イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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Interview9 我が身を証に
「彼らはクルスニクの子ではないから」


 はるか古のお話。花の名を持つある少女が、水晶の卵から小さな精霊を孵しました。

 

 花の少女はどこに行くにも小さな精霊を連れて行きました。時には一緒に戦いました。戦友たちも、精霊との共栄を望む人々だったので、花の少女と小さな精霊の仲の良さを言祝ぎました。

 

 

 “お前はわたしよ、もう一人のイリス。大きくなって、強くなって、あの大精霊たちを殺してね”

 

 

 ある日のことです。花の少女とその仲間たちは、宝物を手に入れるため、海の魔物と戦いました。

 花の少女は小さな精霊と一緒に先陣を切って戦いました。

 ですが海の魔物は強く、花の少女は死の淵に追いやられました。

 

 心配して泣く小さな精霊に、花の少女はお願いしました。

 

 

 “精霊どもに運命を弄ばれたまま死ぬなんて絶対にイヤ。だから『イリス』、そうなる前にイリスを食べて。イリスの血肉を契約の証として立てるから、絶対に原初の三霊を殺して”

 

 

 小さな精霊は花の少女のお願いを聞いて、花の少女をひと欠片も残さず食べました。

 すると、ふしぎ。少女と精霊はひとつになって、新しい存在へと生まれ変わったのです。

 

 これが「蝕の精霊」が生まれた日のお話。

 

 

 

                 ~*~*~*~

 

 

「おしまい」

 

 イリスが寝物語を締め括る頃には、エルとルルはすっかり夢の中だった。愛おしさが込み上げて、イリスはエルの頭を撫でた。

 

 レイアと契約してから、イリスは瘴気を体内に収められるだけのマナを得られた。だが、触れたものを蝕む性質は変わっていない。服を着ても布が腐らなくなった程度だ。

 

 今は、腐蝕対策も兼ねて黒い全身ラバースーツで表皮を覆い、その上から服を着ている。紫のジャケット、オレンジのキュロットスカート、ローファー。どれもレイアがあつらえてくれた物だ。

 

 

「イ~リスっ」

「レイア」

「あ、エル寝ちゃったんだ。ルルも」

「ええ。こうして幼子を寝かしつけるのなんて何百年ぶりかしら――」

 

 レイアはどこか嬉しそうにイリスの隣に腰を下ろした。湿布とネットを処置したレイアの両手が視界に入る。イリスは痛痒を感じた。

 

「イリスってさ、ルドガーとかエルとか、クルスニクの人たちといる時、とっても優しい顔してるよね」

「優しい? そうかしら」

「うん。見守ってる、って感じ。きっとルドガーたち、イリスがそんな目で見つめてくれてるの、すごく安心してると思うよ。ほら、エルだって寝ちゃってるくらいだし」

「ルドガーやエルだけじゃないわ。イリスは、レイアも大事よ。こんな傷を負ってまでイリスを救ってくれた」

「えへへ、なんか照れるな~」

 

 レイアの笑顔は好きだ。見ていると、産まれてから幸せでなかったことなど一度もなく、出会ってきた人はいつでも優しかったという気がしてくる。レイア・ロランドはそんな不思議な魅力の持ち主だ。

 

「ところで、アルヴィンとエリーゼに電話したのでしょう。どうだったの」

 

 

 ――イラート海停を発つ前、エリーゼとアルヴィンは探索エージェントたちの治療をすると言って宿に残った。

 エリーゼはともかく、アルヴィンが留まったのは他ならぬエリーゼから懇願があったからだ。

 

「うん。今ちょうど全員分の治療が終わったって。後は病院でってことで。今からアルヴィンと一緒にこっちに戻るって」

「ナイトが付くなら心配しなくていいかしら」

「そだね。何だかんだでエリーゼってアルヴィンと仲良しだし」

 

 ――エリーゼ・ルタスは分史ヘリオボーグでの光景を引きずっている。目を離したらアルヴィンがいなくなりはしないか、という恐怖が彼女の心を蝕んでいる。だからアルヴィンを手放せない。仕事に行く親に行くなと駄々をこねる童のようで、大層愛らしいではないか。

 

(でも、言わない。彼らはクルスニクの子ではないから)

 

 

「ねー、イリス。一つ聞いていい?」

「何なりと」

「イリスは何でクランスピア社を脱走したの? まさか、ここの人たちに酷いことされたとか――」

「それこそ、まさか。目新しい物ばかりで、最新の情報はすぐ手に入ったし、何より常にクルスニクの子どもたちに会えた。仲良くなれた子もいたのよ。――だからこそ出て行こうと決意した。始祖の大事な子どもたちが、これ以上、精霊に破滅させられる前にケリをつけようと思って。兵器扱い自体はいいのだけど、自由に動けないのは困りものだったから」

 

 脱走して半年。イリスはカナンの地の「王」を平らげうるだけの器となるため、正史分史を問わず奔走した。

 有体に言えば、実体化した大精霊を探し出しては喰らった。源霊匣(オリジン)セルシウスにしたように。

 

「後悔、してる? ルドガーに付いてクラン社に来たこと」

「いいえ。ルドガーと共に戻ってきたのだから、これがイリスの運命なのでしょう」

「そっか…」

 

 するとレイアはぴょこんとソファーを立ち上がり、イリスへ手の平を差し出した。

 

「じゃあイリスと、ルドガーも、その運命ってヤツ、ちょっとでも早く何とかできるよう、頑張ってこう! ね?」

 

(ああ、やっぱり――どうして彼女はこんなにも優しくまばゆいのかしら。まるでお日様を一心に見つめ続けるひまわりのようだわ)

 

 イリスはレイアの手の平に手を重ねた。

 

 記者見習いと精霊モドキ、二人の少女の不思議な友情が結ばれた瞬間だった。


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