ドラゴンクエスト―ダイの大冒険― 転生者の歩き方   作:amon

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第6話『ヒュンケル』

「ったく、汚ぇなぁ……!」

 

 埃だらけの通気口をちょこまかと、猛スピードで駆けるトーポの俺……。

 

 通気口内にはモンスターもおらず、空気が悪い所為か虫1匹いやしなくて助かるが、予想以上に汚くてそれだけが参った。おかげで俺の手足はもう真っ黒、今綺麗な所を歩けば黒い足跡が付いてしまうな。

 

 それはさておき、さっきの呼び声の出処は着実に近づいている。通気口の分かれ道を、呼び声を頼りに右へ左へと進んで行くと、自分でも驚くほど順調にその場所へと近づいていくのだ。殆ど迷っていない。既にその場所は目と鼻の先、恐らく数分とせずに辿り着くだろう。

 

 それにしてもこの呼び声……近づいた事で感覚的に気付いたが、どうやら俺を呼んでいる訳ではない様だ。別の誰かを呼んでいる声を、偶々感応力が強い俺がキャッチしてしまっただけらしい。

 

 一体、この呼び声の主は何者なのか?誰を呼んでいるのか?

 

「お?」

 

 と、思考を巡らせて走る内に明かりが見えてきた。呼び声は、あそこからだ――俺はスピードを上げた。

 

 そして、辿り着いたのは小さな隠し部屋……中は魔力の灯りで薄ぼんやりと照らされ、その端の方に宝箱が置かれていた。俺はその部屋に入り、『モシャス』を解除して元の姿に戻る。

 

「こんなところに宝箱か……」

 

 はっきりと分かる。呼び声は、この宝箱の中からする……『インパス』で確認するまでもなく、この中には呼び声の正体が収められている。俺は迷い事無く、宝箱を開けた。

 

「これは……」

 

 宝箱の中身は、また小さな小箱……手に取り、蓋を開ける。すると中には、魔力に輝く巻貝の貝殻が入っていた。何かのアイテムの様だが、俺のドラクエ知識にこんな物はない。恐らく、この世界独自のアイテムだろう。

 

「『インパス』」

 

 呪文で鑑定してみる。頭の中に、このアイテムの知識が流れ込んできた

 

『魂の貝殻――死に逝く者の魂の声を封じ込めるアイテム』

 

 なるほど、あの呼び声の正体はこの貝殻に込められた魂の声だった訳だ。という事は、これは誰かの遺言状か……。

 

「……すいませんが、聞かせてもらいますよ」

 

 どこの誰とも分からない遺言状の主に一言断りを入れ、手を合わせてから俺は貝殻を耳に当てた。

 

 

 

 …………。

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 ………………………………。

 

 

 

「いかんいかん!急がないと!」

 

 魂の貝殻の遺言を聞き入っていたら、結構な時間を食ってしまった。再びトーポに変身して通気口を爆走――今度はアンデッド共のボスを探す。

 

 遺言の内容に関しては中々興味深いものがあったが、現状ではどうしようもない。遺言の主の素性と、遺言状の宛先は分かったが、今もこの先も探し様がない。手掛かりがあるにはあるが、それでもやはり探すにはかなり時間が掛かる。

 

 よって、魂の貝殻の件は保留――当初の目的を果たす事に専念する。問題は、敵のボスがどこにいるかだ。さっき『フローミ』を使ってみたが、現在位置が「地底魔城の地下2階」という事以外は分からない。地底魔城の構造が分からない俺では、最深部までどの位なのかも分からないので意味がなかった。結局、猛ダッシュで走り回って地道に探す以外に手がないのだ。

 

 と、走り回っている内に通路に通じる穴があったので、様子を窺う。

 

『カカカ……聞イタカ?先遣隊ノ敗走ノ話……』

 

『アア、聞イタ聞イタ!マサカ、ホボ全滅トハナァ……聞イタ時ハ、耳ヲ疑ッタゼ!』

 

『耳ッテ、オ前、頭蓋ニ穴ガ開イテルダケジャネエカ』

 

『ショウガネエダロ!骸骨ナンダカラ!』

 

 剣を持った骸骨が、そんな話をしながら通り過ぎて行った。名残なのか、人間臭い会話だったな……ってそこはどうでもいい。もう少し情報が欲しい、あの2体の後を尾けてみよう。壁をよじ登り、天井付近の出っ張りに沿って骸骨共を追う。

