Persona4 : Side of the Puella Magica   作:四十九院暁美

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第3話

 意識が、闇の中からゆっくりと光に向かって浮上していく。

 目を開けると真っ白な天井が見えて、身体が強張る。そして、身体が徐々に弛緩していく。目覚てまず最初に見えるのが病院の天井というのは精神的に少し――いや、かなりキツイ。

 上体をベッドから起こし辺りを見回すと、窓側に避けられたベッドテーブルの上に赤いリボンが置かれているのが見えた。

 

「……まどか」

 

 溜め息をひとつ吐き、自分の両手を見つめる。

 今はもう、改変前の世界に関する事は全てはっきりと思い出せる。どうやら私は、知らず識らずの内に自分の記憶に蓋をしていたらしい。あの辛いループの記憶に蓋をしてまどかとの幸せな思い出だけが見えるように、と。杏子に無理を言って、魔法で夢を見た事を忘れる暗示を掛けてもらったのも影響しているのかもしれないが、最もたる原因はおそらく私にあるのだろう。

 なんにせよ、今になって思う。足りなかった。まどかのいないこの世界で生きていく覚悟が、数多の少女たちを殺し見捨た罪を背負って生きていく覚悟が足りなかった、そう思う。

 

「私は……っ」

 

 非力で、脆弱で、臆病で、無様で、未熟な自分に腹が立つ。私にもっと勇気があれば、もっと力があれば。そう思わずにはいられない。もうこんな情けない姿は晒したくない、こんなみっともない姿はもう誰にも見せたくない。もう自分の弱さを思い知らされるのはたくさんだ。

 

「変わってみせる……今度こそ」

 

 両手を強く握りしめてそう決意した、その時だった。突如、私のソウルジェムに異変が起こった。

 

「っ!?」

 

 突然、指輪から宝玉へと姿を変えたかと思えば卵型だったソウルジェムが液体の様に溶け空中でぐるぐると逆巻くと、徐々にその姿を変化させる。黄金色のフレーム部分は美しい花の彫刻の施されたブレスレット型になり、宝石部分もそれに合わせて姿を平べったい楕円形へと変化していく。

 たった数秒、それだけの時間で変化を終えブレスレットの形に変化したソウルジェムを呆気にとられつつも両手で受け止めると、光と共に私の左手首に移動してそのまま装着されてしまった。

 これは一体どういう事なんだろうか。ソウルジェムが姿形を変えるなんて聞いた事がない。

 茫然自失の状態から回復した私は一先ずこの事は確実にキュゥべえに相談した方が良いだろうと思い、すぐにキュゥべえを呼び出そうとテレパシーを送った。だが、幾ら呼びかけても返事が無い。いつもならば、呼びかけにすぐ応えると同時にどこからともなく現れる筈なのだが、何故か今日に限ってはうんともすんとも聞こえなかった。

 何か嫌な予感がする。酷く不快な何かがにじり寄ってきている、そんな気がする。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 6月10日。

 談笑しながら通学路の河川敷を歩く悠たちの前に、1人の少女が現れた。

 

「わっ、暁美さん!?」

 

 それは、先日テレビの中から救出したばかりの暁美ほむらだった。

 千枝が急な事に驚いて声を上げるが、ほむらは気にした風もなく言う。

 

「今日の放課後、私が体験したアレはなんだったのか訊かせてもらうわ。場所は貴方たちに任せるから」

 

「お、おう、分かった」

 

「それじゃあ、また。学校で会いましょう」

 

 ほむらはそれだけ言うとさっさと学校へ行ってしまった。

 

「……え、それだけ?」

 

 どうやら、それを言う為だけに悠たちを待ち伏せしていたらしい。

 少し面を食らった悠たちだったが、元々ほむらには事情を説明して事件解決に協力してもらうと考えていた為、向こうから声をかけてくれたのは僥倖である。

 自分たちの説明で納得してくれるかは分からないが出来る限りは話そう、悠は去り行くほむらの後ろ姿を見ながらそう思った。

 

 

 

