柳之助の短編集   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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自作スレの支援ssです。
影連氏に感謝を込めて。


やる夫VSオリヴィエ(Ver.影連)

「……まあ、散々待たせたおね」

 

「……そうですねぇ、正直結構待ちました」

 

 くすくすと笑うオリヴィエに、やる夫はバツが悪そうに頬をかいた。

 色々なことがあった。本当に色々なことがあった。激動の日々であった。だが、それも余さず自分たちの血肉になった、と、思う。多分。なんか茶番してた気もするけど、それもきっと茶番耐性を鍛えていたのだ。途中変な方向に傾いた思考をやる夫は無理矢理納得させ、話を続ける。

 今は、誰よりも真摯に向き合わなければならない人がいるのだから。なので、ガヤガヤと茶々入れてくる外野の声なんてやる夫には聞こえない。君達に鍵括弧は与えないのである。

 

「ぬう……ほんと、悪かったお」

 

「ですが、こうして貴方は約束を果たしてくれました。ならば、言うことはありません」

 

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。最悪の邂逅から始まり、訳もわからず同行することになり、今となってはやる夫にとって何よりも大切な仲間。言葉を重ね、拳を重ね、悩みあい、励ましあい、鍛えあい。そして、今二人はここにある。

 

 今こそ、約束の時。御託は不要、これより先は、拳で語り合うのみ――!

 

「今この刹那に――互いの武威を刻みあいましょう」

 

「――応ッ!」

 

 叫びを号砲とし、戦端は開かれた。最早何度目かもわからぬ二人の模擬戦。しかし、この場におけるそれは何よりも特別な意味を持っているということは言うまでもなく。

 少女の愛らしい表情が修羅のそれに変わり、少年は眉間に皺を寄せ臨戦態勢を取る。打ち砕くオリヴィエと、堅牢たるやる夫。方向は違えど、拳に寄って立つ戦士が二人。

 今ここに、積み上げた修練の全てを解き放つ――!

 

「さあ、行くお……って、あれ!? なんか遠くね!?」

 

 先ずは一歩、己の拳を届けるために。先陣を取ろうとしたやる夫はいきなり出鼻をくじかれた。拳を届けるべきオリヴィエは、開戦と同時に後方へ大きく距離を取っていた。

 

「――さて、と」

 

 距離をとったオリヴィエはといえば、構えを取りつつ澄んだ目でやる夫を凝視している。足踏みは最適なリズムを刻み、無論のこと隙はない。だが、それゆえに不気味だった。オリヴィエが、そのような待ちの一手を端から取っているということが、やる夫の不安を増大させる。

 

「……来い!」

 

 だが、それで調子を崩すようなことはしない。やる夫は守りの拳士であり、オリヴィエの懐に不用意に飛び込むことがどのような結果を呼ぶか、重々承知している。だからこそ、どっしりと構え、迎え撃つのみ。

 

「先ずは一つ!」

 

 遠間からの衝撃破。挨拶代わりと言わんばかりのオリヴィエの拳技がやる夫を襲う。エレミアの技法を以って放たれる拳打は、近中遠、如何なる距離からも威力を損なうことはない。

 

「この程度なら――突っ切る!」

 

 だが、やはり所詮は遠距離からの衝撃破。やる夫の気勢を削ぐには足らず。加わる衝撃に怯むこと無く、やる夫はオリヴィエに接近する。

 構えは開き拳。詰めた距離から拘束せんと、その両腕をオリヴィエに向け、

 

「っと」

 

 だが、それは空を切った。振り切った腕を既に元に戻し、体勢を整えていたオリヴィエは難なくそれを後退することで躱す。

 

「んー、狙ってた結果とは違いますが……ま、オーライですかね」

 

 ふむふむ、と首を傾げつつ、オリヴィエはぼやく。その間も、その両目はやる夫を捉え続けていた。

 

「ちっ、……見切られてたか。けど、こんくらいのダメージなら、まだまだ!」

 