 

『骸骨剣士隊長、カナリ落チ込ンデタナ』

 

『アア、軍団長カラ直々ニ任務ヲ任サレタ!ッテ張リ切ッテタカラナァ』

 

 隊長に軍団長……か。魔王の軍勢は、思っていたより指揮系統がしっかりしている様だな。ただ魔王が世界中にモンスターをばら撒いて暴れさせているだけではないらしい。

 

『損害ハカナリデカイッテヨ』

 

『ッテ事ハ、軍団長ハ相当オ怒リカネ?』

 

『サアナ。マア、何ニセヨ次ノ侵攻ハ兵ヲ補充シテカラニナルッテ話ダゼ』

 

『次ハ俺達モソッチニ組ミ込マレルカモナ』

 

 その後、骸骨共は雑談モードに入ってしまった。これ以上尾けても無駄だな……。分かれ道に差し掛かったところで骸骨共とは別方向に曲がる。

 

 しかし、撃退したモンスター共の生き残りがここに戻ってきている事と、部隊の損害を大きなものとして敵が認識している事が分かった。しかも、再侵攻までには幾らかの猶予がある。今が好機、何が何でもボスを探し出して倒さなければ……!

 

 とは言え、全くアテは無し……やはり駆けずり回って地道に探すしかない。

 

「『レムオル』」

 

 『モシャス』と『レムオル』の重ね掛けで、トーポの姿のまま透明になる。これでウロついているモンスターとの衝突の危険性が減り、かつ敵に見つかる事はない。全力疾走で城内を隈なく探す事が出来る。

 

 という訳で、大ダッシュ――念の為、特技の『忍び足』も併用して気配を絶ち、地底魔城の縦横無尽に駆け巡る。

 

 通路には骸骨にミイラに腐った死体……各種アンデッド共が所々を哨戒しており、元々陰気な魔城内部が更におどろおどろしくなっており、気の弱い人間なら数秒と意識を保っていられないだろう。俺も日本にいた頃の俺なら、気絶はしないまでも悲鳴を挙げて逃げ回るか腰を抜かしていたな、絶対。

 

 周囲を見つつノンストップで駆け回り、何度か同じ所をぐるぐる回り、行き止まりでは跳ね返る様に引き返し、呪文の効果が切れそうになったらまた掛け直し……を繰り返した。

 

 

 

 そうして結構な時間探し回り、俺は遂に地底魔城の玉座の間に通じる階段を発見して駆け上がった。そこで俺は、驚くべき光景を目の当たりにする――。

 

 

 

「予想外の事態だ……」

 

「っ!?」

 

 思わず声が出そうになり、咄嗟に物陰に身を潜めてしまった。姿も消し、気配も経っている上に超スピードだった為、中にいた連中には気付かれていない。物陰からそっと様子を窺う……。

 

「まさか、先遣隊がほぼ全滅とは……少々、パプニカ王国の戦力を侮り過ぎたか」

 

『只今、部隊の再編成を急がせておりますが、少々時間が掛かる見込みとなっております』

 

 玉座の間……その最上段におかれた玉座に座っていたのは、人間の男だった。銀髪で鋭い目つきのイケメンだが、瞳が何とも濁った感じがする……そして、今まで俺が出会った中で最強の戦闘力を持っていると思われる。

 

 その男が、何故か執事服で身綺麗にした腐った死体から何やら報告を受けている。これは、あの男がここのアンデッド共を指揮している指揮官の立場である事を示していた。生きた人間が、アンデッド共を指揮している……つまり魔王の配下になっている。さっきのあの男の台詞ではないが、予想外の事態だ……。

 

「……時にモルグよ。報告にあった“赤い鎧の男”について、貴様はどう思う?」

 

 赤い鎧の男……まさか俺の事か?

