ドラゴンクエスト―ダイの大冒険― 転生者の歩き方 作:amon
「……どういう事だ?説明してくれ」
俺はヒュンケルに「鬼岩城が消えた」という言葉について説明を求めた。
「言葉の通りだとしか言えない。以前は確かに、鬼岩城はギルドメイン山脈の奥にあった……だが、俺が偵察に行った時、鬼岩城は姿を消していたんだ。巨大な“足跡”を残してな……」
「足跡だと?」
「ああ……恐らく、鬼岩城は移動したんだ」
「そんなバカな!城が移動だなんて……!?」
三賢者のアポロが驚きながらも疑いの声を上げる。確かに、この世界の文明レベルの事を差し引いても、城を初め石造りが基本の建物がその場から移動するなんて事は考えられない。ましてや短期間では余計に考えられない。
だが……。
「いや、ありえん話ではない……。大魔王バーンの強大なる超魔力を考えれば……!」
『…………』
恐れが混じったヒュンケルの言葉に、会議室は再び沈黙に満たされた。何しろ魔王軍の幹部だったヒュンケル、大魔王バーンについてはこの中の誰よりも知っている。それ故の信憑性の高さ、それ以上否定の言葉を出せるはずもない。
それにしても、流石は世界を征服せんとする大魔王の所業……常識で考えてはいけない。
「……大魔王バーンは、それだけ途方もなく強大な敵という事だ。今はそれだけ分かっていれば良いだろう。これ以上は情報もないし、ここであれこれ考えていても仕方がない。大魔王の力の一端を知ったという事で、話を本筋に戻そう」
沈黙が長引いて会議が進まないのでは拙いので、多少強引だが俺が大魔王についての話を切った。
「問題の消えた鬼岩城だが……ヒュンケル、足跡が残っていたと言っていたが、それはどの方角へ向かっていた?」
「北西だ。足跡はその方角へ続いていた」
「北西か……」
ギルドメイン大陸の中央を走る山脈の中央部から北西だと、少し陸を進んだ先で海に出る。そしてマルノーラ大陸を掠め、その先には……。
「『死の大地』があるな……」
頭の中の地図で大まかに鬼岩城の進路を予測すると、如何にもな場所に行き当たった。
『死の大地』……北の海に浮かぶ、島と言うには大きく、大陸と言うには小さな陸地だ。カール王国の北に位置している。その上空には暗雲が常に漂い、近海には魚1匹すらおらず、鳥の1羽も決して寄り付かない。その所為で、不吉な噂が数多く流れていた……『近づいた船が消息を絶った』だとか、『上陸して戻ってきた冒険家が不可解な死を遂げた』だとか……他にも不吉で不気味な話には事欠かない。
「なるほど……あそこが魔王軍の総本山だとすれば、納得もいくな」
『!』
俺の言葉に皆がハッとする中、ヒュンケルだけは鋭い表情で頷く。
「俺もそう思う。それを確かめる為にも、俺はもう1度ギルドメイン大陸に戻り、あの足跡を辿ってみようと思う……何か、途轍もなく恐ろしい事が起こりそうな気がするのだ」
「分かった……」
ヒュンケルが不穏に感じるのも分かる。仮に『死の大地』が魔王軍の総本山だとして、鬼岩城がそこへ移動したという事は、残存する魔王軍の戦力がほぼ集結している可能性が高い。各地で軍団長が倒された事で、敵も作戦を変える必要を感じ始めたのかも知れない。
まだまだ情報が足りない……。一応、ヒュンケルから魔王軍の構成は聞いたが、それでもそれが全貌とは言い切れない。現に、大して強くなかったとはいえガルヴァスやその配下の事は聞いていなかった。何より肝心の大魔王バーンの正体が謎だ。種族も、能力も、戦闘力も……容姿ですら、軍団長だったヒュンケルも見た事がないと言っていた。
情報は武器だ。今、俺達は少しでも情報を集める必要がある。魔王軍の偵察には、ヒュンケル以上の適任はいないだろうし任せよう。
「では、早速出発する」
「気を付けろよ、ヒュンケル」
「分かっている」
そう言って、ヒュンケルは足早に会議室を後にした。
「さて……こうなると俺達はどうするべきかな?」
誰にともなく、俺は口に出していた。正直、どう動くべきか分からん……。
流石にもうのんびりとは構えていられない。かと言って、今のパプニカの戦力だけで『死の大地』に攻め込むなんていうのは論外だ。前にレオナが言った通り、武器も人数も足りない……ダイ少年がアバン流刀殺法を完成させたと言っても、まだまだレベル不足……。
やはり、総合的戦力の増強が急務か。しかし、どうやって……?