 目を見張るはやる夫の耐久度の高さだ。遠距離からの牽制からの一発とはいえ、オリヴィエの武技は一線を張るにふさわしいもの。それを耐え、揺らぐこと無く走ることが出来るなら、何れはオリヴィエに届くだろう。

 まあ、そんな単純な話であるはずがないのだが。そも、ガチンコ大好き聖王の末裔がこんなまだるっこしいことしている事自体がフラグであるのだが。

 

「……ふぅ――」

 

「さあて、どうすっかね!」

 

 オリヴィエは変わらずやる夫を観察し続けている。動きを見極めるなんてものではない。その眼差しは、一挙一動、やる夫の持つ全てを見極めようと言わんばかりだ。

 

「……足りない、違う、そうじゃない……ええ。……では、次いで二つ!」

 

 再び、遠距離からの衝破による一撃。先の一撃よりも威力を増したそれを、此度もやる夫は受けきる。腕を振りきったオリヴィエは、またも先と同じくその場でやる夫を観察していた。

 タン、タン、と、ステップを踏む音が不気味なまでに大きく感じる。

 

「何がしたいんだか解らんが……遠当てェ!」

 

 流石に堪らんと、やる夫は攻勢に出た。だが、やはり懐に行くような自殺行為は出来ない。ならば、と、衝撃を伝播させる技法を用い、先のオリヴィエと同じように、遠距離からの衝撃で揺さぶろうとするが――

 

「発想は悪くねぇ。空間ぶん殴りゃ振動が生まれて、それが強ければ周囲一帯に等しい衝撃を与えられる」

 

 一方観客、もとい野次馬勢。愛すべき馬鹿共のせいで仲間から顔見知りまで幅広く冷やかしに来てしまった暇人どもである。その中に、ちょっとここにいてはいけない人影があった。

 

「えっ、だれ?」

 

 トーマが皆を代表して疑問をこぼす。こんな人いただろうか、と。少なくとも、会ったことはない筈だった。

 やる夫の構えを見てふ、と笑うのはここに集まった誰もが見覚えのない一人の男。不思議とその人相は影に隠れてよく見えない。強いて言うならその両腕は鋼を砕き全てを滅ぼす、そう、鉄腕の男。そう形容できる人影だった。

 

「だが……悲しいかな、練度不足だ。単純に思い切り拳振ればいいってもんじゃない」

 

 鉄腕の男の言葉に反応したのはこれまた見覚えのない男だった。こちらもまた、同じくその人相は影に隠れてよく見えない。だが、鉄腕の男と同じく、感じ取れるものはある。彼もまた、拳士であった。そうとしか言えない男だった。拳士である、ただそれだけで、その一言だけで何もかも完結する、そんな男だった。二人はまるで旧知の友のように、目の前で繰り広げられる新鋭達の戦いを評する。

 

「あれは空間を振るわせるだけの拳撃の威力、衝撃が伝播するタイミングでの完全停止、ある程度の指向性を持たせるための拳や指の向き。そういったことを完璧にやる必要がある。そして失敗すればただ拳を振ってるだけだ。――あんな風にな」

 

 鉄腕の男がそう締めくくり――そしてそれは現実となった。

 

「っつ……! ああくそ、無理か!」

 

 やる夫の拳は虚しく空を切るに留まった。衝撃伝播による遠当て、ぶっつけ本番の振り抜きは、口惜しや練度足らず、失敗に終わる。

 ――そして、その瞬間をオリヴィエの両眼が捉える。やる夫の一挙一動、用いられた技法に及ぶまで。

 

「それを、待っていました!」

 

 そう、彼女は待っていた。この瞬間を待っていた。愛すべき好敵手が放つ技法を、この目で捉える瞬間を。

 

「――はっッ!」

 

「ん、なあ!?」

 

 遠間から三度放たれたそれは、先ほどの衝破ではなかった。ダメージというほどではない、空気を揺らし、風を起こす程度に留まったそれ。しかし、やる夫にはわかる。それは他でもない、彼自身が使っていた技法だ。