 

『情報が少なく、確かな事は申せません。ですが、個人的な考えであれば……』

 

「構わん。言ってみろ」

 

『では、僭越ながら……わたくしはその男、新たな勇者ではないかと……』

 

「ふむ、勇者か……」

 

 腐った死体の言葉に、顎に手を当てて考え込む銀髪の男。っておいおい、妙な方向に話が進んでいるな……俺は勇者ではないというのに。

 

『しかし、骸骨剣士の報告には幾つか信じ難い点もあります。体術や剣技はさておき、ドラゴンの如く炎のブレスを吐いたと……人間にそのような真似が出来る者がいるなど、聞いた事もありません』

 

「確かに、得体が知れんな。だが、何者であろうと我が魔王軍の侵攻を阻む者は、全て抹殺する!勇者が現れたというのなら次はこの俺自ら、パプニカ王国諸共滅ぼしてくれるわ!」

 

 あの男、内側にどす黒い怨念を抱えているな……。まあ、いい。人間という点に多少思うところはあるが、所詮は敵。パプニカを滅ぼすと明言している訳で、つまりは王国の人間を皆殺しにしようとしている殺人鬼だ。そんな奴の動機やら事情やらを慮ってやる義理はないし、俺はそんなお人好しではない。腐った死体1匹ぐらい居たところでどうとでもなるが、ここは1人になったところを狙って始末するとしよう。

 

『時に“ヒュンケル”様、魔軍司令閣下への戦況報告は如何しましょう?』

 

 っ!?ヒュンケル、だと……!?

 

「ふんっ、必要ない。まだパプニカ攻略を開始して2日目だ、焦る事はない。今はそれより、軍の再編を急げ」

 

『畏まりました』

 

 モルグと呼ばれた腐った死体は恭しく頭を下げると、緩慢な動きで玉座の間を出て行った。これで、ここには俺と銀髪の男のみ……狙っていた状況ではあるが、奴をすぐに始末する訳にはいかなくなった。

 

 『モシャス』と『レムオル』を解除、物陰から姿を現す。

 

「っ!?何者だ!?」

 

 俺の姿を見とめ、奴は驚いた顔で脇に立てかけてあった仰々しい剣に手を掛ける。

 

「俺はエイト。お前らが今さっき話していた、赤い鎧の男さ。勇者ではないがな」

 

「っ、貴様が……!?まさか、警備の目を掻い潜り、此処まで潜入してきたというのか!?」

 

「そういう事だ」

 

「ッ……!!」

 

 奴の目付きが変わる。油断なく俺を見据え、剣の柄をしっかりと握り、完全な臨戦態勢を取っている。隙が殆どない、よく鍛えられた構えだ。迂闊に飛び込めば、一太刀で返り討ちに遭う事だろう……並かその少し上ぐらいの力量の相手であれば、な。

 

「……戦う前に、お前に幾つか聞きたい事がある」

 

「…………」

 

 答えないか。だが、俺を見据える目に若干の焦りの色が滲み始めている様に見える。まあ、一応声は聞こえているだろうから、このまま続けさせてもらうか。

 

「単刀直入に聞くが、お前の父親の名前は“バルトス”で合っているか?」

 

「なっ……貴様、何故父の名を知っている!?」

 

 この反応、やはりそうなのか……。やれやれ、なんと数奇な運命か。

 

「……更に確認だが、お前は戦災孤児で、赤ん坊の頃にバルトスに拾われ、ここ地底魔城で育てられた……地獄の騎士という歴としたモンスターであるバルトスの、息子として……そうだな?」

 

「な、何故そんな事まで……!?魔王軍の中でさえ、その事を知る者は極僅かしかいないというのに……!!」

 

 俺が言う度、奴の……ヒュンケルの動揺は大きくなる。今斬り込んでしまえば、あっさりと勝負が付くだろう……だが、それはしたくなかった。

 

「……お前に渡さなければならない物がある」

 

 そう言ってから、脇に下げたカバンから魂の貝殻が収められた箱を取り出す。

 

「?なんだ、それは……?」

 

 怪訝な顔で箱と俺を交互に見るヒュンケルに、箱の蓋を開けて中を見せる。

 

「そ、それは……魂の貝殻!死に逝く者の魂の声を封じ込めるという……」

 

「知っているなら話が早いな。これはお前の父、地獄の騎士バルトスがお前に宛てた遺言状だ」

 

「と、父さんの……!?」

 

「受け取れ」

 

 箱から貝殻だけを取り出し、ヒュンケルに放り渡す。

 

「っ!?」

 

 ヒュンケルは少し慌てつつ、剣から離した右手で魂の貝殻を受け取る。

 

「…………」

 

 僅かに迷う様に貝殻を見つめ、やがてヒュンケルは意を決したらしく、それを徐に耳に当てた。

 

