――何の為に戦うのか、それを問い続けながら遊佐やる夫は旅をしてきた。
始まりから今に至るまで、ずっとそれが解らなかった。かつてから今に至るまで、自分を縛る鎖に苦しめられ、そんな自分にどうしようもなく憤りながら、それでも死に物狂いで駆け抜けてきたのだ。
命知らずだと、死にに行ってるだけだと何度も言われた。
だけど、何かが欠けてしまっている自分には命くらいしか賭けるものがなかったのだ。
けれど、だからこそ得てきたものが確かにある。
響は道理など知るかと叫びながら自らの我が儘を押し通して、何時だって誰かを救い、心を繋げてきた。
ユウキは呪われた命でありながら、憧れに手を伸ばし、奇跡の命と共に絶道を駆け抜けていた。
そして―――オリヴィエはただ、等身大の自分をぶつけあい、武の極地に愛を刻むことを望んだ。
誰もが、自らの道と共に――やる夫を愛してくれた。
物好きだなと思う。正直何を考えているのか解らない。こんな自分のどこがいいというんだろう。大切なものを碌に持ってないから、とにかく命を投げ出しているだけだし、信念がないからあれこれ首を突っ込んでいるだけに過ぎない。
そんな自分を、好きだと言ってくれた。愛していると笑ってくれた。待っていると、信じていると。
だから――――
「なんの為に戦うのか――もう迷いなどない」
身を包む虹色の炎。
人間の身ではなく重厚な紅蓮の甲冑の騎士となって、遊佐やる夫を新たな種族として、超越進化を果たしていく。それらはこれまで行われた進化とはかけ離れた領域で行われる。
希望に負けぬ魂の絆が、死中に我在りと叫んだ経験が、流れ込んだ愛と想いが―――最果てを望む愛の絆が。
今此処に―――
「≪
―――新世界を担う兆しが新生する。
「かつての誓いも応えも!」
眼前――緋色と瑠璃色の異形の腕を持ったオリヴィエへとやる夫は吼える。
色金。いつかルキスラで神崎・H・アリアが超直感が云々と教えてくれたことを思いだす。これがそのことなのかは解らない。仮に色金に接触したとしてもどういう経緯を送ればあぁなってしまうのか。
解らない―――だけど、彼女が叫んだ全ては真実だ。
彼女が自分へ伝え、しかしずっとずっと待たせてしまったのだから。
それ故に、
「ここに至るまでに至らなかった何もかも、今この瞬間、全てを果たそう――――!」
希望の一歩を今、遊佐やる夫は踏み出したのだ。
「……は、はは、はははは――」
その一歩を前に彼女は笑う。
空気が、空間が、世界が―――あらゆるものが軋み、悲鳴を上げ、命を請う。
生まれ落ちてしまった存在はどうしようもなくどうしようもなくどうしようもない。
異形となり果て右腕に緋色を、左腕に瑠璃色を宿した両腕。
魂が、血肉が、その存在総てが。命が行きつく果てへと至ってしまっているが故に、何もかもが終わっている。
なるようにならない最終。
ただ塵殺するだけの人外
そう称する他ない何かが因果の果てより生まれ落ちた化物。
そんな彼女はやる夫の咆哮を前に、顔を歪ませながら哄笑する。
「そうだ――そうだよねやる夫! 貴方はいつだって私の想像を超えてくれる!」
これまでだって、今だって。何時だってオリヴィエはやる夫に期待して、何時だって彼は彼女の想像を超えてきた。これまでに二度お互い戦って、その度にオリヴィエはやる夫を殺してしまったと思った。
だけど、そんな予感を塗り替えて、やる夫は死地を超えてきた。そんな姿を見て、何度も何度もオリヴィエはやる夫に心を奪われてきた。
だから、
「さぁ――殺し合おう?」
小首を傾げ、異形の腕を振りかぶりながら彼女は笑う。
今から起きる何もかもが、楽しみで堪らない。
「やる夫の全部、私に刻んでよ!」
「あぁ――いいさ」
対して龍の騎士は静かに応えた。
彼は今静かに燃えている。己への不甲斐なさも、かつてへの罪も意識も今は既に甲冑の中には存在しない。
あるのは決意と愛だけ。
「お前が望むのならばいくらでも付き合ってやる。それが断崖への疾走だとしても、どこまでも笑って一緒に行ってやる」
その在り方は、狂っているかもしれない。いいや、きっと狂っている。頭がおかしいのだろう。
だけど、もう戦う理由も生きる意味も定めることができたから。
「来いよ、お前が満足するまで――付き合ってやるさ!」
「は――はは――ははは―――!」
剛腕が暴風を纏い。
大剣が炎を猛らせ。
「―――!」
