ルピナスの花   作:良樹ススム

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第三十四話 真実

 

 UNKNOWNを除く全てのバーテックスが倒された翌日、UNKNOWNの正体である真生はたった一人で登校していた。

 傍には友奈も美森も居ない。彼女たちを含めた勇者は、十二体のバーテックスを打ち破った。その戦いによって彼女たちは多くの力を使った。その疲労の回復と検査のために彼女たちは大赦関連の病院へと入院している。

 

 真生は再会を果たした旧友の姿を思い出す。身体中に巻かれた包帯。動かない肉体。

 それが全身に及ぶ満開の後遺症、散華によるものだということを真生は知っていた。

 

(友奈たちの後遺症の確認も含めているんだろうな、今回の入院は。前回の友奈の満開の際もわざわざ大赦勤めの医者が家までいって確認していたようだし)

 

 大赦のアフターケアに対する姿勢は評価に値する。しかし原因である大赦がそれをやっているのだから、真生は苦笑を禁じ得なかった。最早滑稽ですらある。

 今回の満開で失うものが何であれ、蛇使い座のバーテックスである真生からすれば好都合である事には変わりない。

 

 しかしまだ最後の駒が残っている以上、表向きの顔である草薙真生は日常を過ごさざるを得ない。できる限り自ら手を出すことを控えたい真生は、勇者のサポートという名の静観を続ける。

 

 そんな彼に休み時間の度に話しかけてくる存在がいた。

 

「真生、昨日のテレビ見たか!? ……見てない? 勿体ないな、仕方ないから俺が話そうか!」

 

「な、真生。さっきの授業どうだった? 俺分かんなかったから教えてくれね?」

 

「真生~」

 

 多少親しくなり、真生を名前で呼ぶようになった山野は真生へと執拗に話しかけていた。

 真生は普段よりも幾分か鋭い瞳を山野に向けて、問いかけた。

 

「今日はやけにうるさいな。さすがにそろそろうっとうしいぞ。理由(ワケ)をいえ、理由(ワケ)を」

 

 山野は少し戸惑ったような顔をして、真生の問いかけについて考える仕草をとる。しかし、言葉を探しながらも真生の求める問いかけへの答えを返し始めた。

 

「理由? えっと、何かさ最近お前機嫌悪そうじゃん? 勇者部の皆が揃って休んだのはそりゃ心配だけどさ、俺としては友達のお前の方がよっぽど心配なわけで……。つまりあれだ。お前が普段通りになってくれればいいなってことだよ!」

 

 多少恥ずかしそうにしながらはっきりと返した山野に対して、真生は内心驚いた。

 周りの人間の反応はいつもと何ら変わりはなかった。そのなかで山野は真生の感情の機微に気がついていたのだ。いつも通りの自分を演じていたつもりだった。実際にそれに騙されていた人間も大勢いた。

 ふと真生の頭にいちいち腹のたつ彼の言葉が浮かんだ。

 

『君は僕ほどではなくても頭の回転は速い。だから誰にだって隠せていたんだろうけど……そんな簡単に僕が騙されると思わないでくれよ? 一つ忠告しておく。君に騙せるのは他人と友達までだ。君の事をよく見ている人間はいずれ気付くよ。僕と同じか、それ以上に君が自分勝手だということにね』

 

 真生はその言葉をすぐに頭の片隅に追いやり、振り払った。

 

(……馬鹿馬鹿しい。山野が俺の事をよく観察しているとでもいうのか? あいつは大赦とも何とも関連のない一般人だ。警戒する意味はない)

 

「そうか、心配はいらない。機嫌も別に悪くはないし、君の勘違いだ」

 

「……そうか? ならいいんだけどな」

 

 拍子抜けした様子でそう告げた山野は首をかしげた。

 真生は瞳を瞑り、想像する。

 

 “人”として生きる草薙真生を。“頂点(バーテックス)”ではない自らを。

 

 ――より自然に、より明確に。自らを騙れ。自らを隠せ。

 

 瞳を開いた真生は、山野に向かって砕けた口調で話しかけた。

 

「確かに皆は心配だけどさ、大体の事情は分かってるからそこまで不安って訳じゃないんだ。それにしてもよく気がついたもんだ。山野はもっと鈍感なのだとばかり思ってたのに」

