イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「そういう両想いなら大歓迎っ」

 レイアの返答はなかった。

 

 彼女としてはルンルン気分で訪れた部屋で、年上の男がじめじめと沈んでいたのだから、呆れられて然る。

 だがルドガーも言うだけ言った分、引っ込みがつかず、次の発言を探しあぐねていた。

 

 粘着質な空気が数分続いた頃、不意打ちでレイアがルドガーの横に来て、膝に両手を突き、鼻先まで顔を近づけてきた。

 

「ルドガー、取材行こう!」

「取材?」

「前はよく手伝ってくれたじゃん。ね、やろうよ」

「取材ったって、どこの何を……」

「わたし、ずっと考えてたの。新聞記者は真実を世の中に伝える大事なお仕事。編集長にそう言われて、わたしもそれを理想に頑張ってきた。その中でルドガーに会って、ユリウスさんに会って、ルドガーが分史対策エージェントになって、分史世界を壊すのに立ち会って、考えたの。頭の巡り悪いから考えるのって苦手なんだけど、それでもとにかく考えて」

 

 潤んだ、揺るぎのない、パロットグリーンの宝玉が二粒、ルドガーを映した。

 

「わたし、エージェントとか分史対策室とかクルスニク一族、それに今、世界で本当は何が起きてるのか、それに立ち向かってる人たちはどんな人たちなのかを、記事にしたいと思ったの」

 

 それはつまり、オリジンの審判とクルスニク一族にまつわる歴史を白日の下に晒すことを意味する。

 社内でもSSSクラスの機密事項を、一新聞記者に明かす。現室長のリドウはともかく、上役のビズリーやヴェルも黙ってはいまい。

 

(――だから何だ。秘密にしてたら、あの人たちがどんなに頑張っても、終わった後、誰も褒めてやれないじゃないか。それくらいならレイアの手で記事にしてもらったほうが、ずっと報われる。世界を守るためにこんだけ命懸けた人たちがいたんだって、世界中の人に知ってもらえる)

 

 

「分かった。行こう、レイア」

「……いいの? ほんと?」

「ああ。リドウとかビズリー社長は俺から説得してみる。俺、『鍵』のエージェントだから、多少の無茶は通せるかもしれない」

「やったあ!」

 

 レイアが飛び跳ねた。その行為に、期待したくなる。レイアはインタビューできることより、ルドガーの同行を喜んでくれているのではないか、と。

 

(そんなわけねえだろ。俺の自意識過剰)

 

「よし! そうと決まればさっそくクランスピア社にゴー!」

「おうっ」

 

 ルドガーは椅子を立ち、緩めていたネクタイを締め直した。そして、うずうずが顔に出ているレイアに付いて、部屋を出た。

 

 

 マンションを出て陽光を浴びる。気分が少しだけ上向く。こういう時、やっぱり人には太陽が必要なのだ、とえらそうなことを思うルドガーである。

 

「そうだ。レイア。今日来たのって、俺にエージェントの取材の件頼むためか?」

 

 ルドガーの愚痴にまぎれてレイアが他に言いたいことが言えなかったらと、今さらに心配になった。

 

 横を歩いていたレイアは、何故か照れを浮かべ、目線を泳がせながら言った。

 

「ちょっとでもルドガーに、日常ってもの、思い出してほしいな、なんて」

「レイア……」

「ほら、ここんとこずっと分史破壊任務だったでしょっ? だからさ、前みたいにしたら、ルドガーもちょっとは元気出るかな~……なんて」

 

 親しくなってからはレイアと取材旅行に行くのが当たり前だった。

 絶滅危惧種の光葉のクローバーの栽培法を訪ねて自称学者のハイテンション男に会った。雪男を探すんだとモン高原に行ってビバークした。エレンピオス人密猟者を追ってバングラットズァームと戦った。きな臭い商会に張り込んで情報屋のジョウと知り合った。

 

 思い出す。地道に就職活動をするかたわらで、レイアとハチャメチャな体験をするのが、ルドガーの「日常」だった。

 

「――俺、レイアのこと好きだなー」

「ど、どうしたのルドガー!? いきなり!」

「いや、何となく。レイアのそういうとこ、救われるなって」

「な、なんだ…そういう意味…びっくりさせないでよ、もー」

「ごめんごめん」

 

 ほのかに赤く染まった頬を手扇で仰ぐレイアに、もう一声。

 

「レイアが友達でよかった」

 

 ぱちくり。レイアはパロットグリーンの瞳を瞬かせ、そして、破顔した。

 

「わたしもっ。ルドガーはわたしの自慢の友達だよ!」

「両想いだな」

「うん、そういう両想いなら大歓迎っ」

 

 二人は足取りも軽く、クランスピア社へ向かった。


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