――――クリスマス当日。
何とか衣装も間に合い、カップケーキも完成していた。現在は、ケーキを抱えて幼稚園へと向かっている最中である。
「もう少し楽かと思ったけど、意外とハードだったな」
「そうね、まさか電子レンジが壊れるなんて予想外だったわ。直せたからよかったけど」
「あのときはもうだめかと思ったよ~」
話の流れからわかる通り、カップケーキ作りはトラブルが何度か発生した。その度に四人で何とかしていたのだが、なかなかに肝が冷えた。電子レンジがあのタイミングで壊れるなんて誰が予想できただろうか。機械に強い東郷がいなければもう少し時間がかかっていただろう。
何はともあれ、無事にカップケーキも完成し、こうして幼稚園へと向かうことができているのだ。あまり気にしていても仕方ないだろう。カップケーキのトッピングをつけたのは友奈であるが、そこそこ綺麗に出来ていたので崩れない限り大丈夫だろう。
さて、この場にいない風に関してだが、彼女は衣装を受け取りにいっている。何故か、自信満々に、
「楽しみに待ってなさいよ……フフフフ」
と言っていた。一緒に作ったのだから当然分かっている事なのに、何故こんな事を言ったのか分からない。というか何であんなに怪しく笑っていたんだ? 全く、何を企んでいるのやら。
「あ、真生くん。何かおかしな顔してる。風先輩がそんなに心配なの?」
「友奈……心配というより不安なんだよ。しっかりしてるときもあるけどあの人めちゃくちゃやるときもあるから……」
友奈は首をかしげる。思い当たる節がないようだ。確かに友奈の前でそんな風になったことはまだほとんどないかもしれない。友奈が巻き込む側だからだろうか。今回は園児達も楽しみにしているクリスマスパーティーなので、そこまで酷いことはできないはずだと予想し、考えることをやめる。自分の中の風の人物像がよくわかった瞬間だった。
「そういや、今更ではあるけど東郷と友奈はああいう服着るのに抵抗ないのか?」
「そうね、冬にあんな服を着るのは少し肌寒そう」
「そういう意味じゃないんだが」
ずれた返答を返す東郷にツッコミをいれつつ、お前は? と言うように友奈の方を向く。友奈は返答に困ったような反応をする。
「……? 意外だな。友奈なら、恥ずかしくないよ! とか言ってくると思ったんだが」
「抵抗はそんなにないんだけど、真生くんの前で着るのはちょっと恥ずかしいかなぁ、なんて」
なるほど。友奈もこの年になれば羞恥心を覚えるのか。何故俺の前に限定したのかはわからないが、つまりは同年代の男の前だと多少なりとも恥ずかしくは思うという解釈でいいだろう。年頃の女の子ならばそれくらいは当然だろう。むしろ、今までほとんどなかったことがおかしかったのだ。友奈の成長(?)に謎の安心感を得ていると、幼稚園にたどり着いた。まだ時間は早いので、友奈たちと相談して、その辺をふらふらしようという結論に落ち着いた。
昨日の予測通り今日も雪は降り積もり、一面の雪景色が広がっていた。幼稚園の中限定とはいえ、この中で友奈たちはあの肌寒そうなサンタコスチュームを着ることになる。俺にできることは、幼稚園の中に暖房が効いていることを祈るしかない。友奈に付き合い、一緒に雪だるまを作っていると、とうとう風が現れた。
「お待たせ~。いやぁ、今日も寒いわね~」
「お姉ちゃん。それ家にいたときから言ってるよ」
風の後ろから現れた樹がツッコミを入れる。見たところ、今日は樹も参加するらしい。勇者部の部員ではないといえ、次期勇者部員のようなものだし、特に問題はないだろう。作りかけの雪だるまを放棄して風の元に向かう友奈を横目で見ながら、雪だるまのつづきを作っていく。程なくして完成した雪だるまは、不気味な見た目になっていた。認めたくはないが、やはり俺には芸術的センスがないらしい。普段からおとなしく、人の悪口のひとつも言わない樹すらも、この雪だるまのことをこう言っている。
「……呪いの雪だるま?」
