柳之助の短編集   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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てんぞー氏に書いてもらった自スレの支援SSです。
てんぞー氏に感謝を込めて土下座を。


やる夫VSオリヴィエ (てんぞー氏)

「……まあ散々待たせたおね」

 

 ちょっと照れながらも、そう言うと正面でオリヴィエがくすりと笑った。

 

「……そうですねぇ。正直結構待ちました」

 

 そう答えるオリヴィエに乗っかる様に大量にいる外野がうるさく言葉を投げ込んでくる。煩い、と一言言ってやってもいいのだが、正直そういう資格は自分にはないだろう、というより待たせて悪いと思っているのでここは素直に黙り、そして腕を組みながら小さく唸ってからオリヴィエへと視線を合わせる様に向けて、

 

「本当に悪かったお」

 

「ですが、こうして貴方は約束を果たしてくれました。ならば言うことはありません」

 

 そう言うオリヴィエは笑みを浮かべている―――最初に出会ったころのオリヴィエとは大違いだった。初めてあったころのオリヴィエはもっと……言葉として表すのであれば”空虚”な女だったと思う。なんと表現すればいいのだろうか。……そう、オリヴィエは唯一解っている事に携行していた。戦うという事を理解し、それを楽しめた。故に戦っていた。今思うとそんな風に感じる。だけど今のオリヴィエはどうなのだろうか。笑い、友達と言い、遊んで、一緒に出掛けて―――。

 

 ―――これ以上考えるのは無粋なのだろう。

 

 

今この刹那に―――多大の武威を刻みあいましょう」

 

「―――応ッ!」

 

 必要な確認はそれだけで、必要な言葉もそれだけ。それ以上の言葉はただの装飾になる。オリヴィエにした約束もある。だが同時に勿体ないとも思える。今、この瞬間はずっと前から約束して作り上げた舞台で、馬鹿が無駄に騒ぎを多くしたが、本来自分はもっと装飾とかあんまり好まないタイプだ。派手なのはいいが、飾りすぎるのは駄目だ。ありのまま、そのままが一番美しく、そして見ごたえがある。故に自分の出来る事を真っ先に把握する。

 

 拳を構えるのと同時にオリヴィエが後ろへと下がるのを目撃する。それもそうだ、オリヴィエのスキルには距離関係なく接近し、そして有効な打撃を叩き込んでくるものがある。だったらそれを有効活用しない理由がない。つまり、オリヴィエはしっかりと全力を持って相対すべき相手だと此方を認識してくれている。やる気がみなぎってくるのはいいが、

 

 別に、やる夫はスタイル的に前に踏み出すタイプじゃにおね―――。

 

 オリヴィエが此方を見ている。それは探る様な、観察する様な視線だ。何気にそういう風に”敵として”観察の目を向けられるのは初めてかもしれない。なんだかんだで今までの相手はほとんどが格上で、自分が持っている技術なんて既に通り過ぎた所にある人たちばかりだったのだから。

 

 故に自分から前に踏み出すことはない。それは自分のやり方ではないから。拳を握り、誰にも習っていないから、自分で最近様になってきたと思う構えを取り、そしてオリヴィエを睨む。此方を観察するオリヴィエはそれで此方が動くつもりはない、と察したのか、

 

 一気に踏み出してきた。早い。いや、早いのではない。既に何度ともオリヴィエの横で見てきた動きだ。≪エレミア≫と呼ばれる特殊体術、流派。それは距離、相手に関係なく体を動かし、そして敵を殲滅するという体運び。オリヴィエはまだその触りの部分しか出来ないらしい。しかし、それだけでもオリヴィエは理解の出来ない軽やかさで距離を詰めてくる。それは何時の間にか懐へ、まるで最初から前に立っていたかのように入り込んでくる。

 

 そのまま加速の入った拳が叩き込まれてくる。

 

 それを避ける技術が自分にはない。

 

 だから勿論、気合を入れて正面からそれを体で受け止める。衝撃が体を貫く。が、酷いダメージではない。この程度であれば余裕で耐えられるのが感覚的に伝わってくる。息を漏らしながら衝撃の瞬間から目を開けたまま、殴りかかって伸ばした腕に手を伸ばす。そのままそれを掴んでカウンターを叩き込もうと思うが、まるでそれを最初から解っていたかのようにオリヴィエがすり抜けて後ろへと下がって行く。

 

