インポテンツ提督がヤンデレ鎮守府を切り抜けるようです   作:赤目のカワズ

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第6話

 

「陸」

 

「海」

 

「絶対に陸の失態だ」

 

「本当にしょうがないお人でありますなぁ。海の半人前どもがやらかしたに決まっているであります。現に、提督殿の情報網には上がって来ていないようで。上層部の判断で箝口令が敷かれているのでは? まあ、陸にしてみれば海の不祥事という事だけでどんぶり三杯はいけるでありますが。正に、海ザマァ、であります」

 

「うぐっ……いやはや、あきつ丸君! 陸の糞野郎どもも、たまにはやるじゃないか! あいにくこっちは情報の正確性が売りでな。今は精査している最中との事だ」

 

実際の所、上層部からの通達はあきつ丸とタッチの差であった。後日、つらつらと克明に記載された報告に目を走らせると、思わぬ眩暈に襲われる。整然と立ち並ぶ文字面が歪んで見えた。

設備の整った場所に運びこんだまでは良かったものの、まさか深海棲艦が奪還作戦を実行に移してくるとは、思いもよらなかったらしい。

この点においては俺も強くは言い出せない。俺自身、罔作戦は完全に終了したとばかり思い込んでいて、此度の話は正に寝耳に水といえた。又、責任の擦り付け合いは始まったばかりであるらしく、俺とあきつ丸どちらの判断が正しいものかは未だ不透明なままだ。

気になってくるのが、罔作戦時、急遽作戦の変更を余儀なくされる羽目になった、空母ヲ級の存在である。

報告によれば、随伴艦共々撃沈が確認されたとの事であったが、彼奴の出現によってF―35の行動パターンに変化が生じた事などを考えると、根っからの深海棲艦と鹵獲された現代兵器との間柄は、今後の戦局において重要な着目点になり得るであろう。

今回の件にしてみても深海棲艦達が、戦地に残されたはらからの亡骸を取り返しに来たと考えれば、十分話の筋が通る。

しかし、結局真相は闇の中だ。真実は水煙の中に立ち消え、未だ見えて来ない。

 

「提督?」

 

気づくと、明石が眉頭を眉間に募らせているのが目に入った。

人の目を引く桃色の長髪が特徴的で、歯を見せて笑うのが魅力的な女性だ。加えて、あっけらかんとしたその性格が、知らず人を引き寄せる。

何処となく不安げな視線でこちらを窺ってくる彼女を見るに、かなりの間、思考の底なし沼へと埋没していたらしい。

 

「いや、何でもない。遠征任務の方はどうなっている?」

 

「あ、はい。まず、今日をもって米国における遠征任務が満期終了となります。引き継ぎなどの手続きが残ってはいますが、数日以内には、同任務に就いていた武蔵、大和、及び、阿賀野、能代、矢矧、酒匂は当鎮守府へ帰還する事が出来ると思われます。いやぁ、長かったですね、本当に!」

 

「そうだな。早く彼女たちに会いたい所だが……」

 

明石の言葉に頷き返す。それはきっと、任地に赴いている者たちも同じ思いであったに違いない。各々が郷愁の念を抱きながら、この地に帰る事を今か今かと待ち望んでいる筈だ。

深海棲艦及び艦娘の登場により、世界の安全保障は抜本的な改革を求められた。そこで、押し寄せる時代の潮流に最も対応を迫られたのが日本政府だ。

近しい所に、二○一四年に制定された防衛装備移転三原則が存在するが、これは既に無用の長物と化してしまっている。今日本に世界が希求するのは武器輸出ではなく、艦娘の派遣だ。

アメリカ、EU、中国、そして中東。艦娘の建造技術を持たない彼らは、こぞって自国の防衛に艦娘を求めた。今や日本、並びに同じく建造技術を有するドイツ国の世界における影響力は、決して無視できないものとなっている。

その分、国連やコラムニスト、国際的な経済誌の間において、この二国は常に非難の的だ。

技術公開を求める声は根強く、矢面に立たされているのが日本とドイツである関係上、この構図はかつての国際連盟を彷彿とさせる。

この情勢を鑑み、秘密裏の内にアメリカに対して意図的な情報漏洩が行われ、目下アメリカ産艦娘が建造中との事ではあるが、詳しい事は分かっていない。

又、この抗争に関係のある話として、今最も騒動を起こしているのが艦娘の戦地投入案だ。この戦地とは、深海棲艦との戦いの場を指すのではなく、敵対国やテロリスト対策としての意味を内含している――――深海棲艦という人類共通の敵が現れても、国家間における小競り合いやテロリストによる被害は絶滅する事はなかったという訳だ。

