イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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Interview11 1000年待った語り部 Ⅲ
「案外しんどいんだな」


 エージェント。

 この名称を聞けば、ほとんどの人々が真っ先にかのクランスピア社の華々しく凛々しい仕事人を思い出されるだろう。

 彼らはクランスピア社の看板であり、市民のアイドルであり、一般人が力及ばない事柄を解決するヒーローである。

 

 ではこれが「分史対策エージェント」であったら。読者諸賢は首を傾げるのではないか。

 

 分史対策エージェントとは、時歪の因子(タイムファクター)より生じた分史世界を破壊し、我々の正史世界に魂のエネルギーを還元する使命を担った特務エージェントである。

 

 彼らは2000年の太古に、カナンの地の番人にして時空の大精霊クロノスより「骸殻」という特別な鎧と槍を授けられた。そしてその力で、命を削りながら、2000年の永きに渡って陰ながら世界を守ってきた。

 

 これだけ書くと、彼らが選ばれた特別な人間のように感じられるだろう。あるいは、同じ「人間」だと認めがたくなることもあるかもしれない。

 

 しかし、それは大きな誤りだ。

 

 分史対策エージェントたちは、ひとりひとりが違う心を持ち、違う人生を歩んでいた。彼らを一皮むけば、家族に囲まれ、友と遊び、恋人と睦み合い、泣いて笑った、我々と何ら変わらない一個人だった。

 

 断片に過ぎないが、クルスニクの使命に殉じた彼らの人生を、ここにいくつか紹介させていただきたく思う。

 

 

 L・R・クルスニクテラー

 

 

 

 

 

 

 

 ルドガーはマンションフルーレ302号室に帰宅するなり、自室に直行し、ベッドにダイブした。

 

(疲れた…よーやくあのプレッシャーから解放された…)

 

 今回の分史破壊任務には、とんでもないVIPが同行した。

 リーゼ・マクシア国王ガイアス。

 かつてア・ジュールとラ・シュガルという南北二大勢力に割れていたリーゼ・マクシアを平定し、初代統一国王となった覇王だ。

 

 彼はジュードから世界の裏事情を聞き、はるばるルドガーに会いに来た。

 

 

 “お前が世界の運命を預けるに足る人間か見極めさせてもらう”

 

 

(上から目線にも程があるだろ。いや王様なんだから当たり前なんだけど)

 

 

 “そうでもあるまい。真実を知れば誰もが抱く疑問だ”

 

 

 ガイアスはルドガーに分史世界へ連れていけ、と要求したので、折よく入った任務に同行してもらった。

 

 事前に「道標」があるらしいと知らされていたので、進入点のカン・バルクに行く前にカラハ・シャールでエルも拾っていった。そして、ルドガー、エル、レイア、ガイアス、イリスで任務に向かった。

 

 ガイアスはまさに「王」だった。威風堂々たる豪傑。後ろから一挙一動を見られているだけで、息が詰まるほどのプレッシャーだった。

 

 それに比べて、と思いながらルドガーは寝返りを打った。

 思い出すのは、レイアがガイアスにした「お願い」。

 

 

 “わたし、新聞記者やってるんだけど、ガイアスのこと、記事にしてもいい?”

 

 “記事にするのは、ガイアスの仕事が終わってからにするから”

 

 “待つよ。何年でも”

 

 “ありがとう! きっとすっごいスクープになるよ”

 

 “まずはわたしが大人にならなきゃ”

 

 

(レイアは凄いな。王様が相手でもブレない。しかもあんなに嬉しそうに記事にされるんじゃ、相手もイヤな気分になれないよな)

 

 レイアは記者として一日一日成長している。それに比べて――と、陰鬱とする。想うのだ。俺は何をしてるんだろう、と。

 

 ルドガーは真鍮の懐中時計を取り出し、かざす。

 

 世界を壊す仕事。可能性の枝、ありえたIFを伐って捨てる仕事。少なくとも人様に胸を張って言える仕事ではない(そもそも守秘義務があるので言う宛てもないが)。

 

 だが今のルドガーにはエージェントとしての仕事がライフラインなのだ。多額の借金を返済するため、兄の庇護を失くした自分が働いて生活の糧を得るために、分史対策エージェントの法外な給与は必要不可欠だ。

 

(甲斐性なしの男一人の生活のために壊される世界は堪ったもんじゃないな)

 

 懐中時計を握った手の甲で目元を覆い、自嘲した。

 

 

 ぴんぽーん

 

 

 牧歌的な音が思案を断ち切ってくれた。

 

 ルドガーはベッドから起き上がり、リビングに出て玄関ドアを開けた。

 

 

「レイア」

「やっほー。調子、どう?」

「ちょっと疲れてるけど、悪いとこはないよ。上がるか?」

「うん。おじゃましまーす」

 

 レイアはリビングに入るなり、テーブル備え付けのイスの一つに座った。1年もこの部屋に通っているレイアにとっては、そこが指定席なのだ。

 ルドガーはレイアの正面に座った。

 

「顔色悪いよ? もしかして休んでるの邪魔しちゃった?」

 

 ここで「なんともない」と優しくごまかすか、胸にある気持ちをぶちまけてしまうか。ルドガーの疲れた頭は、後者を選んだ。

 

「本音言うと、何で俺が、って気持ちがあるんだ」

「何で、って?」

「知らない子にいきなり痴漢の濡れ衣着せられて、テロに巻き込まれて、仕事なくして、借金背負って。それだけでもキツイのに、その上、自分でもよく分からない力で世界壊せとかさ。肝心のユリウスは何も教えてくれないし。エージェントになれたのは嬉しいけど、社長が本当に欲しかったのは『鍵』の力だった。俺、ほんの何週間か前までは、本当にどこにでもいる平々凡々な男だったんだぜ? 世界の危機とか縁遠い、モブキャラっていうか、背景の一部っていうか」

 

 ルドガーは前髪を掻き揚げ、苦し紛れに自嘲した。

 

「日常がなくなるって、案外しんどいんだな」


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