u .c 0079 1月15日 22時40分
サイド5(ルウム)宙域
ジオン軍が行おうとした再度のコロニー落としに対して、名将レビル率いる連邦軍の対応は迅速だった。
14日にルナツーから出撃した後、細かい艦隊編成を中途で行うという荒業により、僅か一日でルウム宙域へと進出、そのままの勢いでコロニー護衛部隊を攻撃、後退させたのである。
護衛部隊が後退した以上、作業を続行することは出来ない。
ドズル・ザビはここで核パルスエンジンの装着を中止、コロニーの軌道修正を諦めた上で主力艦隊には集結した連邦軍の撃滅を命じ、自ら陣頭指揮に当たった。
「ルウム戦役」の始まりである。
この時、戦闘団『タンネンベルク』はジオン艦隊最右翼に位置していた。
『ロート・シュヴァルト』の艦橋に立つグスタフが見つめるモニターには、ジオン艦隊の正面で陣を敷く連邦軍の艦列が映し出されている。
連邦軍は艦隊を横列に並べ、正統的な砲戦を挑んできているようだった。
「レビルめの挑戦、受けて立つ!全艦前進せよ!」
ドズルの命令が下る。
「戦闘団『タンネンベルク』各艦、遅れるな」
グスタフも旗下の部隊を進ませる。
やがて両軍の距離が近付くと、どちらからともなくメガ粒子砲が光り始め、砲戦が始まる。
「やはり、分が悪いな」
純粋な砲戦では、ジオンの艦は連邦軍の艦に対し数においても、砲の威力においても劣る。
「アウトレンジの殴りあいでは勝てん。となると鍵はMSの投入時期だが」
その間にも両軍の距離は縮まり続け、ようやくMSの戦闘距離に達する。
「中央各艦、各司令官の判断の元、MSを発進させよ!」
ドズルの号令一下、ジオン艦隊から一つ目の巨人たちが解き放たれる。
ザクが両軍の砲光が煌めく宙域を抜ければ、ブリティッシュ作戦のようにMSの蹂躙が始まるはずだ。
そう思い、グスタフも自らの部隊の向きを変え、中央に向けようとした。
「戦闘団『タンネンベルク』!横陣を崩すな」
通信によって届いたドズルの怒声が、艦橋に響く。
「しかし中将!敵を崩すには一機でも多くMSを投入した方が!」
それも、精鋭である自分の部隊ならばなお良いだろう。
そう言外の意を込め、グスタフはドズルに反論する。
「敵はレビル!間違いなく何かを仕掛けてくる!勝手な動きは慎め!」
自らの判断を「勝手な動き」とまで言われては、ドズルの言葉とはいえグスタフも良い気はしない。
ましてや、それが戦闘に加わるという判断では尚更だ。
不服をモニターの向こうに上申しようと口を開きかけたグスタフだったが、先に艦橋に響いたのはオペレーターの声だった。
「我が艦隊の正面、敵左翼に動きあり!敵左翼、突撃してきます!」
「規模は!?」
「これは……およそ二個艦隊規模、敵艦隊左翼のほぼ全艦と予想されます!」
慌てて前方に目を移せば、正面の艦隊が縦列陣形を取り、猛烈な速度で向かってくるのが見える。
「やはりこの手で来たか!勝った!」
緊張に包まれる『ロート・シュヴァルト』艦橋だったが、『ワルキューレ』の艦隊司令官は喜色を露にしていた。
「第九戦闘団に命令、突撃してくる敵左翼の頭を押さえろ!敵の狙いは半包囲からの十字砲撃だ!」
レビルがMSに対抗するために取った手は、左翼の突撃によりL字陣形を形作り、自らの指揮する中央艦隊と左翼で挟撃を行うことでMSの機動性能を削ぐ、というものだったことを、グスタフはその言葉で理解する。
正面と右からのメガ粒子砲の射撃により、MSを捉える網を作るようなものだ。
確かに、そのような状況を作り出されてはザクとはいえ戦闘機に遅れを取りかねなかっただろう。
しかし、ドズルはそれを読みきっていた。
その上で、最右翼に最精鋭たる第九戦闘団を配置していたのだ。
「了解しました!戦闘団『タンネンベルク』、敵左翼との戦闘に移ります!」
グスタフはドズルに敬礼し、全艦に突撃の指示を下す。
第九戦闘団『タンネンベルク』は紡錘陣形を取り、『ロート・シュヴァルト』を先頭に猛然と連邦軍右翼に向かっていった。
