イリス ~罪火に朽ちる花と虹~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「男なら責任持てよ」

 ルドガーは内心で仰天した。

 

 ――ビズリー・カルシ・バクー。天下にその名轟かすクランスピア社の代表取締役。彼失くしてエレンピオスの市場は回らないと、経済界の誰もが認める傑物。

 列車に乗るところは見たが、まさか自分が会うことになろうとは。

 

「もっとも、君のような黒匣(ジン)なしの算譜法(ジンテクス)は、エレンピオスの人間には些か荷が重いが」

「お怪我がなくてよかったです、ビズリー社長。ヴェル秘書官も」

 

 レイアは揶揄を含んだ賛辞には触れず、鮮やかに切り返した。初対面の頃から比べてレイアの記者スキルは格段に向上している。

 

 会話の流れから察するに、レイアはテロリストと打ち合う内にビズリーと鉢合わせしたのだろう。そこから護衛を買って出たという所か。ブレない少女である。

 

「そちらも。なかなかの腕をお持ちのようだ。私はクランスピア社代表、ビズリー・カルシ・バクー。君の名は?」

「ルドガー、です。ルドガー・ウィル・クルスニク」

「ウィル・クルスニク……ユリウスの身内か」

 

 ルドガーが答えるより早く、ヴェルがGHSを見ながら事務的に言った。

 

「本社のデータにありました。ルドガー様はユリウス室長の弟です。――母親は違うようですが」

「え」

 

 表には出さなかったが、ルドガーは動揺した。

 母親が違う。そんな話はユリウスから聞いたこともない。

 

「構えがそっくりなわけだ。お兄さんには、いつも助けてもらっているよ」

 

 ビズリーが大きな掌を差し出す。ルドガーは迷ったが、双剣を近くの座席に立てかけ、応じてビズリーと握手した。

 

「こちらこそ、兄がお世話になってます」

 

 母親の件は後だ。今は今、目の前にあることを。

 

 直後、列車が急加速した。

 かららん、と双剣が座席から転がり落ちる。ルドガーはとっさに横のエルが転ばないように支えた。

 

「始めたな、アルクノアども」

「アルクノア!?」

「連中、和平政策を支持する我が社を目の敵にしていてね。おそらく、この列車をアスコルドに突っ込ませるつもりなんだろう」

 

 説明しながらもビズリーは慌てる様子はない。控えるヴェルのポーカーフェイスも揺らがない。

 だが、このままではこの列車と心中するはめになるし、アスコルドの工員や招待客、まだ息がある乗客も全員が道連れだ。

 

「止めないと――」

「うん、止めに行こう! ルドガー」

 

 パロットグリーンの瞳には決意が滾っている。こうなったレイアは止められないと今日までの付き合いで熟知していた。

 思い留まるよう諭そうとした男心をぐっと堪え、ルドガーは肯いてみせた。

 

「どうやってとめるの?」

 

 エルが不安いっぱいの声で問うてくる。

 

「先頭車両に行く。運転席をいじったんだろうから、それを直すか、最悪壊すかして停める」

「やる気か……面白い」

 

 ルドガーはエルを後ろからビズリーの前にそっと押し出した。

 

「無理を承知でお願いします。彼女をしばらく預かってくれませんか? 彼女、保護者がいないみたいなんです。けどこの先連れて行くには危険すぎますから。お願いしますっ」

 

 勢いよく頭を下げる。会ったばかり、しかもかのクランスピア社の社長に対し不躾な頼みだとは自覚している。だが他にエルを託せる宛てはない。それに、初対面なのに何故か、ビズリーなら大丈夫だ、という不思議な確信があった。

 

「――頭を上げたまえ。この少女は責任を持って私が預かろう」

「! ありがとうございます!」

 

 言質は取った。

 ルドガーはヴェルに頼んで手帳のメモの切れ端を貰い、それにユリウスのGHSの番号を書き込む。そして、エルの前にしゃがむと、両手でしっかり、エルの手にメモを握らせた。

 

「いいか、エル。もし俺たちが間に合わなかったら、ビズリーさんと一緒に列車を脱出しろ。そしたらこの番号に電話するんだ。俺の兄さんに繋がる。こいつの飼い主でもあるんだ。ルドガーからって言えば、兄さんも悪いようにはしないはずだ。きっと家に帰してくれる。できるか?」

 

 エルはメモを両手で握りしめて、強張った表情で肯いた。

 

「いい子だ。――ルル、この子を頼んだぞ。お前が連れてきたんだ。男なら責任持てよ」

「ナァ~!」

 

 意気軒昂とした鳴き声に満足し、ルドガーは立ち上がった。

 通路に転がった双剣を拾う。元々エルからの借り物だが、永久貸借させてもらおう。

 

 ルドガーはレイアと示し合せ、先頭車両へ、ふたりだけの進撃を開始した。


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