***ランサー編***
ドレスコードの過去未来
セイバーの服をどうするかという難題をどうにか解決し、一息ついた凛は思ったものだ。
自分のサーヴァントが、割と普通の服装でよかったと。黒いジャンパーとベレー、アイボリーのスカーフとスラックスの軍服。
あんまり似合っていないのは、アーチャーの容貌の問題で、ベレーを脱いで、マフラーでも巻けば、普段着として通用する。スラックスは冬用としてはやや色が薄いが、コットンパンツにはよくある色だ。
『それにしても、千六百年も先の未来で、宇宙で戦争してるんでしょう。
SFアニメとかでは、体にぴったりしたボディースーツを着てたりするけど、
あなたの世界ではそうなっていないのかしら?』
凛の心話に、アーチャーはきょとんとした顔になった。
『ええと、あのランサーみたいな格好かい?
あのね、凛、みんな若くてスタイル抜群の美男美女の集団じゃない。
軍隊の平均年齢は四十歳というところだ。……厳しくないか』
その答えに、凛は脳内で職員室の教諭にランサーの格好をさせてみた。瞬く間に地獄絵図が展開された。四十人弱の教諭で、ぎりぎり許せるのは片手の指ぐらいだった。
『うん、厳しいわ。というか、ないわ。ごめんアーチャー、わたしが間違ってた』
『そうだろう。君の学校の制服がああだったらどうだい?』
凛は想像の翼を羽ばたかせ、襲ってきた寒風に打ち震えた。隠しておきたいアレやソレが、白日の下に晒されることになるではないか。
『た、たしかに無理よ、無理。ああいう制服のとこになんて、絶対入らない』
『ああいう格好は、彼のように一点非の打ち所がない容貌だから許されるんだよ。
それ以上に、我々軍人は国家公務員だ。
税金でそんな制服を作ったら、政治家みんなクビだ。
軍人だって有権者なんだから、何千万人がリコール署名を提出する』
『あ、今一番納得した。
じゃあ、日常の服はどうなの? 今とそんなに変わらないわけ?』
『それはそうさ。
私なんか軍服があれば事足りてしまうが、
女性が色々と着飾りたいと思うのは変わらないよ。
本屋に置いてあったような、ファッション誌もまだあるしね。
ただ、この国は平和なせいか、痩身願望が過剰だよね。
君ももっと食べて、もう少し肉をつけた方がいいと思うんだがなあ』
体重に一喜一憂する乙女としては、聞き捨てならない台詞だった。
『なんですって……。あんたの国はふっくら型が美人なの!?』
歴史的には、そちらのほうがずっと長く美の主流だったが。肉付きの良い者は、充分に食える者。豊満な肉体が富の象徴でもあったのだ。
『おかめ』は、色白くふくよかで、黒髪豊かな美人の戯画である。
痩身が美とされるのは、社会全体が豊かで平和な、人類史上数少ない時代なのだ。日本で言うなら江戸の元禄時代や大正時代の中盤まで。そして、昭和後期から平成の現代。
むろん、ヤンの時代はそうではなかった。
『ちょっと違うなあ。私の国は、いざことあれば国民皆兵って、二百年もやってきた。
社会もメディアも、理想的な兵士を美の基準にするのさ。
男女とも、長身できちんと筋肉がついていて、
彫りの深い大人びた美貌の持ち主が人気だ。
たおやかな美女の人気は不変だが、細身の男性が許されるのは子役の間かな』
つまり、日本のアイドルの逆、ハリウッドスターのような容貌でないともてないというわけだ。ちょっと顔がよくて細身の、間桐慎二や柳洞一成がイケメン扱いされるのと比べれば……。
『き、厳しい美の基準だわね……』
『凛はたおやかな美女に分類されるから大丈夫さ。言動に気をつければね』
『うるさくってよ、アーチャー』
『いや、それは違う。気をつけたことにならないよ。
多人種の混血国家だから、そういうタイプの美男美女が多いんだ。
現代で言うと、南米みたいな感じでね』
その言葉で納得した。アーチャーの世界の美人とは、ミス・ユニバースの優勝者のようなタイプなのだろう。道理で、セイバーにも動じず、ランサーの美貌にもコメントがない。
――こいつ、無自覚に面食いだわ。で、奥さんのこと美人だって言ってるし。
どれほど美人だったのかというと、数千万人の同盟軍人の中で、一番の美女だった。女性軍人の割合は全体の十分の一ぐらいだが、分母も大きいのである。裾野が広い山の頂は高くなるものだ。これは、惚れた欲目かもしれないけれど。