 

「私見が許されるのあれば、決して現実化しない事を祈るばかりだな。お前たちに人殺しなど、させたくはない」

 

「いいんですかねぇ、そんな事を言ってしまって。軍人は常に上意下達ですよ?」

 

「分かっているさ、そんな事。その時はその時だ。しかし、願掛け程度であれば、誰も咎めはしまい」

 

「ふふっ、お優しいんですね、提督は。さて! 次に、当鎮守府近海における任務ですが……」

 

「川内と神通に吹雪、磯波、綾波、敷波を率いさせろ。何か言ってきたら夜戦で釣って無理矢理遠征に行かせろ。第三艦隊として、阿武隈、夕張に第六駆逐隊を。次いで第四艦隊についてだが」

 

「ええっと、吹雪ちゃんは赤城さんにべったりなんですけど……たはは」

 

「……赤城に新建造艦の世話を任せたのは失敗だったかもしれんな。まぁ出撃においては支障がない筈だ。赤城に促されたなら、やる気も出るだろう」

 

遠征任務は毎日のように行われるもので、艦娘達の練度を測る意味合いも兼ね備える。

戦線が拡大し、艦隊を同時展開する必要性に駆られる最中、こういった日々の任務においても気を抜いてもらっては困るという訳だ。

遠征任務に就く面々を艦隊ごとに収集すると、やはり駄々をこねたのは川内であった。さすがは夜戦バカという異名を持つだけはある。一度ごねると梃子でも動かない。

これに対し俺は夜戦参加券なるものを三枚ほど支給。彼女はそれをひったくると即座に各員を伴って執務室を出て行ったが、あれの引き換え有効期限は今日までであり、そして、川内に遠征任務後の出撃予定は存在しない。そもそも、手書きのそれに公的能力がない事は明白だ。

第三艦隊、第四艦隊を送り出した後も、暫く明石との綿密な話し合いは続けられたが、それが煮詰まりを迎える頃にもなると、俺は大きく肩を持ち上げ、

 

「……少し休憩を取ろう。すまんな明石。工廠の件で忙しいであろうお前に、秘書艦の任まで回してしまって」

 

体の節々が奏でる疲労の音に顔を顰める。

同じく疲労が蓄積しているであろう明石に労いの言葉をかけるも、彼女はかぶりを振って、それからいつもの笑みを象った。

 

「いえ、好きでやっている事ですから! それに、私が頑張れば少なからず他の人の負担を減らせる筈ですからね」

 

「この鎮守府が回っているのは、お前の内助があってこそ、だ。しかし、体だけは壊さんようにな」

 

「ええ、勿論です!」

 

「宜しい。ああ、そうそう、お前に修理してもらった電気スタンドだが、中々どうして調子がいい。一時は買い替える事も考えていたが、助かった」

 

「ただでさえ鎮守府の財政は逼迫していますからね。出来るだけ長持ちさせませんと。それに、電気スタンドの一つや二つ修理できないようでは、工作艦の名がすたりますので!」

 

ええ子や、めっちゃええ子やん。先にあきつ丸と舌戦を繰り広げた事もあってか、明石への好感度は花丸急上昇中だ。

こういう従順な子に陸の若い連中は色々仕込んでんだろうなぁと思うと、腸が煮えくり返ってくる。やっぱり陸の奴らは糞ばっかりだ。

無論、海の連中は紳士揃いである事はこれからも世の婦女子に積極的にアピールしていきたい所存である。

明石が思い出したとばかりに口元に手を当てたのは、彼女に向けて情欲に塗れた視線を送っていた正ににその時で、それは彼女を性の対象として見てしまった俺への、神の裁きだったのかもしれない。

 

「あ、そういえば、提督に私用でメールをお送りしたんですが、もう見ましたか?」

 

思わず、硬直してしまう。まさかそこでピンポイント爆撃をされるとは夢にも思っていなかった俺は、ニの口を次げなくなってしまっていた。

突如として唇を真一文字に結んだ俺を見て、明石は首を傾げる。

このままでは、再び明石が俺の沈黙の意味をはき違え、誤った形で誤飲してしまうのは明白であった。窮地に立たされた俺は、依る術もなく正直な告白をせざるを得ない。

 