 『衝撃伝達』。文字通り、衝撃を効率的に他方に伝導させるための技術。そして、オリヴィエはそれを所持していないはずだった。そう、先程までは。即ち、それは――

 

「やってくれるじゃねえかお……! まさか技を盗まれるたあな!」

 

「ふふ、頂きました」

 

 思わず歯噛みするやる夫にオリヴィエは笑みを漏らす。

 

「で、でもどうやって!?」

 

 外野から響が疑問の声を上げる。それは至極当然の疑問だ。長らく訓練を共にしていた。天賦の才があった。しかし、その前提があっても、今の一瞬による技法のコピーは際立って異彩を放っていたのだ。

 

「んー、そりゃ、あの子がそういう特性を持ってるからだろ」

 

 その疑問に答えたのは、やはりというべきなのか、神妙に試合を見ている鉄腕の男だった。

 

「あの子、あの身のこなし、聖王流だろ? 聖王流っつーのには特徴が二つある。一つは問答無用の一撃必殺。極めれば防御もスキルも庇うも関係ねぇ。眼前の敵を問答無用で粉砕できる。そしてもう一つは――学習能力の高さだ」

 

 学習能力――そう答えた鉄腕の男に、拳士の男が相槌を打ちつつ言葉を続ける。

 

「別におつむのことじゃねーぞ? 流派そのものが他者の動きを取り入れることを前提にしてる。そうして取捨選択の果てにいいとこどりしてくってわけだな。義手がしょぼいせいで、一撃必殺は無理でも、そっちの眼は健在だったわけだ」

 

「むしろ、義手だからこそだろうな。体に合わない偽りの腕、それを無理に動かしたせいで状況への対応力が上がっている。普通に殴ったんじゃ足りないから衝撃伝達を出待ちしてたんだろ」

 

 適応力、順応力、応用力、呼び方を捻ればキリがないが、詰まるところ応えは一つだ。聖王流、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは、他者の力を吸収し瞬時に我がものとする、ということ。

 

「さぁ――次です」

 

「この女ぁ!」

 

「それも久しぶりに聞きましたねえ」

 

 その小憎たらしさについやる夫は旅の始まりからの口癖が出る。そういえば此奴はこういう女だった、最近は若干まともになったとおもいきや、油断も隙もあったもんじゃねえ、と、やる夫はそこで一旦思考を切り、クールダウンする。今は激昂するときではない、ここで技を盗られたということは、使う気満々ということだ。それにこそ、警戒せねばならないと、やる夫は身構えた。

 

「つか、さっきから解説してるの誰!?」

 

「あ、どうも通りすがりの鉄腕王です。シクヨロ」

 

「ども、度々嫁がお世話になってます拳士最強です。仲良くしてね」

 

「アッハイ」

 

 なんてことのない自己紹介、終了。

 

「むしろ世話になってるのは貴方の方でしょう。私はスレ主のアバターですし鉄腕王さんも招待客ですが、ド腐れダーリンはただの出歯亀ですよ。ホラ、勝手に来たことを謝りなさい、主に私に」

 

「痛い!? 痛い!? マイハニー痛い!? だからもっと頼む!」

 

「相変わらず仲いいなあお前ら」

 

 蹴られてる拳士と蹴ってる電波少女は見なかったことにして。閑話休題。

 

「――すぅー、ハッ!!!!」

 

 オリヴィエが、動いた。やる夫の目にはわかる。覚えたばかりの衝撃伝達、それを遺憾無く発揮した一撃が、来る。

 

「セェ、ハァ――!!」

 

 小細工なしの右正拳。加速と衝撃伝播、格闘技術のすべてを注ぎ込んだ、オリヴィエの一撃。まともに受ければタダでは済まない。

 故に、タダでは受けない。ここまでいいようにやられたのだ、一つ、返さねばならないだろうと、やる夫はそれに対抗するべく体を斜めに構え、

 

「受け流す――!」

 

 その体捌きはオリヴィエの拳が生む衝撃の流れに乗り、その威力を掌握する。そして、流れに逆らうこと無く一回転。そのベクトルは、反射する――!

