ルピナスの花   作:良樹ススム

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第二十五話 悲嘆

 

 少し時を遡ろう。

 

 樹海化が起こる前、勇者部は一ヶ月もの間バーテックスが来なかったことで、気を緩めていた。

 

「バーテックス来ないですね。諦めたんでしょうか?」

 

 友奈は思い出したようにそう言う。彼女は“満開”を行使して以来、真生による健康調査がよく行われていた。そのせいもあって、前よりも幾分か体を動かしやすくなった友奈は、その有り余る元気をもて余していた。勇者部の活動も、友奈の活躍により大体の依頼が終わっているので、端的にいうと暇なのだ。

 

「そうだったら嬉しいけどね~。本当だったらこのくらいの間隔で十二体倒すはずだったのよ。なのにイレギュラーに次ぐイレギュラーばっかりで……。モテる女は大変ね~」

 

「異常事態ばっかりにモテても嬉しくないよ~」

 

 風はさも自分がモテている風にいうが、樹から的確なツッコミが入る。風はそのツッコミに対して、そうよね~と返しながら机に突っ伏した。

 

 現状、バーテックスに関する事柄は元々考えられていた流れからはかけ離れている。周期に関してもそうだが、何よりも気がかりだったのはUNKNOWNの存在だった。この存在は未だ彼女たちが目にしたわけではないが、持っている能力はかなり危険なものだと考えられている。

 美森は色々な推測こそしていたが、それを他人に話したことはない。いや、話す必要がないのだ。その件に関しては真生がもう既に語っているのだから。その真生は現在は用を足しているので、部室にはいなかった。

 

 のんびりと怠惰な時間をむさぼっていた勇者部だったが、その時は無情にも訪れる。

 

「……!? これは……!」

 

 真っ先に美森が声をあげる。彼女たちを突如襲った異変、それはまさに樹海化が始まる前兆だった。

 

「時間が止まってるってことは……やっぱり……」

 

「噂をすればってやつね。全く、お呼びじゃないってのに」

 

 風と友奈もそれぞれ反応を示す。風に至っては忌々しげな顔をしているほどだ。それと同時に友奈たちの側に、精霊たちが顕現する。風と樹には一体ずつ。友奈は二体。美森には三体だ。

 風の元にいる青い犬の姿の精霊の名前は犬神(いぬがみ)。樹の傍で浮いている黄緑の色をした毛玉のような精霊は木霊(こだま)。美森の精霊はひび割れた卵型が青坊主(あおぼうず)、和装をしている狸型が刑部狸(ぎょうぶだぬき)、揺らめいている青色の火の形をした精霊は不知火(しらぬい)という。そして、友奈の所に初めからいたのは牛鬼(ぎゅうき)という名前の背中から桜の花びらのような羽を生やした白い牛だ。

 精霊たちも気合いは十分のようだ。

 

「今回もお願いね、牛鬼。白娘子(はくじょうし)もよろしく!」

 

 律儀に自らの精霊に挨拶をする友奈。

 白娘子とは新たに加わった友奈の精霊である。全体的に白く、人型の精霊だ。その体には白蛇が巻き付いており、くりっとした瞳は牛鬼と似たものを感じる。

 戦闘前だというのに緊張感のない勇者部だったが、それぞれの精霊と心を通わせるのは大切な事だ。戦闘において彼女たちの身を守るのは精霊だ。その精霊に信頼を置くのならば、彼らと共に過ごし、慣れる事が最も近い方法だろう。

 

 風景が変わっていく。彼女たちは変身をすると同時に、強い風と共に樹海に呑み込まれていった。

 

「来たわね……五体目のバーテックス。すぐにでも“満開”して倒してやりたいけど……、真生にも言われたし、まずはこのまま戦うしかないか」

 

 風は前回友奈が見せた、“満開”をしてバーテックスを見つけると同時に倒す事を提案していた。しかし、その案は真生によって却下された。樹はその際に真生が言っていた言葉を思い出し、口に出した。

 

「『“満開”はあくまで切り札だ。それ相応の事態に陥らない限りは使わない方がいい。近い内に勇者システムも強化バーテックス用にまた調整されるから、それまではいつもの勇者の力で我慢してくれ。複数来ない限りは対抗できるだろ?』……でしたっけ」

 

「繰り返し使うと強くなるとかアプリの説明には書いてあった気がするけどね……。それはともかく真生も無茶言うわよね~。あんなの一体だけでもかなり大変だってのに」

 