「………………」

 

「提督?」

 

「実は……折り入って、相談したい事があるんだが」

 

その言葉に、明石は姿勢を正して身構えた。固唾を飲んで俺の次の言葉を待ち受ける彼女を垣間見て、どうしようもなくここから遁走を開始したい気持ちに駆られる。

意を決して告白した俺を迎えたのは、明石の驚きと呆れの入り混じった声だった。

 

「スマートフォンを、無くした!?」

 

「声がでかい! それに無くしたのはプライベート用のものだ! 業務に支障はない!」

 

「いや、でも、提督、子供じゃないんですから。ちょっとそれはフォローできませんよねぇ」

 

誹毀めいた明石の視線に、顔が赤くなるのを感じる。ここまで来ると、俺も黙ってはいられなかった。

売り言葉には買い言葉とはよくいったもので、もはや道理もへったくれもない反論を用いて明石に追走する。

 

「ええい、だから言いたくなかったんだ! お前もこんな時に限って連絡してくるんじゃない!」

 

「ちょ、逆ギレ!? そりゃないわ!」

 

「上官に口答えするな!」

 

「あら、そうですか! せっかくアンティーク趣味の提督のために、時間が出来たら懐中時計の一つでも自作してさしあげようとの話だったんですけど、もうどうでもいいですよね!」

 

「待て待て待て待て! それとこれとは話が別だろう!? 卑怯な手を使うな!」

 

端を発した明石との口喧嘩に、俺は大人げなさを持ち込んだ。途端に地を露呈させた明石も、徹底抗戦の構えである。

こういった場合相手を丸め込むのに必要であるのは、道理でも整合性でもない。勢いと大声だ。一度主導権さえ握ってしまえばこちらのもので、相手に一切の反論を許さずに泣き寝入りに追い詰める事が出来る。

しかし、俺が責め立てるよりも早く、明石が動くよりも早く、第三者が割って入ってきたのだから、その時の俺は思わず声を上げる事も失念してしまっていた。

執務室の扉が開かれ、鈴谷が現れる。

 

「提督? なんかまた大声出してたみたいだけど、随分ご立腹じゃん?」

 

「っ、いや、何でも、ない。それで、突然どうした」

 

鈴谷の登場に冷や水をぶっかけられた面持ちに陥った俺は、咳払いをして彼女の方へと向き直った。

俺の様子を察してか、さきほどまでいかり肩で牙を剥いてみせた明石も背筋をおっ立てて秘書艦然とした表情を取り戻す。

平然を今更取り繕った俺たちを鈴谷は冷めた視線で見つめていたが、やがて本題を語りだした。

もっとも、それはあまりに端折り過ぎて、俺には全く理解できないものだ。彼女は耳の根本の部分をトントンと指し示しながら、

 

「あのさ、聞こえないんだけど、もしかして、明石さぁ」

 

「は? 何だって?」

 

俺は当然聞き返したが、それは自分でも分かってしまうほど、あからさまに動揺の色合いを濃くしたものだ。原因は、鈴谷に他ならない。

一見いつもと変わらぬ軽い物言いではあったものの、彼女は苛立ちを疼かせているようだった。それを如実に表すが如く、乱脈に身を任せ、彼女の左足が小刻みに足踏みをする。

普段から規律や軍機にはとんと頓着しない彼女であるが、今日の彼女は異常の一言に尽きた。横一線に縫われた彼女の唇が、普段の彼女とは正反対の朴訥な印象を感じさせる。

これに察しの良過ぎる反応を示したのが明石だ。彼女はへにゃりと困り果てた笑みを浮かべる。

 

「ああ、それでは、そういう事ですね!」

 

「おい、二人とも、一体何の話をしているんだ? お前らがツー・カーの仲だったとは驚きだが、ちゃんと俺にも説明してくれ」

 

「ああ、実は工廠の方で手持無沙汰な時、試作型のイヤフォンを作ったんです! かなり画期的な機構を備えていて、鈴谷さんにはテストプレイヤーをしてもらっていたんですけれど…………どうもこの様子を見るに、そもそも音が聞こえないみたいですね」

 

「ああ、そういう事か。鈴谷、残念だったな」

 

「もー! ホントだよー! せっかくただで新しいのが手に入ると思ってたのに、最悪だっての!」

 

そこで俺は、先ほどの鈴谷に抱いた違和感が、勘違いであった事に気づいた。

鈴谷は笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ると、明石の胸元に軽く拳を打ち付けた。漫才の一幕を思わせるその光景にほっと安堵すると共に気を引き締める。

