試験――そんなものはなかった……(遠い目
長野ではよく強い人間にはその闘牌スタイルに見合った二つ名がつけられていた。
時雨は代打ちとして来ていたためそれほど長い期間はいなかったのだが、どの対局であっても結果がすべて圧勝であったことからすぐにあだ名が付けられた。
それが≪帝王≫
誰もが時雨の前では無力に消えるほどの絶対的力の持ち主であると認めていた。
≪帝王≫に対抗できる人材が長野にもしいるならそれはただ一人。
その人こそ≪氷の魔女≫と呼ばれていた悟だった。
彼女もまた長野では群を抜いて強いことで有名で、何よりも有名だったのは名前の由来の能力ともいえる不思議な現象<凍結>
彼女の前では牌が思うように動かなくなる。
どれだけ牌を切ろうとも全く手が進まない。
その場でただ一人進んでいるのは、凍結している主である悟一人。
二人は周りの計らいによって必然的に出会った。
そして二人は対局をした。
時雨はよそ者なだけあって応援は悟に集まった。
当然二人の対局には賭けが生じていたが、時雨に賭けている人間は少なかった。
だが、皆の期待とは正反対の現実が目の前で繰り広げられた。
結果は悟の惨敗。
結果だけを見れば確かに惨敗だった。
だが、時雨は対局中今までにないほどのプレッシャーを身で感じていた。
そして、悟は本気で挑んで負けるという経験を時雨にさせられた。
二人の中で、お互いの存在はかなり強烈なものとして残っていたのだった。
ゆえに玄関で一目見た瞬間に思い出した。
悟はとりあえず立ち話もアレだからということで菫と時雨を家の中に案内した。
リビングの4人掛けのテーブルに悟と向かいあう形で二人が座る。
「それにしても随分大きくなったわねー」
「俺もお前があんまりにも昔のまんまなんで一発で分かったぞ」
「あら、うれしいわ」
悟は頬に手を当てて淑女のように微笑んでみせる。
「なんだ、二人は知り合いだったのか?」
初対面のはずの二人があまりになれなれしく話しているのを見て菫は思わず疑問を口にした。
「まぁな。ちょっと昔に別の場所であったことがあってな」
あまり菫にそっちの方のことを悟られたくはないので適当にボカして事実を言う。
特に菫も詮索するつもりもないようで、そうなのか、とあっさり引き下がった。
「にしても、あなたが照を負かした転入生だったとはね。そりゃあの子に勝ち目はないわね」
「いい線はいってたと思うぜ。まさかお前が親だとは予想外だったけど、やっぱり化け物の親は化け物ってことだな」
「あら、どういうことかしら?」
「いや、怒るなって。ほめてるんだぜ?」
「怒ってないわよ、全然」
まるで含みどころなんてありませんよ?と言った笑顔で答える。
その次に
「……そろそろ本題に入りたいんだが」
あまりに話が前に進まないので菫が割って入った。
その言葉で思い出したように声を上げた。
「そうだったな、ってか≪氷の魔女≫も自分の娘が居なくなってるっていうのに何のんきに俺としゃべってんだよ。」
「そうね。で、あなたは私に何が聞きたいの?」
悟は時雨たちが来るまでは不安で何も手につかない状態にあった。
それどころか食欲すらわかず、本当に危険な状態にあったのだ。
だが、時雨を見て、話しているうちに不思議とそれらの不安は消えた。
それは、時雨のその若い年にして幾度となく危機を乗り越えてきたために身についた余裕が悟を不安の淵から救ったのかもしれないし、ただ単に時雨の存在に驚いて少し現実から目をそむけたままにしていただけなのかもしれない。
だが、確実に時雨の存在が彼女から不安を一瞬でも取り除いたことは確かだった。
「お前の娘がいなくなる直前にどこに行ったのか。大体タイミング的に予想はついてるんだけどな。詳しくわかるところまで教えてくれ」
「あなた、照を探すの?」
なんとなくわかっていたがそれでも悟は聞いてしまった。
「俺にも責任はありそうだからな。」
「……わかったわ。照はあなたの予想通り雀荘に行ったわ。でも、日をまたぐごとに場所を変えてる様子だったわ。それもどんどん悪い方に」
「……タバコか」
「ええ、まぁタバコだけじゃないけどね。」
「他にも?」
「どんどん照の表情が険しくなっていったわ。多分私の言ってた意味が分からないっていうのもあったんでしょうけど」
