柳之助の短編集   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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FOE

「教授―――つまりFOEってどういう生物なんですか?」

 

 そう質問を向ければ露骨に嫌な視線を向けられる。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――世の中には実力がありながら脚光を浴びることを嫌がる変人というものがいる。

 

 今、ギルドの依頼を通して会っているのもそういう人物の一人だった。望んだ才能を得られず、違う分野において凄まじい才を持ってしまったが故に名が広まることを極端に嫌がった変人、奇人とも呼べる存在。そんな彼はめんどくさそうに葉巻を咥え、コートを脱いで嫌そうな表情で椅子に座っていた。”教授”と呼んだ彼の存在を知る者は実のところ、そこそこ多い。自分も軽く世話になった間柄である為、その縁で知っている。だがどこかのトマト専門店や、屋台や、或いはハーレム形成しているようなチームの様な知名度はない。教授本人がそれを嫌がっているからであり、自分を含めた彼の生徒達がある程度黙っている結果だ。

 

 とはいえ、ギルドは仕事の都合上、しっかりと教授の存在を認識している―――だからこんな仕事が回ってくる。だから本題に入る前に、解りやすい処から話を始める、つまり、

 

「教授、FOEってそもそもどういう生物なんですか」

 

「悲しいぞねらう代、お前はいつからそんな馬鹿になった」

 

「私はただ話の流れとして解りやすく整理する事を望んでいるだけですよ」

 

「本気で聞いているんだったら正気を疑うんだがなーファック。ギルドもめんどくさい事をするな。チッ、通しで話すからしっかりと録音しておけ」

 

「了解です」

 

 予めギルドの方から受け取っていた録音機をテーブルの上に乗せ、それを起動させる。それが教授にとっても話始めるタイミングとなる。口にくわえていた葉巻を取り、それを灰皿の上において休めながら、話を始める。

 

「まずはFOEとはなにか―――これ自体はそう難しいものではない。この世は流体によって構成されていると既に()()()()()()()()()()()()()()のはもう解っているな? 進化の可能性を保有している人間等の生物はともかく、一般的なモンスターと呼ばれる存在、原始的構造を保有している敵性存在に関しては流体の密度がその存在の濃さ―――つまりは強さへとイコールする。これが俗に言われる”FOEの資質”だ」

 

「えー、では流体密度が濃いだけだとFOEにはならない、と」

 

「そうだ」

 

 教授は頷く。

 

「そもそも密度が濃く、強いというのが条件ならダンジョンの深層へと向かえば良い―――密度の濃いモンスターで溢れている。つまりはFOEだらけになる訳だ……だが連中をFOEとは呼ばない、そうだろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と一般的は定義されるからな。つまり簡単に言えばFOEは()()()()()()()()()()()()()()()()だと認識すれば間違いはない」

 

 そう、FOEというダンジョンに潜むジョーカーは圧倒的な殺意を持っている。モンスターに対してではない。人間に対してだ。人間が鍛え、そして駆逐するために技を磨く様に、モンスターがその特異性を鍛える、或いは変異させる事によって生み出されるのがFOEという生物だ。これらのFOEは人間を殺すことを至上の目的としている。だからと言って人間を積極的に狙うわけでもない。

 

 FOEは人間を追いかけない、探さない、ただそこにあるだけ―――本来は天災と区分する存在なのだ。

 

「大抵のFOEは縄張りを持ち、そこに出現する平均的なモンスターの倍程度の強さ、明らかに逸脱した強さを持つ。これは近年の流体学の調べによると深層で死亡したモンスターの流体が澱んで、浅層のモンスターがそれを取り込んだ結果、急激な進化と変異による発生するものだと考えられている。だからその層には出現するはず事のない、オーバーキルとも呼べる実力を持った存在が生み出される」

 

 ただ、と言葉を置く。

 

「―――()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、だから()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

