ドラゴンクエスト―ダイの大冒険― 転生者の歩き方 作:amon
「……完璧だ」
ダイ少年の『空裂斬』は、間違いなく俺を通過した。しかし、俺の体には傷ひとつなく、逆に俺の背後の丸太は縦に真っ二つに斬り裂かれている。
俺がイメージした『空裂斬』が、ダイ君の手で見事に実現された瞬間だった。これは流石に感動せざるを得ない。
「…………」
当のダイ少年は、剣を振り抜いた体勢を戻し、その手に握る剣を見つめていた。しかし、それは呆然としている表情ではなく、今まで辿り着けなかった境地に達した事を噛みしめているという顔だ。
「どうだ?ダイ君。今の気分は」
「……何て言っていいのか、分からない。でも……」
「うん?」
「何故だか分からないけど……今のおれなら、“全てが斬れる”……そう思うんだ」
全てが斬れる……それは、“あの技”の完成を意味する言葉か。恐らく『空裂斬』の習得を経て、ダイ少年は本能的に悟ったのだろう。
「やってみな、ダイ君」
そう言ってから、俺も竜神王の剣を抜く。
「あの技の本当の威力……俺が確かめてやる」
「……うん!」
強く頷き、ダイ少年が剣を逆手に持ち替えて少し後ろに飛び、距離を開ける。そして今日の昼前にも見た、剣を後ろに体ごと捻る構えを取った。
俺も、今回は足を開き、少し踏ん張る様に腰を落として構える。今度来るのは、前のソレとは違うはずだ。
「はあぁぁぁ……!!」
ダイ少年の剣に、前とは比べ物にならない闘気が集中している。早速習得した『練』の技術で、闘気を高めている様だ。
「見てくれ、エイトさん……!アバン先生……!!これが……これが本物の……!!」
闘気が最大限に高まり、剣に集束した――来る!
「『アバンストラッシュ』だあぁーーーッ!!!」
「ッ!!?」
放たれた闘気の斬撃、俺はそれを剣で受け止める。
全てが違う――パワーが、スピードが、そして闘気が、完全に1つになって互いを増幅し合っている!剣に感じる重みが、衝撃が桁違いに強い!
これが、真の『アバンストラッシュ』の威力――いや、ダイ少年が本来持つ力!
「っ……見事だ、ダイ君!」
両足を踏ん張り腰を落として耐えていた俺だが、気付けば50cm近く後ろに動かされていた。前の時は大して力を入れなくても1cmも動かずに防げたのに……丸1日掛からずにこれだけの進歩とは、全く天晴だ。
「……おれ……遂に、出来たんだ……!」
しみじみと、実感と感動の籠ったダイ少年の言葉……尊敬する師匠の技を完璧に習得した訳だから、きっと感慨深いものがある事だろう。
「ああ、君のアバン流刀殺法は今、完成した」
だが、ある意味ここからが本当のスタートとも言える。
「今の君なら、軍団長クラスとも互角以上に渡り合う事が出来るはずだ。だが、ダイ君。ここで慢心してはいけないぞ。軍団長は所詮“通過点”に過ぎない、俺達が真に倒すべきは大魔王バーン……その力は、軍団長の戦闘力なんか参考にもならないレベルなのは間違いない。本当の修業は、ここからだ」
「はいっ!覚悟は出来ていますっ!」
実に力強い答え、頼もしい限りだ。
「よしっ!それじゃあ……」
「っ!」
「もうすぐ日が暮れるし、夕飯にするか!」
「だあぁ!?」
『空裂斬』と『アバンストラッシュ』が完成して一区切りついた。今日の運動はここまで、体を休める事も修業の内、メリハリは大事だ。
という訳で、ダイ少年の成長の早さに気分が良くなった俺は、王宮の厨房をお借りして割と自慢の料理をダイ少年に振舞った。最初こそ、釈然としていなかったダイ少年も俺の料理を見た途端にご機嫌になり、ガッツリと平らげた。
そして、夕飯を食べ終えて食休みをしていた時――
「あっ、エイト殿!こちらでしたか!」
パプニカの兵士が食堂に駆け込んで来た。その表情から、緊急事態という程ではないにしても、重要な用がある事が分かった。
「どうした?」
「はっ、只今、ヒュンケル殿がご帰還されまして」
「おお、ヒュンケルが」
何か、魔王軍に動きがあったかな?
「何やら重大な報告があるとかで、至急会議室の方へお集まり頂きたいとの事です!王様、レオナ姫様、三賢者様方、マァム殿は既に会議室の方でお待ちです。勇者様共々、会議室へお急ぎ下さい!」
「ん、分かった。ご苦労さん」
「はっ!」
敬礼をして兵士は食堂を後にする。俺達も急がなければ。
「ダイ君、行こう」
「うん」
俺とダイ少年も、早足で食堂を出る。
「ねえ、エイトさん。さっき兵士さんと話してた、ヒュンケルって誰?」
「仲間だ、後で紹介する」
そうして早足で廊下を進み、俺達は会議室の入った。
「お待たせしました」
会議室では、既にパプニカ王を上座に皆が円卓に着いていた。その中に、ヒュンケルもいる。
「ヒュンケル、よく戻ったな」
「ああ」
簡潔に挨拶を済ます。ヒュンケルは元々口数の少ない男だから、これぐらいでいい。
「さて、これで全員……は、揃ってないな」
先ずはダイ少年達にヒュンケルを紹介しようと思ったが、よく見ればポップの姿がない。
「ポップは?」
誰にともなく聞いてみるが、全員が「知らない」と言う様に首を振ったり傾げるばかり……。まだ、マトリフ老人と修業をしているんだろうか?