 

「衝撃流動! この一撃、返してやるよ――!」

 

「っ、くぅっ!?」

 

 拳の威力を体内で受け流し、残った力の波に乗り、突進する。流石にそれほど多くの威力を返すことは出来なかったが、結果としてオリヴィエはやる夫の一撃を胴体で受け後ずさり、やる夫はオリヴィエの放った拳の威力を大きく減衰させた。

 

「今の、返しますか?」

 

「やられっぱなしのわけねーだろ」

 

 驚きながらも嬉しそうなオリヴィエに、ニッ、とやる夫が笑みを返す。どうだ、やり返してやったぞ、と。

 

「――あはっ」

 

 本当に、本当に――貴方は素晴らしい。オリヴィエの心は歓喜にむせび泣いていた。

 初めて会った時は、取るに足らない有象無象だった。次に会った時はその身に災厄の運命を抱えていて。そして共に旅するうちに、彼はこれほどまでに強くなった。そして遂には、私の心を満たしてくれた――

 

「とか思ってるんだね、キャーステキー! 明日の新聞に乗せてもいい?」

 

「って、また増えてる!?」

 

 トーマが振り向くと、外野にまた謎の人物が増えていた。中性的なソプラノボイスに低めの体躯、しかしてやはりその表情、否、表情は愚か、体全体が影の暗がりによって不明瞭であり、ただ何故か影に覆われていない両眼と、歪曲した口から覗くギザギザの歯が特徴的な影法師だった。

 

「まあともあれ、あの二人は実に興味深い。相性が良い、なんて月並みなもんじゃない。正に魂の相棒とでも言うべき、欠けたものを埋め合う比翼の翼の理想型さ。巷じゃあミックスアップ、なんて呼ばれてる現象だね。幾度の失敗と足場に互いの波長が徐々に絡み合い、ここまで来たってわけだ。だがしかして、物語はまだ終わらず。伸びる様が楽しみだねえ。板の中の僕らも、板の外の君達も、そう思うだろう?」

 

 くすくす、と、勝手に喋って勝手に完結した影法師。だが、その背後に電波マスターが這い寄る。

 

「貴方、招待客じゃありませんね。チケットを見せなさい、不法侵入者」

 

「えっ、そこはホラ、身体の自由とか精神の自由とか」

 

「ここでは私が法です。それ相応の態度を取りなさい、塵芥」

 

「お、落ち着くんだ、そう、話をしよう。痛っ、痛っ、銃身で突くのやめて! 何、跪けばいいの!?」

 

「おい小僧、マイハニーに服従していいのは俺だけだ。殴り殺すぞ」

 

「どうしろと!?」

 

 そうこうしてる間も、戦局は動く。

 

「この手応え――もう少しっ!」

 

 オリヴィエは戦いの中で常に進化していく。今もまた、新たな力の切欠を掴み、後僅かの所まで来ていた。加速、そして、衝撃。尋常ではないインパクトを備えた拳がやる夫に向かう。

 

「あれ、あの技なんかお前のアレに似てない? ほら、なんだったけ、あの……最初の方の奴」

 

「あぁ、まさにそれだな。俺の必殺技シリーズ一個目」

 

 すっかり解説役に収まった鉄腕王と拳士。どうにもオリヴィエが編み出そうとしているそれは拳士の用いる技の近しいものであるらしい。同じ神の下で制作されてるからね、当然だね。

 

「つまりどういうことだってばよ」

 

 もうなんか色々思考をすっ飛ばして素直に疑問を口に出すトーマ少年を、新たな刺客が襲う!