 そして時間は進み、放課後。

 場所はジュネスの屋上に設置されたフードコートへと移る。悠たちはほむらへの事情説明の場として、ここへ呼んだのだ。

 天気は生憎の雨である為、辺りに人の気配は無い。飲食店は幾つか開いているがこの雨音では話の内容など聞こえはしないだろう。

 全員が屋根付きのベンチに座ってから少しの沈黙が過ぎた頃、ほむらがここに来て初めて口を開いた。

 

「先ず初めに、あの場所が一体なんだったのか説明しなさい。話はそれからよ」

 

「あ、ああ。分かった」

 

 威圧的な態度で質問を迫るほむらに、若干たじろぎつつも悠はテレビの中の世界について自分たちが知っている事を話す。実のところ、悠たちもほむらに訊きたい事が山程あったのだが、あの時の様子を思い出してしまい訊くに訊けないでいるのだった。

 あの場所はテレビの中にある異世界で、侵入するには "ペルソナ" と呼ばれる能力に目覚めなけれなならないという事。

 その世界は常に特殊な霧で覆われ、 "シャドウ" という化け物が多数存在し自力では出られない危険な世界だという事。

 そして、その世界では自分の見たくない、認めたくない部分が現実の場所となって現れるという事――などなど。マヨナカテレビの事も含めて全て話した。

 全てを聞いたほむらは依然として険しい顔のまま、悠に更に問いを投げかける。

 

「……ある程度は理解したわ。それで、その説明の中にあった "ペルソナ" と "シャドウ" とはどういうものなのかしら?」

 

「それにはまず "シャドウ" の説明からだな。……と言っても、俺たちもアレに関してはよく分かってない部分が多いから推測が殆どだけど」

 

 悠は初めにそう言って、シャドウの説明をする。

 

「シャドウは人の抑圧された内面、影の部分だ。普段は大人しいがテレビの中の世界の霧が晴れる時――現実世界に霧が出る時、凶暴化して人を襲い殺してしまう。だから、さっき説明したように俺たちは向こうの世界のお霧が晴れるまでに落とされてしまった人を助けているんだ。

 それともう1つ。シャドウはテレビの中の世界に一般人が迷い込むと、その迷い込んだ人と同じ姿で現れるという特徴がある。それは自分の見たくない、認めたくない部分がシャドウとなって現れたものなんだ」

 

「……成る程。それで "ペルソナ" は?」

 

 少しだけ顔を俯け、ほむらは話の続きを促した。

 

「 "ペルソナ" は、心を御する力。困難に立ち向かう為の心の鎧、意思の力だ。俺たちはこの力を使って、そのシャドウと戦っている」

 

 悠は、 "イゴール" から受けた説明を思い出しながらペルソナについて説明した。 "イゴール" とは" ベルベットルーム" という特別な契約者のみが訪れる事の出来る部屋の主で "ワイルド" と呼ばれる複数のペルソナを操る事が出来る特別な資質を持つ者がここでペルソナの合体を行い、新たな力を得る事が出来るのだ。

 

「困難に、立ち向かう為の……力……」

 

「そう。そして、ペルソナに目覚めるには自分の影と向き合い、それを認めなくてはならない」

 

「それじゃあ……あの時、私が自分の影を認めた後に現れたのは、私の……?」

 

「そう、暁美さんのペルソナだ」

 

「……そう、だったの」

 

 悠の言葉に、ほむらは笑いたいような情けないような形容し難い顔でゆっくりと頷いた。

 ほむらが今、何を想っているか悠たちには分からない。ただ、彼女のその表情からは誰が見ても並々ならぬ想いを感じる事が出来るのは、確かだった。

 

「……それで、貴方たちは私に何を求めているのかしら? 協力してほしいと言うなら、協力してあげるけれど」

 

 曖昧な顔のまま、ほむらは悠たちにそう訊く。

 

「良いのか?」

 

「ええ。でも、その前に」

 

 そう訊き返した悠に、ほむらは言葉を付け加えた。

 

「見せなければならないものがあるから、どこか人目のないところへ移動してもらえないかしら。人目がないとはいえ、ここで晒すには少し目立ち過ぎるから」

 