何故か目がキラキラしていたことが気になるが追求したら、面倒くさいことになりそうなので放置を決め込む。樹命名の呪いの雪だるまをつつく友奈を、やめなさいと押さえる風。面倒見のよさならかなりいいだろう。見ていたら本当に呪われそうな雪だるまを蹴りで破壊すると、樹の方から少し残念そうな声が聞こえる。……樹、君はそんな趣味があったのか。樹の予想外の反応に戦慄せざるを得なかった。
「そういえば、風先輩が楽しみにって言っていたのは樹のことなんですか?」
「そうよ。なのにあんたたち全然驚かないし、ちょっとアタシショックを受けたわよ」
「それだけ樹が勇者部に受け入れられてるってことですよ。どうですか? 姉としては」
「嬉しいに決まってるわよ。まあちょっとは寂しい気もするけどね」
この人は早とちりが多いな、本当に。
「まだ樹には風先輩が必要ですよ。唯一の家族なんですから、大事にしないとダメですよ?」
「言われなくても」
……唯一の家族、か。家族なんてものを知らない俺には難しい話だ。……いや、家族のような人とともに過ごした事はあるか。楽しかった。大好きだった。所詮は他人であった俺たちのつながりはすぐに絶えてしまったけれど。だけど、本当の家族なら、風と樹なら、きっと大丈夫だ。
俺と風の間にしばしの沈黙が流れる。友奈たちは楽しそうに遊んでいるが、そろそろ時間だ。
「勇者部+α集合! 時間的にパーティーが始まるからそろそろ行くわよ」
「「「はーい」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
幼稚園に来て、園児たちのいる教室に行く前に、着替えをする。俺と風はトナカイに、友奈と東郷、そして樹はサンタに。あらかじめ用意しておいた袋にケーキをつめ、三人のサンタに持たせる。俺たちトナカイ組は特に持つようなものはないが、全身きぐるみのようなものなので少し動きづらい。友奈は意外と楽しそうで、羞恥心はどこに行ったのかと思わざるを得ない。……まあ友奈だからな。何もおかしくなかった。
園児たちのいる教室へと向かう。初めに入るのはやはりトナカイ組だ。そしてついに、――――扉を開けた。
「あ! トナカイだー」
「風ちゃんだー!」
「真生ー! あ、後ろにサンタもいる!」
「わぁー、友奈ちゃんたち可愛い!」
「あのお姉ちゃんは?」
「初めての人だー!」
園児たちは言葉こそ違えど、全員それぞれの歓迎の言葉を俺たちにかけてくれた。教室も折り紙などを用いた道具で飾り付けられており、その拙さから園児たちがやってくれた事がわかる。しかし、拙くとも皆で真剣に飾り付けてくれた事が分かるほどにたくさんの飾りがあった。それに加えて、これもきっと園児が書いたのだろう。
『ゆうしゃぶだいかんげい!!』と大きな紙に書いてあり、その横には俺たち勇者部の面々と思われる顔が描かれていた。率直に言おう。凄い嬉しい。だからこそ、俺たちもこの子達にとって今日はいつも以上に幸せだと、楽しいと思って貰えるように頑張らないとな。
「友奈サンタだよ~。友奈サンタからみんなにプレゼントをお届け~♪」
「東郷サンタもいますよ~。それに今日は樹サンタさんも来てくれました~」
「い、樹サンタです! みんなよろしくね~」
新しいサンタさんも園児たちには快く受け入れられたようだ。サンタさんたちは園児に囲まれてもみくちゃにされている。カップケーキも喜んでもらえているようでとても嬉しい。
さて、俺たちトナカイ組の方だが……。
「ちょ、重い重い! いい加減にしなさいよあんたたちー!」
園児たちのおもちゃにされていた。まぁ、トナカイなんてそんなもんだろう。園児たちに顔だったり、きぐるみの耳だったりを引っ張られながらも、俺はこんな事を考えていた。ていうかトナカイは何か持つものはなかったのか。サンタに荷物持たせて何も持たないトナカイとか何の価値が有るのか。鼻か、真っ赤な鼻が必要なのか。……つけてないな。あれ、元々無かったか?