 

「つまり、加速時の衝撃を載せた拳撃ってことだよ少年」

 

「今度は誰だよ!」

 

 神。そう、It’s a god. そこに神が降臨した。モフモフした神の体に、くたびれた神の着流しに、劇ヤバな神の刀を携えた、そう、それは神だった。並行宇宙では全人類がその神に土下座を捧げたかもしれなかった。しかして、この場においては一寸お茶目なにーちゃんだった。だが、やはり神だった。

 

「I'm your father……! まぁそれは今はいいや。後列から飛び出すときに思い切り踏み込んで、その衝撃を拳に伝えれるんだ。疾走中の加速もな。つまり彼我の距離があればあるほど威力が上がる技ってことだ」

 

「father!?」

 

 父親? 父親? 父親という単語がゲシュタルト崩壊するトーマ。そうかもしれないし、そうではないかもしれない事実だった。と、また電波マスターが這い寄った。ただし、背後ではなく正面に。

 

「ようこそ。閣下の席はこちらです」

 

「うむ、大義である」

 

 いつの間にかそこには玉座っぽい何かが設置されており、閣下(?)はそこに当然のように腰掛けた。トーマは、考えるのを辞めた。視線を戻すと、オリヴィエはまだやる夫に拳を当てていなかった。どうやら時間が止まっていたらしい。時よ止まれ、君は美しい。

 

「――そっちから近づいてくるなら御の字だお! 何度でも、返してやるわああああああ!」

 

「ぐっ!?」

 

 衝撃伝達を衝撃伝達で返す。我が身を盾に、オリヴィエにカウンターの一撃を見舞う。オリヴィエが攻め、やる夫が守り、返す。しかし、互いに受ける苦痛は五分五分。正しく、対等な戦いがそこにあった。

 

「――上手く返してくれますねぇ」

 

「あぁ――全部受け止めて! 返してやるお」

 

 その言葉に、その思いに、それを体現した戦いに、一体どれだけの価値があっただろうか。今ここに、若干の形は違えど、両者の昂ぶりは頂点に達した――

 

「あぁ、困りました。愉しくて――堪らない」

 

「いい笑顔で笑いやがって!」

 

 力がみなぎる。流れがつかめる。どこまでも行ける。今此処が、二人の交わる境界線。どこまでも、どこまでも行ける。掛け値なしにそう思える瞬間。

 

「――掴みました」

 

「こっちもだ!」

 

 加速からの衝撃伝達、しかし今度は未完成のそれではない。『聖王衝流拳』、全速度を拳の一転に集中する破壊の拳。

 対するやる夫もそれを迎撃するに相応しい新たなる道を切り開く。『壁鋼』、それは気功を身に纏う鋼の守り。

 互いが互いに、拳がすれ違うほどに、新たな境地に到達する――!

 

「お互いよく覚えるねぇ。青春してるじゃねぇか少年少女。聖王の子は衝撃加速拳、饅頭の方は防御用の気功だな。ま気功の方のレベルがしょぼいが磨き上げれば強いぞ」

 

「まさに愛だ……!」

 

「これ壁越えたらどんだけすごいことになるんだろうね。伸びしろありすぎでしょ。主役ってやつはこれだから……」

 

 扱いの困難な気功を用いた技を編み出したことを評価する鉄腕の男。拳とともに謳われる愛に歓喜する閣下。そしてその他。その時神は気付かれた、どさくさ紛れに隣をキープしていた影法師を。

 

「ん? おい貴様、塵芥の臭がするな。下劣畜生の類か。よし、此処で死んでいけ」

 

「ファッ!? え、ちょ、僕閣下に何かしましたかねえ……?」

 

「何だお前、糞の類だったのか。残念だよ、閣下の裁定は覆らない。塵殺だな」

 

「許してください! なんでもしますから!?」

 

「ん? 今なんでもするって言ったよね?」

 

 これ、何度目の茶番タイムだっけ? まあいいや、閑話休題。

 

「ちっ……気功ってのは難しいおねぇ!」

 

 都合何度目かの仕切り直しだった。両者ともに、大きく疲弊していた。終りが近いことを、誰もが気づいていた。

 