「なら、テレビの中へ行こう。俺たちも暁美さんに会わせたいやつがいるんだ」

 

「そう。なら案内してもらえるかしら」

 

 ほむらは悠の案内のもと、フードコートを離れると家電売り場へと向かった。

 

 

 

 ジュネス2階、家電売り場。

 展示品の大型の液晶テレビの前に、彼らはいた。数々の最新型テレビが展示されているこの場所は、テレビの中の世界への入り口がある。

 

「……周りに誰もいないな。行こう」

 

 悠たちは辺りに誰もいない事を確認すると、まず悠が先に目の前にある大きな液晶テレビの画面に右手で触れた。その瞬間、触れた場所から水面の様に波紋が広がりそのままズブズブと腕を飲み込んでいき、遂には上半身までもがテレビ画面に飲み込まれてしまった。

 

「信じられないわね……」

 

 ほむらがそう呟いてしまったのも仕方のない事だ。聞かされていたとはいえ、目の前で物理的にテレビ画面へ入っていく人間を居たら誰だって自分の正気を疑うだろう。

 

「あはは、まあそうだろうな……」

 

 陽介と苦笑しつつ、悠がテレビの中に入ったのを確認すると、テレビに両腕を突っ込むと悠の時と同じ様にズブズブと上半身が、次いで下半身がテレビ画面に飲み込まれていく。

 

「俺も最初はビビったっスよ。まさかテレビの中にマジで入れるなんて、思いもしなかったぜ。ま、もう慣れたけどよ……っと、俺の番か」

 

 悠、陽介に続き完二もまたテレビ画面に飲み込まれ、遂に男性陣は皆テレビの中へ完全に入ってしまった。

 

「さ、次は暁美さんの番だよ」

 

「大丈夫、怖くないよ」

 

 再度辺りを確認した千枝と雪子が、ほむらにテレビ画面に触れるよう促す。2人を流し目で一瞬見た後、ほむらは恐る恐る右手でテレビ画面に触れる、するとそこから、水面の様に波紋が広がった。緩めのゼリーにも似た感触に若干の嫌悪感を覚えつつも、ほむらはそのまま右腕、次いで左腕と順々に上半身をテレビ画面へと沈めていき、遂に腰まで完全にテレビの中へ入ってしまう。

 ほむらが見たテレビの中は、白と黒の四角い枠が螺旋状に重なったトンネルの様な不思議な光景だった。予想外の景色に一瞬呆気に取られるがすぐに気が付き、テレビの縁に足を掛け勢い良く飛び込むと、ほむらはテレビの中へと落ちていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 白黒世界の中を落ち続けて数秒、足元から強い光が射し込んだかと思えば衝撃が走った。顔を上げると、あの霧に覆われた世界――テレビの中の世界が再び目の前に広がっている。やはりこの場所もあの場所と同じ様に、濃い霧が辺りを覆っていて肉眼では1m先も見えそうにない。

 

「こっちだ、暁美さん」

 

 前方から鳴上悠の声が響いてくる。一先ずは辺りを警戒しつつ声が聞こえた方へ歩いて行くと、薄っすらと3つの人影が霧の中から現れた。

 しかし、妙だ。声の響き方からして、彼らは私の居る方角に向かって声を掛けていた。この霧の中で、今し方ここについたばかりの私が居る方が分かっているらしい。

 その事に疑問を抱いた私が彼らに声をかけようとした瞬間、聞いたことのない知らない声が目の前から聞こえてきた。

 

「あ、センセイ! 今日も遊びに来てくれたクマか?」

 

「ああ。それと、新しい仲間を連れてきた」

 

「おー! もしかして、この前助けたほむらちゃんって子クマか?」

 

 この場にいる誰とも違う、高めの男性の声だ。鳴上悠と親しげに会話をしている事から敵ではないのだろうが、一応は警戒しておくことにしよう。

 

「あ、暁美さん。大丈夫だった?」

 

 不意に、背後から声を掛けられた。どうやら里中千枝と天城雪子も、いつの間にかこちらに来たらしい。

 私は振り向きながら里中千枝の問いに答えると、2人に謎の声について訊いた。

 