 

「ひでえ、俺はそこまで鈍感じゃねえよ!」

 

「どの口がいうんだか。彼女の気持ちがわからなくてさんざん泣きついてきたのは誰だったかな」

 

 真生の言葉に山野は顔を青ざめさせる。人前で言われるわけにはいかないと思ったのか、山野はあからさまに話題を変えた。

 真生はあきれたような顔を見せ、山野の話題転換を受け入れた。楽しげに笑いあう二人は友達にしか見えなかった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 授業も終わり、真生は席を立つ。荷物を背負った彼は学校を出ようと足を踏み出そうとした。

 しかし彼は方向を変えて歩を進める。たどり着いた先にあったものは勇者部の部室。

 いつもの賑やかな様子は鳴りを潜め、空っぽの教室は寒々しく感じる。真生はしばらく部室を眺めていたが、静かに戸を閉め鍵をかけると部室をあとにして学校を出た。

 

 次に彼が向かったのは病院だ。そこには友奈をはじめとした勇者部メンバーが入院している。しかし現在の彼女たちは学友などの普通の人間は面会を許されてはいなかった。そう、普通の人間には。

 見舞いの品として買ったシュークリームの箱を片手に真生は病院へと入っていく。

 看護師は真生の姿を確認すると、あっさりと彼を通した。それは彼が勇者と大赦の両方に通じている人物だったからだ。真生と同じように面会のできる人間はそう多くはなかった。

 

 真生は目的の場所へとまっすぐに進んでいく。目的の場所にはちょうどよく全員が揃っていた。真生はその光景を目にすると、微妙な顔をして口を出した。

 

「仮にも入院中の人間がなに揃って菓子パーティーしてるんだよ……」

 

「だって病院食って味気ないじゃない? 一人で病室にいてもつまらないしみんなで揃って菓子パした方がいいでしょ」

 

「なんだその暴論」

 

 真っ先に真生の言葉に反応した風に、当然のごとくツッコミをいれる。

 真生は一つのため息をついた後、勇者部メンバー全員を見る。

 友奈と美森、そして樹は一見何もないように見える。しかし、風と夏凜は一目見ただけでわかる変化があった。

 

「あ、やっぱり気になっちゃう? この眼帯」

 

「あれが普通の反応よ。あんたみたいに変にかっこつけて設定を追加する方がおかしいの」

 

 風が左目、夏凜が右目に眼帯をつけていた。真生がその変化を見つめていると、見かねた美森が説明を加えた。

 

「勇者として戦った疲労によるものだって先生は言ってたみたい。一時的なもので直に回復するって」

 

「だから心配しなくて大丈夫。そんな痛ましげな顔はしないで、一緒に菓子パしよ!」

 

 美森の説明の後に友奈にそんな言葉をかけられて、真生はそこまであからさまに痛ましげな表情をしていた自分に驚いた。

 しかしそんな素振りは欠片も見せずに、友奈を不安にさせかけた事へ謝罪をする。

 

「そんなにあからさまだったか。変に気を使わせて悪かったな。お詫びのついでにほら、見舞いの品のシュークリーム」

 

「シュークリーム!? 真生、なかなか気が利くじゃない!」

 

「風先輩は食い意地が張りすぎです。全員分ちゃんとあるのでとりあえず座りましょうか」

 

 真生の持ってきたシュークリームに思わず立ち上がった風は恥ずかしそうにしながら席についた。

 口々にお礼を言いながらシュークリームを頬張る彼女たちだったが、真生は口パクをしているようにしか見えない樹に少しの困惑をしながら問いかけた。

 

「……夏凜たちと同じように疲労で声が出ない、ってことであってるか?」

 

 コクコクと頷く樹。真生はそっか、と呟くとシュークリームを食べるように促す。

 真生はシュークリームを食べる彼女たちをよく観察する。そして気がついた。友奈の不自然な反応に。

 にこやかに笑顔を見せてシュークリームを頬張る友奈。美味しいという感情を強く表しているように見えるが、それは少し過剰すぎた。

 真生は友奈が今回の満開によって何を失ったか悟る。

 不意に真生は視線を感じた。視線の方向へ顔を向けると、美森が真生を見つめていた。真生はほぼ同時に美森が自らと同じ思考に至ったことに気がついた。

 

