Persona4 : Side of the Puella Magica 作:四十九院暁美
7月11日。
朝から学校中がざわついてる。
この学校に勤める教師が殺されたのだ、騒ぎにならない筈がない。
とりわけ、諸岡が担任だった私のクラスはざわつきが大きいく、あちらこちらから関連した様々な噂話がが飛び交っている。
「おっはよぉ」
そんな中、教室の引き戸が開くと同時に妙に間延びした女性が響いた。
この時点で、もう嫌な予感しかしない。
「今日から貴方たちの担任なった、柏木典子でぇす」
……ある生徒曰く "若作りオバサン" 。噂によると実年齢は40を超えてるらしい。そんな女性が異常に胸元を強調した服ばかり着て、自分の身体を強調するようなポーズをしているなど、寒気しか覚えない。生徒からの人気は言わずもがな、諸岡と同率1位である。
「知ってると思うけど、諸岡先生が亡くなられたので……私が代わりに、あなたたちのお相手をする事になったわけぇ、うふふ……」
教卓の横まで進み出てきた柏木は、前かがみになってポーズをとると自己紹介をする。悪い意味で衝撃的な人選に、さっきまで騒がしかった教室はにわかに静まり返ってしまう。
全く、誰だこんな人選をしたのは。
「はぁい、じゃあ、まず、諸岡センセに黙祷をささげまぁす。はぁい、じゃ目を閉じてぇ……」
相変わらず妙に間延びした声の柏木が、そう指示を出した為、私たちは言われた通り諸岡に黙祷を捧げた。
「はい、もういいわよぉ」
数秒の沈黙が過ぎた頃、柏木がそう言った。目を開けると、何故か柏木は教卓に足を組んで座っていて、微妙に跳ねた声で言う。
「諸岡先生に恥ずかしくないよう、張り切っていくわ」
柏木はそう意気込むが、すでに諸岡に恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。きっと、この光景を諸岡が見たら柏木の頭を出席簿で力一杯殴るだろう。
「来週の定期試験も、ちゃぁんとありまぁす。 "こういう時こそ、スケジュール通りに仕切らないとね、典ちゃん" って、校長先生がね。うっふふ。あなたたちのも大変よねぇ。でも、オトナになってくって、そういう事よぉ」
そしてやはり、定期試験はちゃんとあるらしい。
予想はできていたが、こんな時に試験をやろうとは思い切った決断だ。多分、各教科の平均点数は史上最低だろう。
「果てしなくうぜぇ……」
「モロキンから柏木って……どんな濃い味のコンボだよ……」
教室の各所からそんな事を呟く。ふと辺りを見渡せば、誰も彼もが吐き気を我慢しているような酷い顔をしていた。これなら諸岡の方がマシだった、何て声まで聞こえて来そうな程の惨状である。
この柏木典子の何が酷いかというと、自分の魅力を信じて疑わずにそれを前面に押し出してくる事だ。鼻にかかった甘ったるい声は聞くに堪えないし、いちいち無意味にポーズを取るのも鬱陶しくて下品。教師ならば教師らしくしていて欲しいものだが、あの様子では一生無理だろう。
「それとぉ、一応、言っとくけどぉ。1年に、例のアイドル……クジカワさん……だっけ? 入ったけどぉ。テレビで見るのとぜ〜んぜん違うから、がっかりしないようにねー……うふ。な〜にがアイドルよ……ねぇ? ただのシリの青いガキじゃないの」
柏木の果てしなくどうでも良い話は続いている。
そもそも40を超えた女性が10代の少女に嫉妬しているなんて、恥ずかしくはならないのだろうか。どれだけ対抗意識を燃やしたところで、勝敗は圧倒的だというのに。
因みに、クラスメートの会話を聞くと全員が私と同じ意見らしく「どう考えてもりせちーの圧勝だろ」という声がそこかしこから聞こえた。
「あ、そういやさ、知ってる? りせちーのストリップ番組の話」
その声の中で、不意に誰かがそんな話を持ち出す。私は思わず顔を向けて、聞き耳を立てた。
「はぁ? ストリップ? んなの出たら、マスコミ大騒ぎだろ」
「マジなんだって! けど結局、脱ぐ前に電波ヘンになって、見れなくなってさ……ほら、噂の "マヨナカテレビ" だよ」
「お前バカじゃね? あんなん信じてんの? どーせ、寝ぼけてただけだって……」
そこで私は、クラスメートの会話から意識を離した。
今の会話からして、マヨナカテレビの存在が広まってきている。今はまだ都市伝説で片付けられているが、そのうち取り返しのつかないレベルまで行ってしまうかもしれない。
「早いとも、解決しないとな……とにかく、今日集まろうぜ。放課後空けとけよ」
花村くんも同じ事を思ったらしく、深刻そうな顔で言った。私たちが彼の言葉に頷くと同時に予鈴が鳴り、授業の始まりを告げる。
