柳之助の短編集   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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てんぞー氏に書いてもらった自スレの支援SSです。
てんぞー氏に感謝を込めて土下座を。


VSシャンティエン

 ―――経験とはなんだ。

 

 それは簡単に言ってしまえば情報だ。生活、そして戦闘を通して得た情報、そのデータベース。経験とはそういうものであり、その運用は決して簡単ではない。なぜなら知識、あるいは知恵と経験は全く違うものなのだから。言ってしまえば知識や知恵は色のない経験値だ。それを自分の身で味わってこそ初めて色が付き、そしてデータベースに登録する事が出来る。

 

 一回検索した事のあるキーワードをもう一度調べようとすると自動で候補に出てくる様に、経験した事は糧になる。覚える。そうやって力になって行く。だがただ経験するだけではだめだ。経験するだけなら子供にも、赤ん坊にだって出来る。なら経験―――それがスキルになり、そして形になり、力になるにはどうしたらいいのか。これもまた、簡単な話だ。

 

 強靭な精神力を持て。

 

 経験を律するのは思考ではなく、精神なのだ。どんな状況であっても自分らしく行動する事。どんな状況でもm自分の出来る範囲を認識する事。どんな状況であっても絶対に見失わない精神性、覚悟が出来上がっていると言っても良い程の精神力。自分が死んだとしてもそれに続く者がいる、あるのであれば死んでも完結させるという精神性。それこそが経験を発揮するために必要なエンジン。

 

 つまり、経験を運用するにはそのままでは駄目であり―――どこか、突き抜けている必要がある。

 

 たとえば死ぬ一歩手前だとしてもダメージを感じさせない様に何時も通り動く。それを成そうとする程度の精神力がないと話にならない。

 

 天翔龍シャンティエンが激怒を纏いながら復活した。吠えながら復活した姿は今まで受けたダメージらしいダメージが存在していない。当たり前だ。所詮今までの戦い等様子見でしかなかったのだ。

 

 怪物だから知性が低い、というは愚か者の理論だ。

 

 G級種は長い時を生きている。それも人間の数倍と言える長さを生きている。長い年月を過ごした彼らには知性がある。経験がある。そして生物としての生存本能が存在している。その精神性は生まれた時から人間の持てるそれをはるかに凌駕している。故に、シャンティエンは最初から理解している。狂っていたとしても忘れることはない。

 

 人間を決して侮ってはならない。

 

 彼らは強い。彼らは進化する。彼らが持っているtからは自分を傷つける事が出来る。だから絶対に油断も慢心もしてはならない。なぜなら彼らはそれを待っているのだ。此方が欠片でも油断すれば、その瞬間に殺してくる。それが人間という生物であり、そして彼らはそうやって自分よりも巨大で凶悪な先人たちを屠ってきた。

 

 だからこそ、1回目は譲った。攻撃しつつも、相手の反撃を避ける事も防御する事もなかった。

 

 尻尾は斬りおとされ、翼は砕かれ、頭は潰され、目は抉られ、そして体に風穴を穿たれた。

 

 ―――だけど覚えた。

 

 声を、姿を、動きを、スキルを、特性を、その精神力を、何が大事かを。相手の行動原理をしっかり理解して戦う。怪物が戦略性を重視しない? それを誰が決めたのだろうか。

 

 戦術も戦略も使う。作戦を立てる。考える。そして罠にハメる。

 

 巨大なだけではない。長年を生きた経験が、そして知恵がある。故にG級。ギガント級。その姿ではなくその姿に秘められた極大の戦闘力、危険性を示してG級とも呼ぶ。

 

 故に覚えた。

 

 赤毛の男は緑髪を守る。あっちの蒼い男は銃を持っている女を護ろうとしている。後ろにいる獣人と少女が一番の脅威であるが、本気で敵対する気配は感じない。無用な手出しをしない限りは此方へと襲い掛かってこない。故に狙うべきは決まっている。

 

 守らなきゃいけないものを攻撃する。

 

 蘇り、咆哮し、そして牽制の為の攻撃で銃と緑髪の女をブレスで攻撃する。

 

 ―――予想通り二人の男が庇う為に間に入って割った。

 

