柳之助の短編集   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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てんぞー氏からのお年玉スレ支援ssです。


フィランチィアの日常

「―――ふぁー……ぁ……」

 

 欠伸を軽く漏らしながら上半身を持ち上げる。ベッドシーツが体から落ちる感覚を感じつつも、ベッドサイドテーブルの上に置いてあるメガネを取り、かける。そこでもう一度欠伸を漏らしてからベッドから降りて立ち上がり、軽く体を伸ばす。そこからカーテンを開けて外の様子を確認する。

 

 フィランチアに隣接する海が一望できるこの部屋の価格はそこそこ高かった―――しかし、その代わりに天気が、海の様子が、街の賑わいが―――そして鎮守府の様子が良く見える。位置取りが良いのだ、この部屋は。もしフィランチアで何かが起きていた場合、それを軽く確認する事が出来る―――長年のフィランチアの生活で重宝している。だから軽く窓の向こう側に確認した世界が平和であるのを確認し、息を吐きながらカーテンを閉める。

 

「さってっと、さっさと着替えて仕事でも探そうかしら」

 

 大きく体を捻って動かし、固まった体をほぐしながら洗面所へと向かう。

 

 

                           ◆

 

 

「さって、今日はどんな仕事があるかしら」

 

 メガネを押し上げつつギルドの掲示板に張ってある仕事を確認する。最近のフィランチアが少々”騒がしい”のは確認しているのだが、大きな依頼が入ってくるわけではない。となるとやはり、嵐の前の静けさというのを感じる。が、今日に限ってはどうやらFOEの調査依頼が複数存在しているようだった。それらを全て確認してから通常の依頼を確認する。

 

 ギルドで依頼を請け負う冒険者には三種類ある。

 

 一つは”生活の為に依頼を受けるタイプ”だ。これはシンプルに生活費の為に冒険者として活動しているタイプで、一つの都市を拠点に活動し、必要以上のリスクを絶対に負わないタイプだ。目的が生活費を稼ぐ事である以上、そこまで鍛錬することもないし、ダンジョン等へ行く戦闘関連の依頼を請け負う事もない。こういう者たちは街中での雑用などをこなす事が多い為、必然的に他の二種類の冒険者たちはこの手の冒険者に配慮し、あまり戦闘と関わりのない楽そうな依頼は回避する事にしている。こういう仕事を取り過ぎると他にも新人が育成できなかったりするからだ。

 

 二つ目が典型的な冒険者タイプ、所謂プロフェッショナルタイプその一だ。これは特定の街を拠点にすることもなく、都市から都市へ、ダンジョンからダンジョンへと渡り歩きながら自らを鍛えたり、様々な依頼をこなすタイプだ。冒険者といえばこのイメージが一番強く、そしておそらくは数でも最も多いのがこのタイプだ。専業冒険者とも言えるのがこのタイプだ。

 

 三つめは変則的な冒険者タイプであり、プロフェッショナルタイプその二だ。一つの都市を拠点にし、そこを中心に活躍しながら戦闘、開拓、訓練等専業冒険者と同等の活動を行い、積極的にダンジョン等の攻略を行う者だ。これは―――自分の様なタイプだ。最初は宿などを拠点にするのだが、その年を気に入ったら家などを購入し、そこを拠点に活動するのだ。そして自分がそういう拠点持ちの重冒険者タイプである以上、あまり”みみっちぃ仕事”は請け負う事は出来ない。

 

「……ま、私も住民登録してるし、少しは貢献しようかしら」

 

 そう言いつつFOE調査依頼の一つを選択する。選択したFOE調査依頼はダンジョン、タイプ:真夏に出現するモンハン種の調査・討伐依頼だった。比較的に浅い層に出現しているのがポイントだ。基本的にダンジョンは深ければ深いほどモンスターは凶悪になり、浅ければ浅い程弱くなってくるのが常識だ。つまり浅い層のFOEは深い層よりも比較的弱い、と判断できる。

 

 出来るのだが―――この法則が毎回適応されるわけではない。

 

 FOEは”学習した”怪物達でもあるのだ。或いは深層に潜ったことのある個体が人間を殺す為だけに浅い層に上がってくる……なんてケースもある。そうなってくるともはやどうしようもないのも事実だ。だからこそ調査をするときは安全確認などをしっかりしておきたいし、常に逃走の準備も終わらせておかないといけない。

 

 ―――まぁ、私一人なら逃亡はどうとでもなるしねぇ。

 