 オリヴィエが後ろに下がるのに合わせ、息を吐きながら自身の防御を固める。前よりも少しだけ、体が硬くなるのを感じつつもしっかりと後ろへと素早く下がって行ったオリヴィエを確認する。やはり魔法使いや後衛の距離へとオリヴィエは下がって行った。その距離はなんだかんだで面倒だと思う。

 

 剣士には剣士の距離が存在するからだ。

 

 やる夫は職業的にはタンクだが、攻撃で言えば格闘家のカテゴリーに入る。故に接近し、踏み込み、殴るというプロセスを攻撃する時に行う。このプロセスは間の距離によって加速という部分が入るのだが、

 

 これはこれで長ければ長いほど良い、というわけでもない。

 

 戦闘にはスタミナのペース配分が存在する。瞬間的なトップスピードが存在する、殴る時のタイミングが存在する。相手との距離が長ければ長いほどこのジャストミートのタイミングは取るのが難しくなったり、瞬間最高速度が少し落ちてしまう場合がある。故に近づいて殴る場合、相手が遠い場所にいると少々威力が落ちる。

 

 ―――これがユウキとかだったら距離関係なく踏み込んで戦えそうなんだけどなぁ。

 

 あの縮地とかいう技、アレは凄い。一瞬で相手の懐に踏み込んでいるのだから。今の自分では決してできそうにもない技術だからこそ憧れがある。まあ、それでも方向性としては真逆なのだからきっと、出来る日は来ないだろうから憧れ程度にとどめておく。だから何時も通り、ずっしり重く構え、自分の持っているものを吟味し、

 

 そして出来そうな事に挑戦してみる。

 

「―――違う、そうじゃない……」

 

 そう言いながらオリヴィエが踏み込んできた。その姿はやはり早く、そして凄まじいの一言に尽きる。自分では体が重すぎる。フットワークが鈍重すぎる。だからそんな風に軽やかに動けない。先制を常に明け渡してしまうだろう。それを認識し、考えるのと同時にオリヴィエの拳が真っ直ぐ叩き込まれてくる。それをなんとか左腕でこらえつつも、後ろへと引いた右腕を下がるオリヴィエへと向けて全力で叩きつける。既にオリヴィエの姿は腕の届く一歩範囲外にある。でもそれで良い。彼女が試したことがある様に、自分にも試したい事はある。

 

 だから持っている衝撃伝達の技術を拳に乗せ、それを空間に叩き込む。

 

 それを持って遠当てを狙う。

 

 ―――が、悲しい事に完全に空ぶる。完全に練度が足りない。技術が足りない。知識が足りない。レベルを上げても結局やる夫という男は誰かに正式に格闘技を習ったわけではない。我流で武術をかじったり、戦闘で経験したアレコレを応用しているだけの状態に過ぎない。こんな応用はまだ早すぎたのだろうが、それでも今、体にはそれを実行させた”熱”の様なものが溜まっている。それを自覚してきている。失敗したとはいえ、それを次につなげよう。そう思った瞬間、

 

「―――それを、待っていました!」

 

 言った直後、衝撃が叩き込まれた。目を見開いて確認するのはオリヴィエの姿だった。またあの不可解な動き―――エレミアを使って加速しながら拳を叩き込んで来たらしい。しかも今度はご丁寧に此方の技術である≪衝撃伝達≫を利用して。その事に一瞬イラっと来るが、なんとなく”オリヴィエならやれそう”という思いもあった。だから驚きはなかった。驚きよりも早く体がオリヴィエの拳に対して反応していた。それは不意打ちに対する反応だったかもしれない。あるいはカウンターとしての心得が体に染みついていたからかもしれない。

 

 自然とオリヴィエの放った拳を体で受け止めつつ、衝撃を体にまとわせ、それを殴ってきたオリヴィエへと押し返す様に発散する。それはオリヴィエの拳弾き、その体に些細ながらダメージjを返す。そう、これが理想的な形だと再認識する。

 

 ……やる夫から近づく必要は欠片もないお。

 

 オリヴィエが拳が弾かれるのと同時に再びエレッミアの歩法を持って移動しつつ、拳に衝撃を乗せて此方へと叩き込んでくる。それに合わせる様に歯を食いしばり、そして拳が叩き込まれる瞬間―――攻撃がヒットして体の鵜語彙が止まるその瞬間に合わせてクロスカウンターの様に衝撃を乗せた拳をオリヴィエの胸へと向かって殴り返す。痛みはある。しかし、やっぱり男だ。欠片もそんなそぶりは顔に見せない。それに、

 

 なんとなくだが、この一戦で自分のスタイルと言えるものが、完成してきたような気がする―――。

 