(流石の観察眼ってところか。この様子じゃ真実に辿り着くのも時間の問題かな。……園子もあの様子なら味方するだろうからな)

 

 後で話をすることになると予想した真生は、美森の視線にそっと頷いた。美森も同じように頷き、皆との会話に混ざっていった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 陽が落ちきり、空はどこまでも暗い黒とまばらに輝く星々に彩られていた。

 そんな暗闇を真生は一人で歩く。

 向かう先には病院が建っている。消灯もされており、本来ならば面会など許される時間ではなかった。

 

 真生が病院前にたどり着くと、蒼い光と共にまるで当たり前であるかのように病院の扉が開く。

 看護師たちも真生の方を一度も見ることなく、すれ違っていく。

 目的の病室に辿り着くと、真生はそっと扉を開いた。

 

「こんな時間に来客だなんてね。夜這いにでも来たのかしら」

 

「……君がそれを望むなら(やぶさ)かではないけれど、時と場合と年齢を改めて考えようか。そんな色っぽい話をするためにここに来た訳でもないし」

 

「それもそうね」

 

 病室の主、東郷美森は淑やかに微笑みながらベッドの上で上体のみを上げていた。

 扉を閉めて、美森に近付く。美森はノートパソコンを起動させており、何かの音を聴いているようだった。パソコンに繋がるイヤホンは美森の左耳に装着されていた。

 

「……その様子だと自分の欠損も分かったらしいな」

 

「……ええ。私は左耳の聴覚が無いみたい。友奈ちゃんは味覚、風先輩と夏凜ちゃんは視覚、樹ちゃんは声帯。それぞれがまるで違う場所に疲労による欠損が現れていたわ」

 

 淡々と彼女はそう告げた。しかし、他の者と違い楽観的に考えていなかった美森はその事実を認識した時、恐怖を覚えた。

 自らの予測が正しければ、“彼女”は少なくとももう一つ何かを失っていることになるからだ。

 

「真生くん、教えて。私たちのこの欠損は、本当に疲労によるものなの? 嘘は必要ないわ、真実だけを教えて」

 

 真生は瞳を閉じて思考する。彼女はもう殆ど全ての可能性を考え、その中からあり得る可能性を絞りきったのだろう。

 信じたくない、そして無理をしてまで知る必要の無い優しい現実を正しく理解してなお、受け入れなくてはならない真実を彼女は求めているのだ。

 しかし、それは自らが伝えてよいものなのかと彼は考えてしまう。告げること自体は容易だ。だがそれによって、彼女は必要の無い絶望を突きつけられることになる。

 

 真生が躊躇いを覚えていることに気がついてか、美森はさらに言葉を続けた。

 

「貴方は前に満開の使用を控えるように言っていたわ。その時は切り札だからこそ使用を控えるべきという言葉になんの疑問も抱かなかった。でも、考えてみればおかしいのよ。満開は何度も使用することによって勇者の勇者としてのレベルアップに繋がるとアプリの説明には書いてあるの。それを踏まえた上で貴方の言葉を思い返すと明らかにおかしい。使えば使うほど強くなる満開の使用を禁じる必要は無い。それを私たちのサポーターである貴方が(すす)めたのは何故か」

 

 黙っている真生を見つめながら、美森は言葉を紡いでいく。

 

「真生くんが私たちに対して不誠実であったことは一度だってないわ。だからこそ言える、貴方が何の事情もなく私たちの不利になるようなことはしないって。……満開には、何かしらの“代償”が必要なんでしょう? それだったら説明がついてしまうから。私たちの今も、あのときの貴方の言葉も」

 

 ――杭が胸に突き刺さるような痛みが襲ってくる。違うんだ。俺はそんな存在じゃない。とっくに裂かれてしまったんだ。もう、人としての草薙真生()は、現在(いま)を見限ってしまっている。未来のために、己を燃やし尽くす人ならざるモノと化して。

 

 そんな内心など美森にさらけ出すことができるはずもない。そして、目を伏せる真生の沈黙そのものが、美森の予測が当たってしまっていることを雄弁に語っていた。

 美森は静かに目を伏せる。真生は痛みを無視し、懺悔するように厳かに口を開いた。

 