「くすくす、それはラーニングする気になれませんねぇ」

 

「お前かつてなく楽しそうだなぁ!」

 

「……やる夫さんは楽しくないですか?」

 

 きっと、以前までのやる夫なら「楽しいわけあるか!」と怒鳴り散らしていたことだろう。無理もない。誰だってそうする。今でこそ理解の余地も出来たものだが、オリヴィエが頭のネジ吹っ飛んだ女であることはまごうことなき事実だ。

 

 だが、まあ。そんなものを容易く覆せるほどには、二人は絆を結んできたのであって。

 

「へっ――さあなぁ……でも、悪くない。あぁ、案外こういうのも悪くねぇ」

 

 悪くない――今ならそう答えることも出来る。血反吐を吐きながらも、痛みに耐えながらも、やる夫はオリヴィエを見る事ができる。

 

「あぁ――。これは、困りました。駄目ですよ、そんなこと言ったら」

 

 溢れ出た思いは、とっくに限界を超えていた。オリヴィエは思う。自分は今、どんな表情をしているんだろう。

 それはきっと、きっと――

 

「もう――止められません」

 

「止まる理由があるかぁ!?」

 

 朽ち果てるまで、ぶつかり合うのみ。そうして、ズタボロの体を引き上げ、拳士達は拳を振るうのだ。

 ――想いよ、届けと。

 

「ただまあ、若干ズレてるんだけどね。かたや意地と、かたや愛と。うん、なかなか愉快な――」

 

「俺の気まぐれで生かされてることを忘れるなよ塵芥」

 

「HAI」

 

 限界だった。限界だった。もう、最後の気力でしか無かった。軋みを上げる義手、悲鳴を上げる体、歪む視界、ふらつく足。でも、感覚だけは鮮明で。

 だからこそ、至った。この戦闘中、幾度も壁を超え、新たな力を手にした二人。そこで、オリヴィエは遂に、拳士の『究極』に、その指を引っ掛けたのだ。

 

「――行きますよ」

 

「あ、あれやばい」

 

 それに気づいたのは、鉄腕の男。当然だろう、オリヴィエが放つそれは、鉄腕の男の十八番、それと同様の性質を秘めていたのだから。

 

 ――塵殺が、始まる。

 

「聖・王――」

 

「塵・殺・拳――ッ!!!!!!」

 

 蹂躙塵殺。その概念を込めた拳を超越せし魔拳。轟音と、威容と、暴風と。破壊の意思とともに、それは主の意思とともに突き刺さらんと放たれた。

 

「あれお前さんの塵殺魔拳じゃね?」

 

「うむ、当たったら相手は死ぬ」

 

 拳士と鉄腕の男が呑気にそんなことを宣う。事実なら物語が此処で終了するんですがそれは。

 

「…………」

 

 やる夫も、迫る魔拳の本質を直感で見抜いていた。防御に秀でる自身をもってして、この一撃は受ければ「終わり」に足るものであると。回避――一瞬やる夫は「戦士」としての最適解を思い浮かべ――

 

「――ハッ、考えるまでもねぇ」

 

 ――やめた。今ここに求められているのは、効率の先にあるくだらない勝利ではない。ここまで意地を通してきた。ここまで戦い抜いてきた。ならば、やることは一つだろう。「戦士」ではなく、「やる夫」としての選択。

 

「来い――受け止めてやるって言ったからなぁ!!」

 

 耐えてみせる。迫る塵殺の魔拳にそう啖呵を切れる男が、果たしてどれだけいるのだろうか。否、それを放ったのがオリヴィエだからこそ、やる夫はその選択をとったのかもしれない。だが――

 

「――ぁぁぁあああああああああッ!!!!!!」

 

「があああああああああああああッ!!!!!!」

 

 オリヴィエの魔拳は、真っ直ぐにやる夫に突き刺さった。体の正中線を捉えたクリーンヒット。衝撃で吹き飛ぶこともなく、拳の威力は余すところなくやる夫に炸裂した。痛ましい悲鳴が、空に響いた。

 

「はぁ……はぁ……どうですか?」

 

「ごほっ、ごほっ――」

 

 七項噴血。そう形容できる惨状だった。内蔵が傷つき、裂傷はおびただしく、やる夫の体力はその瞬間、確かに一度底をついた。

 

 

「――まだ、だァッ!」

 

 

 『食いしばり』。このスキルがなければ、の話だが――!