激突する。
「あはっ、あはははははは!」
「おおおおおおおおッッ!」
緋色と瑠璃色の異形の双腕と虹色の炎を纏う大剣。
それら同士がぶつかる度に激突音と割砕音、そして衝撃波が周囲に響き渡る。
「あはっ、あははははは!!」
哄笑と共に叩きこまれる一撃はそれまでのオリヴィエのそれとは桁が外れている。
先ほど深海凄艦の頭蓋を吹き飛ばした異形の腕は超越進化を果たす前のやる夫ならば文字通り蒸発していただろう。
「はああああああッ!」
だが、雄叫びと共に振るう大剣は異形の腕に対して一歩も劣ることはない。激突の度に大地は砕け、周囲の木々、瓦礫は吹き飛んでいく。響やユウキが心配だという気持ちはあるが、しかし今は構っている余裕はなかった。
「あはぁ……!」
歯を剥き出しに笑いながら振るわれる異形の腕は無軌道極まりない。そこにあるのは武術ではなく単純極まりない暴虐だ。
壊して、砕いて、滅茶苦茶に。
より原始的、根本的な純粋破壊。
振り下ろした異形腕は音速超過であり、膂力の強さ故に空間を破砕しながらぶち込まれる。
「っぬうん!」
対して焔龍帝は大剣の腹を叩き付け、受け流す。
「へぇ……!」
それは流されたオリヴィエが笑みすら浮かべるほどの熟練した動きだ。
「ふぅっ――――」
やる夫自身自らの動きに驚くほど。普段の彼は徒手空拳が得手であり、武器の類など使ったことはない。
だが、そもそも思えばゼヴォリューションによる進化後では爪や突撃槍、盾、二刀といった本来持ち得ない武器を自在に操ることができた。無論、それは一流とは言えない動きではあったが、
「――解る」
それまでのゼヴォリューションをさらに超える領域で剣の使い方を理解できていた。
武術が消えているとはいえ、単純な暴力の威力は言うまでもない。なまじ覚えたての武器では相手になるはずもなかった。
それにも拘らず聖刻の焔龍帝の剣撃は塵殺の人外と渡り合っている。
「はっははははぁ!」
異形腕が僅かな時間差を付けてぶち込まれる。
どちらかでも対処を誤れば甚大なダメージを受けるのは間違いない。右が先、微かに遅れて左。大剣という武器を用いて如何なる対処をすれば最適解かは解らない。慣れない武器だからこそ選べる手が無数に出現し、しかしどれを選ぶべきか解らず、
●
脳裏、闇の彼方に灯る炎が見えて―――――
●
「――はぁっ!」
右腕を刃で受け止め、受け流す。それだけでは左腕に間に合わない故に虹炎を噴出しジェットエンジンのようにブースト。右腕に激突、
「だぁらッ!」
柄を両手で握りしめ、力任せにぶっ飛ばす。
「あはっ――あはははっ! ずっと――ずっと待ってたんだ! この瞬間! この刹那! この時間! やる夫を
「あぁそうかいそうだよなぁ知ってるよ! やる夫が一番お前の性質の悪さを知ってるんだからなぁ!」
これまで一体どれだけつき合わされたのか。
こちらがどれだけドン引きでも彼女は本当に楽しそうに拳を向けてきたのだから。
「最初は……最初は御免だった。そんなのに付き合うつもりなんて――なかったんだけどなぁ!」
叫びと共に大剣を叩きこむ。
刃に込めた魂はかつてなく猛り、その昂りがカイゼルグレイモンの総ての力を加速度的に強化していく。
「互いを高めることそ我らが本懐、故に一秒ごとに己を塗り替えよう……!」
それこそがやる夫とオリヴィエの愛の在り方だ。
傷つけて、傷つけられて、それでも悪くないと今は思う。
「ずっと――何の為に戦うべきなのか解らなかった」
そう、遊佐やる夫の歩みはそういうものだ。この旅が、物語が始まってから、
彼はずっと自身の真実を忘れていた。だから何の為に戦うべきかが解らなかった。
生きる理由、戦う意味、遊佐やる夫の自分らしさ。
それは一度拒絶されたものだ。在りし日、幼い頃に得た少年の誓い。
狂気だと拒絶され、故に向かい合うことができなかった。ずっと怖くて、ずっと恐れてて、
過去を超えられない自分が堪らなく嫌気がさして。
だけど、
「それを変えてくれたのがお前だった」
あぁそうだ。だって自分は何もなかった。腕の中に確かなものなどまるでなくて、だから命を懸けるしかなかったんだから。
今まで、ただそれしかなかったけれど。
でも、今は、生きる理由も戦う意味も。
遊佐やる夫の自分らしさも見つけたから。
「だから――もう迷わない! 行けるとこまで、全身全霊、全てを懸けて応えてみせる……!」
