イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「近くにいさせちゃいけない」

 1階エントランスホールのあちこちに据え付けてある、円形の休憩スペースに、ルドガーは適当に腰を投げ出し座った。

 

「ルドガー、無事?」

 

 左側にレイア、右側にルルを抱えたエルが座った。

 

「メンタル的な意味では被害甚大……」

 

 明日からあんな男の下で働かねばならない。緊張するなというほうが無理だ。

 ルドガーは襟に着けられた社章バッジを指で摘まんだ。

 

「エル…本当によかったのか?」

「何が?」

「俺と一緒に『道標』集めするの」

 

 単純な分史破壊任務ならルドガーだけでも構わないが、「カナンの道標」を回収する時はエルを伴わなければならない。危険地帯にエルを放りこまねばならない。そこだけは回避できなかった。

 

 エルは考え込むように、ルルの毛並みに口元をうずめた。

 そして顔を上げてルドガーを見上げた時、エルの表情は決然としていた。

 

「エルはルドガーといっしょにカナンの地に行くの。だから、ルドガーといっしょに、オシゴト、がんばる」

 

 ルドガーは嬉しくなって、そして申し訳なくなって、エルの頭に手を置いた。エルは「コドモ扱いしないでーっ」とじたばたするが、そうなるとよけいイタズラしたくなるのが人情だ。そのままエルの頭を撫でてやった。

 

 そうしていると、ふいにエリーゼがエルの正面に立って笑った。

 

「エル。よかったらカラハ・シャールに来ませんか?」

 

 

 

 

 

「からは・しゃーる?」

「はい。わたしが住んでる街です。わたし、その街の領主のドロッセルって人のお家でお世話になってるんです」

「知ってる! リョーシュってエライ人でしょ」

「そうですよ。ドロッセルはお客さんが泊まったり、おしゃべりしたり一緒に出かけたりするの大好きですから、きっとエルのことも歓迎してくれます」

 

 エリーゼは内心必死だった。一刻も早くエルを説得し、エルをイリスから引き離さねばならない。

 

(イリスは精霊なんて名ばかり。そばにいれば瘴気に当てられて、触ったらレイアみたいに傷つく。居るだけで誰かを傷つける存在。この子をあんなモノの近くにいさせちゃいけない。わたしが守るって言ったんだもの)

 

 エルはルドガーをちらちら見上げている。そういえばルドガーは列車テロからエルの保護者ポジションだという。決して楽な生活ではなかったはずだ。

 

「ルドガーはどうですか?」

「え、俺? 俺は……」

 

 エルは不安と期待が半々に現れた顔でルドガーの答えを待っている。

 ずっと守ってくれた異性と離れるのが漠然と不安になるのは分かる。エリーゼも、ジュードにカラハ・シャールに留まれと言われた時は寂しく不安を感じた。しかし同時に、エリーゼを手放したジュードが、優しさからそうしたことも分かっていた。

 だから。

 

「そうだな、そうしてもらえよ、エル」

「え……ルドガーはそれでいいの?」

「? ああ、いいけど」

 

 だから、ルドガーが誠実な男なら、必ずジュードと同じ行動に出るとエリーゼは読んだ。

 

 エルはリュックサックのショルダーを両手で強く握りしめた。

 

「ルドガーがそうしろってゆーなら……エリーゼ、いい?」

「もちろんです!! そうと決まれば善は急げです!」

 

 エリーゼはエルの手を取って立ち上がらせ、駆け出した。当然エルも引っ張られて走る。

 

「こら、エリーゼっ。こんなとこで走んなって」

 

 まるで父親のような言い方で、アルヴィンが少女たちを追いかけて行った。

 

 

 

 

 駆けて行った少女二人と男一人に苦笑する仲間たちの中で、一人、ジュードだけが納得行かないという顔をしていた。

 

「どうしたの、ジュード?」

「あ、いや、気のせいかもしれないけど」

「なぁに? もったいつけずに言ってよ」

「じゃあ言うけど――エリーゼがエルと話してる間、ティポ、全然しゃべってなかったなーって」

 

 

 

 エリーゼはもちろん、彼らの誰もまだ知らない。

 蝕の精霊――蝕むのは、モノだけではない。




 ついにルドガーがエージェントになりました。
 イリス視点での説明をもっと入れたかったのが心残りです。
 エリーゼのイリスへの敵視は現時点でMAXです。実はこの子が一番イリスに対して正しい反応をしているという皮肉。

 そして皆様お忘れでしょうが、本作のルドガーはエルとの間接契約をしておりません。初っ端から直接契約です。エルなしで変身できるんで、ルドガーの単独行動が増える。
 つまり、タグの「エルが空気」はここから顕著になっていくってことです。

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