 

「――――――」

 

 呆然とした。腕を失った時でさえ、このような気持ちにはならなかっただろう。オリヴィエは――

 

「あは――あはは……あはははははははは! 愉しいですねぇ、やる夫さん! 今ので起き上がるなんて……本当に、もう、たまりません!」

 

「ハッ、あぁくそ、いてぇし目貸すむし、なんで模擬戦でこんな死にかけてるか知らんが――」

 

 この女ァ! などという気は最早ない。やる夫を突き動かすもの、それは何時だって、男なら抱えるもの。意地と、誇りと、そして、彼女のために。

 

「負ける気はねぇ!」

 

「……無論、それは私も」

 

 痛みなんて。限界なんて。諦めなんて。燃えたぎる魂をせき止める理由には、何一つ成り得ない――!

 

「さあ、クライマックスだ――その愛の行き着く先、見せてくれ!」

 

「木端微塵にならないあたり未完成だな」

 

「まともに決まったら塵一つ残らんよな」

 

「お二人さん、色々台無しだよ。閣下見習えよ」

 

 ちょいちょい雰囲気をぶち壊す外野はともかくとして。

 

「ラスト――決めるお!」

 

「来てください、やる夫さん!」

 

 これが、最後。正真正銘の、最後。ごまかしでも何でもない。決着の一撃。

 

「「行くぞォオオオオオオオオ――!」」

 

 やる夫の全身全霊――『瞬息』――『逆境上等』――『人武の鬩ぎ合い』!

 

 オリヴィエの粉骨砕身――『聖王塵殺拳』――『人武の鬩ぎ合い』!

 

 共に、己が持てる究極の一!!!!

 

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」

 

 そして、拳が合わさり――

 

「――!」

 

 だが、限界に耐えられないものは、確かにあるのだ。意思も、肉体も、どれだけの超越を重ねても。ひび割れるものは、ある。届かない無常は、ある。

 

 オリヴィエの劣化義手は、この最終局面でその寿命を終えた。

 

「おおおおおおおお――ッッ!」

 

 粉砕される義手。力を失う瞬間。そして――輝ける彼の者の魂。

 

「――あぁ」

 

 勝敗は――

 

「私の、敗北ですね」

 

 ここに、決まった。

 

「――――――――――」

 

 しばし、沈黙が流れた。オリヴィエは、倒れた。やる夫は、立っていた。

 他に何があるでもない。他に何があるでもない。

 

 つまりは、そういうこと。

 

「――しゃあッッ!!」

 

 短く、強く、万感の思いを込めて。やる夫は吠えた。感極まって、吠えた。

 嬉しいというのは、違うだろう。楽しいというのも、違うだろう。

 その逆などもっての他だろう。きっと、やる夫には渦巻くその感情の正体が、分からないのだろう。

 だから、吠えた。やる夫は、吠えた。これが、きっと己の人生に一際大きく輝く星となることを、やる夫は分からないなりに分かっていたから。

だから、やる夫は吠えたのだ。

 

 

 

やる夫 vs オリヴィエ ――勝者・やる夫

 

 

 

「……なるほど、封印したとはいえエヴァを降すだけはある」

 

「いや……私の時より、よっぽど輝いてるよ」

 

 誰もが目を奪われていた。いと高き吸血鬼の系譜も。

 

「……シャル。義手の件……」

 

「ん、ちょっと急いで貰おっか。僕に二人のこと気に入っちゃったよ」

 

 誰もがそれを讃えていた。人の究極を持ちし者も。

 

