4月も後半に差し掛かり、夏の暑さが少しずつ顔を出す頃。
どこともわからない密室の暗闇で、宮永照は見知らぬ大人たちに囲まれていた。
手足はロープで縛られ、照は身動き一つできない。
「そろそろ、観念したかぁ?」
「………」
「チッ、いつまでも強がってんじゃね――ぞ!」
男のけりが見事に照の腹部を捉える。
グッと声にならないような悲痛の叫びをあげながら照は横倒れの状態になる。
倒れている照を男は無情にも髪を引っ張り上げて顔を向けさせる。
「俺たち、そんなに気が長い方じゃねぇんだ。さっさとしねーと……」
行動で体現するように照の服の腕の部分をビリッと音を立てて引きちぎる。
半袖のほんの少ししかない腕の部分を引きちぎられて、肩からは下着の一部が見える。
「まだまだ、テメェをいたぶる方法なんて五万とあるんだ。早いうちに折れるのが人生を楽しく生きる術だぜ?」
周りの男たちとともに下卑た笑いを高らかに飛ばす。
「もう、手ぇ出しちゃっていいっすか?高校生なんて俺、もう……」
「まだだ。まだダメだ。俺たちの目的忘れんじゃねぇぞ。それにこいつさえ使えばそんな店くらいいくらでも行けるようになる。」
「へーい」
少し残念そうに部下らしき男は声を上げる。
「………」
この状況に置いてなおまだ照は無言を通し続けた。
「チッ、まだ折れねぇのか……強情な奴だ。明日もまた来る。いくぞ」
そう言って、男たちは姿を消した。
鍵のガチャとかかる音を聞いたあと、照は肩から力を抜いた。
ふぅと自然に息が漏れる。
(ちょっとやりすぎちゃったなぁ)
照が手を出していたのは、賭博麻雀と言われるもの。
といっても照は賭博していたのではなく、ただひたすらに強い人間を求めていきついた先がそこだったのだ。
そこの人たちも人相こそ悪いものの、自分が賭博をしない、ということを誰も攻めはしなかった。
その人たちに囲まれていたせいで照は自分がどういう場所に来ているのかを忘れてしまっていた。
いくら人相とのギャップが激しい人がいい人が多くたって、人相通りの奴もいる。
照の強さを自らの欲望に―金儲けのために使おうとする今の連中のように。
ココに閉じ込められてからもうすでに3日。
来ると同時にご飯と水は少しだが供給してくれるため死なずにはすんでいるが、状況は最悪だ。
親には間違いなく心配をかけているだろうし、部員にだっておそらく心配させてしまっているだろう。
それに何より自分があとどれほどこの状況に耐えられるか、自信がなかった。
蹴られた腹部がジンジンと痛む。
彼女は精神的にも肉体的にも疲労しきっていた。
(お願い……誰か、助けて……)
照の頬を一粒の雫が流れ落ちた。
☆
時雨が宣言したあの日から一週間が経過した。
時雨が最後にフォローの言葉を入れておいたおかげか淡は今もいつもの調子で時雨と会話をしている。
だが、まだ挑めるほど強くないらしく、挑んでくる様子は一つもない。
そして、放課後にその出来事はおきた。
一人の女子生徒が教室の前のドアを開けて、きょろきょろしたかと思うと、時雨の姿を見つけると迷わず時雨の方へと向かってきた。
時雨は一度打った人間はある程度の期間は忘れない性質だった、ゆえにその女子生徒が麻雀部で自分で打った人間だということは一発で分かった。
「君に少し聞きたいことがある。すこし時間いいか?」
その表情は真剣そのもの。
コイツが一番初めの挑戦者か?とすこしわくわくしつつ女子生徒―弘世 菫の要求に応じる。
向かった先はもちろんのごとく麻雀部だった。
だが、彼女は卓に座る様子もなく、時雨を奥の談話室のようなスペースへと案内した。
「なんだ、俺と勝負する気になったんじゃなかったのか。」
少し残念そうに口をとがらせながら時雨は言う。
「私では、君には勝てないことくらいもうわかっている。」
「あきらめの姿勢はよくないぜ?」
「いや、あきらめてはいない。だが、君に勝つのは淡たちに勝ってもらって麻雀部へ入部してもらってからでも遅くはないだろう?」
「あら?俺、負けたらここに入部することになってるんだ。初耳だぜ」
「そんなことより、だ」
話題を強制的に打ち切り、菫は本題を時雨に切り出した。
「君が打たない、と言ったあの日以来、照がまったく麻雀部に来なくなった。」
「へぇ」
強さを求めての行動だということは言うまでもない。
勝とうとしている姿勢を見せていることがわかって少しうれしくなる。
それで?と続きを促す。
「麻雀部に来ないだけの間は良かったんだ、だけど、ここ三日間、学校にすら登校していないんだ。」
「連絡は?」
「ケータイはまったくつながらない。家にも帰ってないそうだ。」
「警察は?」
「もう、捜索願いは出している!……だが、見つからないんだ……。正直見当外れだと分かってはいたが、もしかしたら何か知っているかもしれないと思って君に聞いてみたんだが、やはり何も知らなさそうだな」
菫は顔を俯けた。
(もしかして、これ俺のせいか?)