柏木に若干イラつきつつも、真面目に授業に取り組んだ。
そして放課後。いつものようにジュネスのフードコートに集まると、適当にジュースやらなんやらを買って私たち特捜隊は屋根付きのベンチに座って話をしていた。
「あー……来週もう期末かぁ……。赤、久々にくるな、コレ……」
「しょっちゅうだろ」
「う、うっさいな! 花村に見せた事無いっしょ!」
「けど千枝は、赤の課目以外はいっつも平均点以上だよね」
「そ、そこ! フォローになってないから!! メリハリよ、メリハリ!!」
千枝の呟きに花村くんがそうツッコミを入れ、雪子がフォローになってないフォローを入れる。私にとってはいつも通りの光景だがりせにとっては面白かったのか、彼女がとても楽しそうに笑う。
「り、りせちゃんまで……」
「違うの、ごめんなさい。私……新しい学校でも、どうせ当分は友達うまく出来ないって思ってたから……」
ショックを受ける千枝に、りせが笑いながらそう言った。
彼女のアイドルという役職上、色眼鏡で見られる所為で、本当に友達と呼べる存在を作るのは難しい。話しかけてくる輩の大半が下心を持っているのだから、アイドルというのは何て因果な仕事なんだと思う。
「きっかけが事件なんかじゃなきゃ、もっと良かったんだけどね」
納得がいったのか、千枝が笑顔になる。
こんな事件がきっかけで知り合うより、もっと普通に知り合いになりたかったのは、私も同じ気持ちだ。
「てかそう、事件の話だけど、今回のモロキンの件……どう思う? 夜中の番組に、全然映んなかっただろ?」
事件で思い出したのか、花村くんが話を切り出す。
今回の殺人で最も不可解な点、それは "諸岡がマヨナカテレビに映っていない" という事だ。これまでの事例から考えると、どう見てもそれらからは外れている。
「犯人の動機……ほんと、何なのかな。どうして諸岡先生が狙われたんだろう」
「恨みってんなら、モロキン恨んでるヤツなんざ、数え切れねえ」
雪子と巽くんが犯人の動機について考察するが、どうも今までの事件と関連性が見出せないようだ。
すると、りせが犯行動機について意見を述べる。
「でも確か、テレビで話題になった人が狙われるんじゃなかった? テレビ見て狙い決めてるなら、被害者との面識無い犯人ってイメージだけど、そういうタイプは動機なんて考えても意味なさそう。会った事も無いのに意味分かんない理由で恨んでくる人、世の中にはいっぱいいるし」
「あ〜……りせちゃんが言うと、そういうのリアルだね……けどモロキンの場合、マヨナカテレビだけじゃなくて、普通のテレビにも出てなかったしな……んあ〜、全っ然分からん!」
りせの意見に対して、千枝はそう反論した後に頭を抱えた。
やはり、前の事件との関連性が見えてこない。今回の殺人は、何かが決定的に違う。だが、その何かが分からない。
「しっかし、ウチの高校から続けて2人か……警察、ウチの人間に目星つけて、目ぇ光らしてんだろうな……」
そういえば、といった感じで巽くんが呟く。
私としては、高校がマスコミから悪意ある報道をされないか心配だ。そのうち "呪われた高校" だとか何とか言って、有る事無い事報道されそうで恐ろしい。
「俺、白状するとさ……」
不意に、花村くんが口を開いた。
「正直、心のどこかで、モロキンのヤツが犯人かもって……思ってた事あんだ。ウチから2人目って言うけど、実際はもっとだろ? それにあいつ "死んで当然" とか何度も言ってた事あったしな……。けど、疑って悪かったなって……ムカつくヤツだったけど、こんな死に方あり得ないだろ……モロキンだけじゃねえ、可哀想っつーか、なんつーか……とにかく犯人、許せねえよ……!」
花村くんの話は、酷く重たいものだった。
私も少しだけ、ほんの少しだけ、諸岡が犯人なのではと考えた事がある。今思えば、何て馬鹿な事を考えてたんだ言わざるをえないような事だ。諸岡には、本当に申し訳ない事を考えてしまったと思う。
「モロキンの為にも、あたしたちに出来る事、やるしかないよ!あるってのが、今んとこ有力でしょ!? こうなると、ウチの学校になんか関係ならあたしたちで手分けして――」
花村くんの話を聞いた千枝が、より一層事件の捜査に気合を見せて、捜査を提案をした直後の事。
「その必要はありません」
聞き覚えのある声が響く。
声が聞こえた方を見ると、そこには直斗が立っていた。
「オ、オメェ……」
突然の登場に声をあげて驚く巽くんを余所に、直斗は私たちに言う。
「諸岡さんについての調査は、もう必要ありません」
「な、なんでよ?」
「容疑者が固まったようです。ここからは警察に任せるべきでしょう」
困惑する千枝が訊くと、直斗は冷ややかに、しかしどこか残念そうに言葉を返す。
