イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「所詮は刀のくせに」

 イリスは歩く殺戮兵器と化したエリーゼの後ろに付いて、施設を進んで行った。

 途上のアルクノアとやらの掃討は手間だと思っていたので、エリーゼが奮闘してくれてありがたい。

 

「イリス。エリーゼ、なんかこわい」

「ナァ~…」

 

 エルは黴だらけの軍服の裾を握って付いて来ている。エルの傍らをさらに恰幅のいい白黒猫が付いて来る。

 手は繋げない。繋いだらエルの玉の肌を爛れさせてしまう。

 

「確かにエルには恐ろしいかもね。でも今止めたらきっとエルとイリスが潰されてしまうわ」

「そうかも、だけど」

「安心して。これが終わったら止めるから」

「エリーゼ、ちゃんと元にもどる?」

「ええ。もちろん」

 

 ここは分史世界。正史世界に戻れば、エリーゼが想う男はちゃんと生きている。男の死はいずれただの悪夢として心の底に沈み、エリーゼはたおやかな少女に戻る。エリーゼが夢から覚めるまでは、露払いの役に立ってもらおう。

 

 

 ついに彼女たちが屋上へ踏み入った時、屋上には先客がいた。

 

 イリスは一瞬息を呑んだが、奥歯を割らんばかりに噛みしめて動揺を封殺した。

 

 その先客が、当代において「ミュゼ」という名を冠した、「マクスウェルの次元刀」のヒト型の器ということは分かっていた。

 

 イリスはエリーゼをふり返り、しゃがんでエリーゼの耳に口を寄せた。

 

「ここまででいいわ。お疲れ様」

 

 イリスが囁くと、エリーゼは糸の切れた人形のように崩れ落ち、倒れた。ティポも白目を剥いて地面に落ちた。

 

「エリーゼ!?」

「エル、彼女をお願い」

 

 エリーゼに駆け寄ったエルたちを守るコードの「壁」を展開してから、前に出てミュゼと対峙した。

 

「よくもまあクラン=セミラミスの女主人のご尊顔を被って地上に降りれたものね、次元刀。恥を知らないのかしら」

「――ミュゼよ」

 

 イリスは俯き、こっそりと拳を固めた。

 

(ミュゼ様のご尊顔をして「らしく」しても、所詮は刀のくせに)

 

「お前は『何』? 精霊にも見えるけれど、精霊はそんな邪気は放たない。――私はジュードたちに会いに来たの。邪魔するなら薙ぎ倒すわよ」

「表現が不適切ね。正確には『斬り倒す』でしょう。お前は刀なのだから」

 

 通常の骸殻能力者のものとは異なる骸殻――変異骸殻を纏い、コネクターを無数に巡らせる。

 翠眼は好戦的に爛々と輝き、口の端は限界まで吊り上がった。

 

 

「錆びて腐って爛れて――死ね」

 

 …………

 

 ……

 

 …

 

 エリーゼの傍らでただ座り込んでいたエルの前で、ばらりとコードの「壁」がほどけて落ちた。

 

 「壁」の向こうに立っていたのは、列車の時のように紫紺のアーマードスーツをまとったイリス。イリスの手には、小さな白金の歯車の集合体が載っていた。

 

「何ともない? エル」

「うん――」

 

 エルはぽやーっとした気分でイリスを見上げていた。この時に限り、エルの中では危機感がなかった。

 

「エル、手を出してちょうだい」

 

 意図は分からないまま両手を差し出す。イリスは差し出したエルの手の上に、白金の歯車の集合体を置いた。

 

 それを見計らったかのように、景色がガラスのようにひび割れ、崩れ落ちていった。

 

 場所こそ同じだが、先ほどまでいた世界とは異なる。正しい世界に帰ってきた。何の根拠もなく、エルはそう感じ取った。

 

「離さないで。無くさないで。とても大切な物だから。貴女にとっての『パパ』の時計と同じくらい。これを託せるのは貴女しかいないの」

 

 自分しかいない。それほどの大役を幼いエルに任せる者などいなかったから、エルの胸は期待に躍った。エルは白金の歯車の集合体を胸に強く押しつけた。

 

 その時だった。胸に硬い感触があった。

 見下ろすと、エルはいつのまにか父から託された真鍮の懐中時計を首から提げていた。

 

 

 “エル”

 

 

「ルドガーが呼んでる」

「……そう。あの子は分史世界に入ったのね」

 

 エルは天を仰いだ。曇った空があるだけのそこに、エルはイリスらとは異なる人物を視ていた。

 

「ごめんなさい。少し借りるわ」

 

 イリスがエルの時計を掬い上げ、手に取った。

 ――光の柱がイリスを包んだ。エルの前から、イリスだけが消えた。


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