「なぁ、風。クリスマスのトナカイって赤い鼻つけてなかったか?」
「あ……。忘れてたー!」
風も忘れていたらしい。じゃあ、今の俺たちってサンタのトナカイじゃなくて、その辺にいる普通のトナカイじゃないか。何かとても損をした気分だ。結局のところ無いものはないのでこのままでいるしかないのだが。
「なにしてんのさ、真生」
「お、勇太じゃないか。皆と仲良くしてるか?」
俺に話しかけてきたのは勇太だった。彼は謎のカリスマを持っており、いつの間にやら幼稚園のボスのようになっていた。今では彼の言う事を聞かない園児はいるとかいないとか。個人的には、ただの子供なんだが、という気持ちが強い。まぁ、彼が納得しているのならそれでいいだろう。それもまたひとつの生き方だ。しかし、ボスというものはどうしても配下との距離が出来やすい。だから、皆と仲良くしているのか、という質問をしたのだが。
「大丈夫だよ。……真生のお陰でな。ほら、これやる」
そういって俺に何かを投げ飛ばしてきた。勇太はそのあとはそっぽを向いて、こちらを見ようとしなかった。自分の手元にある先ほど投げられたものは小さな箱だ。開けてみるとそこには、勇太が作ったのであろう鶴があった。
「……これってもしかして」
「…………この前先生に教えてもらった時に作った。俺別に必要ないからやる」
……素直じゃないな、こいつは。見ればわかるほどにこの鶴は丁寧に作ってあった。何度も違う紙で試して、練習でもしたのだろう、折り目もしっかりしていてやり直した後はひとつもない。幼稚園児だというのに、よく頑張ったものだ。周りを見てみると、勇者部の面々も俺と同じ小さな箱をもらっていた。樹の分はなかったようだが、代わりだといわんばかりに教室にあったお菓子を大量にもらっていた。
「――ありがとう。まさかそっちからクリスマスプレゼントをもらえるとは思わなかった。嬉しいよ」
勇太からは返答こそなかったが、そっぽを向いた横顔が赤く染まっていたことに俺は気づいていた。俺は笑いながら、近くにいた園児と勇太を抱き寄せた。園児たちははしゃいでいる。勇太は恥ずかしさからか何とか抜け出そうともがいている。そう簡単には逃がさんぞ。
そうやって遊んでいると、先生たちもこちらにやってくる。
「ごめんなさいね。こんなに騒がしくて。うちの園児たち、みんなあなたたちのことが大好きだから」
「……はい、大丈夫ですよ。俺たちも好きでやってるんですから」
俺も、勇者部の皆も、義務感でここに来ているわけではない。園児たちのことが少なからず好きだから、嬉しいからここに来ている。今だってそうだ。俺は勇太を含めた園児たちと遊んでいるし、向こうにいる友奈や風たちだって、それぞれが真摯に園児たちに向き合ったからこそのあの距離感なんだ。……不純な動機を持っているものなんて一人もいない。俺だって、今を大切にしたいから、もうすぐ壊れてしまうから、彼らとできる限りを持って向き合っている。
俺にとって園児たちは、楽しませてあげる子達だと考えていた。でも違った。このクリスマスパーティーは俺たちだけが張り切っていたわけじゃない。園児たちだって俺たちのことを考えてくれていた。だからこそ、今こんなにも全員がそろって楽しめているんだ。
「真生くん、ちょっとこっちに来てよ! みんなで一緒にこれやろうよ!」
友奈はトランプを持っている。しかも5セットも。俺たちもこれに加わり、皆でトランプを行ったり、折り紙を折ったり、このクリスマスパーティーを楽しんだ。
こうして俺たちのクリスマスパーティーは、笑顔が絶えることは無く、大成功に終わったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……まだある。だけど、少しずつでも近づいているんだよな。早いもんだ、時間っていうのは」
喜びも悲しみも、そんなものは関係なく時は進む。安心できる時間は減っていく。
-―――脅威は、まだ終わったわけではないのだから。
遅くなって申し訳ありません。
とうとうテスト期間に入ったので一週間ほど更新は出来ません。ご了承下さい。
展開としては、もう2、3話ほど日常回を入れてから、原作に入ろうと思います。
今回の話は前回の続きでしたがどうでしたでしょうか。この後編も楽しんでいただけたのなら、嬉しいです。
初めて電撃ジーズマガジンも買いました! ゆゆゆ情報が多くて、個人的にはとても嬉しい巻でよかったです。みんなのくじもやりたかったのですが近くにみんくじをやっている店が無く、11日に姉に頼んだという遅すぎる反応です。牛鬼欲しい……。
気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄にてお伝え下さい。普通の感想、批評もお待ちしています。
では最後に。
幸福を告げる:カランコエの花言葉