長門の一件で、勘違いにはほとほと懲りた。いい加減邪推とも取れる考え方は戒めなければならないだろう。

俺は緊張を解こうと姿勢を崩してから、

 

「まぁ、物事はそう上手くはいかないものだ。しかし、画期的な、と来たか。一体どんなものだったんだ?」

 

「え? ああ、それは実用化の目途が立つまでは秘密ですって!」

 

「あ、言っておくけど鈴谷が先に話つけたんだからね。提督が欲しがってもあげないよー」

 

「戦略に活用できるかもしれないともなれば、話は別だ……ところで明石。仕事が少し詰まっているという話だったが、よくもまぁそんなものを作る暇があったな?」

 

「もう提督ったら、作業の効率化には息抜きがつきものですよ!」

 

「本当かそれ?」

 

「本当ですよ! まったくもう!」

 

その後、暫くの間談笑を続けた俺たちは、気分転換がてらに鎮守府内の散策を行う事にした。ついでに資材が保管されている倉庫などに見回りがてら赴き、そのまま遅めの昼食を取る算段で、俺は意気揚々と執務室の扉を開けた。

すぐ傍に、爛爛と目を光らせた小型の肉食獣がいるとは夢にも思わずに、だ。

 

「ぎゃあああああああああああああああああッ!」

 

激しい、痛み。まるで体に熱した棒を突っ込まれた気分に突如として襲われる。

鎮守府に絶叫が木霊し、次の瞬間、俺は、なす術もなく前のめりに廊下へと倒れこんでいた。

端無くも激痛に襲われた俺が最初に考えたのは、何者かによる暗殺計画だ。

鎮守府の指揮を一手に取り仕切る俺を亡き者にし、混乱に乗じてここの設備を掌握しようと考える者がいないわけではない。艦娘を擁するこの地には、それだけの価値があるのだ。

次に俺は、超過する痛みに失神しかけながらも、自然と痛みの出所を抑え込んでいる事に気づいた。

その場所は、尻。もっと詳しく言えばケツの穴だ。そこに至った所で、俺はようやくこのたびの下手人が誰であるかを悟ったのである。

 

「若、若、若葉、この、バカタレ! カンチョーはいい加減止めろって言った、だろうが!

俺のケツが糞を我慢できなくなるって何度も説明しただろ! お、おおぅ」

 

「若葉だ。この瞬間を待っていた」

 

「があああああああ! 明石ィ! 上官命令だ! そこのバカタレをひっとらえろ! 今すぐ! 絶対に逃がすな!」

 

下手人の名は、若葉。初春型三番艦とも呼ばれる少女で、今しがたカンチョーをしてくれやがったクソガキである。

その外見からは予想出来ぬ冷静さが持ち味で、戦場においては淡々と深海棲艦を撃墜していき、更にそれに奢ることもないその姿勢は十分評価できるものである。

しかし、何時からか彼女は俺に盛大な悪戯をしかけてくるようになった。カンチョーはその一例に過ぎず、さんざっぱら戒めても全く聞きやしないという、困った事態に落ち着きつつあるのが現状である。

ケツの穴を愛おしそうに撫でながら、腰が抜けてしまったが為に立ち上がれない状態で彼女に嘲罵悪罵を浴びせる。

申し訳ないが、息子が立たないからといって後ろの穴を開発してくれとは一言も言った覚えがないし、その手の道に行くつもりも毛頭ない。新宿二丁目をスキップで歩き渡れるほど、俺の性癖は歪んではないのだ。

彼女は逃げる事もなく素直に明石に四肢を拘束されたが、その仏頂面を崩す気配はなかった。

手首、肘、肩を極められ、なす術もなく地べたに体を打ち付ける形になった彼女と目線が合う。

感情の起伏をうかがわせないその瞳に無性に腹が立った俺は、後先考えず彼女を怒鳴りつけた。

 

「バカタレ! 何を考えてるんだ!」

 

「悪戯だ」

 

「そんなん見れば分かる! いいか、俺が聞いているのは何故こんな事を繰り返すのかという、そういう意味だ! いいか、これが最後のチャンスだぞ! もうこれ以上は我慢出来ん! ちゃんと言えたら許してやらない事もない!」

 

「提督は怒っているのか?」

 

「当たり前だ、このバカッ!」

 

