ドラゴンクエスト―ダイの大冒険― 転生者の歩き方 作:amon
「よくぞ無事戻った!エイトよ!」
パプニカ王宮の謁見の間にて――『ルーラ』で帰還後、すぐに俺はパプニカ王に報告に上がった。謁見の間には、王の他は例によってレオナと三賢者とバダック老人が控えている。
「まさか出立してその日の内に、魔王軍を滅ぼして帰還するとは……誠、そなたには驚かされてばかりだな、エイトよ」
「恐れ入ります」
恭しく頭を下げる。
「時にエイト、そこな銀髪の青年は?何やら訳ありと言っていたが……」
パプニカ王は俺の斜め後ろで、俺と同じく跪いているヒュンケルを見る。詳細はまだだが、先に訳ありとパプニカ王には伝えてある。だからこそ、玉座の間には信用のおける人間しかいないのだ。
さて、このまま俺が事情を説明してもいいのだが……。
「……どうする?俺が説明するか?」
「いや、自分で言う……」
「分かった。陛下、この者についてはこの者自身の口から……」
「さようか」
パプニカ王も只ならぬ雰囲気を感じたのか、表情を引き締めてヒュンケルを見据える。
「銀髪の青年よ、先ずはそなたの名を聞かせてもらえるか」
「……俺の名は……魔王軍不死騎団長ヒュンケル」
「「「「「「ッ!?」」」」」」
流石に、その場にいた全員が息を飲んだ。あのアンデッド共のボスがこの場にいる事、そして人間である事実……驚かない方がおかしいというものだ。知った時は俺だって驚いた。
「……エイトよ、今この者が申した事は事実か?」
「はい」
「さようか……」
途端、厳しい表情でヒュンケルを見据えるパプニカ王。これは予想通り、自分達の国を滅ぼそうとした張本人を睨むなと言うのは無理な話だろう。三賢者やバダック老人も同じく、しかし剣を抜いたり柄に手を掛けたりしないのは、ヒュンケルが丸腰の上、俺がこの場にいるからだろう。
「ヒュンケルとやら……言いたい事は多々あるが、先ずはおぬしの話を聞こう。初めから全て、包み隠さず申すがよい。虚偽は断じて許さぬ」
「……承知した」
ヒュンケルはそう言うと、徐に語り始めた――。
かつて、このホルキア大陸は魔王ハドラーの拠点だった。旧魔王軍の攻撃により町は焼かれ、多くの死傷者が出た。その戦乱の最中、赤ん坊だったヒュンケルは両親が戦火で死んだか、或いは見捨てられたか、とにかく町の片隅に置き去りにされていたところを地獄の騎士バルトスに拾われ、魔王ハドラーが居城としていた当時の地底魔城で育てられた。
バルトスは旧魔王軍最強の騎士であり、ハドラーの玉座の間へと続く『地獄門』の門番を任されていた。だから人間の子供を育てるという酔狂が許された。そして、ヒュンケルは名前を付けられ、バルトスの息子として育てられた。城の外へ出る事は許されなかったが、ヒュンケルは何の疑問も抱かずに大きくなっていった。モンスター、人間と言った種族の違いなど関係なく、ヒュンケルはバルトスを父と慕い、バルトスもまたヒュンケルに惜しみない愛情を注ぎ、家族のぬくもりを与えた……。
この辺りの事は、魂の貝殻で聞いたので俺も一応知っている。思い出を遡り語るヒュンケルの表情は懐かしそうで、悲しそうで、寂しそうだ……。
そんなヒュンケルにとって幸せな日々は、ある日……勇者アバンが地底魔城へ攻めてきた事で破局を迎える……。幼かったヒュンケルを残し、バルトスはアバンとの戦いに出向いた。それがヒュンケルとバルトスの今生の別れとなった……。
そこからの真実は魂の貝殻の内容にあった通りだが、ヒュンケルの視点から見た事実は異なる。