 それを見て、生き残っている両者を認識し、そして認める。この四人は敵として認めざるを得ない。甘く見れば此方を殺してくる。殺される。故に、

 

 長い年月をかけて溜め込んだ、使用する事のなかった生命力、それを消費する事で何度も立ち上がり、蘇り、死ぬまで戦い続ける必要のある敵だと。

 

「―――■■■■■■ァ!!」

 

 言葉にならぬ咆哮が口から溢れ出す。古代龍言語は狂ったせいでまともに発音できない。それでも生存本能が、そして神威の片鱗に到達している者としての矜持が、狂っているだけを許さない。舐めるな。我は頂点に立つ龍である。

 

 狂っているだけ等誇りが許さぬ。

 

 狂っているとしても冷静に、この殺意は己のもの。なにものにも穢す事は許さない。誇りを、そして殺意を抱き、生み出した翔気を一気に体内から体外へと放出する。自身の周りに翔気の霧を、結界を纏う。それを纏った状態で天へと飛翔し、異界内の大空を舞う。翔気による干渉で大気が震え、雨雲が世界を覆う。

 

 雷雲が響き、体に衝突し、そして翔気を通して体が帯電する。

 

 雷と翔気の結界を見に纏い、天から降り注ぐ雷鳴を敵対者たちへと落とす。それを赤毛の男上へと飛び出す事により、全ての雷鳴を体で受け止め、その雨季に蒼い男と緑髪の女が飛び上ってくる。どうやらこの人間は空を飛ぶことが出来るらしい。いや、駆けると言った方が正しいのかもしれない。しかし、それはどうでもいい事だ。

 

 誰も自分か空を奪う事は出来ないのだから。

 

 近づいてくる緑髪と蒼色の動きが停止する。それもそうだ。自身の翔気はただの浮力の塊ではない。

 年月を経てその原理を理解した。

 

 それは極小の振動。故に触れる者は動きが止まる。硬ければ硬いほど壊れやすくなる。無理やり動こうとすれば皮膚が避け、肉がちぎれ、そしていたっみが突き刺さる。高げと防御を兼ね備えた単純にして極悪な鎧。

 

 それが翔気。

 

 故に蒼も緑も失速する。失速し、そして動きを停止する。その動きは近づこうとする此方の前で止まり、帯電する雷が迫った二人の姿を貫く様に吹き飛ばす。その隙を縫う様に弾丸が飛び出してくる。それはまっすぐ風と雷鳴を突き破り、

 

 そして翔気に触れて、分解された。

 

 その弾丸は鱗を貫いてくる。それを良く理解している。好みで味わって経験した。だからこそ、濃い翔気を纏った。それが一番安全であり、確実。重要なのは相手の攻撃を届かせない事。故に攻撃力よりも生存力、防御力を取る。怒りを感じ、それを力に変えるのは良い。だがそれに乗って暴走するのではない。

 

 怒りの手綱を狂気と理性で掴むのだ。

 

 落ちて行く。緑と蒼に向けて口から翔気のブレスを吐きだす。防御に纏っているもの数倍は濃度のあるそれは触れれば一瞬で骨さえも残す事なく分解する。しかしそれは落下の最中に割り込んできた赤によって防がれた。拳を繰り出した赤が振れた翔気を消し去った。不可解な攻撃だ。理解は出来ない。しかし、警戒すべきものではある。緑の女も同じことを先程した。つまりあの赤と緑は此方の翔気を無効化し、消し去る攻撃方法を持っている。

 

 あの二人に対しては絶対に接近戦を行ってはならない。

 

 最善策は遠距離からひたすら消耗を強いる事。

 

 生物としての頂点にいる。

 

 人間とは違う次元にいる。

 

 飲まず食わずであっても溜め込んだ生命力を消費すれば”数百年”は生きていられる。

 

 故に、前に出て殺すなんて愚行は起こさない。

 

 空から、距離を取り、徹底的に嬲り殺す。

 

 それを王者の戦い方ではないと笑う者はいるかもしれない。しかしそんな事は愚か者の言葉だ。真の王者とはたたかい、そして生き残った者。自然にルールなんてものは。生きている者こそが語る存在。故に手段何て通じればそれでいい。だからこそ慎重に、

 