「そうだよ、君たちの欠損は疲労による一時的なものではない。満開のもう一つの機能、散華によるものだ」

 

「……散華……?」

 

「神樹の持っているエネルギーは日に日に減少している。人口の減少に伴う信仰心の低下が原因だ。勇者が満開を使うときには膨大なパワーを消費する。それは神樹が賄いきれるような量じゃない。そこで重要となるのが散華による人の機能の簒奪(さんだつ)だ。簒奪した機能には少女の持つ純粋な信仰が詰まっている。それを直接受けとることによってエネルギーを増幅させているんだ」

 

「……それは何時まで続くものなの?」

 

「分からない。永遠かもしれないし、数年かもしれない。ただ言えるのは、それによって機能を失った先代の勇者はまだ機能を取り戻せていないということだけだ」

 

「そんな……。ねえ、それじゃあ友奈ちゃんは、友奈ちゃんはいったい何を失ったの……?」

 

 真生は言葉に詰まった。それは告げるにはあまりにも酷な代償だったからだ。まだ予想にしか過ぎない、だがもっとも可能性の高い代償。

 

 あの時、春信と幾度も推測を重ねた上で至った結論。それが間違っていると、真生には思えなかった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「貴方の部屋に来た理由はたった一つだ。

 

 

 

 

 

 ――――友奈の満開の代償。散華について、貴方の見解を問いたい」

 

 真生がそう言葉を発すると、春信は一つ溜め息をついた。

 

「……今代の勇者である結城友奈の散華について、ねぇ。そっちでも大体の予想はついてるんじゃないのか?」

 

「俺の仮説があっているかの確認だよ。癪ではあるけど、春信さんの意見が最も答えに近いものだと思うからな」

 

「もうちょっと素直に誉めてくれればいいのに。なるほど、事情は分かった。どうせ断っても今までの僕からの貸しを盾にして聞いてくるんだろう?」

 

「必要ならな。使えるものなら何でも使うさ」

 

「はいはい、分かった。あくまで結果ではなく僕の意見――憶測で構わないんだよね?」

 

「あぁ。目に見えて分かるものじゃない限り断定できるようなものじゃないからな。貴方個人の主観で捉えた見解で構わない」

 

 真生の言葉に春信は再び息を深く吐いた。そして真生と目を合わせると、ひとつひとつ確認するように真生との対話を始めた。

 

「じゃあ、まずは結城友奈の現在の状態についてかな。彼女を実際に診察した医師から聞いた話によると、身体に異常はなく、健康そのものだそうだ。まあこのくらいは普段の様子を見て君も把握しているだろう」

 

「ああ、元気がよすぎて困るくらいに」

 

 春信の言葉に頷く。真生から見ても友奈の体に異常は感じられず、普段の勇者部での活動でも我先にとばかりに精力的に活動している。

 そして友奈の身体に異常がないというのは、一つの可能性が無くなることを示していた。

 

「彼女の身体に不調が無いのなら、散華に彼女の体の一部が持っていかれた可能性はなくなる。臓器や筋肉繊維が失われた場合は差異はあれど必ず身体に異常が現れるはずだし、細胞の一つや二つ程度じゃあ供物足り得ないからね」

 

 そこまで言って言葉を区切った春信は、次なる可能性を口にした。

 基本的に供物に選ばれるのは肉体の一部だ。しかし稀に、肉体とは別の“何か”を失うことがある。それは実際に起こってしまったこと。そして三人いたはずの先代勇者が、現在は乃木園子しかいない理由でもある。

 

「肉体を捧げていないのであれば、何を捧げたのか。分かりやすい前例としては、先代の……君の友達だった鷲尾須美だね」

 

「……そうだな。肉体でないのなら他の“何か”で補完しなくちゃいけない。須美もまた、肉体以外に大切なモノを失った」

 

「人は誰しもが肉体だけで生きている訳じゃない。そう考えると自ずと分かってくるね。

 

 ――結城友奈が失ったのは、“精神”に関わる機能で間違いないだろう」

 