ハドラーの断末魔が響き、同時に地底魔城に静寂が訪れた後、ヒュンケルは父バルトスの姿を求め、地獄門へと走り……そこで、打ち砕かれ物言わぬ躯へと戻ったバルトスを見つけた。他の怪物達と違い、アンデッドは魔王の魔力失くしては肉体を維持できない。ハドラーが勇者アバンに敗れた事で、その魔力が途絶え、バルトスは灰となって崩れ落ちた。
そこへ、ハドラーを倒したアバンが現れる。真実を知らない幼いヒュンケルは、目の前に現れた男が勇者だと直感的に理解し、そして地獄門を通る為にバルトスを打ち砕いたのだと思い、激しい憎悪を抱いた。
そして、その時ヒュンケルは父の敵討ちを誓った――必ず力をつけ、アバンを討つと。その為に、敢えてアバンに師事し、剣を習った。その剣で、アバンを殺す為に……。
その後、ヒュンケルは内心に抱く憎悪を隠しながら、アバンの教えを吸収しながら戦士としての技量を高めていった。俺も1度見た『ブラッディースクライド』を独自に編み出す程に……元々持っていた天賦の才に加えて、皮肉な事だがアバンへの復讐心がその成長を後押ししていたのだろう。
そして、ヒュンケルはアバンから一人前と認められ、その証のネックレスを貰った日……アバンの命を狙った。が、結果は返り討ち――身体ごと背後にあった川に弾き飛ばされ、そこでアバンとは別れる事になる。
あわや溺れ死ぬところを、ある男に救われ、ヒュンケルは一命を取り留めた。
その男の名は、“魔影参謀”ミストバーン――現在世界を脅かしている魔王軍六軍団の1つ『魔影軍団』を指揮する軍団長にして、魔王軍の頂点に君臨する大魔王バーンの腹心の部下だという。
その以後、ヒュンケルは魔王軍の戦士として更に腕を磨き、不死騎団の軍団長に選ばれるまでに成長。で、パプニカ王国を攻略する命令を受け、軍を率いて故郷でもあるホルキア大陸にやって来たものの……パプニカには俺がいた。
軍団は敗走、ヒュンケルも一騎討ちで俺に敗れ――現在に至る。
「俺は父の願いも知らず、自分の弱さを棚に上げ、師を恨み、人間を恨み続けてきた……。挙句の果てに、それが全くの間違いだったと知ってもそれを認める事も出来ず、エイトに剣を向け返り討ちに遭う事で、死に逃れようとした……。死んで済むほど、俺の罪は小さなものではないというのに……!」
少し感情が昂ったのか、ヒュンケルの声と身体が震えている。師アバンと父バルトスの真実を知り、自分が犯した罪を理解し、その内心は罪悪感で一杯なのだろう。その重圧がどれ程のものか、俺には見当もつかない。
「……だが、この俺が不死騎団によってこの国を滅ぼそうとした事実は拭い様がない。その罰だけは受けねばならん。その機会をエイトに与えられ、俺はここにやって来た」
そう言うと、ヒュンケルは徐に立ち上がり、パプニカ王を正面から見据えた。
「……パプニカ王、貴方の手で俺を裁いてくれ。この場で斬り捨てられても……俺は構わん」
「ふむ……」
パプニカ王は目を瞑り、難しい表情を浮かべる。果たして、どんな判決を下すか……場合によっては口を出す。だが、結果が出るまでは静観する。何でもかんでも口出しすれば良いというものではないからな。
「お父様……この者の裁き、私にお任せいただけませんか?」
「レオナ……?」
突然のレオナの発言に、パプニカ王も目を開き彼女を見る。レオナの表情は真剣そのもの、俺が知る年相応の少女の顔ではない。今、あそこにいるのはパプニカの王女だ……。
「……分かった。王女レオナよ、不死騎団長ヒュンケルの判決……そなたに一任する」
「ありがとうございます」
話は決まった。王女レオナは上段より降り、ヒュンケルの前に歩み寄る。
「ヒュンケル、パプニカ王に代わりこのパプニカの王女レオナが、あなたに判決を下します」
「……」