 そう判断し、依頼の張ってある掲示板から離れる。そのままカウンターの方へと向かう―――ハゴロモフーズ(笑)が五月蠅いのを相手していて、実に大変そうなので話しかけるのは避け、視線を別のギルド職員へと向ける。職員の一人がこちらを見つけて駆け寄ってくるので、背後の掲示板へと指さす。

 

「すいません、”焔の滾る地”のFOE調査を請け負おうかと思うんですけど」

 

「あ、はい。同行者はどうしますか」

 

「私一人―――」

 

「―――丁度良いから俺も相乗りさせて貰おうかな」

 

 そんな声に振り向けば、そこに存在したのは長身、髪に黒のメッシュが入ったかのような青年だった。フィランチアでも有名な冒険者の姿に苦笑し、屈指の実力者の一人が参加してくれるのであれば心強い、と視線を受付へと戻しながら答える。

 

「私―――ねらう代とルドガーで二人で」

 

「はい、拝承しました」

 

 

                           ◆

 

 

「しっかしルドガーさん、アレですね。もしかしてこの美人に話しかけるタイミングを狙ってましたか」

 

「いや、それは自惚れすぎだから」

 

 ストレートに返されてしまった、と笑い返しながらダンジョン内へと潜入した。今回は調査がメインだったりする為、服装も装備もお互いに軽装だったりする。まず、己のかっこうはいつも仕事用のスーツ姿のままだが、その上から保護色のローブを装着している。その上から匂い消しを被り。歩く時も音を殺して歩く。ルドガーがいるから見つけたモンスターをかたっぱしからジェノサイドするのも悪くはないが、調査である以上生態観察も仕事の一つだ。モンスターを殺した場合発生する騒々しさと臭いは簡単に隠せるものではない。関らず、どこかで警戒心を生む。

 

 そういうのを無くす為、なるべくモンスターとは戦わない事が調査依頼における重要な点だったりする。幸い、長年の経験からレンジャーやスカウト紛いの行動には慣れている。歩きながらモンスターのものと思わしき足跡を確認し、それを回避しながらダンジョンの中を進んでゆく。音、臭い、生物の気配を察知する事で適格に敵の存在しない経路を選び、回避しながら前へと進む。

 

「しかし最近FOE関連の依頼が多いわねぇ……これでも今月で調査の依頼は何度目かしら」

 

「どうだろう……俺の方でも何度か名指しで調査依頼が来ているけどちょっと最近の増加は怖い、かな」

 

 何が怖い、とは言う必要はない。これがろくでもない事の前触れであることは予想せずとも解る。何せ、まだ”爆発”する様な凶事がないのだ。まだ”悪い状況”へと到達していないのだ。だからルドガーの言いたい”怖い”という言葉の意味は解る。これが長く続くとは思わない。FOEとは限られた存在だからこそFOEなのだから。だからそれに続くとしたら―――いったいどういう存在なのだろうか、と。

 

 最近の生活は少し、危なくなっている。そんな気もする。

 

「っと、これは血の臭い……獣臭いわね」

 

 身を屈めながら臭いの元を探せば、照り付ける太陽の見えるこの地下世界の中にオアシスの様に存在する池が見える。その直ぐ傍には食い荒らされたような大型の獣の存在が見える。その姿を確認して接近する前に、周りへと視線を向け、気配を探る。それからルドガーへと視線を向け、

 

 ルドガーがナイフを音もなく投擲し、それが食い荒らされた死体に突き刺さる。

 

 ―――反応はない。とりあえずは安全そうだと判断する。

 

 接近し、食い荒らされた獣の見分を開始する。ギルドのモンスターデータベースに存在するモンスターは記憶できるだけ頭の中に叩き込んできた。だから食い荒らされた獣の姿を確認し、即座にそれがなんであるかを確認する。

 

「……ミドガロンね、こいつ」

 

「確か火山地帯を本来は縄張りにしている筈だけど―――」

 

「そうね、ここはちょっと”涼しい”わね」

 

 ミドガロンというモンハン種の獣は基本的に火山を生息地とする狩猟者であり、爆炎を利用した瞬間的加速を利用する事によってほぼ瞬間移動と変わらないような超高速移動を発生させる。その速度はすさまじく、移動に巻き込まれるだけで人間を軽くミンチにするだけの速度が出ている。しかし、本来の生息地が火山であるように、ここはかなり厚くてもミドガロンの生息地としては涼しすぎるのだ。となると可能性はいくつかある。この環境に適応した変種だったのか、