私たちの事を暴くより先に、事件が解決してしまったからだろうか。……いや、考え過ぎか。
「なんで……んな事、お前が……」
呆然とした様子で花村くんが訊くと、直斗は無表情で自分の事を話した。
「僕が、県警本部の要請で来ている "特別捜査協力員の探偵" だからです」
「なんだそりゃ!?」
直斗が言ったあまりに突飛な肩書きに、花村くんが思わず立ち上がる。
まあ、直斗の肩書きを聞けばそうなるのは仕方ない事だと思う。私だって、最初に聞いた時は思わず訊き返してしまった程だ。
「容疑者固まったって……誰なのッ!?」
千枝が身を乗り出しそうな勢いでそう訊くと、直斗はそう言った。
「僕も名前は教えてもらっていません。容疑者……高校生の "少年" ですから」
場に、衝撃が走る。
犯人が私たちと同じ高校生。直斗からもたらされたその事実は、あまりに信じられないものだった。
「メディアにはまだ伏せられていますが、皆さんの学校の生徒じゃないようです。ただ、今回の容疑者手配には、よほど自身があるみたいですね……今までの事件と、問題の少年との関連が "周囲の証言" ではっきりしているそうです。逮捕は時間の問題かもしれません」
直斗が淡々と情報を述べていく。
話の内容を脳内で纏めていると、私は容疑者の少年が犯行を周囲にわざと知らせいるように感じた。そんな事はあり得ないと思ったが "周囲の証言" でという言葉が、もしかしたらそうではないだろうかと私に考えさせてしまう。
……嫌な、考えだ。
「無事解決となれば、またここも元通り、ひなびた田舎町に戻りますね」
直斗はそう締めくくると、ほんの少しだけ、注意深く見ないと分からないくらいに眉を顰めた。
「容疑者は……高校生……そうか。で、お前は何しに来たんだ? 伏せられてるんだろ、なんでわざわざ知らせに来た?」
いつの間にか席に座っていた花村くんが、胡乱な声色で訊く。すると、直斗は相変わらず平坦な物言いでそれに答える。
「皆さんの "遊び" も、間もなく終わりになるかも知れない……それだけは、伝えておいた方がいいと思ったので」
「遊びのつもりはない」
「……関わった事は否定しないんですか? まあ、いいでしょう。僕もこれ以上、どうこう言う気はありません」
鳴上くんが反論すると、直斗は一瞬威圧的な口調で言い返す。
しかし、まだ数度しか会った事がない私だが、今の直斗はどこか変だと感じる。何と言えば良いのか分からないが、とにかく平静と違う事がはっきりと分かる。
一体、どうしたと言うのだろうか。
「遊び……? 遊びはそっちじゃないの?」
そんな事を考えていると、不意にりせが怒気を含んだ視線を直斗に向ける。直斗は驚いて、思わず目を見開いて彼女を方を見た。
「探偵だか何だか知らないけど、あなたは、ただ謎を解いてるだけでしょ? 私たちの何を分かってるの? ……そっちの方が全然遊びよ」
りせの静かな怒りに同調して、花村くんも直斗に反論する。
「こっちゃ、大事な人殺されてんだ……遊びで出来るかよ……。それに、約束もしてるしな……」
「ヨヨヨースケ……」
クマが感激した声で花村くんの名前を呼ぶ中、2人の言葉に思うところがあったのか直斗は静かに呟いた。
「遊び……か。確かに、そうかも知れませんね……」
「な……なによ、急に物分かりいいじゃん」
千枝は少し驚いて直斗を見ると、戸惑った様にそう言う。
空虚な笑みを浮かべて瞑目する直斗に、花村くんが何か気が付いたのか茶化す様な口調で問いかけた。
「そっか、容疑者固まったのに、な〜んでこんなトコぶらぶらしてんのかと思ったら……容疑者わかったらお払い箱なのか? んで、寂しくなって来てみたとか?」
「花村くん、その言い方は……」
「良いんですよ、ほむらさん。……探偵は元々、逮捕には関わりませんよ。それに、事件に対して特別な感情もありません。ただ……必要な時にしか興味を持たれないというのは、確かに寂しい事ですね。もう、慣れましたけど……」
花村くんの言い方を咎めようとした私の言葉を遮って、直斗は笑いながら彼に言う。巽くんが何か言いたげな顔をして直斗を見るが、ついに何も言う事はなかった。
「謎の多い事件でしたが、意外と呆気ない幕切れでしたね……じゃ、もう行きます」
そう言い残して、直斗はこの場を去っていく。
何か言えれば良かったのだが、私には上手い言葉が見つからない。結局私も、巽くんと同じように何も言えなかった。
「容疑者、挙がったって……ほんとにこのまま解決なのかな?」
「ハァ……さあな」
千枝の疑問に、花村くんが溜め息と共に答える。
その後は何か会話も無く、どこか暗い雰囲気のまま今日は解散する事になった。