 真生は自らの仮説と春信の考えが一致してしまったことにより、仮説が答えと等しいものになってしまったことを理解した。

 しかし問題がひとつあった。友奈が“何”を失ったかだ。

 

「精神の機能として大まかに分けるなら、記憶と感情の二つに分けられる。感情を失ったのなら該当する感情表現ができなくなっているはずだ。それに心当たりは?」

 

「……無い」

 

「……そうか。なら失われたのは鷲尾須美と同じ“記憶”で間違いないね。問題はその範囲か。君たちと普通に会話できているなら中学校での記憶は失われていないと見ていいだろう。そうなると小学校時代のものか、もしくは小学校時代のもの()なのか。まあここで議論しても仕方の無いことだけどね」

 

 最後にそう言って春信は話を切り上げた。実際もうこれ以上話すこともないのだろう。

 自らの仮説が春信の意見と一致した今、これ以上に有力な答えは存在しない。受け入れがたいこの事実は誰にも喋らないつもりだった。事実、真生はこの事を大赦の関係者たちにすら話すことはなかった。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 しかし今、本来ならば真っ先にその真実を伝えられなければいけない人間が目の前にいた。

 その人間、東郷美森は最早真実を半ば以上まで知ってしまっている。今ここで隠してどうなるのだろうか。彼女の行動力ならばすぐに自分で真実を突き止めてしまうだろう。ならばここで伝えないのはただの時間稼ぎにしかならないのではないだろうか。

 

(……散華について知った時点で、もう後戻りはできない。ならもう、包み隠さず伝えよう)

 

 真生は口を開く。はっきりと、間違いなく伝わるように。

 

「――――友奈は俺たちに出会うより以前の記憶を、失っている」

 

「――!!」

 

 美森はやはりといった様子で真生の言葉を受け入れた。まるで自分のことであるように悲痛な表情で嘆く美森。いや、実際他人事ではないのだ。

 どの勇者であれ、記憶を失う可能性は零ではないのだから。

 

「……考える時間は必要だろう。今日はもう帰るよ。また明日……出来るのなら、いつも通りに」

 

「……ありがとう」

 

 真生は踵を返し、病室を出る。遠ざかっていく真生の足音を聞きながら、美森はそっと涙を流した。

 静かに、しかし止めどなく溢れる涙は押さえようとする手からもこぼれ落ちていく。

 

 こぼれた雫はやがて土に吸い込まれていく水のように、布に跡を残して消えていった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 窓から身を乗り出しながら、真生は空を眺める。頭に浮かぶのは先程の美森との会話。

 

(……どうしてだろうか。何故東郷は俺に礼なんて……)

 

 美森は最後にお礼の言葉を言った。真生にはその理由が分からなかった。

 礼を言われるような事はしていない。むしろ罵倒されてもおかしくないほどの事を言った筈だ。

 

 真生は気づかない。確かに知らなかった真実を聞いた美森は苦しむのだろう。だがそれを語っていた真生が最も苦しかったことが美森には分かった。

 それを知らない真生が気づくことはない。美森のありがとうの意味に。

 

「…………」

 

 考えても仕方の無いことだと諦め、改めて空を見上げる真生。

 夜空には幾つもの星が輝いている。真生はその代わり映えの無い輝きに目を細めながら誰かに語りかけるように呟いた。

 

「何時までも悠々と眺めていられると思うなよ。必ず引きずり落としてやる」

 

 

 ――――例え、神であろうと……!

 

 

 何処までも遠い何かを睨み付ける真生の瞳は、夜空に鈍く輝く星々のように蒼い光を宿していた。 




 やっとこさ更新。タグに恥じない不定期更新と化してきていますね。何とかしたいなぁ。

 結構難産でしたが、気づいたらすごい文字数になってました。まあそれでも一万字いかないんですけども。出来も微妙でしたし。

 まさか真生が美森に話しちゃうとは。プロットにはありませんでしたが、放置していた春信との対談を出せたので丁度よかったです。美森とあそこまで深い会話をするのは予想外でしたが(笑)

 それでは気になった点や誤字脱字、矛盾点などがありましたらメッセージか感想欄にてお願いします。拙作の感想や批評もいつでも待ってます。
 では最後に、


 真実:ノジギクの花言葉

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