ドラゴンクエスト―ダイの大冒険― 転生者の歩き方   作:amon

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大変遅くなりました。


第17話『空裂斬』

「そこだっ!」

 

「おっと!」

 

 飛び掛かってきた目隠し状態のダイ少年を横に跳んで躱す。

 

「まだまだっ!」

 

「ぬおっ!?」

 

 しかし、ダイ少年は俺の動きを読んでいた様にすぐさま方向転換し、追い縋ってくる。

 

 全くどうなっているんだ、この少年は……。修業を初めて数時間しか経っていないというのに、もうここまでコツを掴んでしまうとは、感心を通り越して呆れるわ……。

 

 俺が闘気のコントロールの修業として使った『目隠し鬼ごっこ』、その狙いは相手の気――つまり生命エネルギーを感じ取る感覚を掴む事にある。俺自身、元が漫画の知識なだけにこの世界で通用するか分からなかったので、先ずは自分で実践してみた。結果、目が見えなくても気を感じ取り、相手の位置や動きを感知する術を身に付けられる事が分かり、ダイ少年にも先ずはこの修業法で闘気のコントロールを身に付けてもらうと考えた訳だ。

 

 ところがこのダイ少年……始めたばかりの時こそ手探りのよちよち歩きだった癖に、俺が少しコツを教えたら急成長を始めた。

 

「ダイ君、心の目だ。心の目で自分や周囲の気を感じるんだ」

 

 使い古された言い回しだったかもだが、俺はそうアドバイスした。

 

 するとダイ君は……

 

「心の目……」

 

 そう呟き、立ち止まって深呼吸をしたと思ったら、その数秒後には正確に俺の方へ走って来たのだ。

 

 それを見た時は、偶然もしくはビギナーズラックの様なものかも知れないと思ったが、逃げる俺をダイ少年はぴったりと追跡してきた。曲がっても、壁をよじ登っても、屋根に飛び乗って降りても、ダイ少年は俺をちゃんと追って来た。

 

 そうして今では微かなぎこちなさも消え、周りの人や障害物にぶつかる事もなく、機敏な動きで的確に俺を捕まえに来るまでになった。尋常ではない成長速度、人類の進化を早送りで見ている様だ。

 

「ほいっと!」

 

「あっ!くっそぉ、もうちょっとだったのに~!」

 

 確かに、今のは俺の身体能力が無ければ捕まっていた。最早、目隠しの意味はなさそうだな。

 

「よし、ダイ君。目隠し鬼ごっこはここまでだ。目隠しを取りな」

 

「っ、はい!」

 

 返事をしてダイ少年は目隠しを取る。

 

「どうだ?相手の気を感じ取る感覚は掴めたか?」

 

「うん、何となく!」

 

 何となく、であの動きが……天賦の才か、或いは野生の勘か、まあどちらにしろ早々に闘気のコントロールを掴み始めたのだから大したものだ。流石は勇者、といったところか。

 

 まあいい、覚えが早いのは良い事だ。

 

「その感覚を研ぎ澄ましていけば、ぱっと見では分からない怪物の急所を見つける事も可能になる」

 

「そうか!アバン先生が言ってた“見えざる敵の見方”って、これの事だったのか!!」

 

「多分な。更に言うと、これを極めれば気の流れで相手の次の動きを察知する事も出来るだろう。この先も、その感覚を研ぎ澄ます訓練を欠かさない様にな」

 

「うん!分かったよ!」

 

 良い返事だ。よし、どんどん次の段階に進もう。

 

「よし。それじゃあ、感覚を忘れない内に次の修業だ。先ずは、よく注意して俺の闘気の動きを観察していてくれ」

 

「うん」

 

 ダイ少年が頷いてから、俺はなるべく自然な姿勢で立ち、気持ちを落ち着かせて闘気を操っていく。

 

 闘気で全身をすっぽりと覆い、そこに留めるイメージ……。

 

「……今、俺がどうなってるか分かるか?」

 

「うん。凄い……!エイトさんの全身が闘気で包まれてる、だけど凄く穏やかで静かな感じだ。まるで、凪の時の海みたいだよ!」

 

 中々、感じのいい表現をしてくれる。正直、出来るかどうかの確信はなかったが、ダイ少年の言葉で俺が闘気をイメージ通りに使えていることが分かった。

 

 この分なら、この修業法も使えそうだ。

 

「これは、俺が昔読んだ本に書いてあった闘気のコントロール術における基本の一つ『(てん)』という」

 

「テン?」

 

「そう、闘気を体に留める基本技だ」

 

 本来は闘気ではなく“念”で、昔読んだ本というのは前世のとある漫画なんだが、まあ嘘ではないし、そして闘気も念も源となるのは生命エネルギーな訳で、俺が闘気で『纏』が出来ている事実からしても、その修業法はある程度応用が効くはずだ。

 

「さっ、ダイ君。君もやってごらん」

 

