イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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Interview4 1000年待った語り部 Ⅱ
「どっちを信じるかは明白だよね」


 公正なゲームがしたいなら、チェスか将棋。

 公平なゲームがしたいなら、ポーカーかブラックジャック。

 

 どこが違うんだ、と首を傾げる読者諸賢が目に浮かぶようである。しかしここはしばし著者の持論展開に目を傾けて頂きたい。

 

 ゲームのルールとは完璧であればあるほど、プレイヤーの彼我の差を浮き彫りにする。一対一ならば尚のこと、プレイヤーの性能がそのまま勝敗となると言っても過言ではない。

 

 公正とはいわば完璧に調整された天秤。受け皿に重さの違う分銅を載せれば、より重い皿が傾く。物理学の基本法則だ。

 

 驚くことに、『オリジンの審判』にもその法則は当てはまるのだ。

 

 筆者はクランスピア社の専門セクション協力の下、過去の『オリジンの審判』の資料を第一審から現在まで読み返してみた。結果は読者諸賢もご存じの通り、負け越し。

 

 精霊側の数々の行いにより、『オリジンの審判』が公平なゲームでなかったのは周知の事実である。

 

 では、せめて公正なゲームであったかといえば、全くそのようなことはない。

 

 人類と精霊では、性能に天と地ほどの開きがある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。最初から人類は精霊に劣るように生まれてしまっている。

 仮に番人クロノスが骸殻の罠、分史世界の罠を張らずとも、精霊の主マクスウェルが断界殻(シェル)を造らなかろうと、人類は敗北していた。

 

 プレイヤーが「人」と「精霊」であった時点で、人類の――我々の破滅は確定していたのだ。

 

 

 

L・R・クルスニクテラー

 

 

 

 

 

 

 

 

 多分に不快な気分で覚醒したルドガーが一番に聞いたのは、ニュースキャスターの声だった。

 

 

《……り返します。完成したばかりの自然工場アスコルドに、暴走した列車が脱線衝突し、大破しました。被害者規模と死傷者の数は掴めていませんが、当局はリーゼ・マクシアとの……》

 

 

 上半身を起こす。正面の壁一面に所狭しと並んだ酒瓶。カウンター席。うす暗い室内の対角線上にはグラスを磨くバーテンダー。どうやら自分はどこかのバーにいるらしい。

 

 ふとテーブル越しのソファーにエルが寝かされているのを見つける。テーブルの上にちょうどルルがいて、エルを見守っている。列車での「エルのことは責任持て」発言はルルの中で未だ有効らしい。

 

 ルルよりもっと手前にはあの真鍮の時計。エルの物か、ユリウスの物か。状況的には後者だと踏んで、ルドガーは起きて立ち、真鍮時計をそっと取ってポケットに入れた。

 

「列車テロだって。物騒だねえ」

 

 ふいにルドガーたちのボックス席の前、カウンターに座っていた赤いスーツの男が声を上げた。内心跳ね上がりたいくらい驚いた。

 

「あ、あんたは……?」

「君たちの命の恩人。それだけ覚えててくれればO・K」

 

 赤スーツの男は椅子を回してルドガーをふり返った。同じ赤を着るのでも、ついさっき会ったビズリーとこの男では天と地の開きがあるのだな、と頭の片隅で思った。

 

「で。起きて早速で悪いが、二人合わせて1500万ガルドだ」

「ぇえ!?」

 

 素っ頓狂な声が出た。その拍子にエルが目を覚ました。

 

 エルは起き上がって左右を見渡し、ルドガーがいると気づくや、寝ぼけ眼でソファーを這い下りてルドガーのズボンにしがみついた。

 

「ケガ、大丈夫か?」

「だいじょうぶ」

 

 自分の体をチェックしたわけでもないのに、エルはやたらと確信的に答えた。

 

「あの、1500万って……」

「治療費だよ。君たちの命の値段」

 

 高すぎる。ルドガーは反射的に思った。この男は明らかにこちらの足元を見てぼったくろうとしている。エル共々助かったのは素直に喜ばしいが、よりによって何故、こんなヤブ医者に――

 

「あんた――ひょっとして、クラン社医療エージェントのリドウ・ゼク・ルギエヴィート?」

「何だ、知ってんの。さすがのユリウスもそこまでは情報シャットアウトできなかったか」

 

 リドウ・ゼク・ルギエヴィート。兄ユリウスと肩を並べるトップエージェントで、特に医学分野での活躍が目覚ましい。クランスピア社のエージェントを挙げろと言われれば兄と彼、と巷で言われているほどだ。

 

「エル、お金かせいだ時なんてない……」

 

 しおれたエルを、リドウは虫でも見るような目つきでソファーに叩きつけた。幼い悲鳴が上がる。

 

「稼ぐ気さえあれば金を作る手段なんかいくらでもあるんだよ。子供だろうが何だろうが」

 

 もう我慢できなかった。ルドガーは、エルを掴むリドウの腕に手を伸ばし――

 

「ごめーん、話し込んじゃっ……何してるの!?」

 

 レイアだった。入るなり彼女は駆けてきた。

 

 リドウはエルを引っ張り寄せてルドガーから離れた。実質、エルを人質に取られた状況だ。

 

「どうしたの?」

「いや、その……」

「治療費が高すぎるってクレームをつけられてね」

「いくら?」

「……1500万」

「高すぎます!」

 

 レイアはリドウに詰め寄った。

 

「どういうことですか。いくらクラン社のトップエージェントだからって、こんな高額を請求できるなんて聞いたことありません。ドクターエージェントは他のエージェントと違って請求上限があるはずです」

「命を救ったんだ。妥当な値段だろう? それに俺のこれは、エージェントの仕事じゃなくて、俺個人の善意の営業」

「だとしても、医療黒匣(ジン)による治療費の相場や、緊急災害時における医師の救護従事義務を考えると、あなたの行為は正当とは言えません! この件はきっちり記事にして世間に発表させてもらいますから!」

 

 リドウは悠々とした笑みを崩さない。エージェントにとってはスキャンダルのはずなのに。

 

「別に記事にしてもいいけど。ただ、クランスピア社のトップエージェントと、地元紙の駆け出し記者、世間がどっちを信じるかは明白だよね」

「う……く、ぅ…っ」

 

 レイアは反論できないでいる。見ていられなかった。

 ルドガーはレイアの肩を掴んだ。

 

「いいよ、レイア」

「っ、ルドガー、でも」

「レイアが俺たちのためにがんばってくれたの、ちゃんと伝わったから」

 

 ルドガーはレイアを下がらせ、リドウの前に立った。

 

「銀行からの融資――借金の契約をして金を用意する。だからエルを返してくれ」

「O・K。賢明な判断だ」

 

 リドウはぞんざいにエルの腕を離して前に突き出した。

 まろび出たエルを慌ててキャッチする。涙の膜が張った翠眼は見ないフリをして、ルドガーはエルの頭を撫でた。

 

 慰めるようにルルが下から鳴いた。ルドガーとエル、どちらを慰めているかは分からなかった。


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