全てを受け入れる構えか、ヒュンケルはそっと目を閉じる。
「……あなたには、残された人生の全てを“アバンの使徒”として生きる事を命じます!」
「っ!!」
ヒュンケルは驚きの表情で目を見開く。
「友情と正義と愛の為に、己の命を懸けて戦いなさい。そして、無闇に自分を卑下したり、過去に囚われ、歩みを止めたりする事を禁じます!」
それは俺が願っていた判決……実質、罪を問わず、生きて償う機会を与えるというもの。何となくだが、俺はレオナがこの判断を下す事を予想していた。先程、ヒュンケルに判決を下す役を申し出た時の表情は、死刑を言い渡す様な人間のソレではなかった。俺の人を見る目も、まあ捨てたものではない。
「……ふふ」
俺以上にレオナの考えを読んでいたのは、パプニカ王だろう。レオナの下した判決を聞いても驚くどころか、少し笑っていたのを俺は見た。
「以上!いかがかしら?」
「っ……承知しました……!」
俯き加減のヒュンケルの隠れた目元から、滴が落ちる。ヒュンケルからすれば、心底救われる気持ちだろう。
それにしても、レオナもなかなか大物だな。この先、魔王軍の危機を乗り切り、世界が平和になれば、パプニカは良い国になりそうだ。
「見事なり、王女レオナ。パプニカの王として、父として、お前の成長を頼もしく、そして心から嬉しく思うぞ」
「ありがとうございます、お父様。でも、お父様もまだまだお元気なんだから、頑張ってよね!」
「はっはっはっ!任せておけ。まだまだ、若い者には負けん!」
レオナとパプニカ王の親子としてのやり取りで、場の空気が和む。俺はやはり、この空気の方が好きだ。
「さて、エイトよ。改めて礼を言いたい。そなたのおかげで、我が国は救われた」
「いいえ、そんな……パプニカは私の故郷でもありますので」
改まって礼など言われると、照れ臭い……。
「エイト、そなたは我がパプニカの救国の英雄だ。敵陣にたった1人で乗り込み、敵将を打倒した上で改心を促し、また敵軍を壊滅させ生きて戻る。この上ない困難を成し遂げたそなたの力、精神……私はそなたこそ、『勇者』を名乗るに相応しい男だと思う」
「……」
言われるのではないかと思っていたが、やはり言われたな……。
「どうだろう?今日より“勇者エイト”を名乗ってみては?新たな勇者の誕生を知れば、国民達も安心できると思うのだが」
「折角の申し出ではありますが、お断り致します」
「「「「「!?」」」」」
ほぼ即答で断ると、その場にいたほぼ全員が驚きの顔で俺を見てきた。
「……それは何故かと聞いても良いか?」
「勇者なんて、私の柄ではありません。今回はパプニカの危機という事で戦力を揮い、この先も平和を取り戻すために戦う事を厭わないつもりですが……やはり私は人々に料理を振舞い、宿を経営している方が性に合っています。勇者には、他に相応しい人物がおりましょう」
「ふむ……その言葉を聞いて、私は益々そなたこそ勇者に相応しいと思うのだがな。まあ、仕方あるまい。残念ではあるが、そなたの意思を尊重しよう」
「ありがとうございます」
話の分かる国王で良かった。勇者は強く格好良いから好きだが、俺自身がなるのは御免だ。俺は自分の平和を守るので精一杯、世界の平和なんて途方もないスケールのものは背負えない。
「救国の英雄エイトよ、情けない話ではあるが、我らはこれより先もそなたの力に頼る事となろう。平穏を望むそなたには不本意かも知れぬが、いま暫くの間、我らに戦いの力を貸してくれ」
「是非もありません。これは私自身の為の戦いでもありますので」
世界が平和でないと、俺も平和に暮らせないからな。
また、宿とレストランの経営に戻る為にも、さっさと世界を平和に戻さなければ――。