【ヒュンケル……我が子よ……】

 

「……っ、これは、確かに父さんの声……!」

 

 一瞬だが、俺の目にはヒュンケルの表情が幼く見えた。愛する父親の声に、昔を懐かしむ気持ちが表に顔を出したのかも知れない。果たして、その先にある過去の真実を、こいつがどう受け止めるか……俺は、あの遺言状を見つけた者の責任として、見届ける。

 

 場合によっては、バルトスの遺志は酌んでやれないかも知れないが……。

 

 

 

【我が最愛の息子ヒュンケルよ……お前に真実を伝えたいが故に、ここにワシの魂の声を残す……。

 

 あの日……勇者達が地底魔城に攻めて来た日……地獄門を守るワシは、勇者アバンと戦った……!!

 

 だが、アバンは強かった……ワシなどが戦って勝てる様な相手ではなかった……!

 

 圧倒的な力量の差……ワシは死を覚悟した……。

 

 その時だった……!アバンは剣を納め、戦いを止めようと言ってきたのだ……!

 

 ワシは戦士のプライドからアバンの態度に憤り、食って掛かったが……次の言葉にその憤りも消え失せた……。

 

 アバンは、ワシの胸にあった、幼いお前が作ってくれた星の勲章を示し、こう言った……。

 

『それは明らかに子供が作ったもの……まさかとは思ったのですが、あなたにも家族が、と……そう思ったら、斬れなくなりました』

 

 その言葉に、ワシは打ちのめされた……。力だけでなく、心においても、ワシは勇者アバンに敵わなかったのだ……。

 

 だが、同時に思ったのだ……!お前を託せるのは、この男しかいないと……!

 

 ワシはアバン殿に全てを語った……。

 

 人間の子供を拾い、育ててきた事を……。

 

 今ワシを斬らずとも、ハドラーが死ねばワシは消えてしまう事を……。

 

 そして頼んだのだ……ヒュンケルと名付けたその子の面倒を見、強く、正しい戦士に育て上げてほしい……本当の人間のぬくもりを与えてほしいと……!

 

 アバン殿は、快く承知して下さった……】

 

 

 

「っ!!!」

 

 貝殻を耳に当ててから少しして、ヒュンケルが目を見開き、その顔を驚愕の色に染めた。だが、遺言状には更に先がある。

 

 

【ワシは、アバン殿に道を開け……そして、死を待った……。

 

 ややあって……ハドラーの断末魔の叫び声が、地底魔城に響き渡った……!

 

 しかし、ワシはまだ生きていた……。その事を疑問に思った、その時……ハドラーがワシの前に姿を現した……!

 

 瀕死の重傷を負い、息も絶え絶えではあったが、ハドラーは死んでいなかった……!

 

 ハドラーは死の瞬間、魔界の神バーンという存在によって救われたという……。

 

 そして、これより長き眠りにつき、魔力を蓄え、新たなる魔王軍を再建すると……。

 

 だが、その前に……ハドラーは、ワシを処刑すると告げた……。

 

 ワシが、くだらん正義感や騎士道精神を持ち合わせ、人間の様な情愛に現を抜かす……更にアバン殿に地獄門を通らせるという大失態を犯した……どんでもない失敗作だからと……。

 

 そして、ワシはハドラーに打ち砕かれ……ハドラーは眠りについた……。

 

 薄れゆく意識の中で、お前がワシの傍に来ていた事は感じていたが……ワシには最早、全てを語る力がなかった……。

 

 だから、この魂の声を秘かに隠しておいた魂の貝殻へと込めたのだ……。

 

 いつかこうして、お前が聞いてくれる事を願いつつ……。

 

 ヒュンケルよ、どうか人間らしく生きてくれ……!そして、アバン殿を決して恨んではならぬ……。

 

 恨むなら、魔物の分際で人間の子を育ててしまったこのワシを恨め……このワシを……!

 

 だが、ワシは幸せだった……。

 

 短い間ではあったが、冷たい躯の身体にぬくもりが戻ったかの様だった……。

 

 最後にもう1度だけ言わせてくれ……。

 

 楽しく過ごせた思い出を……

 

 思い出を、ありがとう……】

 

 

 

「……………………」

 

 恐らくは、最後まで聞き終えたのだろう……。

 

 ヒュンケルの顔は、蒼白だった……。

 

 

 

 

 


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