機動戦士ガンダム---ジオンの軍師---   作:ジョミニ

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ルウム戦役は終結した。
しかし歴史上、本当に重要なのは勝利の後にどう戦争を終わらせるかということなのである。


ルウム戦役---4

u .c 0079 1月17日 サイド3 ズム・シティ

 

一隻のシャトルが、ズム・シティの宇宙港へ寄港する。

 

シャトルから姿を見せたのは、白髪に白髭、そして連邦軍の軍服に身を包んだ老人であった。

 

ジオンの警備兵に前後を挟まれてタラップを降りてくる老人に、ドズルとその脇に立つグスタフは敬礼する。

 

「貴官がレビル中将か。先の采配、見事だった。俺が勝てたのは運でしかない」

 

「お待ちしておりました、レビル将軍」

 

老人は無言のままで二人に敬礼を返す。

 

この老人こそ、先のルウム戦役にてジオンの捕虜となったレビル将軍だ。

 

「早速ですが、閣下をある場所にお連れしなくてはなりません」

 

グスタフの言葉にも、レビルは無言を貫く。

 

敗軍の将に語る言葉はない、というつもりなのだろうか。

 

「すぐ外に車を待たせてあります。さあ、こちらへどうぞ。では、ドズル閣下。後はお任せください」

 

グスタフはレビルを連れ、黒塗りの、大きな車へ乗り込む。

 

「これから行く場所は、ギロチンかね」

 

発車してしばらくしたのち、レビルが初めて口を開いた。

 

「いえ。閣下は中将です。当然、それ相応の待遇にて過ごしていただくことになります。ご安心ください」

 

しばらく進み、車がたどり着いたのは開戦に伴い、政治犯収容用の刑務所改装して急設された、軍の捕虜収容所である。

 

「では、頼む。くれぐれも失礼のないようにな」

 

警備兵に指示を出して独房の一つにレビル将軍を連れていかせ、グスタフは別の男の元へ向かう。

 

「待たせてすまなかったな」

 

「いえいえ、そのようなことは。我が社にこのような重責をお任せいただき、まことに感謝しております」

 

へつらうような表情でグスタフと会話するのは、公国発行の新聞社『プリンシパティ・ボイス』の主筆、フランシス・オービット。

 

「『総帥の真の友』とまで言われるフランシス殿以外に、この重要な仕事を任せはしないさ」

 

「ありがたきお言葉、頂戴しておきます。ところで、レビル将軍は」

 

「ああ、別の部屋にお通ししている。頼んだスタッフは連れてきてくれたな?」

 

「ええ、ええ。私の知る限り、最も腕のいいスタッフを呼びました。ご安心ください」

 

「そうか。将軍はこっちだ。付いてきてくれ」

 

グスタフはフランシス以下、プリンシパティ・ボイス社のスタッフ達を連れてレビルが待つ部屋に向かう。

 

レビルを連れていかせたのは、兵卒用の粗末な一室だった。

 

「このような場所にお通ししてすみません、将軍。ただ、ここが一番都合が良いものでしてね」

 

レビルに声をかけると、グスタフはフランシスに合図を送る。

 

一人の女性が道具箱を持って独房に入る。

 

緊張した様子の女性はレビル将軍の足元へ箱を置き、彼女の仕事道具を取り出してレビル将軍の顔にメイクを始めた。

 

頬がこけて見えるように、顔の赤みを覆い隠すように、目の下に隈ができているようにと、女性は将軍の顔に化粧を施していく。

 

「終わりました」

 

女性がそう言って道具をしまい終えたとき、そこにいたのはまさしく『弓折れ、矢尽きた敗軍の将』だった。

 

「素晴らしい出来だ」

 

メイクを終えたレビル将軍を、ボイス社のスタッフがカメラに収める。

 

将軍は諦めたような表情で、ただそれを受け入れている。

 

「よし、もういいだろう。警備兵、将軍を車にお連れしろ」

 

「はっ」

 

警備兵は将軍に立つよう促し、部屋を出る。

 

「どうだ、いい写真が撮れたか?」

 

「最高です。これならば最大の効果を生むでしょう」

 

「それは何よりだ」

 

「ところで准将、一つご相談が」

 

「なんだ?」

 

「シャア・アズナブル中尉、ご存じですか」

 

「ああ、『5艘飛び』のだろう?ルウムで会ったよ。もっとも、通信で会話した程度だが」

 

「彼の記事を書くに当たってですね、パイロットとしての異名を考えているのですが、思い浮かびません。『赤鬼』ではいまいちでしょう?戦場での彼の活躍をご覧になった准将に、何かアイデアをいただければと」

 

「ふむ……」

 

グスタフは戦場を飛び回る赤いザクの姿を思い出す。

 

あの姿は、何かに似ていた。

 

そう、あれは……

 

「……彗星。そうだな。まるで彗星のようだった」

 

「彗星、なるほど。『赤い彗星』ですか。素晴らしいネーミングです。さすが准将」

 