「現在FOEの大量発生でギルドが大忙しだったか? おかしな話だ。FOEの出現とは一瞬ではなく、数年かけて生み出されるようなものだ。シミュレーションゲームの兵士を生み出しているわけではないんだからそうボコボコ生み出される訳がない。そうだな、十匹もFOEを討伐すれば少なくとも二、三年は出現しなくてもいいぐらいだな。流体が集まりやすいダンジョンの中でも最低一年はFOEなんかと出会わなくてもいいだろうな」

 

「つまり、それだけ今は異常事態である、と」

 

「これを異常事態だと認めないやつがいるなら一度病院にでも行った方がいいだろうな」

 

 教授の口の悪さは相変わらずだった。苦笑しながら眼鏡の位置を調整し直し、それでは、という言葉を教授に向ける。

 

「―――本題ですけど、FOEの大量発生に対して教授の見解をお願いします」

 

 ギルドでは現在、フィランチアのみならずほかの都市の学者にも今回の件について情報を集めている。都市間を高速で移動できる者がいれば迷うことなく指名で依頼を用意し、情報の収集にあたっている。何時の時代であっても情報と数が人類の武器だ。未知が立ちふさがるなら調べ、そしてマンパワーで粉砕するという事を何度も繰り返してきた。だからこうやって話を集めているのだから。そして教授は答える。

 

「そうだな、まず間違いなく誰かが背後にいるだろうな」

 

 ギルドでも同じ認識だった。少なくとも自然現象ではありえない。

 

「長年の成果として環境に馴染んで能力を引き上げたか、或は自分の持っている特異性を昇華させたか、そういうのがFOEの特徴だ。なのに短期間でそれを大量に投入してくるというのは時間を無視して進化させられる能力を持った奴がいるという事だろうな―――少なくとも人の技じゃないし、現在の科学力ではどうにもならないだろう。”権能”クラスのものだな」

 

 魔法、異能、技術―――そして権能。つまりは神の能力、或いはその片鱗という意味だ。

 

「FOEになるというのは一種の進化行動だ。ポケモン種がいるな? 下位から上位の存在になるとポケモン種は姿が大きく変わるだけではなく、その特性や能力まで変化してくる。それはまるで世代を超えた先にある進化した種へと変化するかの様に。これを裏付けるようにポケモン種の遺伝子情報を調べると世代を経たかのような変異が見られる」

 

 そこで教授はこれは余談だが、と口をはさむ。

 

「ポケモントレーナーがヒトカゲから育てたリザードン、そして野生の百年かけてヒトカゲからリザードンに進化した個体、この二体を比べると実は野生の方が能力が若干強靭だったりする。つまりポケモントレーナーの起こしているポケモンの進化は本来発生する進化に軽い弱体化を付与した先取りとも取れる現象だが―――現在確認されているFOEはどうだ」

 

「あー……どれもこれも変なところはない、普通のFOEらしいですね」

 

 少なくとも戦闘経験のあるFOEにへんに弱い処や弱点があったとか、そういう共通の情報は存在していない様に思える。

 

「つまり相手は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()能力を持っているわけだ。まったくもってめんどくさい話だな。個人的には進化促進ウィルス系も割とアリだと思うがな。純粋な流体操作能力もあり得そうで怖い……まぁ、生物学は専門じゃない、どういう仕組みだとか、そういうのを考えるのは基本的にIAIの連中が一番得意だ。私は与えられた情報から推理する方が特技だ」

 

 そういえばたまに探偵の真似事をやっていましたね、とツッコミを入れると渋い表情を向けられる。本人としてはこれも結構不本意らしい。実にめんどくさい人だなぁ、と思いながら、話を続ける。

 

「で、教授としては今回のFOEの大量発生に関してはどう思いますか?」

 

 どうもこうも、と言葉を入れられる。

 

()()()の一言に尽きるな」

 

