時雨の帰宅もとい案内されてたどり着いたのはアパートだった。
外装は出来立てなのかかなりきれいではあったが、一室一室はとても広いとは思えなく一人暮らしがようやくであろうと予想されるような大きさだった。
(この狭さ、まさか、本当に襲う気じゃ……というか、本当に私の寝床あるのかな?)
少女の不安を察してか察さずにか、時雨の口から出たのは少女のとってあまりに衝撃のある事実だった。
「これ、全部俺の家だ。好きな部屋使っていいぞ。」
「ええーーーー!!?」
思わず声を上げてしまう。
外見が一般的に見てもまだ学生くらいの年齢だと思えるほど若い元気そうな顔立ちをしている分余計に驚きの量が大きかった。
「そんなに驚くなよ。」
「え、だって、これ、あんた一人のものなの?」
「そ、大家さんだな。絶賛住民募集中ってとこだ。早速一人埋まったがな。」
まるで、お前がな、と付け足すように少女の方に顔を向ける。
「でも、本当にいいの?こんなきれいそうなところに私なんか……」
すこし不安げになる少女に時雨はすこしニヤッと意地の悪い笑みを浮かべて
「お体でお支払なさいますか?」
「し、しないわよ!」
「そこは強気だな。じゃあ、入れてやらない。」
「ちょ、ここまで来てそれは無いんじゃないの!?」
「ははは、冗談だ。さっさと入ろうぜ。俺もこれを見るのは今日が初めてなんだ。どの部屋に住むか決めないとな。俺も、お前も」
そう言って時雨がアパートの階段の方へと向かって歩き出すなか、小さな声で少女がつぶやいた。
「……裕香」
「ん?」
「私は裕香、牧野裕香。その、これから、よろしくおねがいします。」
照れくさそうに自己紹介。
時雨もそれに返す。
「俺は御堂時雨だ。よろしくな、裕香。気軽に時雨で構わないからな。」
「……わかったわ。時雨、でいいのね?」
時雨は敏感だったので、その対応から一発で読み取った。
裕香は明らかに自分に対して気が引けているということを。
自分のやったことを自覚していないわけではない。
だけど、そんな態度を取ってほしくてやったわけでもない。
だから、こう提案した。
「おう。それから、俺から一つだけお願いだ。」
「何よ?」
「普通に接してくれ。俺に恩義とか、そういうもんを感じる必要はまったくない。
今回のことは俺が好き勝手にやった結果だ。これからも、好き放題いろいろやるだろーけど、それは俺が好き勝手にやることだ。だから、そのことに対して恩義なんかは感じないでほしい。
ただ、普通に友達として俺とは接してくれ」
実はというと、このとき時雨はもう一つ裕香に対しておせっかいを焼く気でいた。
もちろん、言葉の通り時雨が勝手にやることだ。
そして、これは時雨にとってもとてもプラスなことだ。だから、これを恩義なんかに感じられてヘタに下手(したて)に出られるのは時雨も居心地がわるい。
時雨が求めているのはそんなものではないのだ。
少し、間をおいて裕香は一度深呼吸して
「ふーん、了解。じゃあ、こんな感じでいい?」
と言った。
なんとなく、時雨が変な気を使われたくない、ということだけは読み取った裕香はできるだけ普通に振舞って見せる。
深呼吸をしたのは、気分をリセットするため。
それでも、やはり恩義を感じないわけではない。
いつか、この恩は返す。
その思いはしっかりと胸の中にあるのだ。
裕香の対応に満足した時雨はニィッと笑って満足そうにいった。
「おう、ばっちりだ。じゃぁ、さっそく入るか、部屋に。俺も実はここ来るの、今日が初めてなんだよなー。」
何気ない会話をしながら、二人はアパートの中に入っていった。
☆
結局二人の使う部屋は二階の階段に近い方を裕香がその奥を時雨が使うということになった。
一階の方が出入りする時には楽だが、暗いし、何というか下は嫌だ、という共通意見の下二人共の二階行きが決定した。
そして、現在はと言えば
「うぅ、悔しいけど、おいしい」
「よくお前あれ食って腹壊さないな。胃袋どうなってんだ?」
時雨が裕香に料理を馳走していた。
最初から用意されていたテーブルに向かい合うように座り時雨のつくったパスタを裕香が食べている。
ゴミ箱に入っている黒い物体を見ながらあきれたような声を上げるのはもちろん時雨だ。
「今まで料理は全部お母さんが……作ってくれてたから」
「そういや、お前、親の借金のために打ってたんだっけ?」
「……時雨ってほんとデリカシー無いわね。普通、今この状況でそんなこと言う!?普通そっとしておくものでしょ!」
「気にするな、それが時雨クオリティーだ」
「どんなクオリティーよ!」
「まぁ、話したくないなら聞かないが、俺がお前と同じだったときはとりあえず誰かに大声で文句を叫びたかった。」
裕香は内心でとっさに声に出ないほど驚いた。
(お前と同じって、それって……)
その言葉のさす意味は話の流れから容易に察することができた。
「なんで急に死んじゃうんだよ!なんで借金残してんだよ!俺これからどうしたらいいんだよ!ってな。この通り全ての事実を抱え込めるほどすごい人間でもないからな。お前もそうなら愚痴の一つくらい聞いてやろうかと思ったんだが。余計なおせっかいだったか?」
(本当に時雨クオリティーね)