 不満げな顔で風は樹にそう漏らす。友奈たちもそれぞれ考えてはいるが、真生の真意を誰も理解できてはいなかった。

 そして、とうとうバーテックスが姿を現す。四本の牙のついたどこか不思議なフォルムだ。不思議なフォルムなのは全てのバーテックスに共通して言えることだろうが。

 そして、他のバーテックスと同じようにその色を黒く染めていく。風たちは油断をしていた。“満開”の力の強大さを知って、漆黒のバーテックスの力を見誤ったのだ。彼らは学習する。

 

 ――――ただの強化であったものは、進化へと姿を変える。

 

 

「……いつもと様子が違う?」

 

 友奈たちの見る黒いバーテックスは、全てその身に入ったヒビから炎を漏れ出していた。しかし、今度のバーテックスにはそれがなかった。代わりにあるものは四つの噴射口のみ。気がついたときにはもう遅かった。始まってしまう。バーテックスによる樹海の破壊が。

 山羊座のバーテックスは体を揺らす。その揺れによって起こったあまりにも大きいその地震に友奈たちは立つことすらままならなくなる。彼女たちの耳に届く鈍い音。それは自分たちの足元から聞こえていた。

 

「樹海が……壊れる!?」

 

 鈍い音は段々と大きくなっていき、やがて亀裂の入る音へと変わる。亀裂は広がっていき、神樹へとたどり着くその瞬間に何かによって動かされたかのように進行方向を変えた。友奈の隣には白娘子がいる。白娘子は手を神樹のほうへと向けて、何かを踏ん張っているようだ。

 

「もしかして……白娘子があれを?」

 

 白娘子は友奈の問いに答えるように頷く。

 

 白娘子が何をしたか、それは一言で言うなら、“幸運”を授けただけだ。彼女の能力は“力”を溜め込み授ける事。その能力は基本的には誰にでも適用することが出来る。今回の発動対象は神樹だ。自らの創造主である神樹の危機に、間一髪のタイミングで能力を行使したのだった。

 

 それを知る由もない友奈たちだが、白娘子に向ける目はあくまで優しかった。彼女たちから見れば白娘子が自分たちの理解の範囲外に及ぶような能力を使って神樹を救ったように見えただろう。しかし、それは彼女たちには関係なかった。たとえ人が恐怖するような能力を持っていたとしても、彼女たちは笑って受け入れるだろう。友奈たちはそういう人間だからだ。

 

 しかし、白娘子の力は永続的なものではないのだ。それを理解している白娘子は友奈たちへと身振り手振りで伝える。バーテックスを倒してほしい、と。

 それを理解した勇者部は山羊座へと向かい直す。山羊座のバーテックスは未だに地震を止める様子はない。それどころか、噴射口から途轍もないエネルギーが溜まっていく様子すらある。神樹を破壊するまで攻撃の手を緩める気は全く無いようだ。

 しかし、それもある出来事によって止められることとなった。山羊座の四本の牙のうち、一本の牙が折られたのだ。これによって強制的に山羊座は揺れを起こす事を諦めなければいかなくなり、同時に噴射口に溜め込まれたエネルギーも霧散することになった。

 

 それを行った張本人である夏凜は、灼熱のように紅蓮に染まる一本の刀を鞘に納め、汗を垂らしながらも一息を着いた。

 

「……ふぅ。ぶっつけ本番だったからどうなるかと思ったけど、意外と何とかなったわね。流石、強化された勇者システム……和魂(にきみたま)システムだったっけ?」

 

 和魂システムとは、強化された勇者システムの名称だ。精霊に供給される神樹のエネルギーを増大し、精霊の力を勇者の守護だけではなく攻撃にも添加させることを出来るようにするシステム。このシステムの最も特筆すべき点は精霊の武器化だろう。精霊の力の大半を一つの武器へと変えるこの力の欠点は精霊の加護が弱くなることだ。しかし、その欠点を補えるほどの攻撃力をこの力は持っていた。強化されたバーテックスの攻撃を耐えてみせた精霊の力が攻撃に使えるようになれば強化されたバーテックスの体にも通用するはずだと結論付けられ、急遽援軍として出撃する夏凜の勇者システムに追加されたが、まだ戦闘データが少ない為、試作品止まりである。

 

 夏凜の持つ紅蓮の刀は鞘に納められると同時に光り輝き、精霊の姿へと変わった。

 その精霊は、白娘子と同じく人の姿を模しており、白娘子とは正反対の黒い肌に紅い鎧を纏っている。精霊は再び体を輝かせ、夏凜の周囲に光の粒子が舞う。光の粒子は夏凜の体へ吸い込まれていき、夏凜の持つ二本の刀からほのかな光が放たれ始める。

 

「行くわよ、義輝(よしてる)。こんなところで簡単にやられるつもりなんて無いんだから、ちゃんと力を貸しなさいよね!」

 