『あなたの敵国はどうなの?』
『もっとすごいよ。上層階級は美男美女の巣窟だ。
専制国家で皇帝や貴族が絶大な権力をふるっていてね。
古来より、権力の使途っていうのも変わらないんだ』
『なにに使うのよ』
『金と女さ』
凛はデリカシーのないアーチャーを睨みつけた。肩を竦めたヤンは、説明を補足することにした。
『あちらには、遺伝子異常の持ち主を排除する悪法があったしね。
美しい人間は、遺伝子の変異が少ないというのも、昔からの知恵なんだ。
美男美女ばかりが集まった上流階級の中で、婚姻を重ねていけば、
とてつもない美男子が生まれたりするんだよ』
『へえ、ランサーよりも?』
『いいや、男性だがセイバーよりも美しいと思う。迫力が違うよ。
ああ、こういう人が宇宙の覇者になるのだろうと、誰しも納得する存在だった』
『それって、皇帝よね……?』
『そう、残念ながら私の敵だった。だが、もう一度話をしたかったよ。
彼がライダーなら勝てる者はいないと思うが、召喚するのは無理だろうね』
『どうして?』
『彼は、最大で十五万隻の艦隊を動員できた。兵員は二千万人以上。
私で干物になってしまうなら、到底不可能だ』
その十倍の敵にも負けたことがない、『不敗』の二つ名を持つ司令官が凛のサーヴァント。
『ねえ、なんで、あんたアーチャーなのよ!』
『そりゃ、ライダーが先に召喚されていたからじゃないのかな?』
凛は打ちのめされて、畳に手をついた。ああ、言峰綺礼の言う事も時には正しかった。
さっさと召喚しておけばよかった――!
***アサシン&キャスター編***
原点にして頂点
「ねえ、アーチャー。
あんた、キャスターとアサシンの格好にはとやかく言わないのね」
ふと疑問に思って、凛はアーチャーに問いただした。
この男、神話や伝説の英雄に夢を見すぎていて、ファッションチェックがことのほかうるさいのに。問われた方は、黒い瞳を潤ませてぽつりと言った。
「……いいんだ、もう。タイツやボディコンじゃなければ」
「そんな、なにも泣かなくてもいいじゃないの」
「だって、ここは私の未来に続く世界じゃなさそうだし、
サーヴァントは魔術という幻想の産物だ。
アサシンが真っ赤な外套着てても、仕方がないんじゃないのかな……」
諦めの入った発言だった。真名究明の意欲が急降下したらしい。突っ込みどころがありすぎて、思考停止になるのもわかる。
「確かに、ものすっごく目立つわよね」
凛は、イリヤに送ってもらったメールの添付写真に眉を顰めた。
「うん。たとえこの服装じゃなくても、どこの国でも目立つ容貌だ。
推定身長は百九十センチ弱、顔の骨格からして、人種はおそらくモンゴロイド。
髪はともかく、この褐色の肌で銀灰色の瞳というのは相当に珍しい。
かなりの美男だし、暗殺者の条件にことごとく合わないよ」
スパイや暗殺者は、そこらにいそうなタイプのほうがいいのだ。たとえばヤンのように中肉中背で、ありふれた髪や目の色の。
「あら、銀髪は?」
「私の恩師は、ネグロイド系だが若白髪でね。
もっと肌の色は濃いが、ちょうど彼のような配色だった」
「このアサシンは違うのね?」
「アラブ系はコーカソイドだ。顔の幅や鼻の形が違うな。
ネグロイド系ならば、唇の色がもっと濃い」
「なるほどねえ……」
多人種国家の人間ならではの観点だったが。
「でも、あんた以上に正体不明よね」
「時代考証には合致しないが、キャスターは非常にそれらしいのになあ」
凛はまじまじとアーチャーを見つめた。
「ええ? あんた、ライダーのことはボロクソに貶してたじゃないの。
デザインはともかく、色は似たようなものでしょ。なんなの、その差は?」
「彼女がコルキスのメディアならば、わりと納得のいく服装なんだよ」
コルキスの王女メディアが仕えるのは、夜と魔術の女神、ヘカテー。冥府の神ハデスの部下であり、夜と月、水と幽霊、出産と辻を守護する。
「ヘカテーへの捧げ物は黒い動物なんだ。彼女を象徴する花はトリカブト」
猛毒を持つが、非常に美しい紫の花を咲かせる。その名のとおり、花の形が烏帽子のようだ。
「あのフードのデザインにも似てるよ」
「あんた、よく知ってるわね……」
凛はびっくりした。花とは縁遠そうなくせに、変なことを知っている。
「いやあ、実は失敗しそうになったことがあってね。
私の先輩の奥さんは、とっても料理が上手だったんだ。
