イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「エージェントとして雇ってください」

 ルドガーは社長室の前に立って一度深呼吸をした。

 今から「あの」ビズリー・カルシ・バクーに会うのだ。緊張するなというほうが無理だ。

 

 ヴェルがドアをノックして開いた。

 

「待っていたよ、ルドガー君」

 

 ビズリー直々に「待っていた」などと言われて、舞い上がらないエレンピオス人はいない。ルドガーも例に漏れず、心臓が跳ねた。

 

「頼まれていた物を持ってきました。これでよかったですか」

 

 緊張しながらもデータディスクをビズリーに差し出した。

 

「確かに。――ユリウスの手がかりは見つかったかね?」

 

 これに対しては首を横に振るしかできなかった。今回のイラート海停での件以外で、ユリウスの消息は噂でも耳にすることがなかった。

 

「よくお戻りになられた、導師イリス」

「ルドガーのそばを離れたくなかったから。だからイリスの知識は全てルドガーに伝えたわ」

「導師は君にどこまで教えたのかね」

 

 ビズリーの目がイリスからルドガーに向いた。

 

「2000年前の情報なんで、今も合ってるかは俺には分かりませんけど。原初の三霊とクルスニクの勝負と『審判』。それと、骸殻のペナルティと分史世界の関係を」

「そこまで知ったなら、もはや説明するまでもないな。で、今日私の指示を聞き入れたのは、利用するなとでも言いに来たからかね?」

「――逆です」

 

 ルドガーはホルスターから白金に輝く「マクスウェルの次元刀」(と呼ぶのだとイリスに聞いた)を出し、ビズリーに差し出した。

 

「俺が兄の代わりをします。俺をエージェントとして雇ってください」

「ほう?」

「俺には深い分史世界に入るだけの力があります。こうやって『道標』を持ち帰ることもできます。そういう才能の持ち主を、あなたは探していると聞きました。俺の持てる力を差し出します。だから俺をクランスピア社の分史対策エージェントにしてください」

 

 ビズリーの壮健な威容に呑まれそうになったが、ルドガーはエルのこの先を考えることで持ち堪えた。

 ――そう。今回、ルドガーがこの提案をしたのは、エルの存在をクランスピア社から隠すためだった。

 

 

 

 “それはね、エルが『鍵』だから”

 

 ヘリオボーグ研究所でイリスから聞いた。エルの特異性について。

 

 “『クルスニクの鍵』。分史世界の物質を正史世界に持ち帰れる力。エルはみんなが喉から手が出るほど欲しい蝶なの。蝶は弱い。いじわるするとすぐ死んでしまう。翅をもがれないよう、大事に大事に守ってくれる人のそばから離れないことを心がけなさい”

 

 ――エルが見上げたのはルドガーだった。レイアでもイリスでもなく、ルドガーだったのだ。

 

 

 

(ユリウスが俺のためにエージェントを続けたように。俺も、エルのために、誰かを護るための盾にならなきゃいけない時が来たんだ)

 

 一度はエルを見失うという失態を犯したからこそ、エルを守ること、そのために必要な策をルドガーは真剣に考えた。そして、この決断に至った。

 

「わたしも一緒にやるよっ。友達だもん。それにわたし、イリスの契約者だから」

「僕も。源霊匣開発が進まない原因がそこにあるなら、一緒にやらせてほしい」

 

 ビズリーを見上げる。レイアとジュードの協力宣言が蹴られる台詞はなかった。

 

「君の提案を受け入れよう。世界のために、君の力を貸してくれ」

 

 ルドガーはビズリーに「次元刀」を渡し、差し出された大きな手に応えて握手を交わした。

 

「地下訓練場に来い。骸殻の使い方を教えてやろう」


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