イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「大事に隠しておくわけだ」

「ぐああああああああああああああっっ!!!!」

 

 入ってくる。歯車が、エネルギーが、マナが、本来こんなに乱暴に体内に侵入してはならないものが。

 熱い。細胞が煮えたぎる。四肢が造り替わっていく――!

 

 

 ――やがて全ての歯車がルドガーの肉体を変異させきった時、そこに「ルドガー」の姿はなかった。

 立っていたのは、白のラインが走る黒いフルプレートアーマーを纏った槍騎士。

 

「フル……骸殻」

「まさかこれほどのものとは。大事に隠しておくわけだ。優しい兄さんだな」

「っ、当然だろう!」

 

 当事者のルドガーには、兄とビズリーのやりとりはひどく遠く感じられた。

 

 全身を覆い尽くす黒銀の鎧。イリスやユリウスと同じ、殻。

 何故こんなものが自分にあるのか。答えのない問いで頭が埋め尽くされていた。

 

「ルドガー……」

 

 ふり返る。エルがすぐ前に立って、泣き出しそうにルドガーを見ている。

 

(泣かせちゃいけない)

 

 ただでさえ列車テロに巻き込まれ、幼い少女には耐えがたい状況なのだ。これ以上、訳の分からないものを見せてエルを怯えさせてはいけない。

 

(大丈夫だから)

 

 そう伝えるつもりで、ルドガーはエルに手を伸べる。

 ルドガーの手が届く前に、エルは縋るように手を握った。

 

 すると、次の瞬間、アリ地獄に引きずり込まれるような感覚がルドガーを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

「ルドガー……? ルドガー!?」

 

 ユリウスは血の気を失って展望室を見回す。ルドガーはおろか、レイアもルルも、あの少女もいない。

 

「分史世界に入ったようね」

 

 事も無げに言う女を睨んだ。

 女がユリウスたちにとって遠い先祖であっても、「審判」の切り札になりうる特殊な精霊であっても、ユリウスには関係ない。

 

「どうする、ユリウス? 追いかけるなら誘導してあげる」

「誰が貴様の助けなど!」

 

 この女は敵だ。この女は弟を「こちら側」に引きずり込んだ。

 15年間だ。ユリウスが半生を費やして隠してきた秘密を、たった一瞬でぶち壊した。

 

「あの子を骸殻に目覚めさせたのは、現代の子どもたちと同じことをさせるためじゃない。イリスは在るべき物を在るべき人へ返しただけ。有事に無知のまま利用されるより、力の切れ端でも知って危機を回避してほしかった。ルドガーはそれができるくらいには賢い子でしょう?」

 

 イリスの主張は全く正しい。ああ見えてルドガーは小狡い。ユリウスは身に染みて分かっている。

 分かっていても、この修羅の巷を知られたくなかった。

 

「それにユリウス。本来、他者の時計を用いて変身するのは外法よ。使う時計が増えれば因子化は早まる。もう左半分はやられてしまってるでしょう?」

 

 ユリウスは反射的に左腕を押さえた。

 

 すらすらと人の秘密をしゃべる女を睨みつける。イリスはそれさえ微笑ましいといわんばかりだから、ユリウスはよけいに苛立つ。

 

「ユリウス。イリスは貴方のためを思って言っているのよ。貴方だってクルスニクの子なのだから」

「よけいなお世話だ! 貴女のような存在に心配されるほど子供じゃない」

 

 ユリウスは双刀ですぐ横のドームのガラスに斬りつけた。ガラスが砕け散り、ドームに穴が開いた。暴風が吹き込む。ビズリーの後ろのヴェルが身を竦めた。

 

 ユリウスはその穴から飛び降り、列車を脱出した。




 ついに幕開けしてしまいました。イリスという異物が混じった、ルドガーの物語。
 ここからは大きくストーリーが変わっていきます。

 一つ確かなことは、イリスは本気でルドガーやユリウスのようなクルスニク一族の人間を思いやり、心配していることです。それだけは、イリスの中では誓って本当なのです。

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