それだけじゃなく、家事全般の達人で、賢く白い善き魔女って感じでね。
独身時代は、ユリアンともどもよく手料理をご馳走してもらったよ。
結局は先輩の惚気なんだけど」
凛の何気ない質問に、彼は黒髪をかき回しながら答えた。
「あ、マダム・キャゼルヌね。じゃあ、先輩がムッシュ・キャゼルヌ?」
「そのとおり。夕食に招いてもらって、手ぶらというわけにもいかないから、
お礼に花や菓子、酒なんかを持って行くんだ。ある日、花屋に寄ったら……」
ぱっと目を引く、美しい紫の花があった。
「とにかく初めて見る花でね。すごく綺麗な色だったんだ。
派手ではないんだが、上品で美しい。夫人のイメージに合うなと思ってねえ」
包んでもらおうとしたら、女性の店員がにっこりと花の名と毒性を教えてくれた。そこは、イゼルローンの行きつけの店だ。当時のヤンが花を贈る相手は一人しかいなかった。店員もそれを知っていた。
「もちろん買うのはやめたよ。小さな子が二人もいる家には危なすぎる」
彼の言葉に凛は首を傾げた。
「それが失敗? 未遂で済んだんでしょう」
「問題はこの後さ。なんで売ってるんだって、思わず聞いてしまったんだ。
水仙や鈴蘭にも毒はあるが、トリカブトのは強力すぎる」
「たしかに……日本でも狂言になってるぐらいだものね」
ちなみに狂言のタイトルは『ぶす』。トリカブトの根『附子』のことだ。現代でも漢方薬として使われている。毒をも薬にする人間の英知は凄い。
しかし、ヤンが遭遇したのは、『ぶす』の正体の砂糖のように甘いものではなかった。
「店員が個人的に買ったんだって。売り物ではなかったんだ」
「え……?」
おさまりの悪い黒髪がかき回された。
「彼女には贈りたい相手がいたんだ。花言葉がぴったりな人だとね」
トリカブトの花言葉は、美と毒という相反する要素を反映したものだ。
「あなたは私に死を与えたとか、復讐や人間嫌いなんて物騒な意味もあるが、
美しい輝きや騎士道や栄光というのもあるそうだ」
「あ、そうなのね。だったらありかも……」
「とんでもない!」
今度は黒髪がブルブルと振られた。ヤンには心当たりが濃厚にあった。そのものずばり、美しい頭という意味の姓の美丈夫だ。
「たしかに『彼』にはぴったりな花だ。
しかし、順調な交際なら毒花なんか贈らないよ。
女性から男性になんて、脅迫にしかならないじゃないか!」
『彼』はヤンの部下だ。好きこそものの上手なれを地で行く男である。
「彼は女好きだが、その手のトラブルを起こしたことはないんだ。
彼ならば、彼女の店で真紅の薔薇を買って、支払いを済ませたその手で渡すね」
「う……、すごい。モテるの納得するわ」
「映画俳優並みの美男子で、軍でも一二を争う武勇の主でもある。
そんなことを言う女性を、相手にしなくても引く手あまたさ」
これはまずいと直感し、憲兵に調査を依頼したら、ストーカー行為の常習者だった。
「……おっかなかった。当事者として関わりたくなかったよ」
花屋のサービス会員リストには、ヤン艦隊の主要な幕僚の名が並んでいた。
「聞けば聞くほど、生きた心地がしなかった」
「でも、あんたが一番危なかったんじゃないの?」
「いや、彼女の好みは、すらりとした筋肉質のハンサムだったんだ」
なんと言うべきか、凛は必死で舌を動かした。
「ア、アーチャーもいい線いってると思うわよ。
日本の基準なら、あんたのほうが受けるし!
ええと、それに、ストーカーに受けても仕方ないじゃない」
「……ありがとう。まあ、そのとおりなんだけどさ。
私を含め、自力でなんとかできそうな連中はまだいいんだ。
本当に怖かったのは、うちのユリアンに対してだよ。
そのころは随分背が伸びてきて、彼女のタイプに近づきつつあったんだ」
「ご、ごめんね。そりゃ、怖いわよね……」
「王女メディアは、そういうタイプの神話上の原型だ。
ええと、イリヤ君が言ってた、ほら、ツンデレじゃなくって、
なんだっけ……」
※答え:ヤンデレ。手に入れるためなら、手を汚すのも厭わないタイプ。
又は、手に入らない相手なら、自分で殺すタイプ。
日本では八百屋お七や道成寺の清姫が典型か。
なお、ヤンにデレデレの意味ではないので注意。
ヤンにデレデレは、戦争をおっ始めるタイプ。
***黄金のサーヴァント編****
黄金を狙い打て!