 

 或いは、

 

 ―――そう思考した瞬間、焔が舞った。

 

 瞬間的に反応した体が後ろへと逃げる様に跳躍し、片手を腰へ、もう片手を胸元へと寄せる片手で銃を握りながら、もう片手で用意しておいたフラッシュボムを手に取る。そのピンを指で抜きつつ起動しない様に手で押さえ、着地する。その動きと同時に視界に入るのは炎によって燃えるミドガロンの死体の姿であり、

 

 その先にいる、黒い存在の姿だった。

 

「リオ……レイア……?」

 

 姿はまさしくリオレイオと言っても良い姿だ。それも”金冠サイズ”のリオレイアだ。ただしその姿は桜色でも緑でも紫でも金でもない―――黒だ。真っ黒にその姿は染まっており、所々リオレウスの様な赤い姿をしている。明らかに異常な姿をしているリオレイアだった。だが問題はそこではない。

 

「どうやって出現した―――?」

 

 奇襲の反応は経験則からの成功だ。完璧に索敵しても、その知覚外から襲われる場合があるかもしれない、そういう認識があったからだ。そういう考えを常に抱いておくことで奇襲されても即座に対応できるように精神は作り上げてある―――ただ、それでも登場の予兆さえつかめなかったのは少々、気になる事だ。

 

「セット、フラッシュ!」

 

「チェック―――」

 

 迷う事無く前に出たルドガーの背後でフラッシュボムを投擲し、破裂させる。瞬間的に光の爆発が発生し、空間の全てを光で遮る。それと同時に駈け出したルドガーの姿が一瞬で喪失し―――次の瞬間には黒いリオレイアの首の裏、頭上へと出現していた。その手には双剣が握られており、空を蹴る様に加速しながら一気にその刃を振り下ろした。

 

 が、火花と共に刃は弾かれた。

 

「刃が通らない! 金属質!」

 

 確認するのと同時にルドガーが首を蹴って跳躍し、ハンドガンで射撃する。迷う事無く急所―――目を狙って放った弾丸は目玉に当たって弾かれた。嘘ぉ、と言葉を吐き出しつつ、すぐさま横へと逃げる様に転がり、炎がビームの様に抜けて行くのを目撃する。駄目だ。相手の動きが早すぎる。動きを予想して、それを当て続けて行動しない限りは此方が食われる。

 

 レベル4という限界では、まともに戦闘が行えない。殴り、殴られるという戦いは即死するだけだ。

 

 だから、まともには戦わない。

 

「前衛!」

 

「任せろッ!」

 

 即座にルドガーが外殻を纏った。その姿が高速で接近戦を開始するのをギリギリ知覚しつつ、別の銃を取り出し、二丁拳銃の様に黒いリオレイアへと発砲する。ルドガーの武装が双剣から槌、再び双剣へと目まぐるしく変化して行き、その全身を乱打する様に動き回りつつ、此方も合わせて射撃した反応を確認する。

 

「―――属性はどれも通りが悪いッ!」

 

「こいつ、肉体の部位によって肉質が変わってやり難い―――けど」

 

 ルドガーが動いた。

 

 双剣による斬撃を顔面へと叩き込んで怯ませた瞬間、踏み込みながら槌へと武器を切り替えて振い、それを足に叩きつけて動きを邪魔し、密着した状態で胸に双銃を押し付け、

 

 流れるような動きで心臓に弾丸を十発ずつ、合計で二十発叩き込んだ。背中を抜けて貫通した弾丸を確認し、息を吐き、ルドガーが距離を取る。ゆっくりと倒れる黒いリオレイアの始末を完了させた。そう思った瞬間、

 

 黒いリオレイアが吠えながら起き上った。

 

 それに神速で反応したルドガーがその頭に通る双剣を叩きつけようとして―――刃が通らず、刃が弾かれる。その一瞬の隙をついて黒いレイアが赤い波動をまき散らしながらルドガーをその咆哮によって弾き飛ばし、距離を生み、同時に飛び上りながら自分がいた地点を中心に青白い炎の竜巻を発生させる。空中からもレーザーの様な炎を吐き出す姿を見て、

 

 これが即座に深層級の怪物であると把握した。

 

 一体どこでフラグを建てたのだろうか。そう嘆きつつも、歴戦の経験は、送ってきた人生は即座に生きるために体を動かす。

 