ケツを苛む鈍痛に眉を顰めながらも、鈴谷に肩を貸してもらい何とか立ち上がる。

鎮守府には大勢の艦娘が所属しており、全員と良好な関係を築けているとは、さしもの俺も断言は出来ない。とびきりの問題児である若葉はその筆頭だ。どことなく角の立つ物言いが、それを更に印象付けた。

口酸っぱく、それこそ耳にタコができるほど返す返す注意勧告を行っても未だに効果の見受けられない現状は、正直提督の地位に立つべくものとしての悔しさが色濃く痛感され、不甲斐なさが立つ。

しかし、頭に血が上った俺にそんな事を気にする余裕はなく、彼女に今か今かと殴りかからんとする拳を押さえつけるのでいっぱいだった。

 

「いいか、理由を話せば許してやらん事もないと言ってるんだ! ……ああ明石! そろそろ立たせてやれ、そこまでやる必要はない! さあ若葉! 言ってみろ! 何故、こんな事を繰り返す!?」

 

「提督は、怒っているのか?」

 

再三に渡る通告をもってしても、杳として効果の程の見受けられない若葉に、俺はとうとうぶち切れた。

 

「……ほーう、そうかそうか、あくまでもそういう態度を貫き続けるか、なるほど、なるほど、大いに結構! 若葉! 後でちょっとケツ貸せ! いいな!」

 

「て、提督! 何を考えているんですか!?」

 

「うるさいぞ明石! いいか若葉! 本日の業務が終わり次第、至急執務室に出頭! 必ず出頭せよ! 来なかった場合は謹慎処分も辞さん!」

 

「分かった。必ず向かおう」

 

ここぞとばかりに自分の意思を表明してみせた若葉に苛立たずにはおれない。

それを解消しようと思い白羽の矢をもって狙いすましたのが、明石と鈴谷であった。

 

「明石! ついでに鈴谷! 溜まってる仕事を片付けるぞ!」

 

「ええ、ちょっまっ、鈴谷も!? 昼食は!? カレーカレー!」

 

「飯返上で仕事に勤しめ! この腸が煮えくり返る気持ちは、仕事で発散するしかない!」

 

「ちょっと待った! 私たちを巻き込む必要性はどこにあるんですかねぇ!?」

 

「どこにもない! けど、俺一人でやっても効率が悪いだろ! さっきお前が言ってた事と同じだ明石! 分かったらさっさと付き合え!」

 

「げっ、藪蛇踏んだ!」

 

若葉を追い出した俺たちは、そこから怒涛の勢いで業務に徹し始めた。

最初は不平不満を口にしていた二人も、なし崩し的な恰好で仕事に着手し始める。

関係各所への通達に始まり、鎮守府宛てのクレーム対応、遠征艦隊が帰ってきてからは川内をいなしつつ、その日のうちに報告書を書き上げた。

中天に月がかかり始めた頃には、三人とも疲労も限界で、夕張に持ってきてもらっておいた夕食は疾うの昔に冷め切ってしまっているようだった。

箸を伸ばすも、旨みが半減してしまっている事は否めない。

 

「うん、美味い」

 

「いや、普通に不味いんですけど? 明石ー、さっさとお風呂入って今日はもう寝ようよー」

 

「そうだなぁ……今日はもう、工廠に戻る元気はないなぁ……」

 

机に向かって、だらりと上半身を投げ出す二人。

自重に押しつぶされる二人の乳房に目を背け、俺は努めて冷静を装ってから、

 

「色々と迷惑をかけたな。飯食ったら今日はもう帰っていいぞ」

 

脱力しきった二人に労いの言葉をかけると、彼女たちは同じタイミングで口を尖らせてみせた。

 

「冷たっ! もう少しさ、言い方考えてよね」

 

「ええい、分かった分かった。俺も大分頭が冷えてきたからな。今後、色々と二人には便宜を図ろう。秘書艦に関してだが、当分二人はやらんでいいぞ。それと鈴谷、前にお前が持ってきたコンセントタップだが、やはり執務室に私物が置いてあるのはよくない。電線の方も問題がないようだし、増設することにしたから持ってかえっておいてくれ」

 

「ほーい。ま、別に秘書艦の方は外してくれなくてもいいんだけどね。一応、これでも鎮守府の一員だし、判官びいきは印象悪いし」

 

「誰もそんな風には考えないと思うんだが……明石も同意見か?」

 

「そうですね! まぁ、私は工廠での作業の関係上、二束のわらじを履く事にはなりますが」

 