 オリヴィエが殴り返されながらも後ろへとバックステップを取る。それに合わせながら再び左腕で体を守る様に構え、右半身を後ろへと下げ、右拳を握って構える。踏み込むのはカウンターを返す時だけ。それを意識しつつ、更に防御を固める為に自分の体内で気を練り始める。それを知ってか知らずか、オリヴィエが少し俯く様に、数歩先から言葉を投げかけてくる。

 

「……上手く返してくれますねぇ」

 

「あぁ、全部受け止めて! 返してやるお!」

 

 結局、不器用な自分にはそれぐらいしか出来ないのだろうから。だからそれだけでいいのかとも思う。だけどオリヴィエは笑っていた。いい笑顔を浮かべ、楽しそうに笑顔を浮かべていた。実際、愉しいのかもしれない。その気持ちはちょっと―――いや、解るかもしれない。それが今、この身に宿っている熱の正体なのだとしたら、自分も割と笑えているのかもしれない。だけどそれがなんとなく恥ずかしく、悪態をつく様にいい笑顔で笑いやがってと呟き、そして身を固める。

 

 予感した通り、オリヴィエが踏み込んできていた。

 

 直感と言えるものでじゃない。

 

 心眼なんてものはまずありえない。

 

 ただ、”オリヴィエならこうするだろう”という考えだった。あるいはオリヴィエを信じているからこそ解るタイミングだったのかもしれない。しかしそれは見事に正解であり、気を高め、瞬間的に身を固めるのと同時にオリヴィエの必殺の拳が胸に叩き込まれる。それを左腕で払いのけつつ衝撃から数歩程後ろへと滑るように下がると、オリヴィエは笑顔を此方へと向けていた。

 

 それは、今まで見た事がないほどの笑顔だった。

 

「お前かつてなく楽しそうだなぁ!」

 

 叫びながら迫ってくるオリヴィエの拳を左腕でガードし、カウンターの拳をまっすぐ叩き返す。しかしそれを予想―――或いは此方と同じように信頼しているのか、オリヴィエは見切ったかのように最低限の動きで回避し、そして二撃目を叩き込む。ただその動作は全て、負の感情を一つ欠片とも見せず、ただただありのままのオリヴィエをさらけ出すかのように楽しげな拳だった。

 

 不真面目さなんてなかった。

 

 迷いなんてなかった。

 

 ただただ誠実で、楽しそうで、そして幸せそうな拳だった。それを受け止める度に気持ちが拳を通して伝わってくる。だからだろうか、オリヴィエが付きだした拳を防ぎつつ、顔が酔った時、オリヴィエは口を開いた。

 

「―――やる夫さんは楽しくないですか?」

 

 オリヴィエのその言葉に、

 

「―――悪くない。案外こういうのも悪くねぇ」

 

 考えるよりも早く答えは口から出ていた。それは少しの驚きと共に、自分の中へと浸み込んでいく。あぁ、悪くはない。口に出さずともその言葉を胸中で呟き、そして飲み込む。そう、自分は今、こうやってオリヴィエと殴り、殴られ瞬間を間違いなく楽しんでいる。ある意味、異常なのかもしれない。いや、それでも、この瞬間は不思議な熱に浮かされている様に、気分が高揚している。この刹那がかけがえのない物の様に感じる。

 

 だからこそ過ぎ去る時は楽しまなくては。

 

 時を止める等とんでもない。立ち止まって永遠に楽しむなんてもってのほか。前に、更に前へ進まなくてはならない。何故今だけを楽しまなくてはならない。この先に未知が舞っている。待っているかもしれない。それだけで前に進むのには十分すぎる理由だ。だから悪くはない、そう答えたのだろうか。

 

 オリヴィエは前へ進み、少しずつ変わった。

 

 そうやって今を生み出したのだ。

 

 だったらもっと前へ進めば、もっと楽しくなるかもしれない。

 

 それは―――悪くない。

 

「困りましたね。もう―――止められません」

 

 オリヴィエの言葉に叫び返す。叫び返しながら体をしっかりと構え、そして前方へと視線を向ける。オリヴィエがまた特性を、スキルを組み合わせて新たな技を生み出そうとしている。それは見れば解る。だがその勢いが今までのものとは違う。精神的な枷が外れているからかもしれない。自分が肯定したからかもしれない。しかし目の前に見える女、オリヴィエは踏み出しの一歩目から凄まじい加速を見せ、全身を捻りあげながら義手が悲鳴を上げる程の力を込めているのが解る。