「ええ。それより、さっきから聞こえてくるこの声の主は誰かしら?」

 

「え、声?」

 

「声……あ、もしかしてクマさんの事かな?」

 

 私の問いに、天城雪子がそう答える。 "クマ" とはおそらく声の主の名前なのだろうが、それにしては随分と間の抜けた名前だ。

 "クマ" の存在に疑問を抱いた私は、取り敢えずもう少し情報を聞き出す事にした。

 

「……その "クマ" とやらは、どうしてここにいるのかしら。貴女たちの話通りなら、この世界にはシャドウしかいない筈でしょう?」

 

「……さあ?」

 

「さあ、って……貴女たち……」

 

「んー……なんか、クマくんもその辺悩んでるらしいんだよね」

 

 里中千枝と天城雪子が "クマ" について話を続ける中、私は頭を抱えそうになっていた。

 何故そんな得体の知れないものを信用しようと思うのか、理解に苦しむ。彼女たちの話を聞く限り凶暴なシャドウではないようだが、この世界にいる以上それと似た存在でもおかしくない筈だ。だというのに、それを無条件で信用するなど普通はあり得ないだろう。

 

「おーい、早くこっち来いよ」

 

 話をしていると、花村陽介の声が背後から聞こえた。

 "クマ" の事は最早どうしようもない。一応、敵ではないと分かったのだから必要以上に突くのは良くないだろう。正直あまり気は進まないが、 "クマ" については自身の眼で見て判断する方が良さそうだ。

 適当に話を切り上げ声の方へ歩いていくと、男性陣の姿が見えるようになる。同時に頭が青、身体は赤で、首らしき部分にジッパーが付いている、おそらくクマがモチーフであろう着ぐるみの様なものが見えた。

 

「暁美さん、紹介するよ。クマだ」

 

「……これが?」

 

 思わず訊き返してしまった。

 目の前にあるこれが "クマ" とはどういう事なんだろうか。というかなんだこれは、訳が分からない。

 

「これじゃないクマ。クマは、 クマクマ」

 

 どうやらこれが "クマ" で間違いないらしい。てっきり人型だと思っていた所為か、なんとも間の抜けた外見で拍子抜けしてしまう。

 面を食らう私を余所に、鳴上悠はクマの紹介を始めた。

 

「クマはこの世界に住んで――」

 

「それはさっき里中さんと天城さんから聞いたわ。それでこの……クマは、貴方たちの中で一体どんな役割を持っているのかしら」

 

 言葉を遮って私が言うと、少し残念そうな顔で鳴上悠は説明を始める。

 

「……クマにはこっちに落とされた被害者の居場所を探してもらってる協力者で、俺たちの大事な仲間だ」

 

 探してもらっている、という事はクマは探知系の能力を持っているのだろうか。この着ぐるみの中身が何か関係しているのかもしれない。

 そんな事を考えていると、クマが元気な声で私に話しかけてきた。

 

「 "ホムチャン " の事は、センセイから聞いたクマよ。ホムチャン、これからよろしくクマ!」

 

「え? ほ、ほむ……?」

 

 おかしな呼び方をされた。いや、もしかしたらたまたま語尾が聞こえなかっただけだろう。そう思いたい。

 

「ところで、ホムチャンは逆ナンしても良いクマか?」

 

 どうやら聞き間違いではなかったらしい。出来れば聞き間違いであって欲しかったが、もしかしたらあだ名で呼ぶというクマなりの友好の意の表し方なのかもしれない。それに高々あだ名で呼ばれる程度の事を許容出来ない程、私は小さい人間ではない。

 逆ナンについては聞かなかったことにする。

 

「……これで貴方たちの用件は終わりよね?」

 

「いや、まだひとつだけある。クマ、暁美さんに "メガネ" を」

 

「はいはーい! これ、ホムチャンのメガネクマねー」

 

 クマから手渡されたメガネは紫縁のアンダーリム――私がかつて掛けていたメガネの紫縁版だった。

 

「これは、何?」

 

 突然メガネを手渡された私は、困惑して鳴上悠にこのメガネに一体何の意味があるのか訊いた。

 