「お前たちのような部下を持てて俺は幸せ者だよ。さて、今日の業務は無事に終了だ。二人とも、ご苦労だった」

 

残すは若葉の問題のみだ。

俺はさっそく執務室備え付けの固定電話で彼女に呼び出しをかけると、彼女が現れるのを暫く待つ事にした。窓の外には暗闇が広がっている。

それはまるでこれから起こる惨劇を暗示しているかのようで、ふって湧いて出た罪悪感から逃げるように、俺はカーテンを閉めた。

 

「若葉だ。提督、約束通りやってきたぞ」

 

そう言って執務室を訪れた若葉からは、やはり反省の色をうかがい知ることはできなかった。

無論、元より承知済みであった俺は別段心をかき乱される事もなく、彼女に入室を促す。

 

「うむ。呼び出された理由は分かっているな?」

 

「ああ」

 

「宜しい。それでは俺にもっと近づけ。……分かっていると思うが、バックを取ってもう一度カンチョーをしようとか、そういう事は絶対に考えるなよ! いいか、考えるなよ!」

 

「提督、それはもしかして『振り』か?」

 

「馬鹿者! いいからこっちに寄れ!」

 

目と鼻の先にまで近づいてきた若葉を尻目に、俺は執務室に敷かれたカーペットの上に正座で座り込んだ。

滅多に感情を表沙汰にしようとしない若葉もこれには驚いたようであって、目を真ん丸にする。彼女は俺の言葉を待っているようであった。

 

「俺の膝の上に跨るようにして、俯せで横になれ、若葉」

 

「提督、それは新しい暗号か?」

 

「いいから、言われた通りにするんだ! これが正しい行いとはこれっぽちも思わんが、これ以上の妙案が浮かばんのだ! 分かったら早く!」

 

そう言って捲し立てる俺を若葉は訝しんだが、やがて彼女は素直に命令に従った。

まるでまな板の上で体を投げ出す鯉のようだという錯覚に陥りながら、大人しく縮こまっている若葉に諭すような口調で説明を始める。

俺の片手は、彼女の小さな体を押さえつけるように添えられており、若葉は今や身動きの一つすら出来やしない。

 

「さて、若葉。お前たち艦娘は日常生活において死を実感する事は殆どない。これは既に承知済みだな? だが、痛みというのは危険信号だ。お前たちが人の形をしている以上、痛みから必要以上に逃れる事は出来ない。言いたい事は分かるな?」

 

「提督、それは理解したが、それが現状とどう関係する? よく、分からないぞ」

 

「それは、だな――――今からお前を、制裁にかけるという事だッ!」

 

若葉が息を呑んだのも束の間、俺は彼女のスカートを捲りあげると、その勢いのままアニメキャラがプリントされた下着をずり下ろし、露出した桃尻を思いっきり手のひらでぶっ叩いた。

 

「ん!!! っ、あっ」

 

「――――これより、お前をお尻ペンペンの刑に処す。情けはかけん」

 

情け容赦のない一撃が、再び振り下ろされる。

柔らかな彼女の尻が、手のひらと接触する度に衝撃を受け、揺れ、波となり、破裂音にも似たそれを室内に響き渡らせる。

さらにもう一発。

 

「おら、これでもか! これでもか!」

 

「うぐっ! 痛い、痛いぞっ!」

 

制裁が振り下ろされる度に、押さえつけられた若葉の体が跳ねる。

カーペットに十指を走らせ、衝撃に襲われる都度生地を握りしめる彼女の姿は、俺にやる気を損なわせるには十分であったが、それでも止める訳にはいかなかった。

 

「うあっ! 提督、提督っ、痛いぃ!」

 

「当たり前だ! 痛くしているのだからな!」

 

「痛い、痛い、痛っ」

 

「黙れ! もう堪忍袋の緒はとっくの昔に切れてるんだ! 今日は反省の言葉を口にするまでずっとやるからな! 分かったか!」

 

「あうう!」

 

「返事はきちんとしろ!」

 

彼女の事情などお構いなしとばかりに、全力の一撃を何度も打ち付ける。

言っても聞かない悪餓鬼に対し、俺が最終的に行き着いたのがこれだった。無論、これは名案ではなくただのセクハラだ。

しかし、駆逐艦の生尻を見てインポテンツが治ってしまったらペドフェリアの誹りは免れないと日夜恐怖と戦っていた俺にとって、今回の若葉の件は正に渡りの船といえた。

実験の意味合いも兼ね備えた若葉への制裁は最高の結果であったと言える。どうだ、俺の息子はピクリとも反応しないではないか!

