「おはよ、涼宮さん!」
「あ、朝倉さん」
「桜綺麗ねー…もっと沢山咲けばいいのに」
「北高の周りでこんなに沢山生えてるのってこの辺だけなのよね。駅前とかではたくさん咲いてたわよ」
「そうなんだぁ…あーあ、こんな素敵な桜並木を好きな人と歩けたらいいのになぁ」
「何よそれ」
「んー…青春って感じしないかしら?涼宮さんは気になる人とかいないの?」
「…気になる人、ね…」
「せめて桜が散る前にそんな人と一緒に歩きたいな」
「…そんなものかしらねぇ」
春である。
ハルヒが訳の分からん団を設立させた次の日。
既にハルヒはすべきことに目星をつけていたようであり、俺が学校に着くや否や再び俺の襟首を掴んで屋上まで引きずっていったわけだ。
「団っていうくらいなんだからアジトが必要だと思うのよ」
「アジト?」
「そうよ!そこで今後の予定とか練ったりするのよ!面白そうじゃない?」
…まぁ楽しそうではあるが。
「でしょ!じゃあ学校の中でアジトになりそうなところを考えておくこと!」
「ちょっと待て、ハルヒは何もしないのか?」
「あたしだって考えるわよ。ひとりで考えるよりふたりで考えた方が良い結果がでるでしょ?」
…それもそうか。
しかしいきなりアジトっつったって場所なんかあるのかねこの学校に。
午前の授業を終え、谷口と国木田が弁当を摘むのを見ながらぼんやりとそう思った。
「キョン。飯食わないのか?」
「…あぁ、今食う」
こいつらに聞いてみるか。
「…なぁ、この学校で使ってない場所ってどこか知らないか?」
「場所?…すまん、女子のことじゃないからわからん。というか興味がない」
まぁそうだろうなぁ。
「旧校舎の方ならあるんじゃないのかな?僕は行ったことないからわからないけど」
「旧校舎かぁ…」
「っていうかそんなこと聞いて何するつもりなんだキョンは」
あー…
「…俺にもわからん」
「なんだそりゃ」
ふと、ハルヒの机を見てみる。
ハルヒは弁当を持ってきて無いらしく、授業が終わるとすぐに朝倉と食堂へ向かっていった。
「朝倉は食堂派なのか。というか興味無い振りして見てたんだな」
「断じて違う。ハルヒがそう言ってただけだ」
「…食堂か。僕は弁当でいいな。移動するのが面倒くさいし」
同感だ。
「なぁキョン」
「ん?何だ?」
「そういや昨日涼宮に引っ張られてったが、何だったんだ?」
…何があったかって…そりゃあ…
『あたしがあんたを助けてあげるわ!』
「…別に。何も無かったぞ」
「………」
…何だよ。
人の顔じーっと見て。
「…いや、無いな」
「だから何の話だ」
気にするな、と言って谷口は弁当を食べる作業を再開する。
…結局何が言いたいのかよくわからん。
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でもって放課後。
「旧校舎?」
「あぁ、国木田がそこなら空いてる場所があるんじゃないかって」
「いいじゃない!早速行ってみましょう!」
…ちょっと待ってくれ。
「ん?どうしたの?」
「ハルヒは考えてなかったのか?どこか良い場所がないか」
「…あー…ほら、早くしないと時間なくなっちゃうわよ!」
…やれやれ。
で、だ。
こういうことは先に考えるべきだったのかもしれんが。
国木田の言うように空いてそうな部室はいくつかあったわけだが…
「何よ!全部鍵がかかってるじゃない!」
…と、いうわけでして。
まぁ元々使ってない場所だ。
必要な時以外は閉めておくのが普通だろう。
「もう!記念すべきアジト候補が目の前にあるのに!」
「…落ち着けハルヒ、場所なら他にも捜せばいいだろう」
「嫌よ!ここがいい!」
…何でまた。
そこまで口調を強めてまで我が儘言うことでも無いだろう。
「国木田に助けを貰ったとはいえ、折角キョンが考えてくれたんだから!団員の考えを押し通すのは団長の勤めなの!」
「…あぁ、そーかい。で、どうするんだ?」 んー…と言いながら腕を組むハルヒ。