「う、うん!」

 

「大切なのはイメージだ。闘気を自分の体に留めようと念じて構える。最初は目を閉じた方が感覚を掴みやすいだろう」

 

「うん」

 

 ダイ少年はそっと目を閉じた。

 

「自分のやりやすい様に構えればいい。体の力を抜いて、心を落ち着かせ、そして生命エネルギーが血の様に全身を巡っている様を想像するんだ」

 

「すぅ……ふぅぅ……」

 

 静かな呼吸と共に、自然体で構えたダイ少年の全身から余分な力が抜けていく。それとほぼ同時に、その全身が闘気に包まれ始めた。何という飲み込みの早さ……。

 

「感じるか?自分の中のエネルギーの流れを」

 

「……うん、分かるよ」

 

「その流れが次第にゆっくり止まり、体の周りで揺らいでいるイメージを思い浮かべるんだ」

 

「…………」

 

 俺のアドバイスの直後、ダイ少年が纏う闘気がピタリと止まり、安定した。本当に何という飲み込みの早さなのか……俺がたった1度アドバイスしただけで、もう『纏』が出来てしまった。ここまでくると感心も呆れも通り越して、怖くすら思えてくる。

 

 この歳で既に魔王軍の軍団長に迫りつつある戦闘力、そしてこの尋常じゃない成長速度……一体、どこまで成長するのか見当も付かない。末恐ろしい子だ……。

 

 俺が言えた義理ではないだろうが、この少年に潜在する力は人類の域ではない。果たして、魔王軍を倒して世界に平和が戻った時、彼に居場所はあるのだろうか?

 

 今更ながらに考えてみると、俺も他人事ではないかも知れない……。

 

 レストランと宿屋のオーナーとして、この特異な戦闘力と能力を程々に隠せている間は何も問題なかった。そして、能力が露見しても今は戦時中だから必要とされる。しかし、平和になればどうなるか分からない……他人から見れば強過ぎる俺も、恐れられ、気味悪がられ、疎まれ、そして追放される日が来ないとも限らない。

 

 そうなった時、果たして俺は……。

 

「エイトさん?ねえ、エイトさん!」

 

「っ!あ、ああ、なんだっ?」

 

「どうしたの?急に黙り込んで……おれ、何か間違えてる?」

 

「い、いやいや、何も間違えてない、寧ろ完璧だ。ダイ君があんまり飲み込みがいいもんだから、つい呆然とな。あははは!」

 

 何とか笑って誤魔化しながら、俺は頭の中の考えを封じ込める。今から、先の事を不安がってアレコレ考えていても仕方がない。そうなったら、その時にまた考えよう。今は、目の前の事に集中だ。

 

「『纏』は初めの内は維持するのに意識が必要だが、慣れれば寝ていても出来る様になる。毎日、イメージの訓練を忘れない様にな」

 

「はい!」

 

 よし、こうなったらどんどん先へいこう。多分、ダイ少年なら少し教えればマスターしてしまうだろう。

 

「では、次に――」

 

 そうして俺は過去の知識を呼び起こし、ダイ少年に闘気のコントロール術として念能力の基本である『四大行』を順に教えていった。

 

 通常以上の闘気を練り出す『練』、闘気を完全に消す『絶』――これらをダイ少年は1度教えると即座に覚えてしまった。やはり、恐るべき才能の持ち主だ。こうなると他の応用技も教えれば身に付け、しかも役に立つかも知れない。

 

 さておき、最後に『四大行』の1つであり集大成でもある『発』――所謂“必殺技”だが、これは一応『空裂斬』がソレに当たるはずだ。そもそもこの修業自体『空裂斬』の、延いてはアバン流刀殺法の完成を目指して行っていた訳だし、順序としては間違っていないだろう。

 

 ここまでに半日しか経っていない事を考えると、信じられない程の駆け足だが、早い事は良い事だ。で、いよいよ『空裂斬』の実践に入る――。

 

「さて、ダイ君。いよいよ、『空裂斬』の修業に入るぞ」

 

「はい!」

 

「正直、君の飲み込みの良さと上達の早さには舌を巻いたよ。たったの半日で『四大行』の内『纏』『練』『絶』の3つをマスターするなんて……昔読んだ本によれば、通常それらをマスターするには才能のある人間でも何ヶ月もの修業を必要とするって書いてあったのに……全く、大したもんだ」

 

「いやぁ、そんなぁ~」

 

 俺の言葉に照れるダイ少年。その姿は、歳相応の少年らしい素直さとあどけなさだ。この様子を見ていると、俺の心配など杞憂だったのかも知れないと思えてくる。

 

 そうであってほしいと切に思う。

 

「これが『空裂斬』の修業は最後になる……だろう。この修業を無事に終えた時、君は『空裂斬』を習得している……はずだ!」

 