 

「はっはっは! 俺はロリコンじゃない! 俺は犯罪者予備軍じゃない!」

 

「うぐぅ! あ、ああ、いっだい、いだいィ!」

 

若葉の叫び声が鼻声交じりに差し掛かった所で、俺はようやく我に返った。

見れば、若葉の小ぶりな尻は物の見事真っ赤に腫れ上がっていて、彼女の両の目からは溢れんばかりの涙がこぼれ、痛みに打ち震えている。

もはや俺としてもここが限界だった。ここまでが境界線だ。確かに俺のケツ穴は深刻な被害を受けたが、ものには限度というものがある。

怒りの矛先が自分に向かい始めた所で、俺は若葉に再び勧告した。

 

「若葉、痛かったか? 痛かっただろう? これに懲りたら、もうあんな真似はするな。分かったな?」

 

「……嫌、だ」

 

もう一度ケツをぶっ叩く。

 

「ううう!」

 

若葉は再び叫び声を上げたが、決して反省の言葉は口にしようとはしなかった。

彼女が意固地になっているのは明白で、ここに至ったからには、最早どちらが先に折れるかといった段階に差し掛かってくる。

彼女への制裁にメリットを見出していた点を踏まえれば、俺のやり方はかなりあくどいもので、正直今となっては罪悪感の方が比重としても大きい。

しかし、ここで俺が根負けしてしまっては、若葉は再び俺のケツ穴を襲ってくるであろう。それは肛門の崩壊を意味する。

俺が心底困り果てていると、それまでむせび泣く事に終始していた若葉が、震える口調で自分の意思を伝えてきた。

その瞳は真っ赤に充血しており、限界が近いことを訴えている。

 

「提督は、痛かったか?」

 

「何だって?」

 

「若葉にカンチョーされて、痛かったか?」

 

「……ああ、痛かったさ。物凄いな。若葉が今されているのと同じくらいにな」

 

「同じ? 本当に同じなのか?」

 

「どういう意味だ」

 

「片手落ちは、駄目だ。不公平は、駄目だ。若葉は、まだ、全然、痛くないぞ。だから提督は、痛くなるまで、もっと、やらないと駄目だ。反省させたいなら、もっと、やらないと駄目だ」 

 

痛みに震えながらそう強がってみせる若葉に、とうとう俺は打ちのめされてしまった。

ずり下ろした下着を元に戻してやってから、項垂れたままの彼女を解放する。

 

「若葉、お尻ペンペンはこれでお終いだ。もうカンチョーはするなよ、カンチョーしてきたら、またお尻ペンペンだからな」

 

「…………それ、は」

 

「『振り』じゃない! ここは大阪か! 高速修復材の使用を許可するから、風呂に行ってさっさと寝ろ! 分かったか?」

 

「……無理だ、動けない」

 

確かに、肩で息をする若葉にそれを強いるのは難しいように思えた。解放された少女はぴくりとも動こうとせず、四肢をカーペットの上に横たえる。

体中から噴き出した汗とかき乱れた髪はどことなく事後を匂わせ、いたたまれなくなった俺は憔悴と共に打開案を提示した。

 

「じゃ、じゃあ俺がドックまで担いで行ってやる」

 

「無理だ。もう疲れた。ここで、眠る」

 

「お、おい若葉?」

 

「若葉だ、眠るぞ。泥のようにな……」

 

そう言い残すと、若葉はさっそく深い眠りの底についてしまったようだった。

微かに上下する胸元と漏れ出る寝息に、先の所業を行った張本人たる俺は、無理やり起こす事さえもなにか悪い事であるように思え、その場に立ち尽くしてしまう。

触れる事さえも躊躇われるようになった所で俺は自身の私室に向かい、布団一式を執務室に持ち込むと、広げた布団の上に若葉を寝転がせた。

毛布をその体に掛けてから立ち上がろうとすると、まるでぐずる赤ん坊のように若葉の指が、俺の裾を掴んでいる事に気づく。

 

「……全く。頼むから電灯の一つや二つ、消させてくれ」

 

壁に取り付けられたスイッチに手を伸ばすが、彼我の距離は絶望的で、立っている場所から足を動かさない内は決して届きそうにもない。そして、彼女の指は俺がここから動こうとする事を良しとはしなかった。

