柳之助の短編集   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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てんぞー氏よりオリヴィエヒロイン確定お祝いssです。
氏に感謝を。


夢の光景

 

 

 ―――柔らかい陽射しが差し込んできている。

 

 庭園の木陰、その幹に身を寄せる様に体を休めながら、そっと目を閉じて吹かれる風の感触を肌で感じ取る。春の陽気の暖かさが体に満ちるのを感じながら、優しい風に撫でられ、少しずつだが眠気が自分を誘っているのが解った。徐々にウトウトし始める自分の意識を認めていた。こんな春の陽気の中で、静かに眠る事が出来たら気持ちいいのだろうなぁ、そんな事を考えながらうっくりと、意識を、眠りにいざなわれる様に落として行こうとして、

 

「おねーちゃんー!」

 

「ん……」

 

 自分を呼ぶ声にゆっくりと目を開ける。そうやって瞼を開ければ、庭園の入口でキョロキョロと周りを見渡し、そして自分を見つける二つの姿を見つける。そこにいたのは金髪、そして赤と緑のオッドアイの少女、そして緑髪、青と紫の少々解り辛いオッドアイ、珍しい色彩の二人組だった。此方を見つけ、そして手を振ってくる妹とその友人の姿に、此方も生身の手を持ち上げ、小さく振り返す。それを見て妹―――ヴィヴィオ・ゼーゲブレヒトが走り寄ってくるのが見える。

 

「あ、お姉ちゃんやっと見つけた。こんな所で何をやっているの?」

 

 ヴィヴィオの言葉に私ですか、と言葉を置きながら首を傾げる。

 

「鍛錬にも疲れましたし、陽気も良い物ですから少し休息を取ろうかと思いまして。暖かな陽射し、優しく頬を撫でる風―――それを感じていたら少々眠くなってきたのでこのままここで少し寝てしまおうかと」

 

「ふーん……えいっ!」

 

 そう言うとヴィヴィオは勢いよく地に座り込んでいる此方の膝の上へと跳び込んでくる。その体を両手で受け止めながら、もう、と小さく溜息を吐きながらその小さな頭を、髪を梳くように動かしながら撫でる。それに気を良くしたのか、ヴィヴィオが此方に背を預ける様に座り込み、そのまま気持ちよさそうに目を閉じる。その姿を見たヴィヴィオの友人が、アインハルトが申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「その……ヴィヴィ姉さま、ヴィヴィオがすみません……」

 

「いえ、いいんですよ。甘えん坊なのは良く解っている事ですから。それにほら、私達は家族ですから。私も甘えられて嬉しいですし……ね?」

 

「ねー」

 

 元気の良い返事をヴィヴィオが送り返してくる。本当にこういう時だけは調子がいいですね、と小さく呟くとヴィヴィオが目をそらし、救いを求めるような視線をアインハルトへと向けた。それを受けてアインハルトはヴィヴィオの視線を知らんぷりする様に視線をそらして無視した。それを受けたヴィヴィオはまるで裏切られたような表情を浮かべていた。その様子があまりにもおかしく、小さく吹き出すとヴィヴィオが足を軽く叩いて来た。

 

「すみません……相変わらず仲良しですね、二人は」

 

「私とアインハルトさんは親友だもん」

 

「家族ぐるみの付き合いですからね、何時も一緒ですし」

 

 アインハルトの発言を受けてヴィヴィオがサムズアップを浮かべる。アインハルトの家―――つまりはイングヴァルト家。幼少のころから深い付き合いにあるその家の三女であるアインハルト、そして次女であるヴィヴィオは年齢が近い事もあり、生まれた時からずっと遊んできている。その為、二人は自分が知っている限り、一番の仲良し、親友を超えて姉妹と間違えてしまいそうな程、仲が良い。その関係が何時までも続けばよいのに、と外側から眺めながらいつも思う。微笑ましい子供たちのやり取りを見ていると、あ、そうだ、とヴィヴィオが言葉を漏らす。

 

「お姉ちゃんに伝えなきゃいけない事があったんだ」

 

 何を? と聞こうとしたらその言葉を遮る様に別の声が響いた。

 

「いや、もう来てしまったからいいよ」

 

 苦笑しながらそう告げて登場するのはアインハルトと同じ緑髪の青年の姿だった。彼女と同じ色の瞳はイングヴァルトの血筋の者である事を表し、少しだけ、呆れたような表情と声色で咎めるような視線をヴィヴィオへと向けた。それを受けたヴィヴィオはおどけながらごめんなさい、と謝った。そんな二人の様子を眺めてから、彼へと言葉を向けた。

 

「―――クラウス」

 

「やぁ、ヴィヴィ。遊びに来たよ」

 

 イングヴァルト家長男、次期当主であるクラウス・イングヴァルトの姿がそこにあった。だがただの次期当主ではなく、婚約の決まった、許嫁関係でもある、将来自分が結婚する相手でもある。クラウスはそれを、急かすものでもないし、冷静に、互いに未来を考えながら向き合おうと、推し進めるような事も引くような姿勢を見せず、此方の判断と言葉を待っていてくれる。

 

 ―――とはいえ、此方も、退く事は出来ないのですが。

 

 ゼーゲレブヒト家の長女として、臣下の期待に応える義務が存在している。だからクラウスとの婚約は、結婚はもはや決まったも同じような事だった。自分にそれを覆すだけの意志も、そして力もなかった。聖王の再来。容姿も、その能力もまるで生まれ変わりの様な自分には、その力に見合った果たすべき義務が存在している。それが天賦を与えられ死存在としての義務だろう、とは自分の考えであり、そして親に言いつけられた事だった。

