イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「一緒なら何もこわくないね」

 そこで不意に銃器が連射された音がした。アルクノアの兵士がこちらに機関銃を撃ったのだ。

 エリーゼは精霊術での防御を図るが、詠唱より銃弾が速い。

 

 すると、イリスが何の気負いもなく、掌を弾幕に向けた。

 

 地面を突き破って何十本もの細いコードやケーブルが生えた。コードは幾重にも交差して「網」を形成した。虫取り網ほどに精細な目のクロスステッチ。それを重ねて網は面に、面は壁となり、銃弾をことごとく跳ね返したのだ。

 

「すごい……」『アンビリーバボー!!』

 

 先刻もこうして助けてくれたのか。一年前の旅で多くの強敵と対峙したエリーゼも、このような技巧は初めて見た。

 

 だが、イリスの技はあくまで銃弾を防いだだけで、弾を放ったアルクノアを仕留めたわけではなかった。

 

 「壁」がほどけてから、アルクノア兵が再び銃器を構え――

 

 直後、彼らの背後から撃たれた銃弾によって、アルクノア兵は沈黙した。

 

「エリーゼッ!!」

「え、アルヴィン!? どうして」

 

 エリーゼたちの二度目の窮地を救ったのは、去年、共に旅をした仲間、アルヴィンだった。今はエレンピオスのスーツに身を包んでいるが、エリーゼが彼を見間違うわけがない。

 

 互いに駆け寄り合って、会話できる距離に立った。

 

「大丈夫かっ? ケガとかしてねえか?」

「は、はい。平気です。アルヴィンはどうしてここに?」『タイミングばっちしー♡』

「前に使節団に選ばれたって手紙くれたろ。いっちょ驚かしてやろうと思って研究所に来たらドンパチやってたってわけ。慣れねえこともたまにはしてみるもんだ」

「わたしに会いに来た、んですか?」

「俺だって昔の仲間に会いたいと思うことくらいあるんだよ、お姫様」

 

 アルヴィンがエリーゼのおでこを小突いた。懐かしく、暖かい。心の中から恐怖が消えていくのが分かった。

 この混乱の中でアルヴィンに再会できた、ささやかな奇蹟。

 

『おっとこまえー。アルヴィンが一緒なら何もこわくないね♪』

「頼りにしてくれていいぜ」

「またすぐ調子に乗るんですから」『でも今日は許したげるー』

「姫君がご機嫌で何よりだ。――エリーゼ、精霊術のレベルは去年と同じか?」

「はい。ティポもいますから、前と変わらないと思ってくれていいです。アルヴィンのお手伝いもできますよ」

「……子どもに頼るのは気が引けるんだが。悪い、手伝ってくれ。正直この数は一人じゃキツイ」

「任せてください」『がんばっちゃうんだからなー!』

 

 

 

 

 ――そこからは快進撃だった。

 エリーゼが大規模な闇の精霊術でアルクノア兵を一息に片付ける。討ち漏らしがあればアルヴィンが大剣か銃でフォローする。

 

「イリス、やることないね」

「全くだわ。せっかく無理を押して駆けつけたのに、ルドガーはいないし、ナイトの役目は取られるし」

 

 ――エルとイリスについては、「見学中に仲良くなった子」と「テロから助けてくれた人」とアルヴィンには紹介してある。

 アルヴィンが握手しようとしたが、イリスはその手を握り返すことはなかった。

 

 

「元アルクノアなんて言うからですよ」『信用ガタ落ち~』

「さっきのことか? ウソつきたくねえんだよ、もう」

「だからって……もうっ」

 

 嘘をつきたくないというアルヴィンの決意は尊重したいが、そのせいでアルヴィンが悪党に見られるのは嫌だ。

 エリーゼは悶々とした気分で、アルヴィンを追い抜いて先に歩いて行った。

 

 ――それが悪手だと知るのは、廊下の角を曲がってからだった。

 

 廊下の先に待ち構えていたのは、アルクノアの重装兵。黒匣(ジン)兵器のエネルギーチャージは完了していた。

 つまり、エリーゼは恰好の的だった。

 

「エリーゼッ!!」

 

 後ろを向く。アルヴィンが飛び出し、エリーゼを掴み寄せる。そして、自身の腕の中に隠す――

 

 電磁砲が炸裂する音がしてから、エリーゼとアルヴィンは元いた廊下の角に転がった。

 

「アル、ヴィン?」

「はっ…ケガ、ねえか…エリー…づっ…」

 

 どうして自分はアルヴィンに押し倒されているのだろう? どうしてアルヴィンの呼吸はこんなに苦しげなのだろう? どうして床に血が広がっていくのだろう? どうして、どうして、どうして――

 

「わたし、は、大丈夫、です。でも、アル……」

「…じゃ、いいか…わり…ここまで、だ…」

 

 エリーゼの体にかかるアルヴィンの重みが急に増した。

 

『アルヴィン! アルヴィン! 起きろバホー! 死ぬなー!』

 

 死ぬ? アルヴィンが――死んだ?

 

 ふいにエリーゼの上からアルヴィンがどいた。エリーゼは頬を引き攣らせながらも笑った。

 やはりアルヴィンは死んでなどいなかった。ウソツキはキライだと前に言ったのに、こんな嘘をつくなんてあんまりだ。ちょっと泣きそうだったんだと怒ってやらないと。

 

 希望を胸に起き上がったエリーゼが見たものは。

 ボロ布のように触手にぶら下げられ、目から光を失ったアルヴィンの死体だった。

 

「あ、あ、ああ…っ」『ヤダー! ヤダよー! 何でー! うわ~~~~ん!!』

 

 触手が彼だったモノをゆっくり下ろす。エリーゼは彼の骸に縋って泣いた。

 

「エ、エリーゼ…」

「エル、今は」

『おい! ここにも生き残りがいたぞ!』

 

 アルクノア。テロリスト。人殺しの集団。彼をエリーゼから奪った奴ら。

 

(許せない。許せない。絶対に許さない!)

 

 エリーゼは泣き濡れた目に憤怒を燃やして身を翻し、人生最速で術を編み上げた。

 

「『リベールゴーランド!!!!』」

 

 最初の兵と、呼ばれて集まった兵が、闇の包囲陣の中で爆散した。

 

(次の敵はどこ?)

 

 エリーゼはふらふらと歩き出す。新たなエモノを求めて。彼を奪った者たちの血を求めて。


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