「皆の者、聞いてくれ」
頭を悩ませていた時、パプニカ王が口を開いた。
「ヒュンケルの報を受け、魔王軍に今までにない動きをしている事が分かった。まだこの先、彼奴らがどう攻めて来るかは分からぬが、我らもこれまでの様に守りに徹し続ける訳にはいくまい。寧ろ、こちらから攻勢に打って出るべきだと私は思う」
「「「「「「「「!!」」」」」」」」
パプニカ王の発言に、俺達は驚かされた。まさか、パプニカ王が攻めの姿勢を見せるとは思わなかった。
しかし、だ……。
「お言葉ですが、陛下……」
「まあ、待てエイトよ」
苦言を呈するつもりで口を開いたが、それを予測していた様にパプニカ王に止められる。
「私とて、我がパプニカの戦力だけで魔王軍と戦うなど無謀である事ぐらい、重々承知しておる。そなたとダイ君らがいるとは言え、未だ我らには力が足りぬ」
その通りだ。まして、俺やダイ少年は敵の攻撃から味方を守らなければならない手間が増える事も考えると、力が足りないどころの騒ぎではない。冷静に考えれば、パプニカ王はそのくらいの事が分からない人ではなかった。失敬だったな。
だが、それならパプニカ王は一体何を考えている?
「魔王軍の戦力は未だ強大だ。このまま、各国がバラバラに魔王軍に抵抗していては、いずれ世界は彼奴らのものとなろう。そこで私は世界の国々に、一致団結して魔王軍に対抗する為の『世界連合軍』の結成を呼び掛けようと思うのだ」
「「「「「「「「!!」」」」」」」」
またしても、俺達はパプニカ王に驚かされた。世界連合とは、スケールのデカい話だ。しかし、魔王軍を本気で撃退することを考えるなら、確かにそうする必要があると思う。
まだ予測の域を出ないが、魔王軍がギルドメイン大陸から拠点を他所に移したとすれば、各国への侵略が一時中断、そこまでいかなくとも戦力の一部が引き上げられている可能性は高い。
敵が何かしらの作戦準備を進めているのなら、こちらも相応に態勢を整える必要がある。各国が足並みを揃え、世界が一丸となって対抗すれば、魔王軍がどんな作戦で来たとしてもそう簡単にはやられないはずだ。
「では陛下、各国に使者の派遣を?」
「うむ、そのつもりだ」
俺の問いに、パプニカ王はすぐに頷いた。電話もインターネットも無いこの世界では、通信手段は手紙ぐらいしかない。そして国同士の通信ともなると、相手の国の状況を確認する意味も含めて相応の使者を遣わす必要がある訳だ。
「でしたら、その役目は私が」
俺は進んで使者の役を買って出た。こんな時こそ、俺のチート能力の出番だ。俺はパプニカに店を構える前に、世界各地を渡り歩いた。だから、世界の国々を『ルーラ』で短時間で行き来できる。相手の準備次第では、そのままパプニカに連れて来る事すら可能なのだ。
サクサク効率的に、連合結成への作業が進められるというものだ。
「うぅむ……」
てっきりすんなり任せてもらえると思ったのだが、何故か陛下は眉を顰めて唸ってしまった。何だ、一体?
