イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「このひとにだけはきらわれたくない」

「イリスっ」

 

 今日のイリスは、黴だらけでボロボロの迷彩服を着ていた。もはや服が服として機能していない。女として大事なアソコやアソコが見えているのに、当のイリスは平然としている。

 

「ちょ、ルドガーとジュード、回れ右! そいでジュードは白衣貸して!」

 

 レイアが物凄い剣幕で叫んだので、反射的に命令に従った。ジュードも横で、レイアに白衣を剥ぎ取られながらも、同じくしていた。

 

「貴女……列車でルドガーと一緒にいた子ね」

「レイアだよ。って、それどころじゃなくて、服! とにかくこれ羽織って」

「……クルスニクの子以外で普通に心配してくれたの、貴女が初めてだわ」

 

 レイアが「もういいよ」と言ったので、ルドガーもジュードもふり返れた。

 

 イリスはジュードの白衣をきっちり着ていた。ボタンを全て留めているので、露出面も問題なしである。

 

「ルドガー。彼女が『イリス』?」

「ああ。――イリスっ」

 

 駆け寄ると、イリスは柔らかい笑みを浮かべて迎えてくれた。ルドガーも嬉しくなった。

 

「いつも俺の行く先々にいてくれるな」

「気持ち悪い?」

「ぜんっぜん。会えてよかった。話したかったから、色々」

「ありがとう。でも、話をするのは」

 

 翠眼から温度が消えた。彼女の目線が流れたのは、背後で帯電した紫電色の球体。

 

「アレを片付けてからにしましょう」

「待って!」

 

 制止の声を上げたのはジュードだった。

 

「せめて源霊匣(オリジン)ヴォルトで、基地の停電だけでも回復させないと。それまで待って」

「必要ないわ。ここは分史世界だから」

「分史……世界?」

「有体に言えば、正しい歴史から枝分かれした『IF』の世界。パラレルワールド。あの電球を殺せば、この世界は崩壊する。どれだけ人助けをしたって、結局は壊れてしまう世界よ。それに意味がある?」

 

 それ以上の反駁をイリスは受け入れなかった。

 

 紫の光の歯車がイリスを囲んで展開し、イリスの姿は紫紺のアーマードスーツを着たものに変わった。

 アーマードスーツのあちこちからケーブルやコードが無尽に射出され、源霊匣ヴォルトをがんじがらめに捕えた。

 

『…ジジ…ガガ……ジャレイ…ジャレイ…コロス!』

「くあ!?」

 

 イリスが片膝を突いた。ケーブルやコードの束を見やると、それらは帯電していた。源霊匣ヴォルトが、自身を捉えた触手に電流を流し、イリスを逆に攻撃したのだ。

 

『シネ! シネ!』

 

 電流が触手を走り、イリスに電気ショックを与え続ける。

 

「イリス!」

「来ないで! 貴方まで感電する!」

 

 来るな、と言われて反射的に足を止めてしまった。

 

「大丈夫よ。イリス、この程度で負けないから」

 

 ふり返ったイリスは笑っていた。源霊匣ヴォルトの電流で体中が痛くて堪らないはずなのに、ルドガーに笑いかけたのだ。

 

(同じだ。初めて会った時も、この人は精霊たちと戦いながら、こんなふうに笑った)

 

 ――1年前のイリスはいかな見返りもなく、ルドガーのために戦って傷ついた。それが当たり前だというように。

 

(他人にどうしてほしいとかどう思ってほしいとか思ったことはない。お人好しってよく言われたけど、俺がしたいからしてるんだし。だから礼なんて言わなくていい。お返しなんて要らない。俺ぐらいの奴なんて、そこら中に溢れ返ってるよ)

 

 あそこにいたのが別のクルスニク血縁者、たとえばユリウスでもイリスは同じことをしたと断言できる。

 

(俺なんか何の役にも立たないし、何もできないし。イリスが傷ついてまで守る価値なんてないんだよ。だから、やめろよ。もう傷つかないでくれ。もう頑張らないでくれ)

 

 傷ついているのはイリスとて同じなのに。自分はいいのだと笑って言った。

 

 ルドガー・ウィル・クルスニクは人生で初めて、想ったのだ。

 

(このひとにだけはきらわれたくない)

 

「イリスッッ!!」

 

 イリスと源霊匣ヴォルトの間に飛び出して双剣の片方を抜いた。

 大上段に剣を振り被る。紫電の閃き。この触手を斬れば感電する。分かっている。分かっていてももう引けない。

 

(後からイリスに、俺なんか守らなきゃよかった、頑張って損した、なんて思われたくない。今まで通りに接してほしい。だって、イリスは)

 

 

 無償の愛を惜しみなく注いでくれた、「     」のようなひと、だから。

 

 

 ルドガーは剣を振り下ろし、イリスと源霊匣ヴォルトを繋ぐ触手を全て切断した。

 大量の電流が、刀身から手へ、手から全身へ伝わった。

 

「ルドガーっっ!!」

 

 イリスの悲鳴のような呼びかけを最後に、ルドガーの意識は途切れた。




 ついにルドガーの中でイリスの位置づけが決まりました。
 ユティは「友達」、フェイは「我が子」、ジゼルは「先輩」と来て、4人目オリ主のイリスはずばり! というわけです。

 まさかの、テロがあった世界=分史、何もなかった世界=正史です。
 よって正史のアルヴィンは無事なのですが、エリーゼの心には大きな傷が残ったでしょう。

 ちなみにエルとエリーゼが正史に戻った時にエルの時計が戻っていたのは、入れ替わりにルドガーが分史世界に入ったからです。
 正史世界の物質がなければ、分史世界の物質でも存在できるのは衆知の通りです。

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