虹の炎を纏い、聖刻の焔龍帝は己の誓いを叫ぶ。
それこそがずっと求めていたもので、ようやく手に入れたものなのだから。
「――遅いよ!」
けれどその誓いを拒絶するようにオリヴィエは異形の両腕をぶち込んだ。
虹色の炎を緋色が連続する割砕音と共に粉砕し、瑠璃色が音もなく消滅させる。
「ずっと信じてた! やる夫は私を見てくれるって、私の望むやる夫でいてくれるって! ずっと……ずっと……応えを待ってたんだ!」
かつて思いを告げて、約束したのだ。今は応えることができなくても、いつかの時に。
彼はかつての傷に苦しめられていて、だから待ち続けたのだ。
なのに、
「やる夫は――響やユウキに優しくして! 私の気持ちがやる夫に解る!?」
響の無茶の背中を押した。
ユウキの生き様に肩を並べた。
それは懸命に生きるあまり、己の命を省みない二人には仲間としては必要なことだった。やる夫がいなければきっと二人は死んでいたかもしれない。
だけど、本当は、
「一度たりとも、受けいれたことなんてなかった!」
認めたくなかった。
「響がやる夫を好きになった時、凄く怖かった!」
ユウキの時にはもっと。
「私は狂っているから――取られちゃうんじゃないかって!」
忘れちゃうんじゃないかって。
「でもやる夫に嫌われたくないから全部押し殺して、平気な顔をして……ッ」
でも、だけど、それでも、
「凄く……凄く苦しかったんだ……!」
ずっと蓋をしていた胸の痛みは、今ついに開いてしまった。
先ほどまでは歓喜と共に戦いを受け入れていたのに、この瞬間悲嘆と激怒に満たされている。精神不安定、支離滅裂、二つの色金を身に秘めたが故に感情が滅茶苦茶になっていたのだ。
でもそれは、だからこそどうにもならない真実で。
オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは遊佐やる夫に対して、
「ずっと――本当は文句を言いたかった!」
溢れんばかりの――どころではなく、事実溢れ出した激情は涙となり、
「――ぁあああああああああああああああ!」
流れ落ちた滴は緋と瑠璃の波動となり、異腕の中で一つの塊となる。
「私が一番最初に好きになったのに! 私が一番やる夫のことが好きだったのに! 私が……私がやる夫を変えたのに! なのに響やユウキにも手を出して、ずっと―――我慢してたんだッ!」
巨大な鉤爪のような掌の中に生まれたのは、巨大な魔力の塊だった。オリヴィエの感情を表わしているかのように大きく――禍々しくなる。二つの色金の波動、人知を超えた存在であるが故に得た膨大な魔力。
天衣無縫の如き聖王の血族。
感情に呼応する定理破壊の金属。
今までため込み続けた感情。
色金が感情を暴走させ、暴走された感情が力を生み、天衣無縫故に肉体は壊れずに半端とはいえ適応し形を変え、そして変化した異形の色金が力と暴走を連鎖させる。
そうして生まれたのは形容するのも馬鹿らしいほどの破壊を有した魔力の塊だ。
原理としては単純、それ故に究極。
「っ―――――」
進化前のやる夫なら一瞬で消滅。
超越進化を果たしたとしても致命は免れず、
それでも、
「――――受け止めるさ」
彼は、避けない。
●
その破壊はかつて彼が受けたもの中でいえば、甘粕正彦のリトルボーイのそれに等しかった。
純粋極まりない超威力は色金神社を完全に吹き飛ばし、湾内の地形を大きく変えていた。破壊により周囲にいた深海凄艦毎蒸発させ、
「――そんなもんかお?」
聖刻の焔龍帝は聖虹の炎と共に―――核熱級の破壊に耐えきっていた。
装甲に亀裂が入り、血が流れている。耐えたとしても致命には変わらない故に所謂逆境系のスキルは全て発動し、現在彼のあらゆる能力が最大上限へ至り、同時にオリヴィエと相対しているが故に限界を突破し続けている。
「は―――はははっははははは!」
その光景を前に息を乱しながら、それでも尚オリヴィエは笑う。
先ほど癇癪を起したようにやる夫へ言葉をぶつけたにも関わらず、胸の内を秘めていたのは歓喜のみだ。
「今のを、今のを耐えるんだ!? 一体どうやったのさ!」
「――お前のおかげだ」
対して静かにやる夫は応えた。
「この力……この姿はやる夫がこれまで紡いだ絆の結果だ」
ユウキと共に絶道を行き、響の盾となって。
「お前の想いに応えると決めた結果だ」
その決意と誓いはこんな自分を好きになってくれた二人に対して謝らないといけない。