「陛下、如何なされました?」
「……エイトよ、此度の事は我々だけで行おうと、私は考えておるのだ」
「え……?」
「誤解のない様に言っておくが、そなたの事が無用だとか用済みだとか、そういう事を言っておるのではない。そなたは今や、我らにとってかけがえのない存在だ。私も皆も、そなたに全幅の信頼を寄せておるつもりだよ」
「は、はあ……恐縮です」
そこまで言われると、少し照れる……。それにそんなに心配しなくても、何かしら理由がある事ぐらいは察しているんだが……しかし、パプニカ王の表情は極めて真剣だ。だから俺も真剣に聞く。
「しかし、そなたの強大な力と能力……それに頼ってばかりいては、我々はいつか己の力では何も出来ぬ様になってしまうやも知れぬ。それに、物事全てを早く容易に片付けてしまう事が良い事だとも思えぬ。ここは、我々に任せておいてくれ」
「分かりました。陛下がそう仰られるのであれば」
思い返してみると、確かにここ最近俺がでしゃばり過ぎていた気がする。ヒュンケルと不死騎団、フレイザードと氷炎魔団、ガルヴァス共……襲ってきた魔王軍を悉く撃破してきたが、全て俺の力押しだった。ガルヴァスの時なんか、同行を望むダイ少年達を断り、半ば強引に1人で戦った……うん、解決したから良かったが、やっぱりでしゃばり過ぎだな。
よくよく考えると、他の皆の成長を邪魔している気がしてきた……。パプニカ王の言う通り、少し自重しよう。
「各国への使者の任は、アポロ、マリン、エイミ、そなた達パプニカ三賢者に命ずる」
「「「お任せ下さい!」」」
三賢者が揃って立ち上がり、立礼で応える。彼らも俺との訓練と幾らかの実戦を経て実力を上げている。魔力も上がり、使えれば色々と便利だろうと『ルーラ』と『トベルーラ』も早い内に習得させた。それに、王宮仕えで身に付いている礼儀作法の面も考えると、俺より彼らの方がずっと適任だ。
「世界連合の結成に向け、1度各国の指導者達と話し合いの場を設けるつもりだ。その調整の為、皆にも苦労を掛ける事となろう。しかし、魔王軍の脅威を退け、世界に真の平和をもたらす為……どうか皆の力を貸してほしい」
パプニカ王の言葉が締めとなり、会議は終了となった。パプニカ王が親書の作成と諸々の調整の為にと、一足早く会議室から退出し、俺達はそれを見送った。
そして、俺達も解散かと思ったその時――
「ぜぇ……ぜぇ……!」
会議室の扉が開き、ボロボロで泥だらけのポップが荒い息を吐きながら入ってきた。
「「ポップ!?」」
ダイ少年とマァムが逸早く、ポップに駆け寄る。
「ぜぇ……ぜぇぇ……!」
「どうしたんだよ、ポップ?こんなにボロボロになって……」
「ぜぇ……ど、どうしたもこうしたもあるかい……!と、特訓だとか言って、モンスターで追い掛け回されてケツに火ぃ付けられるわ、石に括り付けられて川に沈められるわ……挙句の果てにゃあ!何処とも分からねえ森の中に1人ほっぽり出されたんだぜ!?」
なるほど、姿と表情と言葉からかなり壮絶な特訓を受けさせられた事がわかる。
「~♪」
チラっとマトリフ老人を窺えば、耳をほじりながら知らん顔をしていた。
「この王宮が中々イメージできなくて、時間が掛かっちまって……やっと覚えたての『ルーラ』で戻って来たんだ。でも……!」
そこで言葉を切り、キッとマトリフ老人を睨み付けるポップ。
「……ちゃんと、戻って来たぜ……!」
「ふん、何を得意な面してやがる。このぐらい出来て当然、やっと半人前ってトコなんだよ」
「な、なにぉ~!?このっ、口の減らねえジジイめっ!!」
「へっ」
何だかんだと口が悪いが、ポップとしてもマトリフ老人を憎んでいる訳ではなさそうだ。マトリフ老人も大人の余裕か気を悪くした様子はない。良い師弟になりそうじゃないか。
「みんな、ちょっと聞いてほしいんだけど……」
と、そこでマァムが声を上げた。
「ポップが戻って来て、丁度ここにみんなが揃ったから、言っておきたい事があるの」
何やら重大な話の様だ。言い争いをしていたポップとマトリフ老人も表情を改め、会議室の注目がマァムに集まる。
「あのね……私、随分考えたんだけど……」
何とも言い辛そうに前置きしたが、すぐに意を決した表情でマァムは口を開いた。
「……暫く……みんなと、お別れしようと思うの」