「黄金のサーヴァントねえ……。一体誰なんだろう。
凛、お父さんは何か書き残したりしていないかい?」
アーチャーの問いに、凛は憮然と首を振った。
「それがさっぱりよ。
……もっとも綺礼が怪しい以上、いくらでも隠す時間はあったものね」
その言峰綺礼は、停戦の呼びかけはしないわ、居留守を使うわ。凛の心証はもはや漆黒だった。
「黄金の全身鎧、雨あられと宝具を撃ち出す、か……。
なんだか、とっても成金っぽいなあ」
「あんた、お得意の英雄譚ネタから心当たりはないわけ?
黄金の鎧の誰それとか」
アーチャーは瞼を半分下ろし、おざなりに手を振った。
「そんなのあてになるもんか。黄金ったって本物じゃないだろうし」
「やだ、メッキってこと?」
「あるいは生前の富や力の象徴とかね。
全身鎧ってのはとても重い。
凝ったデザインだと、五十キロぐらいになるんだよ」
成人女性約一人分の重さである。
「それ着て戦うんだから、騎士って凄いわよね」
「馬に乗るのが前提だし、重さが全身に分散されるから戦えるらしいがね。
しかし本当に金で作ったら、約三倍も重くなってしまうんだ」
「……150キロの金!? 1グラム四千円として、六億……」
咄嗟に凛は暗算し、首を捻った。
「あ、あれ?
凄いといえば凄いけど、マンションだったら一棟建つかなって額ね。
そいつを斃して、身ぐるみ剥いで売っぱらっても、買取額はもっと低いかしら……」
阿漕な呟きを漏らすマスターに、黒髪のサーヴァントは溜め息を吐いた。
「いやいや、そういう勘定はよしなさい。それに幽霊の服だけ残るとは思えないよ」
「やっぱりそうよね……。それに、刻印のない金じゃ売れないわね。
でも、キャスターもいるし、どうにかならないかしら。
礼装に加工して売れば……いけるわ。うふふふ……」
脳内の算盤を弾く凛の瞳は、完全に雌豹のものだった。アーチャーは髪をかき回し、肩を竦めた。
「まあ、金かは疑わしいよ。重いし、鎧にするには柔らかすぎる。
それに、君のお父さんは教会と同盟していた。
キリスト教圏の中世の英雄を呼ぶのは避けるんじゃないだろうか。
生贄にするには、心理的な抵抗もあるだろうし」
「ええーー!? じゃ、どこの英雄よ」
「金色の金属は、黄金だけじゃないんだが、
真鍮は近代に生まれたから除外できそうだ。
となると、青銅じゃないかと思う」
「青銅? 銅鐸とか銅鏡に使うのでしょ。あれは緑っぽい色してない?」
すぐさま模範解答が返ってくるあたり、凛の試験勉強はそれなりに順調らしい。
「緑なのは錆の色で、鋳造したては金色なんだ。
祭祀の道具なのは、その色が尊重されたという説があるんだよ」
「じゃあ、黄金じゃなくて青銅なら、あんたは誰だと思うの?」
アーチャーは小首を傾げた。
「青銅器時代のシュメール文明あたりを象徴してるとかかな」
「象徴って、やっぱり生前の武装じゃないってこと?」
「当時の技術じゃ、着用できる全身鎧は作れないと思うんだよ。
型に流し込んで作るやりかただからね」
どうしても地金が厚く、重くなる。関節を曲げられるように、細かな部品を作るのも難しい。全身鎧らしきものは作れても、人間が着脱するのは恐らく無理だ。
「なによりね、凛もこの世界の湾岸戦争の記録を見たことはあるだろう?」
凛は頷いた。青空と黄色い砂の砂漠に、散りばめられた砲火と黒煙のコントラスト。
「中近東の気候で、全身鎧なんか装備したら、戦う前に熱中症で死ぬ。
こいつは十字軍の敗戦原因の一つなんだ」
身も蓋もない元戦史研究科生の台詞であった。と、いうことは。
「やだ……。お父様も残念な人だったのかしら……」
どんなイメージを抱いて、謎の黄金のサーヴァントを召喚したのやら。頭を抱える凛の隣で、ヤンはなおも首を捻るのだった。
「これは単なる空想だから、凛も気にしなくていいよ。
プロフェッサー・ベルベットに連絡が取れればわかるかもしれない。
それにしてもエジプトかあ、いいなあ。私も行きたいなあ。
そうそう、ツタンカーメンの黄金のマスクは、推定価格三百兆円だそうだ。
歴史と学術的価値のおかげで」
凛は顔をあげた。
「その鎧を埋めて、掘り出せばそうなる?」
凛の高揚に、ヤンは氷水をぶっかけた。
「そいつの正体もわからないのに、どこに埋める気だい?
ツタンカーメンの墓だって、歴史資料と一致するからこその価値だよ。
黄金のサーヴァントの資料を探し、正式に学説と認められるには、
六億ぐらいじゃおっつかない」
「うー」
存在が疑われる黄金のアーチャーの正体探しは、まだまだ難航しそうだった。