だけど二人がいたからこそ得たもので、
「これから先お前と歩むと誓った故に、得た力だ」
それこそが虹色に輝く炎だ。
本来神格に至らねば得るはずのない概念干渉能力を宿し、それにより防御を行いオリヴィエの一撃に耐えきっていたのだ。
「あぁそして言わせろよオリヴィエ。我慢してたなんて言ったよな。だけど、我慢なんかしなくていいんだ」
だって、
「逃げたのも、応えを先送りにしたのも、お前から目を逸らしたのも……」
全てやる夫のせいだ。
何もかもがやる夫の責任に他ならない。
オリヴィエが我慢する必要なんてどこにもなくて、
「お前は幾らでもやる夫を詰ってよかったんだ」
「んなこと――できるわけないじゃん!」
オリヴィエは一瞬前歓喜で叫んでいたとは裏腹に、今度は顔をくしゃくしゃにして叫ぶ。
絶叫と共に異形の腕の攻撃は激しさを増していく。
同時、やる夫の脳裏に何度も何度も篝火が過り、戦いに於ける最適解が瞬間瞬間に浮かんでくる。
だからこそオリヴィエの叫びは何もかもが通じてきた。
「怖かったんだもん……っ……そんな我が儘を言って、貴方に嫌われることが!」
だって、だって、だって――、
「私は――狂っている!」
オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは狂気に満たされた人間なのだ。
「頭がおかしいんだ! 他人に受け入れてもらえるはずがない!抱きしめるより、愛を交わすより……っ、傷つけあって、拳を交わして――命を刻みあうことが愛おしい! そんな私が! そんな我が儘を言えるわけが―――――!」
「なら、そんな女に惚れる男だって狂っているさ」
「っ――――」
「悪くない、悪くないと苦笑してきた。あぁ、だけどだけどなぁ!」
楽しかったんだ。
「お前と刻みあって、高みへ上って武の極致を目指して! いつの間にか、やる夫だって良いと笑えるようになったんだ!」
オリヴィエが狂っているのならば、そんなやる夫だって狂っている。
そもそも一番最初、幼き日の遊佐やる夫はずっとそうだったのだ。
それは忘れていたもので。
「唯一無二の、譲れないものの為ならとかつて誓ったから、お前の為ならいくらでも狂ってやるよ!」
掛け替えのないものを得た、その為に命を懸けられる。それは拳を、身体を血に染め、求めた先にある。その魂は死地にこそ最も輝くのだから、その経験は死の境地に限界を超えている。
武の境地に愛を刻み、極地のその果てへ。愛を血で染めるその在り方は狂っているかもしれない。きっと狂っている。狂気に侵されている。でも、それでいいと笑みと共に彼は虹炎を纏う。
何の為に戦うのか、もう迷いなんてないのだから。
「っ―――ぁ―――わたし、は―――」
「だから一回くらい――やる夫の
炎が巻き上がる。虹色の光炎はかつてない勢いにて燃え盛り、剣に、甲冑に宿り、
「おおおおおおおおおおおお――――ッッッ!」
焔龍帝の周囲に八つ首の龍となって顕現する。
一体一体、胴体の太さは二メートル近く龍の咢はそれ以上。人間を丸呑みするなど容易いサイズ。 そして概念干渉能力であるが故にそれは剣であり盾。あらゆるものを燃やすことのできる極虹の炎龍だ。
「さぁ、受け取れ!」
「ッ――――!」
最早それらを前にしてオリヴィエは言葉を吐けなかった。
ただ言葉にできない感情が反射的に異形の双腕を突き動かす。
「おおおおおおおおおおおおおお!」
「ああああああああああああああああ!」
斬撃と共に炎竜が迸った。
一つ、二つ――緋色の腕で割砕音と共に殴り砕く。
三つ、四つ、五つ――瑠璃色の腕で音もなく消滅させる。
六つ目、避けられずに顎に飲み込まれ、
「ぁぁああ……っ!」
内側から両腕を振り回すことで脱出し、
「あ、ぎぃ……!」
全身を虹の炎で焼かれ、痛みに絶叫しながら七つ、八つ、それらの勢いのまま異形の手で握り潰し、
「オリヴィエ・ゼーゲブレヒトおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
叫び、自身が最後の龍となって飛び込んできた炎龍の剣を回避することはできず。
「ぁぁ――――」
吹き飛ばされる意識の中、彼に
我ながら自分らしすぎることを思いながら―――意識を失った。
そして、夢を見るのだ。
束の間の――かつて、最も穏やかな日の思い出を。