君と優勝を争った相手だね。また後で教えてくれないか」
「わかりました」
「さて、こうやって死ぬ気のない人の相手が、
『魔術師殺し』という異名を持つ傭兵だったらどうするだろうか」
「じゃあ、まさかじいさんが……」
「いや、セイバーはマスターなしでは戦えないが、
アーチャーはそうじゃない。ゆえに、余計に籠城するだろう。
こうなると一番あやしいのが、サーヴァントとの主従関係。
このへんが鍵なのではないか」
凛は眉を寄せた。同じ時代の同じ学校の同級生とだって、人付き合いは難しい。まして、時代も地位も常識も全て異なる英雄と、父がうまくやれただろうか。生粋の魔術師で、優雅で貴族的な、だがうっかり屋の父と。
「たしかに、あの黄金のサーヴァントは傲慢この上ない男でした」
セイバーの証言を聞くと悲観的にならざるを得ない。翡翠の色を黒ずませる凛を見て、士郎は眉間に皺を寄せて呟いた。
「セイバーが言うんなら、相当なもんだろうなあ」
「……シロウ、どういう意味ですか」
まさに、口は災いの元。冷や汗をかいた士郎に、穏やかな声がかかった。
「ええと、続けてもいいかな」
「あ、ああ、頼む」
アーチャーから送られたのは労わりの眼差しで、ほろりとする士郎である。『男は辛いね』と語りかけるかのようだった。
「単独行動スキルのレベルにもよるが、
アーチャーならば遠坂時臣氏が死亡しても、主を探す余裕がある。
飛び立ったふ、っと飛行機で、目的地まで飛び続ける必要はない」
開戦時と終幕では、主従の組み合わせに変動が生じているかもしれない。理論的にはありとされているが、にわかには想像できないことだ。
「でも、御三家以外のマスターは、敗退により令呪が喪失するのよ」
「しかし、主を失ったサーヴァントの出現により、
一度脱落したマスターに、令呪が再配分される仕組みもあるそうじゃないか。
せっかく呼んだサーヴァントを、死ぬまで戦わせようとしているみたいだ。
いかがわしいし、疑わしいね。令呪一つ取っても、真っ当な代物じゃなさそうだ」
凛は、アーチャーの言葉を記すと、隣に赤で疑問符を書いた。
「さて、ここまででほとんど言及されていない、最後の御三家がある。
令呪を開発したマキリ。前回と今回の参加は今のところ不明。
だが、語られず表に出ないからこそ、重大な秘密を握っているのではないだろうか」
「でも今、あの家には戦争に参加できる魔術師はいないはずよ!」
「では凛、魔術師って何だろう」
ここに集った魔術師達は、顔を見合わせた。
「世界の根源に至り、魔法を目指す者よ」
凛の言葉に、おさまりのわるい黒髪が左右に振られた。
「いや、私が言っているのは魔術師である条件さ。
魔術回路を持つ者。その点ならば、マキリには三名も該当者がいる。
さっき言ったように、飛び立った飛行機で」
「飛び続ける必要はない……。って、アーチャー、あんたまさか」
「召喚した者と使役する者が一緒である必要はない。
サーヴァントを従える令呪の製作者で、御三家の特権を作れるような技術がある。
自分に便宜を図る、ズルをしないほうが不自然だ」
穏やかな口調で、平然と悪どいことを言うヤン・ウェンリーだった。
「なんですって!?」
「戦争というか軍事ってものはね、手段があるならやらないほうが馬鹿、
ひっかかるほうがマヌケ、そういう世界だよ」
士郎が眼差しを鋭くした。
「……卑怯だ。そんなの正義なんかじゃない!」
「ああそうだ。戦争はおしなべて卑怯で醜い。
敵より多くの兵力を整えること、敵の食糧を断つこと。
日常では人でなしと罵られることが、戦争になると正しくなる。
やらなければ負けるんだ。敗者が言うんだから嘘ではないよ。
私もさんざんやって、ペテン師とも敵国に呼ばれたものだ」
母音による混成合唱が沸き起こり、黒い射手は肩を竦めて髪をかき回した。
「みんなそろって、頷かなくてもいいじゃないか。
戦争はいつの時代でも、経済や国家の権益と密接に結びついている。
バーサーカーのような英雄は、もう出現しないかも知れない。
だからこそ、不朽の英雄譚として語られているのだろう。
何千年もの間、夢と憧れの存在として」
と、これは歴史マニアらしく言葉を結ぶ。そんなフォローをしても、発言内容を漂白するなど不可能だが。
「じゃあ、アーチャーはマキリが参加してるって言うのか?」
「可能性は高いし、戦争が開始した今となっては、
いずれにせよ呼びかけすべき相手だ。
教会にもはっきりと所在が知れているからね」
「冬木って、遠坂のほかにも魔術師の家があったんだな。
マキリなんて聞いたことないけど」
「恐らく、帰化したのだろうね。
今は同音の漢字を読み方を変えて当てている。『間桐』と」