「『赤い彗星』……」

 

口に出して呟くと、それはまさにあのザクのパイロットのために用意されたような異名だった。

 

「先程の非礼、謹んでお詫び申しあげます」

 

公王疔の近く、ある高級ホテル上層階の一室で椅子に腰かけるレビルにグスタフは頭を下げる。

 

顔に施したメイクは既にホテルのバスルームで洗い流した後だ。

 

「この部屋では自由にしてくださって構いません。身の回りの世話をするものが必要でしょうから、すぐに用意いたしましょう」

 

「監視……ということかな」

 

「ええ。そう受け取ってもらって構いません。ですが、私の上官はあなたに対し敬意を損った扱いをすることはない、ということは申し上げておきましょう」

 

「君の上官というと、ドズル中将かね」

 

「はい、その通りです」

 

「そうか……」

 

レビルは少しの間、俯いて目を閉じる。

 

「先程の写真。あれはプロパガンダに使うのだろう?そうまでして戦勝ムードを盛り上げねばならぬほど、ジオンも苦しいということか」

 

「申し訳ありませんが、そのお言葉への言は控えさせていただきます」

 

レビルの言葉は図星だった。

 

一週間戦争と続くルウム戦役は、連邦軍だけでなくジオン軍にも大きな損害をもたらした。

 

損害の絶対数では連邦軍の方が圧倒的に多いのだが、そもそもの軍の規模が違いすぎる上に、正規の訓練を受けたパイロットにも少なくない犠牲が出ている。

 

さらに深刻なのは、連邦の行った経済封鎖による資源不足だ。

 

中立を宣言したサイド6及び月面都市フォン・ブラウンとの貿易だけでは、軍需生産を充分に賄うだけの鉱産希少資源が得られない。

 

現在のジオンは失ったMSの補充さえ少ない備蓄資源を切り崩して行っている状況だ。

 

故に、演説の天才と自負する総帥ギレン・ザビは、センセーショナルな戦勝会見を地球圏全域に対して行って連邦の世論を動かし、ジオン有利の講和条約を結ぼうとしていた。

 

収容所で撮影したレビルの写真も、連邦市民の戦意を削ぐための舞台装置の一つである。

 

「ドズル中将は、ギレンとキシリアにうまうまと騙されているのではないか?中将のような人間なら、ありうることだろう」

 

「閣下がキシリアに騙されているようなことなど、あり得ません」

 

ドズルを馬鹿にしたような言葉に思わずそう言い返してしまってから、グスタフは失言に気付く。

 

「キシリア」と言ってしまった。

 

これでは、ジオン軍内に対立があることを自分から暴露してしまったようなものだ。

 

「MS……ザク、というのだったな。あれの導入についても、ジオニックとツィマッドの間で一悶着あったと聞いているが?」

 

「…………」

 

これ以上この男と会話を続けるのは不味い。

 

レビルは捕虜の身でありながら、少しでもジオンの情報を引き出そうとしてくる。

 

この男は脱出を諦めていない。

 

そしてその暁にはジオンとの徹底的な戦争を続けるつもりだ。

 

あれほどの大敗にもかかわらず、レビルの心は全く折れていない。

 

なんという男か。

 

グスタフは目の前の、老人といってもいい男にえもいわれぬ恐怖さえ感じる。

 

「後で世話役を来させます。私にも軍務がありますので、これにて失礼いたします」

 

そう言うと、グスタフは逃げるようにホテルを後にする。

 

「我ら優秀なるジオン国民の前には、数に勝る連邦軍でさえ、烏合の衆に過ぎないのである!」

 

地球に固執する連邦政府首脳の愚劣さへ徹底的な非難に続くその言葉で、画面に映し出されていたギレンの演説は終了した。

 

瞬間、聴衆から沸き起こる歓声。

 

「ザビ!ザビ!ザビ!ザビ!」

 

公王疔のバルコニーからジオン公王デギン・ザビが姿を見せ、手を振ってみせると、歓声は一層激しさを増す。

 

それをグスタフは、公国軍総司令部、宇宙攻撃軍司令官室でドズルと会話しながら見下ろしていた。

 

「レビルがそのようなことを、な」

 

「ええ。油断のならない男です」

 

「何はともあれ、ルウムでの活躍、見事だった。休養を取りつつ昇進の知らせを待て」

 

「はっ」

 

ルウム戦役の終結後にグスタフが受け取ったのは、ブリティッシュ作戦功労賞及びルウム戦役シールドの授与と少将への昇進の内示だった。

 

これで、軍内の階級においては突撃機動軍のトップ、キシリア・ザビと並ぶことになる。

 

「キリングがあのような状態だ。お前にはやつの代わりになって俺を支えてくれることを期待している」

 

「過分なお言葉です。私にはまだそのような能力はありません」

 

「なに、地位が上がれば能力など後から付いてくる。この俺もそうだ」

 

ドズルはそう言って大きな笑い声を上げた。


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