 

 これは直撃すると拙い。

 

 痛いという話ではない。気絶するという話でもない。命に係わるレベル、というのは今までの戦闘経験から直感的に理解できる。故に直感が、そして本能は回避しろと叫んでいる。今ならまだ回避できる距離であると。だが、

 

 ―――思い浮かぶのは咲き誇る花の様な笑みを浮かべたオリヴィエの姿だった。

 

「ハッ、考えるまでもねぇ」

 

 避けてそれが一体何になるというのだ。そんな安易な選択肢つまらない。

 

 父の血だろうか―――一番面白そうな、そして誠実な選択肢を取る。

 

 即ち、

 

「―――!」

 

 正面から受け切った。衝撃を纏い、ヒットと同時に体を内部から粉砕する魔拳ともいえる技、それを正面から体に叩き込まれて体が吹き飛ぶ。

 

 が、耐える。

 

 吹き飛ぶ体を堪え、重みと共に着地し、歯を食いしばりながらダメージを堪え、気絶しそうな体を叱咤させる。女の前で無様に倒れる様なものなら死んだ親父に笑われると。きっと物凄い笑みで笑いながら馬鹿にしてくると。それは嫌だ。非常に嫌だ。だから歯を食いしばって―――耐えた。

 

 痛みを堪えながら再び両足で立ち、構え、そして口から血と唾の混じった塊を横へ吐き捨てながらオリヴィエへ視線を向ける。

 

「負ける気はねぇ!」

 

「……無論、それは私も」

 

 それ以上の言葉は必要なかった。これ以上ない逆境という状況の中で熱は最高の状態へと高まっていた。かすれて行く筈の視界が逆にクリアになって行く。失われて行く筈の力が逆境という状況に対して燃え上がる様に増して行く。負けたくはない。無様な姿を晒したくはない。あの女の前でだけは絶対に倒れられない。

 

 精神論と言ってしまえばそれまで。

 

 しかし、精神は肉体を凌駕する。

 

 故に―――この瞬間が唯一の攻め時になる。

 

「行、く、ぞォオオ―――!!」

 

 今度こそ自分から踏み込む。自分のスタイルがガン待ちに徹したタンクスタイルであるのは良く理解している。だからこそ良く状況を把握しているし、踏み込むべき瞬間が解っている。逆に言えばこの瞬間、踏み込まなければ勝機を得られないというのも良く理解している。

 

 だから持てる力の全てを、逆境を力に燃焼させて踏み込む。その一歩目で骨が軋む様な音を上げる。それに気にせず全身に力を込め、そして気を最大まで高める。

 

 観客からすればまだレベル3の戦い―――良く鍛えられた一般人のレベルの戦いかもしれない。

 

 だけど、それでも、男の矜持があるのだ。たとえ弱くたってかこつけない訳にいかない。

 

 拳はオリヴィエよりも繰り出すのが遅い。しかしそれで何も問題はない。オリヴィエの状態は良く観察している。

 

 踏み込み、拳を繰り出し―――全力を出し続けた結果としてオリヴィエの義手が砕け散る。

 

 それはオリヴィエに言ったように、全て受け止めきると宣言し、それを実現させた努力の結果に過ぎない。

 

 故にオリヴィエの拳は砕け、砕けた腕が空振る姿を黙示しながらも一切動きを緩める事無くオリヴィエの懐へと大きく一歩を踏み出し、エレミアでも聖王流でも覇王流でもどうしようのない距離に入り込む。そこから言葉を挟む事もなく、叫び声を上げながら全力を拳を再び、

 

 オリヴィエの胸へと向かって叩き込む。

 

 叩きつけた拳を通して衝撃がオリヴィエを完全に貫き、その背後へと抜けて行くのを感じる。オリヴィエの姿が反対側へと吹き飛び、その姿が近くの壁へと叩きつけられるのを見ながら、模擬戦のくせに何命を懸けてるんだろう、馬鹿みたい。そんな事を一瞬だけ思ってしまう。

 

 しかし馬鹿みたいだからこそ、面白いのだろう。

 

 そう思い、

 

 壁から姿を引きはがすオリヴィエを目で捉える。

 

 どこから見ても満身創痍のその姿をオリヴィエは壁から引きはがすと、やっと、といった様子で両足で立ち、大きく息を吐きながら口を開いた。

 

「―――私の、敗北ですね」

 

 そう言って、笑顔のまま―――オリヴィエは自身の敗北を認めた。

 


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