「……甘い甘い。まだまだ全然なっちゃいねぇ……けど気に入ったぜ」

 

「うーん……俺が教えると100パーセント失敗するからなぁ」

 

「愛はやはり素晴らしい!」

 

「本スレは大盛況です。ぶい」

 

「ねえ、僕は何時閣下の刀が首から外されるの?」

 

「ああ、そういえば模擬戦も終わったし、お前の首撥ねてもいいよね?」

 

「あれえ!? 許してもらえたんじゃなかったの!? ていうか閣下はまじでヤバイって、そこの鉄腕と拳士はともかく、閣下はマジで死ねる――」

 

「ほう? 俺たちなら死なないと?」

 

「これは聞き逃せない台詞を拾っちまったなあ、どうする此奴? 処す? 処す?」

 

「では、有罪ということで、一つ」

 

「ちょっと――!? ヒャメロォヒャメロォ――!?」

 

 オメーらは別な。

 

「……二人とも、凄かったなぁ」

 

 中でも、絆を結んだ仲間たちへの影響は、計り知れないものがあるだろう。

 歌を拳に乗せる少女、立花響も。

 

「……あいつも変わったな。つーか、置いてかれた気分だ。普通にむかつく」

 

 やる夫の永遠の親友、トーマ・アヴェニールも。

 

「じゃあ、私たちも頑張ろ?」

 

 純粋なる少女、リリィ・シュトロゼックも。

 きっと、今日を境に、何かが変わるのだろう。それはきっと、悪いものではない――

 

「いつつ……やれやれ、そろそろ慣れてきたお。どMになりそうで怖い」

 

「慣れると一瞬だぜ!!!!」

 

「女の子に命じられるのって、いいよね!!!!」

 

「座ってなさい」

 

「ふげぇッ!?」

 

「何で僕までッ!?」

 

「あ、ダーリンにはシノンさんと喜美さんからの折檻が有りますので」

 

「何で!? この時空は――」

 

「番外時空です。だから何でもありです。既に電波インストールは完了していますので」

 

「修羅場確定!?」

 

 主催者権限『お座り』。ドMは椅子になる。

 結局彼らは何だったのだろうか、疑問は尽きない。だが――彼らがここにいるということ、その事実が、きっと万象に匹敵する幸運だったのではないか、不思議とそう思えるのだった。

 電波マスターに引きずられていく拳士と影法師、じゃあなーと遠くから手を降っている鉄腕の男と閣下をみて、やる夫はそんなことを考えた。

 

「おっかねぇなぁ、おい。……立てるか、オリヴィエ?」

 

「……ありがとうございます……っと。……参りしましたよ。強く、なりましたね」

 

 強くなった。これまでも度々言われたが、今以上に実感できるものはないだろう。やる夫は、あの時のオリヴィエの言葉に、自身の弱さを指摘する言葉に何も言えなかった。だが、今は違う。まだいまいち自信は持てないが、胸を張っていける。そう思った。

 

「……そうかお? まぁ、そもそも修行手伝ってくれたのはオリヴィエだし、最初負けて悔しかったっていうのもあるし……やる夫が強くなったのならそれはオリヴィエのおかげだお。寧ろ、やる夫がオリヴィエ弱くしちゃったし」

 

「所詮私のは自業自得ですから。気にしないで……といっても貴方は気にするんですから、困ったものです」

 

「それはね、まぁ、うん。意地があるんですよ男の子には」

 

 意地。そう、意地だ。男というやつは、だれだってそれが一番で。だからこそ単純で、だからこそ強くなれる。

 

「なんですかそれ。……ねぇ、やる夫さん」

 

 そして、その輝きが誰よりも強かった貴方。そんな貴方だからこそ、伝えたいことがある。ああ、今なら言える。戸惑いも恥じらいも、余計なもの全て捨て去って。

 

「ん? なんだお?」

 

 そして今、万感の思いを込めて――

 

「――好きです」

 


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