「行動パターン、レイア、レウス、グラビモスね」

 

「まるでモンハン種の博覧会を見ている様な気分だな」

 

 炎の竜巻は”黒炎王”リオレウスの奥義だ。基本的なベースはリオレイアで、熱戦、ビームはグラビモスのものだ。まるでモンハン種のキメラを見ている様な気分だが―――その姿へと即座に迎撃に入る為に空へと飛びあがるルドガーも流石、と言われるべき戦闘能力を持っているのだろう。故に彼が十全に動ける様にこちらも動く。

 

 レベル4という多くが迎える、限界。凡人の壁。

 

 そこで嘆いて足を止めなければ、それでも覚えられることは多くある。

 

 フラッシュボムを頭が来る方へと予測しながら投擲する。言葉で合図を送りながら爆発するのと同時に、浮かび上がっていた黒リオレイアの目が閃光にやられ、落ちてくる。その姿に追従する様に頭に槌が叩きつけられ、大地へと叩き潰され、その体が震える。

 

「ガス!」

 

「―――」

 

 反応したルドガーが即座に離脱するのと同時に体から高熱のガスを噴出させた黒リオレイアが周囲の大地を溶かした。その瞬間に完全にフリーになった此方が再び、銃と弾丸を切り替えながら射撃し、属性の付いた弾丸を体に当て、その様子をチェックしながら横に飛ぶ。予測通りに体の会った場所を火球が通り過ぎ、その直線状の大地を溶かしながら進んでいた。横へと転がる様に着地した瞬間、ルドガーが目の前に移動し、

 

「駄目だ、撤退する」

 

「賛成」

 

 即座に撤退を決める。無論、そんなものを許そうとはしない為、黒いリオレイアが追撃の準備に入ろうとするのを見る。だから相手が次の行動に移る前に違う銃へと再び切り替えつつ、その目へと向かって射撃する。弾丸は目に当たるのと同時に破裂し、

 

 極彩色となって黒いリオレイアの顔を彩った。無論、その視界を奪う形で。

 

「黒一辺倒とかセンスないんじゃないかな!」

 

「君も一応、黒いスーツ姿なんだけどね」

 

 こういうものは言ったもの勝ちなのだ。

 

 ともあれ、

 

 ペイント弾がその顔から剥がれ落ちるには2秒もかからなかった。

 

 しかし、その2秒は上級冒険者にとっては、十分すぎる時間だった。

 

 

                           ◆

 

 

 プロの冒険者にはそれなりにルールというか、常識というものがある。戦闘に関してもいくつかあるのだが、今回の件で引っかかるのは、

 

 一つ、実力以上の相手とは戦わない。

 

 二つ、全力を出さなきゃ勝てない相手には絶対少人数で挑まない。

 

 三つ、長期戦は絶対避けるべき。

 

 黒いリオレイア―――改めてギルドに報告した事で名づけられた”ラ・ロ”は組成能力、回復能力、そして肉質を変化させることで攻撃を通じさせないというすさまじい特異性を持ったモンスター―――FOEと認定された怪物だった。ルドガー程高名な冒険者であれば確かに倒せたかもしれないだろう。奥の手を使えば余力は残ったか? 長期戦になった場合相手の援軍は? サポートは足りているのか?

 

 こういう強敵相手に戦う場合、ルールもクソもないのだ。

 

 人数揃えて、徹底的にメタって殺す。

 

 これが冒険者とギルドの成せる”暴力”なのだ。

 

「いやぁ、災難な目にあったものねぇ」

 

 ギルドで報告を終わらせ、報酬を貰い、気づけば一日が終わりそうになっている。今日も何とか生き残れたなあ、と思いつつもフィランチアの様子を歩きながら眺める。だんだんと慌ただしくなってきているのを理解している。大きな嵐の前触れだ。長年戦っていればそういうのは感じ取れるようになってくるのだが、

 

 さて、

 

「しばらくは休もうかしらね」

 

 なんか今は非常に厄い気もする。お金自体には余裕がある。一週間ぐらい休むもう。

 

 そう思いながらまた、冒険者としてのちょっとだけ騒がしい、平凡な一日を終わらせて帰路へとつく。

 

 

                           ◆

 

 

 なお後日、FOE”ラ・ロ”は回復禁止、組成封印、肉質無視、モンスターハンターのチームによって無事討伐された。

 

 

 

 


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