「よお」
「うお!?」
ビックリして思わず横っ飛びしてしまった。マトリフ老人だ。この爺さん、驚かしやがって……!
「マトリフおじさん、ポップは?」
マァムが尋ねると、マトリフ老人は何とも邪悪っぽい笑いを浮かべる。
「……地獄だよ♪」
「「ええ!?」」
驚くべき発言に、ダイ少年とマァムが声を上げた。
「あのガキ、とんでもねえ甘ったれだぜ。追い詰められなきゃ絶対に努力しやがらねえ。だから、この世の果てに放り出して来てやったんだ」
あ~、よくいるなぁ。そういう人間……。
「ま、アバンに育てられれば、ああいう弟子に育つのも無理はねえがな。アバンは強ぇし頭も切れるが、優し過ぎて師匠には向かん奴だったからなぁ。ああいう甘ったれは、上手く育てられんのさ。あいつにゃ、俺の厳しさが必要だよ、ヒッヒッヒッ……!」
なるほど、何故勇者アバンがこの老人を頼りにしたのか、分かった気がする。何だかんだ言って悪ぶってはいるが、ポップの事を考え、目を掛け、成長させようとしている。気に入らない人間にはトコトン冷たいが、一度気に入った人間は見捨てようとしない、多分そういう人なんだろう。
ポップにはひとつの試練だな。これを乗り越えられるかどうか、あの少年の根性が試される。
さて、そういう事なら仕方がない。時間も惜しいし、ダイ少年とマァム、ついでにマトリフ老人にヒュンケルを紹介しておこう。
「ダイ君、マァム、マトリフさん、紹介するよ。こいつはヒュンケル、勇者アバンの1番弟子で、魔王軍不死騎団長だった男だ」
「「ええっ!?」」「……!」
簡潔に紹介すると、ダイ少年とマァムは立ち上がって驚き、マトリフ老人は鋭い視線をヒュンケルに向ける。
「経緯を詳しく話すと長くなるから簡潔に言うが、パプニカを攻めて来たが、ちょっとした事情で改心し、今は『アバンの使徒』として俺達の側に付き、一緒に魔王軍と戦っているんだ」
「そ、そうなんだ!だったら、おれ達とも仲間だね!」
ダイ少年は多少戸惑いながらも、ヒュンケルを仲間として受け入れてくれる様だ。マァムもぎこちなさはあるものの、笑顔で頷いている。
「ヒュンケル、彼らはお前が偵察に出てから合流した今代の勇者とその仲間だ。そっちの少年が勇者ダイ、隣の彼女は僧侶戦士マァム、2人とも先代勇者アバンから教えを受けた『アバンの使徒』、つまりお前の後輩って事になるのか」
「そうなるだろうな」
ヒュンケルはそう言うと、ダイ少年達の方に向き直る。
「ヒュンケルだ。エイトの言った通り、魔王軍の軍団長だった男だ。信用してくれとは言わん。だが、今は俺もこの世界を守りたいと思っている。今までの過ちを償う為にも、こんな俺に生き直す機会を与えてくれたエイトやレオナ姫に報いる為にも、この命ある限り俺は戦い続けるつもりでいる」
「……私は信じるわ」
静かにそう言ったのは、マァムだった。その顔に、さっきまでのぎこちなさはない。
「だって、あなたの瞳は澄んでいるもの。心の真っ直ぐな人なんだって分かる。エイトさんやレオナもそう思っているから、こうして仲間として受け入れているんでしょう」
「まぁな」
マァムの言葉を、俺は頷いて肯定する。実際はそれだけでなく、ヒュンケルが危なっかしくて独りにしておけないという理由もある。
ヒュンケルはガラスの様に純粋でナイーブな心の持ち主だ。傷付きやすく、少々思い込みが激しく、不器用で、頑固……そうした気質が災いしてちょっとした誤解から魔王軍に身を堕とし、それが解けた今は罪の意識と自責の念に囚われ気味になっている。これまでに把握したヒュンケルの性格を考えると、放っておくとすぐ自分を蔑ろにし、仲間の傷を少しでも多く自分が引き受ける様な自虐的行為に走るに違いない。一応レオナにそういう事を禁じられてはいるが、いざとなればやっぱり止めないだろう。
ヒュンケルには理解者が必要だ。出来れば、俺達の様な“戦う仲間”ではなく、陰になり日向になりヒュンケルを心から支えてくれる様な人がいい。例えば恋人とか……マァムは……う~ん、何か違う気がする。何と言うか、あの娘はそういうタイプではない気がする。恋愛とイマイチ結び付かないというか……。
「同じ『アバンの使徒』同士、これからは力を合わせて、世界の平和の為に戦いましょう!」
「是非もない」
おっと、思考が跳んだ。ヒュンケルとダイ少年とマァムの3人が手を重ねている。ともあれ、特に蟠りもなく仲間になれたのだから、今はこれで良しとしよう。後はポップが戻った時に話しておけば大丈夫だろう。
「さて、自己紹介が済んだところで、本題に入ろう」
俺がそう言って席に着くと、全員の視線がヒュンケルに向く。
「ヒュンケル、報告を聞かせてくれ。何か魔王軍に動きがあったから戻ってきたんだろ?」
「ああ……」
そう返事をしたヒュンケルは、何か緊迫した表情を浮かべている。
「……悪い知らせか?」
「……恐らく」
「恐らく?」
ハッキリしない妙な答えだ。一体、ヒュンケルは魔王軍の本拠地である鬼岩城で何を見たんだ?
「鬼岩城が……消えていた」
『……は?』
ヒュンケルから告げられた事実に、会議室は疑問符で埋め尽くされた――。