「このメガネを掛けると、霧が晴れて見えるんだ。ほら、俺たちもメガネをかけてるだろ?」

 

「……確かに掛けているわね」

 

 改めて彼らの顔を見てみると、鳴上悠は黒いセルフレームにスクエア型のレンズ、花村陽介はオレンジのセルフレームにスクエア型のレンズ、里中千枝は黄色のセルフレームにスクエア型のレンズ、天城雪子は赤メタルのツーブリッジにフォックス型のレンズ、巽完二はメタルフレームにオーパル型のレンズのメガネをそれぞれ掛けているのが分かった。

 

「因みに、クマのお手製」

 

「えっへんクマ!」

 

 メガネを掛けると言われた通り、辺りを覆っていた霧が晴れて見えた。メガネ越しに見える風景は鉄骨が組まれた足場に照明器具、乱雑に伸びたコードやカメラがそこかしこに配置されたテレビスタジオのような場所で、中央付近には赤い旧型のテレビが3台積み上がっている。このような景色になっているのは、テレビの中にある事が関係しているのかもしれない。

 それにしても一体どういう原理でこうなるのだろうか。それに、お手製と言う割にフレームにザラつきも無くレンズにも傷ひとつ見当たらない、非常に完成度の高いメガネだ。これは作ったというより、生み出したと言った方が良いだろう。まさか探知能力に加えて、アイテムを生成する能力も持っているとは驚きだ。

 

「フフーン! クマすごいでしょ!」

 

「ええ、すごいわ」

 

 だがまあ、どうせグリーフシードは生成出来ないだろうから、私にとってはさして興味の湧く事ではなかった。

 

「他には、まだある?」

 

 私は鳴上悠に視線を向けると、これ以上私に伝えるべき事はあるか問いかける。少し考えた後、鳴上悠は首を振りながら答えた。

 

「……無い、かな。まあ、あったら後で話すよ」

 

「そう。それじゃあ、私の話をさせてもらうわ」

 

 私はクマから離れ、彼ら全員が私の姿を見る事が出来る位置に移動すると左中指についた指輪状態になっているソウルジェムを見つめて小さく溜め息を吐く。

 彼らに見られてしまった以上、私――いや、私たちがどういう存在なのか、どうして私たちのような存在がいるのかを話さなければならないだろう。平和に生きている彼らには少し刺激が強い話かもしれないが、私に関わる以上この事は知っていてもらわなければならない。

 私は顔を上げると、話しをする前に彼らに前置きを伝えた。

 

「言っておくけれど、これから私が話すのは本来なら知らなくても良い……むしろ知らない方が良い事よ。だから、一方的にとはいえ、貴方たちはそれに関わってしまったという相応の覚悟を持って聞く事ね」

 

 前置きを聞いた彼らは先程の和気藹々とした雰囲気から一転、張り詰めた様な緊張感に包まれた。どうやら私の言葉で、これから聞く事の重大さに気が付いたらしい。

 前置きからほんの少しの間を空けて、私はまず魔法少女がどういう存在なのか話を始めた。

 

「さて、貴方たちもあの時に見たでしょうけど、私は普通の人間ではないの。これが証拠よ」

 

「その、指輪が?」

 

 そう言って、私は左中指についた指輪状態のソウルジェムを彼らに見せつけると、花村陽介が疑問の声を上げる。

 

「これは契約の証。叶えたい夢や願いの為に、契約した少女のみが持ち得るものよ。そしてこれが……」

 

 ソウルジェムに意識を集中すると、煌々と紫色の光を放ちながらソウルジェムはブレスレットへと姿を変え、私の左手首に装着される。

 

「ソウルジェムの、本来の姿。ソウルジェムはその名の通り――」

 

「はっ!? いやいやいや! ちょ、ちょっと待て!」

 

 私が話をしていると、途中で花村陽介が叫んだ。

 

「なにかしら?」

 

「なにかしらじゃねーよ! なに今の光!? てかそのソウルジェムって何!? どういう事なの!?」

 

 何故そんなに取り乱しているのだろうか。そう思い、自分の説明を思い返してみると、確かに少し早足だったかもしれない。自分では気が付けなかったが、緊張していたのだろうか。