 怪しい、と言葉をつぶやくと、あぁそうだ、と教授の言葉が返ってくる。椅子の肘掛けに頬杖をつく様に軽く体重を寄せながら、少しだけ考えるように教授が言葉を放った。

 

「FOEの大量発生なんてことのせいで、都市外からも増援を呼ぶ必要があるほどフィランチアは今、困っている。そりゃあそうだ、FOEなんてものが大量発生したらまともにダンジョンを探索する事はできないし、ダンジョンで入出できる資源でフィランチアが潤っている部分はある、経済的にもダメージが発生するのは目に見えている。だが()()()()()()()()……言いたいことは解るな?」

 

 教授の言いたいことは解る。故に頷いて返答する。

 

()()()()()()()()()()という事ですよね」

 

「むしろ何かの始まり、その合図かもしれないな。FOEが大量発生しても、現状討伐されている―――それによる大きな被害が発生してないんだ、私が黒幕ならまず満足しないし、この程度では終わらせない。むしろ冒険者や戦力が討伐に集中している間にそれを利用して背後から奇襲を仕掛けたりするな。まぁ、確実に言えるのはまだ問題は見えてすらいない、という事だろうな……あとはそうだな」

 

 教授が言葉を付け加える。

 

「FOEというのは性質的に()()()()()と言える存在だ。故にもし、縄張りから出て人を求めるようなFOEが存在すれば―――それはもうFOEとは呼べないだろうな。第三の意志を通した劣兵だろうな。ダンジョン外に出現するのが出てきたら気を付けろ。襲った相手、状況、そして環境をしっかりプロファイリングしておけ。そこから相手の目的を洗えるかもな……私からはそれぐらいだ」

 

 録音機を切り、そして教授に軽く頭を下げる。

 

「どうも、お疲れ様です。あ、こっちはギルドの方から差し入れの茶葉です」

 

「お前それは先に言え……!」

 

「いやぁ、すっかり忘れただけなんで許してください―――エルメロイ教授」

 

 その言葉に、灰皿に置いてあった葉巻を持ち上げながら教授が答えた。

 

「―――二世、エルメロイ二世だ。それを付けるのを忘れるな。未だにエルメロイの名を名乗る事に恐れ多いというのに……まったく」

 

 教職として破格の才能を保有した男、ロード・エルメロイ二世。研究、魔術等に関しては凡才としか評価する事の出来ない男ではあるが、人に教えるという領域に関してはおそらく、最高最高峰の人材だと言われている。多くの情報の中から必要な情報のみをピックアップし、そしてそれを解りやすく他人へと伝える能力に優れているらしい。その為、教職の他には探偵も似たような処理能力を必要とするため、適職だと言われている。

 

 とはいえ、本人は魔術で名を広める事以外には一切の興味がなく、別方面で名が広がるのを極端に嫌がっている―――なのにちょくちょく見捨てられず、誰かを教え、導く。その為、妙なマイナー的人気を保有している人物である。

 

 優秀であるのに変わりはない為、こういう情報整理、或いは情報の確認が必要な時は重宝されている。

 

「チ、喋っていて少し喉が渇いたな。帰る前に一杯茶に付き合え」

 

「はいはい、解りました。日没前に提出できればそれで大丈夫ですしね―――」

 

 答えながら立ち上がり、キッチンへと向かう。

 

 ―――今、フィランチアは問題に直面している。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 貢献したくても力がない為、戦うことが出来ず、貢献することが出来ない冒険者―――自分の様な者がいる。いや、むしろ自分の様な存在の方がはるかに多い。FOEと戦い、それを屠っているのは全体のわずか数パーセントだ。だがそれが今、フィランチアをFOEの暴威から守っているのだ。それを羨ましくも、誇りに思う。

 

 なぜなら、彼らが戦えるのはきっと、自分達の活躍がそこにあるから―――。

 

 冒険者の日々は続く。

 




自スレへのてんぞー氏の支援ssです。

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