 夏凜は封印の儀を始める。漆黒のバーテックスは抵抗を示そうとするが、あっさりと御霊を放出させられた。

 それを見ているだけだった勇者部も困惑しながらも急いで封印の儀に参加する。夏凜は彼女たちの存在に気がつくが、無視して御霊を破壊せんと刀を振る。

 

 しかし、御霊は放たれた刀の一撃を回避した。そしてそのまま夏凜へと毒の霧を放射する。予想外の反撃に目を見開く夏凜だったが、精霊の加護によって毒によるダメージが入ることはない。気を取り直し、反撃を試ようとする夏凜。しかし、御霊は今までの行動とは遥かに違う行動を示した。

 御霊はその体から炎を放出し、再び先程の四本の牙を生やしたバーテックスの姿を形作ったのだ。燃え盛る山羊座の姿に夏凜の人としての本能が近づく事を避けることを主張する。

 一歩足を後ろに下げる夏凜だったが、山羊座の後方から放たれる大きな叫び声に我に返った。

 

「はああああぁぁぁぁっ!!」

 

 桜色の光を放ちながら拳を振るう友奈は前回の戦いでは感じられなかった炎の熱気に、文字通り身を焦がされる。友奈の一撃は御霊へと届く事は無く、熱風と共に吹き飛ばされた。

 美森が遠距離から弾を放つも、炎に焼かれて御霊へと届く事はなかった。風と樹は二人の攻撃が通じないという現状に少なからず驚き、攻撃の手を止めてしまう。山羊座はその隙を逃さず、二人へと槍のように鋭い怪光線を放った。

 

 光と同じ速度で迫ってくる怪光線に、風と樹は反応しきれずに直撃を食らってしまう。たまらず友奈と同じように吹き飛ばされる二人に山羊座は追撃を仕掛けながら、回転を始めた。激しい熱風によって引き起こされる竜巻によって夏凜までもが吹き飛ばされる。封印状態が維持されていたからこそ、山羊座は移動をすることは出来ない。

 しかし、それをものともせず勇者たちを蹴散らす様はまさに圧倒的だった。

 

 

 

 

「このバーテックス、今までとは違う強化をされている……。熱の壁を突破しなければ御霊を破壊することはできないということね。友奈ちゃんたちのことも心配だけど……樹海のダメージも無視はできない。……悔しいけど私に出来ることは敵を撃つ事だけ。任せたわよ……みんな」

 

 美森はスコープから確認できる堂々とたたずむ山羊座の姿に、歯を食いしばる。今の彼女には山羊座の熱の壁を突破できるほどの決定力は無かった。“満開”できればまた違う結果になるだろうが、未だ彼女の満開ゲージは溜まりきってはいなかった。乙女座との戦いに参加できなかった弊害がここに現れたのだ。彼女は自らの無力さを再び痛感するが、それは彼女が諦める理由にはならない。友奈と風、樹に祈りをささげながら彼女はまた、照準を定めた。彼女の目に映ったのは、あまりにも少ないタイムリミット。

 

 ――――残り四十五秒。

 

 

 

 

 吹き飛ばされた後に根に叩き付けられた夏凜は、人類の敵を前に一瞬でも動きを止めた自分を責める。

 

 ――自らが選ばれたものだと。本物の勇者だと自負してきた。そのことを否定する気は今でもない。ならば自分がなすべきこととはなんだ。決まっている。バーテックスを排除することだ……!

 

 自らを鼓舞し、再び奮起した夏凜は山羊座の元へと全力を持って駆ける。勢いのまま二本の刀を投げ飛ばす夏凜。彼女の目的は御霊の破壊ではなかった。

 今の勇者たちにとって戦う上で最も邪魔なのは、遠距離から風を切って飛んでくる弾すらも打ち消す熱の壁だ。夏凜はこの壁を打ち消すことを第一に考えた。御霊を破壊するのは自分じゃなくともできる。これは真生との稽古で何度も黒星を付けられたことによりできた他者への期待だ。今までの彼女は兄への劣等感と、自分は選ばれたという他者への優越感を糧に強くなっていった。この二つの矛盾した感情は複数いる勇者との連携を組む上で邪魔になるものだっただろう。

 

 しかし、彼女は人のぬくもりを知った。人の強さを知った。図らずも、最も嫉妬し最も尊敬する兄の携わったシステム――――和魂システムを行使することになった。

 

 今の彼女は他の人の強さに期待することを知っている。それが自分がより高みに行く為に、必要なものだと知ったから。だからこそ彼女は御霊を他の勇者へと任せるのだ。

 彼女の放った刀は爆発を起こし、熱の壁の表面を抉り取る。その程度ならすぐにまた再生してしまうだろう。しかし、彼女の攻撃はまだ終わらない。

 彼女の手元に義輝と呼ばれた精霊が顕現する。義輝はその身を輝かせて一振りの刀へと変える。夏凜は紅く燃える一振りの刀を山羊座の足元で振るう。花弁と共に放たれる衝撃波によって巻き起こった竜巻で山羊座の熱の壁が取り払われる。しかし、取り払われたと思われた熱は夏凜へと襲い掛かった。即座に義輝を精霊の姿に戻し、防御に全力を注ぐ夏凜。彼女の心の中にある気持ちは唯一つ。

 

(お膳立てはしてやった。後はやってみせなさいよ、現地の勇者たち!)

