イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「母さんだったんだ」

 ――その時、彼には何もできなかった。

 

 自分にひたすら哀しげに笑いかけ、自分を強く抱き締めた母。

 銀の長い髪をふり乱して××××に襲いかかった母。

 ××××の必死の抵抗によって致命傷を負った母。

 呆然とする××××に覆い被さるように、血を胸から噴き上げて倒れた母。

 

 ――彼には何もできなかった。

 

 だからこそ彼は強くなりたいと強く望んだ。

 

 どんな形であれ、二度と目の前で「家族」が血を流すことがないように。

 二度と自分のせいで「家族」が傷つけ合うことがないように。

 

 …

 

 ……

 

 …………

 

 ルドガーは鈍痛と共に目を覚ました。

 

「う、ん…」

「気がついて?」

 

 声のほうを見やる。たったさっき庇ったあの女が、心配そうにルドガーを見下ろしている。

 

「ぁ……ぅわああ!?」

 

 意識が明瞭になるや、ルドガーは飛び起きて後ずさった。イリスはきょと、と首を傾げた。

 

「あ、あん、あんた…っ」

「イリスよ」

「い、イリス……じゃなくて、そのカッコ! 服っ!」

 

 イリスは一糸まとわぬ姿だった。産まれたままの姿だった。どう言い繕っても、ハダカ、だ。

 

「ああ、これ。イリスが着るとどんな布も腐り落ちてしまうから、服を着られなくて。だから髪を伸ばして隠しているのだけど、これでも駄目かしら」

「だ、ダメに決まってんだろ!!」

「こんなおぞましい皮膚に欲情する殿方なんていないでしょうに……しょうのない子」

 

 高い音が鳴り渡り、紫の光が炸裂した。ルドガーはとっさに目を庇う。

 

「これでいいかしら」

 

 声に反射で腕を外してイリスをまた見て、また別の意味で度肝を抜かれた。

 

 イリスはどこから出したのか、近未来SFでバトルヒロインが着るようなアーマードボディスーツを纏っていた。

 素地は紫紺で、所々にあじさい色の蛍光ラインが入っている。同じパーツで出来たヘッドギアの留め具が頬をも覆う。腿や腰や肩には、昆虫の翅にも似たパーツが乱立している。両手両足は獣の四肢を模したそれに変化していた。

 

「あ、ああ。いいんじゃない、か?」

 

 ボディラインを強調するラバースーツのほうが裸より問題大ありだとしても、ルドガーの中では丸裸の異性を連れ歩くよりずっと常識的である。

 

「じゃあ問題がなくなった所で街へ下りましょう。中はさっきの地割れで崩れていたから」

「あ。そういえば、どこだ? ココ」

「さっきまでいた空洞を抜けた先()()()()()()()()()()()()わ。尤もこの場所で忠犬よろしく待てというわけにもいかないから、せめて人のいる場所に行ったほうがいいんじゃなくて?」

 

 銀糸をゆらめかせて笑うイリス。

 ふと彼女の何かに、ルドガーは既視感を抱いた。

 

(それもそう、か。会社に戻らないと、試験がどうなったかも分からないし……ユリウス、心配してるかも。それにイリスだ。何でクラン社の地下であんなやり方で捕まえられてたか、それを知るには、クラン社へ戻らないと)

 

 立ち上がろうとして、足がもつれた。こんな時に、先ほどの落下のダメージが来たらしい。

 ルドガーは片膝を突いた。

 

「大丈夫っ? どこか怪我をしたの?」

 

 イリスがしゃがんでルドガーの顔を覗き込む。今までの妖艶さが嘘のように、本気の心配を浮かべている。

 

 また、既視感。

 

「えっと、さっきちょっと高いとこから落ちたから」

「……イリスのせいね。ごめんなさい」

 

 イリスは落下のことを、チューブを外した時だと思ったらしい。申し訳なさげに面を伏せる。

 

「イリスのせいじゃないよっ。俺がドジっただけだから。このくらい何てことない」

「――ルドガーがそう言うのなら。でも痛みが続くようなら我慢しては駄目よ」

 

 その言い方が、どこかで聞いたものに感じられて。これで何度目か、ルドガーは胸を押さえた。

 

 イリスが先に立ち上がり、歩き出した。その拍子にふわりと長い髪が慣性で浮いた。

 とたん、ルドガーは既視感の正体を突き止めた。

 

「分かった」

「なに?」

「何か思い出すなーと思ったら、母さんだったんだ。俺の母さん、イリスと同じで銀髪のロングだったから」

「それはイリスと、というより、貴方と同じ、と言ったほうがいいんじゃなくて? 貴方のお母さんなんだから」

「いや、なんていうか、こう…動いた時のふわっとした感じとか、ふり向く時の髪の揺れ方とか、ほんとそっくりだ」

「ふふ。ルドガーのお母さんと同じなんて光栄だわ。褒め言葉として頂戴しておくわね」

 

 そう言って笑ったイリスの顔に先までの妖しさはなく、ただ明るく無邪気だった。

 これもだ。この、微笑ましいものを見守るような表情もまた、ルドガーの中に母の思い出を想起させた。


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