 

「……ごめんなさい、ちょっと色々省き過ぎたわ。私自身、少し緊張していて」

 

 私は彼らに謝ると深呼吸をした後、もう一度最初から説明を始めた。

 

「さっきも言った通り、私は貴方たちとは違って普通の人間ではないの。どんな願いでも1つだけ叶える代わりに人外の力を持って人を喰らう化け物共――魔獣と戦う事を定められた "魔法少女" と呼ばれる存在よ」

 

「ま、魔法少女……」

 

 私の話を聞いて、巽完二がそう呟く。

 おそらく彼らは、日曜日の朝に放送されている女児向けアニメのようなものを想像しているのだろう。だが、生憎と私たちはそれとは真逆の血生臭い存在だ。

 

「 "魔法少女" なんて可愛らしい名前だけれど、その実態は凄惨そのもの。魔獣との戦いは常に命懸けな上に、時には他所から流れてきた魔法少女と自分の縄張りを賭けて殺し合う事さえある」

 

「こ、殺し合う……!?」

 

 今度は天城雪子が、私の言葉に大きく反応する。

 当然の反応だろう。可愛らしい名前をした存在が、同族同士で殺し殺されの血で血を洗う争いを繰り広げている、なんて聞けば誰だって驚く。

 

「ど、どうしてそんな事……?」

 

 里中千枝が、信じられないといった様子で言う。どうやらこの時点で、既に彼らには刺激が強かったらしい。

 

「そうなってしまうのは、仕方のない事なのよ」

 

「し、仕方ないって……!」

 

「原因はさっき見せたこれ、ソウルジェムにある」

 

「そ、それ……!」

 

 私は彼らに、さっきと同じ様に左手首に付いたソウルジェムを見せると話を続けた。

 実は退院後、変化したソウルジェムについて私なりに調べてみたが、ソウルジェムは見た目の他にもうひとつ変化した事があると分かった。それは魔法を使う際に使用する魔力の量が激減した事だ。普段ならば1回の戦闘で浄化におよそグリーフシード10個分が必要だったが、グリーフシード2個分にまで減っていたのだ。

 もしマミと杏子をペルソナ能力に目覚めさせる事が出来れば、戦闘時のグリーフシードの消費が少なくなり魔法も気兼ねなく使える様になるし、何より戦闘での死亡率が格段に下がる。もしかしたら3人そろって寿命で死ぬ事も夢ではなくなるかもしれない。

 だが、これについては今は話さない事にする。いきなりソウルジェムの変化に説明しては、彼らを混乱させてしまうからだ。

 

「ソウルジェムは魔法少女である証であると同時に、魔法を使う為に必要な魔力を生成する宝玉よ。けれど、魔力を生成する代償としてソウルジェムに "穢れ" が発生してしまう。この穢れというのが厄介で、これがソウルジェムを完全に汚染してしまうと私たちは死んでしまうのよ」

 

「なっ……」

 

 花村陽介が思わず息を呑む。いや、花村陽介だけではない。私の話を聞いた彼らは皆一様に息を呑んでいた。

 

「穢れを取るには "グリーフシード" と呼ばれる物質が、1回の戦いで少なくとも10個単位の数が必要。そして、その数のグリーフシードを得るには相当数の魔獣を討伐しなければならない。更に言えば、魔獣の発生率は地域によって大きく違う。これだけ言えば、後はもう分かるでしょう?」

 

 私の問い掛けに、誰1人として答える者はいない。酷く重たい沈黙が、この場を支配する。私は話を聞いて意気消沈する彼らに溜め息を吐くと語りかける。

 どうも、この空気は苦手だ。

 

「ただ、勘違いして欲しくないのは、全ての魔法少女がそういう思考を持っているわけではないということよ。誰だって同じ人間を好き好んで殺したいとは思っていない。私だって、出来ればそんな人殺し紛いの事はしたくないもの」

 

 相変わらずこの場を支配するのは沈黙ばかり。やはりこの話は彼らには刺激が強かったらしい。

 この沈黙をどうしたものか悩んでいると、クマ悲しげな顔で私に疑問をぶつけてきた。

 