連邦軍右翼艦隊も接近する第九戦闘団の存在を察知し、砲列を揃えて迎撃の体勢を整える。
二個艦隊の前半分をこちらに向け、後半分は支援砲撃を続行するという判断を下したようだ。
「メガ粒子砲斉射!牽制しつつ期を伺え」
グスタフは縦列を取る連邦艦隊の右斜めに位置取り、敵前方艦隊との砲戦を開始する。
「ここは迅速に後方艦隊を叩かねばなりません。マイヤー大佐、何か手は」
「ふむ。敵前列の砲撃をいなしつつ、斜めに進んで敵の左側に出るのは。ムサイは方向の転換能力では勝っています。上手くいけば後方艦隊を後方から射てましょう」
カイゼル髭を弄びながらそう提案した初老の男は、『ロート・シュヴァルト』艦長、パウル・マイヤー大佐。
指揮下部隊の拡大に伴ってグスタフの下に配属された老軍人だ。
「となると、敵の攻撃をかわす手がいりますね」
「MS隊を半分ほど投入しては?」
「いえ、迅速に後方艦隊を叩かねばならない以上、MS隊はそこに集中投入したい」
しばし考えたのち、グスタフは部隊に指令を下す。
「各艦、最大戦速で敵の左に出る。MS部隊はバズーカ弾頭の換装。C弾頭だ」
艦隊が指示通りに前進を始める。
ジオン艦隊も縦列を取り、連邦艦隊の前方を擦るように通過して左側へ展開を狙う。
「MS部隊、やれ!」
互いの艦隊が有効射程距離に入ろうとしたところで、ザク・バズーカを発射させた。
バズーカに装填されていたのは、通常の弾頭ではない。
ザクの形を模したダミー・バルーンだ。
近寄れば違いは明らかな、緑色で人の形をしている程度のものでしかない。
しかし、ミノフスキー粒子によるレーダーの無効化と同時に射出されたスモーク弾によって、状況を的確に選べばかなりの効果を発揮する。
そしてグスタフの状況選択は的確だった。
一週間戦争でMSが示した艦隊に対する攻撃力への警戒も相まり、連邦艦隊の注意と砲はかなりの部分がバルーンへと吸われる。
バルーンが対空砲によって撃ち落とされるまでの時間に、ムサイ艦隊は大きな犠牲なく連邦軍の左翼に出ることができた。
ムサイは靴のような形状をしており、その下部に推進用の熱核ロケットを左右一基づつ持っている。
中央にしか推進装備を持たないサラミス、マゼランに対して艦首の転換速度で勝るのはそのためだ。
連邦艦隊の前方部は方向を転換、艦列を左に向け直そうとするが、第九戦闘団が転進、背後を見せている連邦後部艦隊へ突撃をかける方が早かった。
グスタフは戦闘団に所属するMSを全機出撃させ、ジオン本隊への砲撃を狙う連邦後部艦隊に襲撃を命令。
艦隊の指揮をマイヤー大佐に任せ、グスタフも自らのザクで出撃する。
ムサイ艦隊はマイヤーの指揮のもと、マゼランの有効射程ギリギリまで近づくとメガ粒子砲を斉射し、反転して遠ざかる動きを繰り返すことで連邦艦隊を牽制しMSの接近を援護する。
誘いに乗り、艦隊を離れて突出する艦があれば数隻で集中砲撃を行って撃沈する、という絶妙な艦隊行動にグスタフは舌を巻いた。
「あのご老人、ずいぶんとやりますな。下手すれば我々の出番がない」
ザクを駆るアルベルトも苦笑を浮かている。
「それは困るな。だが、近付いてからがMSの仕事だ。気を抜くなよ」
アルベルトとの通信を切る。
迎撃に出てきた戦闘機隊を一蹴すれば、弱点を見せている戦艦はMSの餌でしかない。
ザクは次々と艦橋にバズーカを撃ち込み、マシンガンの接射を加え、ヒート・ホークで船体を切断して連邦軍の戦艦を蹂躙していく。
「堕ちろ!」
自らも最前線で戦うグスタフが頑強な抵抗を見せる一隻のサラミスに直撃弾を与えるも、完全に沈黙させるには至らず満身創痍ながら対空砲で反撃してくる。
「ちっ、しぶとい」
機体を回転させて弾丸を回避しつつ次弾を装填、再度攻撃に移ろうとしたところで、別方向からのバズーカを船体中央に受け、眼前のサラミスが爆発を起こして真っ二つになる。
サラミスに引導を渡した弾頭の主は、そのままグスタフのザクに近づいてきた。
赤。
赤いザクだった。