 そして的確に追い詰める。

 

 赤が迫ってくるのに対応する様に豪雨を発生させる。それを赤は避けようとせず、突き抜ける。故に体を纏う雷は体を良く貫き、そして迫ってくる速度を緩和する。それを見てから体を捻る。丸くなるように体を歪め、そして男の拳の上を通過し、そして捻った体を戻す様に体全体で、

 

 翔気と雷の体当たりを食らわせる。

 

 吹き飛ばす男と入れ替わりで蒼が迫ってくる。この存在もまた見た事のない面白い攻撃方法を持っている。まるですり抜けるかのように翔気を抜けて来ようとする。面白い事にこのとこは能力が通じない。通じないらしい。だからその対処法も実にシンプルに終わらせる。

 

 翔気、そして豪雨、その質量で押し戻す。この蒼は赤程硬くはなく、そして堪えられない。故に赤とは違って質量での攻撃を繰り出せばそれで吹き飛ばす事が出来る。だから実行する。翔気の影響によって皮膚が剥がれ、そしてもはや濁流と表現する程の豪雨によって洗い流される蒼を。

 

 そして己の頭上を取る緑の気配を感じ取る。

 

 生存本能が叫ぶ。対処をしろと。この翠は殺し方を知っている、と。故に行う行動は自身の上に濁流を発生させ、そして上昇する事。緑と体の距離が一瞬で詰まり、そして衝撃を体が貫く。しかし鱗が数枚砕けた感触しかない。威力が乗る前に威力を殺す。

 

 ―――大昔に自身を狩ろうとした狩猟者の使った動きを今でも覚えている。

 

 雷鳴を何百と自身の体に突き刺し、雷を溜めこみながら体を帯電させる。その衝撃で緑を殺そうとするも、体から離れるのを理解する。上を取られたのであれば更に高く飛翔すべきなのだろう。しかし獣人によって世界は制限されている。これ以上飛べない事が口惜しい。本来であれば絶対届かないところまでのぼり、それで洗い流す事で終焉を与えられたはずなのだ。

 

 だができないのであれば出来ないで、また別の殺す方法を生み出せばいいのだ。

 

 体を捻る。翔気を貫通して弾丸が迫って来ていた。やはり自分の結界を貫通する術を銃の存在が持っていた。だから後方からの銃撃を警戒しつつ、全域での豪雨を加速させ、咆哮を響かせて翔気を充満させる。それこそこの小さな世界を全て白く染め上げる程度には溢れさせる。翔気全てがセンサーとしての、剣としての、そして防壁としての力を持っている。

 

 だが相手は強い。突破して来るのであろう。

 

 なので殺す。確実に殺す。狂っている思考を怒りで制御しながら殺意を抱く。

 

 獣人の生み出した小さな箱庭、

 

 その中身の水没を始める。

 

 全ての空間を水で満たす。半刻もあればその作業が完了する。

 

 そうすれば人類が必要とする酸素はない。残るのは翔気を使って自由に泳げる己、水の中で足掻く敵、それだけだ。

 

 ―――それが完成してからが本当の勝負の始まりとなる。

 

 G級は慢心しない。

 

 G級は油断しない。

 

 G級は学習する。

 

 そして、G級は進化する。

 

 人が戦いの中で進化するのであれば、一代限りの奇跡、超特異固体であるG級もまた生存競争の中で進化を果たす。相手が此方を殺せる相手であればあるほど、追いつめられれば追いつめられるほど、凶悪に進化して行く。生きる為の生存本能が自身のスペックを完璧に把握させ、そして確実に殺す為の手段を生み出して行く。編み出させて行く。

 

「―――■■■■■■ゥ■■ァ!!」

 

 吠える。暴威を纏う。

 

 思い知らさせる。

 

 幻想を打ち砕く。

 

 デカイから殴りやすいと、デカイから攻撃当てやすいと、デカイから鈍いと、

 

 その幻想を殺す。

 

 巨大であっても攻撃は避ける。防げる攻撃は防ぐ。覚えた脅威は警戒する。真似のできる技術であり有益なら使用しない手はない。

 

 怪物は理不尽故に怪物の名を得る。

 

 ―――その果てこそが理不尽の権化、G級。


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