「ほ、ホムチャンは辛くないクマか?」

 

 辛い、とは何に対してだろうか。魔獣と戦う事だろうか、それとも魔法少女同士で殺し合う事だろうか。まあ、どちらにしろ辛い事には変わりないが。

 少し考えた後、私はクマに思った事をそのまま話した。

 

「……辛くない、と言ったら嘘になるけど、私はどうしても叶えたい願いがあったから、それを受け入れて魔法少女になったの。それに、魔法少女になったお陰で本当の意味で心を許せる仲間に出会えた。だから……大丈夫よ」

 

 頭に結んだリボンに、そっと触れる。

 結局、叶えたい願いは叶える事は出来なかったけれど代わりに託された思いがあると気が付けたから、私はきっと幸せなんだと思う。

 視線をクマから彼らに戻して、私は問い掛けた。

 

「これで、魔法少女については理解したかしら?」

 

 私の問い掛けに帰ってきたのは、肯定の意を示す頷き。相変わらず深刻そうな顔しているか彼らだが、さっきの問答のお陰か顔色はだいぶ良くなった気がする。

 

「そう。なら、次はこの場で変身して見せるから慣れておいてちょうだい。まあ、貴方たちは既に見た事あるでしょうから必要ないかもしれないけど、一応ね」

 

 私は頷くと、彼らにそう告げる。すると、張り詰めていた緊張感がゆるゆると解れていく。あの重苦しい空気も薄まっていた。

 そういえば、今まで人に自分が変身するところを見せた事などあっただろうか。確か無かった筈だが、そうなると私の変身を初めて部外者に自分の意思で見せる事になるのか。……何か妙に恥ずかしくなってきたから、あまり考えないようにしよう。

 左腕のソウルジェムに強く意思を込めると、辺り一帯を照らす程の強烈な紫色の光が私を包み込む。

 

「うぉ、まぶしっ!」

 

 誰かがそう叫んでから数瞬、光が止むと同時に私は魔法少女の衣装に身を包んでいた。

 

「どうかしら」

 

 襟を正し肩にかかった髪を払い私は彼らに問うと、少しの間をおいて天城雪子が呟いた。

 

「……かっこいい」

 

 かっこいい。そう言われてほんの僅かだが、さわりと心が揺らぐ。そんな事を言われたのは私の名前を聞いた時、まどかに "燃え上がれって感じでかっこいい" と言われて以来だった。

 最初は名前負けしてるから好きではなかったけれど、今は誰に対してもこの名前が好きだと胸を張って言える。

 

「そ、そうかしら」

 

 首筋に右手を当てがう。いつの頃からか癖になった照れ隠しの動作だった。

 多分、杏子の癖が移ってしまったんだろう。

 

「様になっててかっこいいよ」

 

「クールな魔法少女って感じだよな」

 

「ほんとほんと、すっごく似合ってるよね」

 

 照れで曖昧な顔を浮かべる私に鳴上悠、花村陽介、里中千枝の3人が言う。どうやら私は、いつの間にかこの "ほむら" という名前の似合う人になっていたらしい。まどかに言われて以来ずっと名前に相応しい人物になろうと意識していた為に、その事実は私にとって喜ばしいものだった。

 

「あれあれー? カンジ、なーに黙ってるクマ?」

 

「へぁ!? ななな、なんでもねーよ!」

 

 クマに茶化された巽完二が思わず声を荒げた。随分と顔を赤くしているが、茶化された事がよほど恥ずかしかったのだろう。まあ、彼が人前で茶化されるのを良しとしないのはその風貌からして明らかだ。相手を威圧し精神的に優位に立つ事に慣れている不良少年にとって、茶化されるという体験は割と珍しい事なのかもしれない。

 ふと気が付けばあの重苦しい空気はどこかへ霧散し、和気藹々とした楽しげなものへと変わっていた。

 瞳を閉じて、頭に結んだリボンに触れる。きっと、ここから始まるのだろう。誰に与えられたものではなく、依存しすがるものでもない、私の――私だけの世界が。


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