 

 そんな事を考えていると、唐突に頬を引っ張られる感触を得た。視線を下へと向ければ、そこにヴィヴィオの姿が見えた。その両手で此方の頬を掴み、そして横に広げていた。

 

「お姉ちゃん駄目。なんか嫌な顔をしてる。笑っていると美人なんだから、笑わなきゃ損だよ、美人として笑顔を浮かべる事は義務!」

 

 ヴィヴィオのそんな言葉に、ぷっ、と笑いを零してしまう。本当に誰かを笑顔にするという事では才能を持った子だった。笑みを浮かべながらありがとう、と呟いて頭を撫でれば、今度はクラウスが暗い表情を浮かべていた。

 

「……やはり婚約が君の重りになってしまっているか」

 

 クラウスのその言葉に頭を横に振る。

 

「いえ、いいんですよクラウス。婚約に関しては納得していますから。ゼーゲブレヒトの長女として、聖王の再来としても、私には果たすべき義務が存在します。ですから気にしないでください」

 

「君は納得しているかもしれない―――だけどそれで全てを飲み込んでほしくはないんだ。俺は君の事を愛しているよ、ヴィヴィ。だから同じように君にも愛して欲しい。だから結婚する時はそうなってほしいとは思っている。だけどそれを決して強制したくはない。誰かを愛する心は自由であるべきで、それが何よりも美しい状態なのだから」

 

「兄さんは良くもそんな事を惜しげもなく恥ずかしがらずに言えますね……こっちの方が逆に恥ずかしくなってきちゃいました」

 

 クラウスの堂々とした告白に、アインハルトの方が頬を赤くしてしまった。今のクラウスの主張はさして珍しい事ではなく、前々からクラウスが口にしている事だった。彼は本気で私に愛して欲しい、しかし無理に口説くような事はしないと決めているらしい。なんとも、元は王族にまで続く血筋らしい気品のある言葉だった。実際、その容姿と一途さから彼は人気ではあるが、他の女性からのアプローチを全て袖にしている。

 

 こんな貧相な女の、一体どこに彼は惚れてしまったのか、時々気になってしょうがない。

 

「本心であるならどこに偽る必要がある? と言いたい所だが俺も、少しばかり恥ずかしからなるべく人前で言わせないでほしい」

 

「でもそれ、軽くですけどクラウスさんの自爆ですよね?」

 

 ヴィヴィオの言葉に沈黙するクラウスの姿を見て、小さくクスクス笑うと、今度こそクラウスの赤面する姿が見れた。珍しいものが見れたなぁ、なんて事を考え、手でヴィヴィオの髪を梳いていると、何時も集まっているこの面子の中に、とある人物が抜けているのを思い出す。そういえば、と口に出しながらイングヴァルト兄妹に問う。

 

「お姉さまがいませんけど、本日は別件ですか? みんなで集まるようなときは大抵一緒に居る筈ですが……」

 

「うーむ……」

 

「えっと……」

 

 その問いにイングヴァルト兄妹が揃ってどこか、渋い表情を浮かべた。その意味がよく解らず、首を傾げ、ヴィヴィオへと視線を向ける。だがヴィヴィオもどうやら解っていない様子で、首をかしげていた。姉妹ソロって今、首をかしげているなぁ、なんてくだらない事を考えながらイングヴァルト兄妹へと視線を戻すと、クラウスがやや言いづらそうにしていた。

 

「うむ……その、なんというか……姉上、姉上には男の影がチラついているというか……少し言い辛い話ではあるが、どうやら家を出てはどこぞの男と逢瀬を重ねているようで、付き合いが悪くて……」

 

「まあ、お姉さまが」

 

 イングヴァルト家の長女、本人も自分同様、家の一部である事を諦めているフシがあった。しかしそのイングが逢瀬を、しかも秘密裏に重ねているという意のは実に驚きの事態であった。あらあらまあまあ、と声を零しながら気になる、物凄く気になる。姉と慕っているあの人が、自分の知らない誰かと逢瀬を重ねているのだ、そう思うととても気になってくる。自分だって乙女なのだから、こういう類の話は大好物なのだから。

 

 そんな此方の表情を見て、しかしアインハルトは苦そうな表情を浮かべる。

 

「ヴィヴィ姉さまの気持ちは解りますが、イングヴァルト家としてはあまり、というかかなりまずい状況でして……」

 

「まぁ、姉上は俺よりも強い上から家の中で止められる存在は一人もいないから実力行使に出てもどうあがいても無理なのだが……相手が気になってしょうがないというのが素直な気持ちで……」

 

「これは問い詰めないと駄目ですね」

 

「お姉ちゃん、自分のにはピクリとも反応しないけど他人の恋に関しては直ぐに反応するよね」

 

「乙女の大好物ですからね」

 

 そう言って笑う。

 

 そこには平和な時間が流れていた。まだ、将来の事は考えられない。だけどここで育った私達の未来はある程度見えていた。武に励み、学問に励み、そして次世代の為に繋げて行く。そういう事を義務付けられた私達は、ここ、サイトーネットでつかの間の平和を味わっていた。

 

 ヴィヴィオがいて、アインハルトがて、クラウスがいて、そんな日常の一風景。

 

 それは少し先の未来、焼却される姿。

 

 ヴィヴィ、と呼び慕う妹がいて、まだ純粋だった婚約者の姿があって、そして聖王の再来という形でしか見られる事のなかった風景。

 

 未来で、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが背を向け、火を放って消えた風景。

 それは夢のような――夢でしか見ることのできない光景だった。


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