イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「世界に散らばる私の子どもたちよ」

 地揺れの影響が最も深刻だったのは、入社試験会場で試験官をしていたユリウスかもしれない。

 

「CS黒匣(ジン)ガード緊急停止! 待機中の受験生を1階へ誘導しろ!」

 

 試験官として迅速に指示を出すユリウス。指示を受けて動く部下たちは心中で「さすが室長」と感嘆していたりするのだが、ユリウス自身はそれどころではない。

 

(この非常事態なら試験が中止になることくらい、ルドガーなら分かるはずだ。それが戻らない……となると、多分道が塞がれたかで戻れなくなったんだ。早く行ってやらないといけないのに!)

 

 弟を思う余り焦りが募る。

 その焦りを鎮めるように、その「声」はユリウスの頭に直接響いた。

 

 

 

                   世界中の息子たちよ……

 

 

 

 最初は空耳かと思った。だが、周囲にいたエージェントが数名、ユリウスと同じように訝しんで周りを見回していることから、幻聴ではないようだ。

 

 ――後に知ることになるが、ユリウスと、そしてエージェント数名は、全員が骸殻能力者――クルスニク一族の者たちだった。

 

 

 

 

 地域新聞社「デイリートリグラフ」が構えるテナントビル。

 その大動脈、編集部のオフィスは忙しなかった。

 

 9割の社員が先の地揺れで散らばった原稿を拾い、または原稿が入ったデータ媒体に異常がないかチェックするのに必死だった。彼らにとってはすぐ来る明日に遺漏なく出さねばならない情報、大事な飯のタネなのだ。

 

 その中で一人だけ、開いた窓から身を乗り出して、灰色立ち込める天を仰ぐ少女がいた。

 

 吸い込まれるように、ひたむきに、少女は曇り空を仰ぎ見ていた。

 

 ――否。少女は、耳を傾けていたのだ。

 天を伝わり、血の同胞のみが聴くはずの、その声に。

 

 

 

 

                 世界中の息子たちよ

            私はあなたが殺されるのを見たくありません

             私はあなたが殺すのを見たくありません

 

 

                 世界中の娘たちよ

            私はあなたを守るために目覚めました

           私はあなたの魂を奪われぬために目覚めました

 

 

             世界に散らばる私の子どもたちよ

             私はあなたたちを愛しています

              私があなたたちを守ります

           私があなたたちを幸福な未来へ導きます

 

 

 

 

 

 ルドガーの目の前で土埃が晴れて、現れたモノは――人間でも精霊でもなかった。

 

 顔が、なかった。そこにいたモノには、顔がなかったのだ。

 つるりとした石膏のペルソナ。血の涙のような赤い筋が白い面を縦に両断している。

 

 骨は全てが金属のアームに置き換わった。皮膚が消えて上半身の骨格は剥き出しだ。特に両腕はもう肉の原型を留めていない。ただ工事重機のアームが地面近くまで垂れ下がるのみだ。胴体はもはや人工臓器らしきものが露出していて直視に堪えない。

 

 視覚的に救いなのは、背中は頭から尻まで甲殻に覆われて、向こう側を見通さずにすむ点か。

 

 髪の一房一房もコードに置き換わり、尖端に水晶刃を備えた武器となった。特に太いのが、頭から細いコードを束ねた円柱、繋ぎらしき円筒、工事用もかくやというウィンチと、三つ指にも似た捕獲アーム―― 一連のポニーテールだ。

 

 足は消えた。代わりに、甲殻と同じ素材の2本足で、しかも右足と左足でデザインが異なる。

 

 どう言い繕おうと、バケモノ、だ。

 

 

「………………………………イリス、なのか?」

 

 ソレに問いかける。

 ペルソナの口角が上がり、笑みが形作られる。ペルソナには表情機能があるらしい。

 

「イリスよ。コレがイリスの精霊態。蝕の精霊イリスの本性」

 

 答えた声はまぎれもなくイリスのものだ。コレはイリスなのだ。

 

「ふん。貴様など精霊を名乗るもおこがましい。世界を蝕む邪霊よ」

 

 頭上からクロノスが吐き捨てた。第三者のルドガーでさえむかつく気分にさせる声音と台詞だ。

 

「イリスからすれば、お前たち精霊こそ邪霊の名を冠すべきね。大自然を支配する権能を盾に取り、人類を管理下に置く傲慢なモノども」

 

 コードと化したイリスの髪が広がり、尖端を精霊軍団に向けた。精霊軍団もまた、再び属性に応じた一撃を撓めている。

 精霊軍団の攻撃が生み出す惨状は目の前にある通りだ。そこに同じ精霊らしきイリスの力がぶつかり合えばどうなるのか――

 

 じり、とルドガーの足は意思と無関係に下がっていた。

 

「大丈夫。貴方には傷一つ付けさせない」

 

 全属性の砲撃と、イリスが掌から発したエネルギーが激突した。

 

 ひどい眩しさに、ルドガーは腕で目を庇った。

 

 踏み止まっていられない。足が地面から浮いた。

 吹き飛ばされた。その後は覚えていない。


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