頭の中に浮かんだ言葉は疑問形でこそあったが、時雨はすでにその疑問に最初から答えを出していた。
――間違いなく責任の一端が自分にあるということを
「もう帰っていいぞ。すまなかったな、呼び出したりして」
菫の顔には万策尽きたといったようなどうしようもない感があふれていた。
おそらくは時雨が最後の希望だったのだろう。
「まぁ、待てよ。」
落ち込んで、動けない、と言った表情だった菫の顔がうつろに時雨に向けられた。
そして、次の時雨の言葉でその顔に少しの光が戻ることになる。
「もう少し情報が欲しい。協力してやろうじゃねぇか、照探し」
少しの間なにか思案するようにでこに片手を当てて目をつぶる。
「いや……だが、無理だ。もうほとんどアイツの情報は聞いて回った。だが、無理だったんだ。君になにもできることは」
「やってみなくちゃわかんねーだろ、そんなの。」
時雨は特別人探しが得意なわけではない。
だが、経験が無いわけでもなかった。
主に悪人探しだったわけだが。
その経験のせいか、それとも時雨の今までの人生の濃さが物語っているのか、その言葉には何とも言えぬ頼もしさがあった――ように菫には思えた。
「とりあえず、情報が足りねーな。アンタ、照の家に連絡取れるんだよな。だったら今から行くから連絡取っといてくれ。あ、家知らねーから案内よろしく。」
「はぁ!?君はなにを……」
あまりに突然すぎる常識はずれの行動に驚嘆の声を上げる。
「だから情報が足りねーんだよ。探すにもアテがなしじゃどうしようもねーだろうが」
それに対してヤレヤレと言ったように時雨は答える。
「だからと言ってわざわざ家に行く必要は……。」
「いや、それは俺の興味だ」
「はぁ!?」
二度目の驚嘆の声。
「平和な日常であれほどの逸材を育てた親がどんななのか、興味があるんだ。」
「今はそれどころじゃ……」
「だから、これはついでだ。気にするな。」
ため息交じりに菫は自分のケータイから照の家へと連絡をかけた。
そしてこれまた予想外なことに照の母も時雨が来ることをあっさりと了解した。
☆
教室に戻るとすぐに裕香が何があったの?と聞いてきた。
「ん、あぁ、ちょっとな。悪いが今日は一人で帰ってくれ。俺は少し用事ができた。」
「それってあの麻雀部の人のこと?」
「半分正解。麻雀部の人間のことであることに変わりはないが、呼び出してた人のことじゃない。赤い髪した人のことだ。」
「ふーん、時雨ってああいう人が好みなんだ。」
へぇ、ふーん、と何度も時雨に痛い視線をぶつける。
だが、時雨はよくわかっていないようで好み?と聞き返す。
「で、これからどこに行くの?」
「その赤い髪の人の家だ。」
「なっ……」
裕香は思わず絶句する。
たっぷり二秒間ほど制止した直後にものすごい剣幕で裕香は言った。
「私も行くっ!」
どういう意図があって裕香が言ったのか時雨には理解できなかったが、それでも時雨は
「ダメだ。」
こう言った。
「何でよ!?」
これは本当に時雨のただの直感でしかない。
だが、それでもほんの少しでも可能性があるのならそれを裕香には見せたくなかった。
時雨は照が誘拐されているのではないか、疑っていた。
というより、菫もこれは疑っているはずだ。
問題はこの先。
麻雀で
ということだ。
裕香はまだそれを見せられて平然としていられる精神状態には戻っていない。
もしかしたら一生そんな日は来ないのかもしれない。
というよりそんな状況を何度も見ることもないのだろうが。
だが、時雨とかかわればその話は別となる。
時雨はそんな状況が日常茶飯事の世界につい二年前までいたのだから。
そして、だからこそ直感していたのだ。
答えに詰まっていると幸運なことに菫が教室のドア付近から時雨を呼んでくれた。
「なにをやっている、早くいくぞ」
それを好機として時雨はじゃあな!と言って菫とともに裕香の視界の外から消えた。
「……バカ!帰ってきたら、ちゃんと説明してよね」
目の前にいない誰かさんに向かって裕香はつぶやいた。
☆
「いやー、助かったぜ」
「まったく、なんで私が手助けなど……」
結局あれは幸運などではなく菫の配慮によるものだった。
なにか言いにくそうな顔をしている時雨を気遣ってわざと大きな声で呼んだのだ。
「あの子はいったいなんなんだ?」
「まぁ、いろいろあってな。一緒のアパートに住んでるんだ。」
「ほぅ、幼なじみという奴か」
「……そういうことにしておいてくれ。」
説明するのが面倒になり、そこで断ち切る。
照の家には10分と足らずについた。
照の家はごく一般的な二階建ての家で表札には宮永と書かれていた。
駐車場は無く、駐車場となるようなところには代わりに小さな庭がある。
植物などが煉瓦とうまくコラボしていて、かなりおしゃれな雰囲気な家でかつ
家庭的な雰囲気を持つ家だった。
菫がインターホンを押す。
すると、すぐに随分と若そうな女の人の声が聞こえた。
「菫です。」
あ、はいはい、今行くわと言い残してブツッとキレる。
時雨はその声をどこかで聞いていた気がしていた。
そして、姿を見た瞬間時雨は完全にその人物を思い出した。
「お前、≪氷の魔女≫か!」
「≪帝王≫……!?」
二人は完全に同時にそう言ったのだった。
最後の部分は、はたらく魔王さまに影響を受けたのかなぁ
そういうシーンを書きたいと思ったのはおそらくあれを見たからでしょうねw
また、感想お待ちしております!