時雨だからできる行動なんだと改めて自覚した。
おかしな言葉があまりにもしっくりきてしまうものだから思わずおかしくて笑ってしまった。
「じゃあ、聞いてもらっちゃおうかなー。私、愚痴る時はねちねちしてて、すごく嫌な奴だから自分でも好きじゃないんだけど。」
すると、時雨は突然立ち上がって裕香の下に歩み寄る。
そして、自己紹介の時と同じように頭に手を置いて優しい顔で
「お疲れさま。よく、頑張ったな。」
そう言った。
それを言われた途端、裕香の中で様々な思いが込み上げてきて、涙があふれてきた。
「どうして!?どうして逃げちゃうの!?私一人だけ残して、全部私だけに押し付けて!?今までむけてきてくれた愛情はウソだったの!?こんなことのために私を育ててきたの!?急にいかつい顔した男の人がいっぱい家に来て、お前は売られたんだって!怖かった、味方も誰もいない、私だけ一人ぼっちで、心細くて。」
いつの間にか時雨の胸に抱きつくように飛び込んで、柔らかい手で時雨の肩を何度もたたいた。
まさか、抱きつかれるとは予想してなかった時雨は最初は戸惑ったが、それどころではないほどにつらそうな少女を見て、まるで昔の自分を見てるような気がして
そっと頭を撫でてやった。
その後裕香は泣きやんだかと思うと、力尽きたように眠ってしまった。
(参ったな、今日、日曜だし、明日からの学校の話もしときたかったのに年齢も聞いてないな、同じ高校生だといいが……)
時雨はポケットからケータイを取り出しとある学校へと電話をかける。
『はい、お電話ありがとうございます。白糸台高校 沢木です。』
「もしもし、沢木さん、俺です、時雨です。転入生、もう1人追加お願いできますか?」
☆
朝、目が覚めるときれいな部屋ののベッドの上で寝ていた。
(あ、そうだ、私、昨日時雨に泣きついて……寝ちゃったのか。結局襲ったりはされなかったのか。絶好のチャンスだっただろうに、って私何考えてるの!?)
寝ぼけてるんだ、と自分を言い聞かせて洗面台に顔を洗いに行く。
顔を洗って鏡で自分の顔を見た。
(本当のところ時雨って私のこと、どう思ってるんだろ?突然出会った私にここまでしてくれて。正直これって相当すごいことよね。売り飛ばされる場面から救ってもらって、おまけに家まで貸してもらって。)
とそこにピンポーンとチャイムが鳴る。
『時雨だけど、起きてるかー。今日から学校行くぞ。白糸台高校』
は?
言っている意味が裕香には理解できなかった。
白糸台高校と言えば有名私立でお金も随分かかる。
もちろん、お金を持っていない裕香が行けるようなところではない。
とりあえず、事実確認だと思い、ドアの方まで向かってドアを開けた。
すると、真っ黒な学ランに身を包んだ時雨の姿がそこにはあった。
「おはよう!」
小気味のいいリズムで元気よく右手を挙げて挨拶をしてくる時雨。
「お、おはよう。ってそれどころじゃない!なんで白糸台高校に私が行くことになるのよ!?」
「あ、もしかして高校生じゃなかったか?」
「いや、年齢的には今年から高校一年だけど。」
「よかった、なら問題ない。俺と同学年だ。制服は突然だったからまだないから中学の時の学生服とかって、無いな。じゃあ、いいや、そのまま行こう。」
「え、私まだ、髪とかまだ、キャッ」
「お前は、そのままで充分だから大丈夫だ!」
今日の時雨は異様にテンションが高い。
だが、それもそのはずで、時雨は小学校3年以来、学校に行っていなかったのだから。
親の死や麻雀はあまりに衝撃が大きく学校どころではなくなっていたのだ。
学校はいわば青春の場。
行けていない分そのイメージをより良いものとして持っている時雨にとって
今日の学校は楽しみで仕方なかった。
昨日とは打って変わって子供のような高いテンションにすこしギャップを感じ戸惑う。
そんな裕香にはお構いなしに手を引いてダッシュで階段を下りていく。
「ちょっとそんなに慌てなくても」
「これが落ち着いていられるかよ!今日からは新しい学校の幕上げだ!」
どうも、お久しぶりです。
ようやく学校の方のテストも終わり、
こんな私の拙作を書いてほしい、と言ってくださる方がいたので、続きを書かせていただきました。何分長い間が空いておりますので、すこしイメージが変わったと思ってもそこは暖かい目で見ていただけると幸いです。
書いてほしいというメッセージをいただいた時は本当に、喜びで爆発するかと思いました。
えー、本作は主には白糸台高校の風景を中心に進めていきますが、なにせ原作でも不明瞭な点が多い高校ですから結果が原作と違った形になったとしても仕方ないと思っていただいてこの作品での白糸台高校の風景を楽しんでいただけると幸いです。ですが、出てきているキャラについてはなるべく原作の方を尊重していきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
では、また、次からがようやく咲のキャラが登場する咲らしい本編のスタートです。咲のような展開になるかは、まぁ怪しいところですが。特に雀荘あたりがw
では、また次回の更新でお逢いしましょう。
感想お待ちしております。