イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「あぶなくても大事なの!」

 ビズリーの下に残されたエルは、ルルと共にビズリーから少し離れた位置にいた。

 

(…このおじさんのそばにいたくない…いちゃいけない……()()()()()()()()()()()()()()()から…)

 

 巨漢である以上に、ビズリーに対してエルの中の何かが警鐘を叩いていた。

 

(カナンの地は……    と…いっしょに行く、ヤクソク、だから…ふたりで、いっしょ……ヤクソク…)

 

 ルルが後ろ足で立ってエルの胸にもたれた。エルはルルを抱っこしようとして、気づいた。

 

「時計がない!!」

 

 列車の揺れも物ともせず立ち上がった。

 頭の中がぐるぐるしている。あの時計は父親に託されたオンリーワンの品。そして、    とエルを繋ぐ絆なのに。

 

 エルは走り出した。ルドガーは先頭車両に行くと言った。彼を追いかければ時計は戻ってくる。根拠もなくエルは信じていた。

 

「お嬢さん、動くと危ないよ」

 

 テロ真っ只中とは思えない優雅さで座席に座っていたビズリーから、声がかかる。

 

「あぶなくても大事なの! あれがないと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから!」

 

 自身が放った台詞のおかしさにも気づかず、エルは夢中で先頭車両に向かった。

 

 

 

 

 

 ルドガーとレイアは先頭車両に向けて快進撃を続けていた。

 

「円閃打!」

 

 レイアの棍がアルクノア兵を床や天井に叩きつけて沈黙させ。

 

「鳴時雨!」

 

 ルドガーの双剣がアルクノア兵を瞬息で斬り伏せる。

 

 

「はぁ…はぁ…今どの辺かな。大分進んだと思うけど…」

「あった、看板。――2号車。次が先頭車両だ」

「いよいよだね」

「ああ」

 

 先頭車両へ続くデッキの、出入口の両脇で二人は分かれて身を潜める。特に何かが動いている気配はないが、油断はできない。

 

「わたしが先に行く」

「よせっ。危険だ」

「だいじょーぶ。わたしにはお母さん直伝の棍術があるから」

「その棍術自体、体が弱いハンデをカバーするためのものだろ。ご両親から聞いてるんだからな。できるできないの侮りと、体調を気遣ってるのは違う」

 

 ――レイアの取材アシスタントでル・ロンドに立ち寄る機会があった。確かにレイアの母ソニアは空中戦艦でも持ってこないと倒せないくらい強い女性だった。

 ソニアも夫・ウォーロックも同時に、ルドガーに教えてくれた。レイアの黒匣(ジン)事故と過酷なリハビリの日々、虚弱というハンデをみじんも感じさせず笑う彼女の精神力。

 ――また一つ、ルドガーが彼女に()()()エピソード。

 

「俺が先に行く。レイアは算譜法(ジンテクス)、じゃない、精霊術でバックアップしてくれ」

「それこそ危ないよっ。ルドガー、完璧に一般市民じゃないの」

「そっちこそ今はエレンピオスの一新聞記者だろうが。とにかくレイアは後衛、俺が前衛。これだけは譲らないからな」

「ルドガーの頑固者! わたしだってちゃんと戦えるの知ってるでしょ!?」

 

 誰が好き好んで、好ましく思っている女子を激戦区に投入したいものか。勢い任せに言ってしまいかけ――

 

 頭上から銃撃戦の音と、断末魔が聴こえた。

 ルドガーはレイアと顔を見合わせた。

 

「「行こう!!」」

 

 何が起きたか分からないが、もうどちらが先などと言っていられないのは確かだ。

 

 彼らはラウンジを抜け、列車上層に繋がる階段を駆け登り、2階展望室に突入した。

 

「きゃっ」

「見るな、レイアっ」

 

 ルドガーはとっさにレイアを背中に隠した。

 

 黄砂が混じった金光が、一面ガラス張りの天井から燦々と降り注ぎ、ドームの模様を浮き立たせている。その幻想的な光景の中にそぐわない、いくつもの死体。誰もが床を血で濡らし、目をぎょろりと剥いて絶命している。

 

 そして、これらを処理したであろう、この場の唯一の生存者が、ふり返った。

 

「ルドガー…レイア君も…何故ここに…」

 

 ユリウスの両手には二つの懐中時計が握られている。

 就職祝いに欲しいと試しに言ってみて、やんわりと断られた品。

 ユリウスが必ず仕事に持って行く銀と真鍮の時計。

 エルが首から提げていて、ルドガーが触れるや消失した真鍮の懐中時計。

 

「ユリウスこそ、どうして」

「――、仕事だよ」

「テロリストの処分が?」

「悪いが教えることはできない」

「エージェントだから危険な任務に就くのは分かる。でもテロリストをこの車両で片付けるには、最初からこの列車に乗ってないと無理だよな?」

「――――」

「一つだけ答えてくれ。一つだけでいい。ユリウスは今日アルクノアのテロがあることを知ってて、この列車に乗ったのか?」

 

 知っていて無関係な乗客が死ぬのを傍観したのか。

 

「……俺がここにいたのはヴェルに用があったからだ。テロのことは本当に知らなかった」

「信じていいんだな?」

 

 ユリウスは固く肯いた。嘘ではない。そう分かる程度には、ルドガーとユリウスの兄弟仲はしっかりと結びついていた。

 

 

 粘つく睨み合いの中、再び場違いな拍手が乱入してきた。

 

「私はいい部下を持った。さすがクラウンエージェント・ユリウス。仕事が早い」

 

 ビズリーとヴェル。それにエルとルルも。

 

 エルが軽やかにルドガーへと駆けてくる。ルドガーは左の剣を右手に持ち替え、しゃがんで左手でエルの肩を掴んだ。

 

「どうして来たんだ。危ないって言っただろう」

「時計がないのっ。パパの時計。あれがないとカナンの地に行けないのに」

「カナンの、地?」

 

 ふいに、エルの目がルドガーを通り越した。エルはルドガーの背中の先、ユリウスを、正確にはユリウスが握る懐中時計を見ていた。

 

「パパの時計あったぁ!」

 

 エルが喜色を満面に走り出す。ルドガーはとっさにエルを追おうとして――

 

「ルドガー、上っ――――ルドガー!!」

 

 天井のガラスが割れて降り注いだ破片を、二人して浴びた。


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