 自分でも「だろう」だの「はずだ」だの言い過ぎだとは思う。だが、仕方がない……何しろ俺は『空裂斬』を見た事がないから、ダイ君から聞いた話から――つまり、勇者アバンが話した『空裂斬』の曖昧な説明から想像するしかない。

 

 『空裂斬』とは邪悪を断つ剣……剣に正義の闘気を蓄積し、一気に敵の本体目掛けて放つ……だったか。勇者アバンも、幾らその時は習得がまだ先の話だったとはいえ、勿体ぶった言い方をしたものだ。もっと具体的な説明をすればいいものを……。

 

「ふぅ……」

 

 故人に不満を抱いても仕方がない。ダイ少年に気付かれない様に、軽く息を吐いて気持ちを切り替える。

 

 半分以上が思い付きだが、多分、この方法でダイ少年に『空裂斬』を習得させる事が出来ると思う。俺も、少し気を引き締めなければ……。

 

「さて、ダイ君。君はもう闘気のコントロールの基本は身に付けた。俺の勘では、もう君はやろうと思えば『空裂斬』が使えると思う」

 

「えっ?そ、そう……なのかなぁ?」

 

 俺が言った事が今ひとつ信じられないのか、ダイ少年を自分の手を見つめながら首を傾げる。

 

「実感が湧かなくても、まあ仕方がないだろうな。だから、これから修業の締めとして『空裂斬』を実践してみる事にする」

 

「実践って……『空裂斬』がどんな技なのかも分からないのに?第一、何を目標に使えばいいのさ?」

 

「『空裂斬』は剣に闘気を溜めて相手の急所に叩き込む技のはずだ。だから、闘気を相手の急所に当てる事さえできれば、直接斬りつけても、闘気を飛ばしてぶつけても、多分どっちでも大丈夫だろう。そして、今回その的として使うのは……俺だ」

 

「え……?」

 

 自分を親指で示す俺に、ダイ少年の目が点になった。そして、段々と理解が追い付いてきたと見えて、狼狽え始める。

 

「そ、そんな!?エイトさんを的になんて、そんな事できないよッ!」

 

「落ち着いて。別に『俺を斬れ』とか言ってる訳じゃない。ちゃんと説明するから」

 

「う、うん」

 

 ダイ少年が落ち着きを取り戻すのを見計らい、この修業の意図を話す。

 

「君は俺に向かって真っすぐ『空裂斬』を撃ち、俺を”傷つける事なく”後ろの丸太を斬るんだ」

 

「ええっ?そ、そんなの無理だよ!そんなのどうやったってエイトさんに当たるじゃないか!?」

 

「確かに普通ならそうだな。だが、『空裂斬』は闘気の剣技、そして闘気とは自身の生命エネルギーだ。本来、生命エネルギーに形や硬さはない。それを様々な形状の塊にして何かを物理的に破壊する際には、そういう意思を使用者が闘気に通わせているからだと俺は考える。ダイ君、さっきまでの『四大行』の修業によって、君は闘気をほぼ自在に操れる様になった。これからやるのはその最終確認、闘気をその意思で制御し『斬りたいものだけを斬り、斬りたくないものは決して斬らない』という超高度で精密なコントロールをやり遂げるのだ。これを達成した時、君の『空裂斬』は完成する」

 

「闘気を……意思で、制御する……」

 

 俺の説明を聞いて、ダイ少年はぽつりと呟き、右掌を見つめる。その手に闘気が迸っているところを見ると、やる気になってくれた様だ。俺の論理的とは言えない穴だらけの仮説でも、信じてやる気になってくれるのは、中々嬉しいものだ。

 

 俺はダイ少年の返事を敢えて聞かずに、訓練所に突き立てられた剣術訓練用の丸太の前に移動する。

 

「……っ!」

 

 俺が丸太の前に立ってから時間にして10秒前後……ダイ少年は意を決した表情で、こちらを向いた。

 

「ダイ君、恐れるな。君なら出来る。少なくとも、俺はそう信じている」

 

「っ、はい!!」

 

 良い返事、良い顔だ。使い古された言い回しながら、慣れない励ましの言葉を掛けた甲斐があった。実際、これまでの修業を顧みて、ダイ君が『空裂斬』を成功させる事を俺はほぼ確信している。

 

「すぅ~、はぁぁ~……」

 

 ダイ少年は腰のベルトから剣を鞘ごと外し、居合い抜きの様な体勢を取って深呼吸をする。次第にその体に闘気が漲り、そしてその闘気が静かに鞘に収まった剣に集中していくのを感じる。

 

「……いくよ、エイトさん!!」

 

「おう!」

 

 応えてすぐ、ダイ少年が流れる様な動きで剣の柄に手を掛ける。

 

「アバン流刀殺法――」

 

 ダイ少年の動きと声に呼応して剣の闘気が鋭く高まり――

 

「『空裂斬』!!」

 

 刹那の抜刀と同時に、切っ先から矢の様な鋭い闘気が放たれた――。

 

 

 

 

 


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