「…世界にはピッキングという技術があるらしいわ」
却下だ。
正攻法でいこうぜ。
「正攻法って言ったってこんな非公式な団のために教師が鍵貸してくれるわけないじゃない!」
「…そこは自覚してるんだな。というか声がでかいぞ」
下手したら変なこと企んでるって…
「………」
…数分前からじっとこっちを覗いてた先輩に勘違いされるぞ。
「あー…すみません、うるさかったですか?」
「いやいや、ただ何してるのか気になって…鍵を探しているのかい?」
「え!鍵持ってるの!?だったら早く渡しなさいよ!」
だから落ち着けって。
というか相手は先輩なんだから口の効き方にも気をつけろ。
「むー…」
「いや、まぁそこまで気を使わなくても…あ、ほら、鍵」
そういって先輩はポケットから鍵をだす。
「え?いいんですか?」
「あぁ、元々このコンピ研もそういう流れで部室を借りたわけだし、他に部室を使いたがってる人がいたら鍵を渡すようにって言われてたんだ」
「でもこんな非公式な団体に…」
「あぁもう!何ゴチャゴチャ言ってるのよ!鍵あげるって言ってるんだからちゃっちゃと受け取りましょうよ!」
「ははっ、彼女の言うとおりだよ、それに非公式ならこちらのコンピ研もそうだ。実際生徒会側からはあまり認められてないんだから」
…いいのかよそんなんで。
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部室の中は何年も使われていなかったのだろう、お世辞にも綺麗といえるようなものではなかった。
別に物置みたいにされてる訳でもないし道具が散乱してるってこともないんだが。
「…すっげぇ埃だな。とりあえず窓を開けよう」
「じゃあキョンはここの掃除でもしてて!あたしは必要なものとってくるから!」
「はぁ!?おい!ちょっと待て!」
言うが早いかハルヒはすぐに部室から出て行った。
…逃げやがったな。
「…やれやれ」
…掃除するか。
といっても何から始めて良いのかさっぱりわからん。
仕方なく空気を入れ換えるために窓を開ける。
中庭では部活動に向かう人や友人達と下校する人、様々な人が賑わっていた。
俺もあのまま行けば下校する連中の一人になってたのかね?
そう思った途端に人混みから色が消える。
…嫌な癖だ。
空は青い、雲は白い。
当たり前のことだ。
なのに何故色を失わない?
当たり前の行動をしている人は霞んでいるのに。
…考えるだけ無駄か。
一つ溜め息を吐き、机の上に置いてある本を片付けようとする。
「…ん?」
この本…卒業アルバムか?相当古いな。
何気なく開いてみる。
2、30年前のもののようで、みんな思い思いの人と写真を撮っている。
…さすがに知ってる人はいないか…あれ?
この人は…お袋?
年号を見返して…あぁ、納得、確かにこのあたりの世代だ。
一度目の流し読みとは違い、今度はお袋の写真を目で追ってみる。
いつも特定の人と一緒にいるようで、その人とお袋だけ写っている写真が数多くあった。
俺と国木田と谷口みたいなもんか。
「おまたせー!ってちょっとキョン!全然掃除してないじゃない!」
そんなことはない、ほらこうやって今本を一冊片付けたぞ。
「…殴られたいのかしら?」
「…すんませんでした」
「全く、団長に言われたことはきちんとやんなさい!」
「了解…ところで、そのホワイトボードは何だ?」 「あぁ、使ってなさそうなのかっぱらってきたの。何かと便利かと思って」
…かっぱらってきたって…
「バレたら返せばいいのよ。長い間放置されてたみたいだし、無くなったのにも気がついてないと思うわ」
「…あぁ、そう」
「とりあえず今日はもう遅いから、明日の予定だけ決めて帰りましょう!」
おいおい、明日はせっかくの休みなのに何かするってのか?
「明日は第1回SOS団楽しいこと探しを決行するわ!」
「…相変わらず素晴らしいネームセンスで」
ってかそんなことして意味があるのか?