「何を言ったんだ?」
「あなたに言ってもわからないわ。とりあえず照が強くなるための道をかなり抽象化して教えたわ」
悟は少し後悔していた。
もっとましな教え方があったのではないか、と。
抽象的に教えたのは、こうなることも意図しての結果のことだった。
おそらく、何も考えずに強さを求めるなら多くそして強い相手と打つのが妥当。
そうなれば、きっと雀荘やどこかに行くことなどわかりきっていたのだ。
悟が測りきれていなかったのは照の強さに対する執着心。
その結果、照は悟の予想を超えて無茶をして、今こうなっている。
後悔しても意味はないがそれでも、こんなことになるならもっと具体的に教えておくんだったと思う。
「まぁ、聞き取りはこれくらいにするか。別に元から聞き取りなんぞ当てにはしてなかったからな。」
「はぁ!?」
今の行動を全否定する言葉が時雨の口から飛び出し、思わず菫は素っ頓狂な声を上げる。
「あぁ、もし良い情報が取れたらそれはそれでもちろんありがたかったんだが。無くてもともとのつもりだからな。それにいっただろ、ここに来たのは俺の興味だって。」
じゃあ、何のためにここに、という言葉を菫はのど元まで来てどうにか抑え込んだ。そんなもの俺の興味だって言われて終わりだ。
時雨はすっと席を立ちあがって言った。
「じゃあ、またな≪氷の魔女≫。次はお前の娘も交えて対局しようぜ。先輩もお疲れさまでした。」
そして部屋を立ち去ろうとドアの方へと足を進めていく。
そして、その姿を見て菫が立ち上がったすぐ後にもう一度時雨が言葉を発した。
「3日、3日以内に見つけてやるよ。」
そして、時雨が家のドアを閉めるガタンッという音が家の中に響いた。
☆
時雨が再び裕香と出会ったここらあたりで一番のハイレート雀荘へと足を運んでいた。
カランと場の雰囲気に合わない小気味良い鈴の音とともに扉を開けてその中へと入っていく。
その時雨の姿を確認した瞬間、ビクついたものが数名。
その姿を見た瞬間少し安堵したように時雨は微笑み、そしてそいつらめがけて歩いていった。
「おい、お前ら神前のところのもんだな?ちょっと頼みがあるんだが」
そう言って数人のうちの一人からケータイを拝借して神前と名簿にあるものを選択して電話をかけた。
4コール目で電話相手は受話器を上げた。
「もしもし」
「よう、久しぶりだな、神前」
ブーーッッとなにかを吐き出すような音が聞こえた。
そして、少したってから落ち着いた神前が再び言った。
「どうして君の声が北野の電話から聞こえてくるのかな?」
「ちょっと頼みたいことがあってな」
「ほぅ、頼みたいこと?」
興味深そうに時雨の話を聞く心の体制を神前は整えた。
「ここ最近変わった出来事がなかったか?特にこの一週間で、調子に乗りだした組とかな」
「……少し待ちたまえ。調べてやろう。」
電話越しからカタカタとキーボードをたたく音が聞こえる。
スピードは相当速くかなり手馴れているようだ。
「一つだけ、君の言った条件に該当する組があったよ。ちょうど僕の組にもケンカを吹っかけてきているね。」
おそらくはその組の連中が照をさらっている奴らとみて間違いないだろう。
「そいつらの根城わかるか?」
「当然さ。だけどそこからは有料だ」
クククッと笑い、時雨を面白がるように言葉で挑発する。
「もちろんお前の言う有料は金、じゃないんだろ?」
「当り前さ。と言っても僕にも利益のある話だ。1回の対局で勘弁しておいてあげるよ。」
「お前、まだ俺に執念燃やしてるのか?」
「君に勝てばどれだけ僕の名前にハクが付くか君自身はあまり理解していないようだね。こっちの世界の半分は動くよ。君はそれだけのことをしてきたんだよ。」
「まぁ、負ける気はねぇが一回くらいなんてことねぇな。じゃあ、教えてくれ。」
……俺の敵の居場所を
その言葉はいつもの飄々とした時雨からは想像もできないほど獰猛で、禍々しく、辺りにいた神前の部下は恐ろしさに震え上がった。
これが世界を半分動かした人間の――時雨の本当の姿であり恐ろしさであることを、神前も電話越しに理解し背筋を凍らせていた。
長い間書かないとやっぱり衰えますね。
次からはもう少し間隔を短くして頑張っていきたいと思います。