 

 

 

 

 夏凜が熱の壁を取り払う直前に友奈は動き出していた。彼女の直感が叫ぶ。チャンスはここだけだと。風と樹も遅れながらも飛び出す。

 

「牛鬼、白娘子! 私を守って!」

 

 友奈は自らの大切な精霊にそう叫ぶ。それは友奈だけではなく勇者部の全員が予想していることを回避する為だ。精霊たちは彼女たちの願いを聞き届けたかのように彼女たちの傍に顕現し、共に空を飛ぶ。 

 山羊座は友奈たちの気配を感じたのか彼女たちの予想通りに炎の波を吹き荒らす。一度崩れた体を再現し直すのに手間取っているのか、山羊座も必死だ。友奈たちは炎の中をかいくぐり、御霊へとたどり着く。

 精霊が常に顕現しているということはそれだけ致死性の熱がその空間を支配しているということ。その中で彼女たちはそれぞれの武器を構える。美森の狙撃銃から放たれた弾丸を合図に攻撃を開始する。

 御霊は自らが放った霧の影響で美森の放った弾丸を受ける。ヒビの一つも入らなかったが、その衝撃のまま弾き飛ばされる御霊。御霊の行く先にあるものは鋭く細い凶悪な糸の網だ。樹の仕掛けたその網は山羊座の御霊を荒っぽく受け止めた。四角錘状の御霊は網に引っかかるもダメージは少ない。しかし、その網は御霊を受け止めたままグーンと伸び、直後に一気に縮んでいく。

 美森の時を遥かに超える勢いで飛ぶ御霊。その先に待ち受けるのは風だ。大剣の刃を御霊に向けジャストのタイミングで御霊へとたたきつける。ヒビが入る御霊。以前の御霊ならここで破壊することが可能だっただろう。強化された御霊はこれでもヒビがはいる程度で済んでいる。

 

「残念だったわね。――――最後よ、友奈!」

 

 風の言葉を皮切りに、友奈は拳を構える。その瞳に映るのは、御霊の最もダメージを受けた部分。彼女の拳は吸い込まれるようにして御霊へと迫る。

 

「――――勇者、ッパアア――ンチ!!!!」

 

 友奈の必殺の言葉と共に御霊へと直撃をする拳。友奈は思う、どこか以前とは違うと。その秘密は前回の“満開”にあった。“満開”の効力とはその場限りの圧倒的な能力上昇だけではない。勇者のレベルアップを促す、それこそが“満開”の真の効力。

 彼女の強化された拳は山羊座の御霊へと深々と突き刺さり、打ち砕いた。

 山羊座の御霊は消滅していく。それと同時に熱もまるで元々無かったかのようにして消えていった。夏凜と勇者部の面々はひとまずの安心感を得る。樹海もバーテックスがいなくなったことにより、元の世界に変わっていく。

 

 

 

 

 ――――――封印の残り時間、四秒。樹海の損傷具合による現実への影響、小規模の地震。死傷者数、24名。その中での負傷者は21名。死者数は3名。被害者の半数ほどは逃げ遅れた大赦の人間ではあるが、この結果により一般人の警戒心が増加することが予想される。これが今回の友奈たちの戦果だった。




 春休みにも関わらず、一週間に一回更新がデフォになりそうな今日この頃。久しぶりにやってみたダンボール戦機ウォーズって奴のせいなんだ……!

 ごめんなさい、自分のせいです。毎日更新が最高目標ですが、最近筆の進みが悪いので一週間に一回がデフォになる可能性が高いです。質はできればいつもと同じか、それ以上にするつもりです。不慮の事故でもない限りは完結まで続けるつもりなのでこれからもよろしくお願いします。
 そして戦闘ではちょろく見えない夏凜さんの風格。なお、日常ではちょろくなる模様。

 白娘子のイメージ絵

【挿絵表示】


 気になった点、誤字脱字などがありましたら、感想欄にてお伝え下さい。普通の感想、批評も大歓迎です。
 では最後に、


 悲嘆:イトスギの花言葉

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