「………」
「…何故そんなに哀れみに満ちた目で俺を見るんだ」
「あのねぇ…あんたの休日にすることなんてただ家でゴロゴロしてるだけでしょ!?大体、毎日同じことの繰り返しって…自分から動きもしないのに楽しいことが玄関のベルを鳴らしてくれるわけないじゃない! …いい格好したいのか知らないけどね、物事を冷めた目で見る暇があったら少しでも笑う努力をしなさい!…はい、ここまでで何か反論は?」
…無いです。
「コホン…だからこういうところで自分から動く癖をつけとくの!だいたいね、全くその人のためにならないならわかるけど、意味の無い行動なんて絶対に無いんだから!わかった!?」
「その…すまん」
「わかれば良いのよ。じゃあ明日の12時に駅前の公園集合ね。あ、ちなみに遅れた方は罰金だから」
罰金て。
「嫌だったら遅れずにくること!んじゃあね!」
まるで嵐のように去って行きやがった。
…遅れずに、ね…どうせ午前は暇だし、少し早めにでも行ってみるか。
入学祝いやなんやらで少し充実している財布をこんなところで小さくすることもあるまい。
…そう思って一時間前に着いたのに…何で俺は罰金を払わなきゃいけないんだ?
「決まってるじゃない。あんたがあたしより遅かったからよ」
場所は駅前の喫茶店。
今やハルヒの前には作りたてのカルボナーラ、俺の目の前にはホットコーヒーと伝票が置かれている。
「いつからいたんだよ…」
「あんたがくる少し前よ。本当は色々回ってからくる予定だったんだけど…」
そう言ってハルヒは外を見る。
窓の外では春という季節に相応しくないほど雨が振っており、恐らくは朝、傘を持たずに家を出たのだろう、どしゃ降りの中動けずに雨宿りしている人がたくさんいた。
「急に降り出したからなぁ…ま、すぐに止むだろ」
「それもそうね。今日はキョンの罰金だし、ゆっくり好きなものでも食べましょ」
待て、カルボナーラだけじゃないのか?
「遅れてきた奴に文句言う筋合いは無いわ」
「…お前が遅れてきた暁には絶対にこんなもんじゃすまさねぇからな」「あたしより先に来てから言いなさい。言っとくけど今のあんたには負ける気がしないわ!」
「今のって…昔の俺のことでも知ってんのか?」
「………」
…ハルヒさん?
綺麗にパスタを絡めたフォークを持ち上げたまま固まってやがる。
…せめて口くらい閉じろ。
「…知らない」
「…だよな」
「ただ…なんかやっぱりあんたとはどこかで会ってる気がするのよ…」
「…気のせいだろ」
「うーん…そうよね、まぁ腑抜けなあんたに負ける気はしないってことで」
…そーですか。
「…お、雨止んだな。で、今日はどこに行くんだ?」
「そうね…とりあえず服とか見に行きたいんだけど」
服って…楽しいこと探すんじゃなかったのか?
「…昨日言ったこと、もう忘れたの?」
「…意味の無い行動なんて絶対に無いってか。わかったよ、ただし、もう奢らないからな」
「そこまでしなくて良いわよ。んと…ここからなら駅の裏にある店が良いわ」
よし、ならさっそくその店に行こうか。
腰を上げて伝票に目を通す。
…げ、最近の喫茶店ってこんなに金取るのかよ。
「キョン!早くしなさーい」
「…へいへい」
仕方なく会計を済ませて店を出る。
うん、いい天気。
「さっきまで雨降ってたのが嘘みたいね」
そう言って俺の少し前を歩くハルヒが立ち止まる。
「…どうしたんだ?」
「やっぱりこっちの道から行きましょ!」
そっちは遠回りじゃないのか?
「………」
「はいはい、意味の無い行動なんてない、だろ?」
言うが早いか、ハルヒはニッコリ笑った。
地面の水たまり、木々に付いた水滴、そんなものを全部吹き飛ばすような笑顔。
思わず目を凝らしたくなるほど長い桜並木を、俺とハルヒはのんびり歩いた。
…満開の桜の中を歩いている間、ハルヒがずっとニコニコしていたのは…一体何だったんだろうね?
つづく