とうとう観念した俺は彼女の隣に体を横たえると、そのまま瞳を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起床ラッパの音に目を覚ますと、若葉は既に起床しているようであった。

布団の中で上半身を起こす彼女に、声をかける。

 

「若葉、よく眠れたか?」

 

「ああ」

 

泣き腫らした跡がくっきりと残る少女は、けれどもいつも通りの冷静さを取り戻しているように思えた。

謝罪の言葉を口にしそうになるのをぐっと堪えながら、昨日とうとう聞く事が叶わなかった言葉を求める。

 

「……もう、あんな事はするなよ」

 

「分かった」

 

「わ、若葉?」

 

しかし、てっきりまた断れるものと当初より諦観の念を抱いていた俺は、予想だにしていなかった彼女の言葉に一瞬反応が遅れてしまった。

思わず聞き返すと、再度了承の旨が帰ってくる。黙諾してみせる若葉に、俺は困惑の表情を隠せない。

動揺を赤裸々にしながらも、彼女が昨日から風呂に入っていない事を思い出した俺は、さっそくドックに入渠する事を勧めた。

所が、今度はこちらの方を若葉は拒んで見せる。

 

「嫌だ」

 

「ぐっ、いいか若葉、一度しか言わないからよく聞け。俺が悪かった。昨晩の俺は明らかにやり過ぎだった。私怨にのっとった蛮行だ。お前に非はあったが、俺の方がはるかに悪い。お前が俺に反抗したくなる気持ちも分かる。だがな、深海棲艦にとってそんな事は一切関係ないんだ。疲労したお前が襲われれば、お前は確実に死ぬ。誰が決めた訳でもないが、それだけは絶対に決まっている事なんだ。分かるな?」

 

「……分かった」

 

渋々といった口ぶりで、完全には承諾していないようだったけれども、若葉はようやくのそのそと動き出した。

そこに目を向ける内、ある事に気づく。

 

「若葉、首の所のそれ、どうした? ミミズ腫れになっているみたいだが」

 

「昨日は寝苦しかったからな。それできっと、引っ掻いたんだ」

 

ぶっきら棒な口調に首を傾げるものの、これ以上彼女をここに引き留めるのが躊躇われたのも事実である。

又、俺自身を振り返ってみると、爪の間に赤らんだ皮膚の欠片が挟まっていた。特にどこかに痛みを感じている訳ではないが、俺も寝ている間に掻き毟ってしまっていたらしい。

そこでようやく、悠長に構えている場合ではない事を悟る。秘書艦が来る前に布団は片付けてしまわなければならないだろう。若葉との話し合いは、また後日だ。

そう思い若葉の抜け出した布団を畳んだ俺は、それを私室へと持ち帰ろうとした所で、またもや絶叫をあげる事となった。

 

「うぎゃああああああああああああああああああああっ! け、ケツが! ケツの穴が!」

 

「若葉だ。この瞬間を待っていた」

 

「ぐお、がああ……! …………若葉ァァァァァァ! こっちにこい! もう絶対許してやらんからな!」

 

それから本日の秘書艦である摩耶が執務室を訪れるまで、室内には延々と若葉の泣き喚き声が響き続ける事となる。

 






Q 明石が開発中のイヤフォンって、何らかの伏線になり得る?

A 毎日忙しい明石にそんな物を作ってる暇はないぞ!

Q じゃあ明石と鈴谷は何を話してたの?

A 盗聴器 複数 で検索してみよう! ちなみに明石は以前執務室の電気スタンドを修理しているぞ! 明石は優しいなぁ!

寝静まった頃を見計らって提督の爪痕を自分の体に刻み付ける若葉はドM可愛いってはっきり分かんだね。
ドック入りしたら傷も消えちゃうのに提督は分かってない! そりゃあもう一回お仕置きを求めてカンチョーしちゃいますね!
当初のプロットでは鎮守府中の艦娘を集めた上での公開羞恥プレイ(お尻ペンペン)にしようと思ってたんだけど、さすがに止めました。残念だったね若葉。
ちなみにそっちの文章を見てみると、提督がいきなり「凌辱の時間だ」とか言い出してます。最低だなこいつ。

そろそろ書き溜めがなくなってきましたな……。


追記

ちょっと矛盾が生じたので、第三話における深海棲艦をプロセスとした以外の攻撃で怪我を負わないとしたところを大怪我に変更しました。申し訳ありません。

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