u .c 0079 1月8日
「ロート・シュバルト」艦内
「レイズ」
「乗った」
コロニー「アイランド・イフッシュ」への核パルスエンジンの取り付けから5日が経過した。
連邦軍は宇宙基地ルナツーにティアンムの艦隊を集結、第四艦隊を中核として連合艦隊を結成し、ジャブローへ向かうコロニーの破壊と護衛艦隊の撃滅のために進発させた。
それと平行し、各宙域の残存艦隊に護衛艦隊の足止めを命令。
絶望的な戦力差のもと、地球を守るために戦意高く向かってくる彼らに、グスタフ達は最大の礼儀を尽くしてーー最高の戦術と技量をもって応じた。
この日までに四回の襲撃を受け、それら全てをほとんど損害なく殲滅した教導連隊の面々は、リラックスして思い思いの時間を過ごしている。
「しかし、作業に加わらずに済んでよかったですな。あの重苦しい冷却材タンクを私のザクに背負わせてのろのろと作業するのなぞ、想像するだけでゾッとしますよ」
「アルベルト、お前の番だぞ」
グスタフも、アルベルトと雑談をしながらのチェスに興じていた。
「では、ルークでビショップを取らせていただきますよ」
「仕方がないさ。開戦前に作業ポッドの用意ができなかったんだからな。では、クイーンをここだ」
「貧乏所帯の辛いところですな。チェック」
アルベルトがナイトでチェックメイトをかけてくる。
「35年ものの赤、いただきですかね」
アルベルトは、にやにやと笑いながら腹立たしいことを言ってくる。
グスタフは次の手に頭を悩ませる。
全く思い浮かばず、勝負に負けながらも自らのコレクションの一つを失わずにすむ方法を考え始めたとき。
「大佐、哨戒部隊より報告です。『われ、有力な敵艦隊と遭遇せり』送られてきた規模からして、ティアンムの連合艦隊かと思われます」
グスタフにとって絶好の助けとなる通信が入った。
「悪いな、出撃しなくてはならん。ノーゲームだな」
今度はグスタフがアルベルトに人の悪い笑みを浮かべる。
「構いませんよ。いつでも頂くことはできそうですから」
もうアルベルトとチェスはしないようにしようか、などと考えながら、グスタフは格納庫の愛機へ向かった
。
「よし、全員揃っているな」
ザクで出撃したグスタフは、後方を見て部隊を確認する。
MS隊の後方には「ロート・シュバルト」以下、グスタフに任された第三戦隊所属の各艦が、さらにその後方にはキリングの本隊と、地球に向かって前進を続けるコロニーが見える。
「作業部隊はそろそろ減速作業に入る。敵に襲われたら一たまりもないからな。俺たちで守ってやらねばならないぞ」
「ルーク(城塞)を守るナイト様、ってわけですか」
「まあ、そう言うことだ」
わざわざチェスに例えてねちねちといたぶってくるアルベルトに、グスタフは若干のイラつきを覚える。
正面に敵の戦闘機部隊が展開を始めたのが見えた。
「総員、対戦闘機戦用意」
彼我の距離は急速に接近し、グスタフ率いる教導大隊は戦闘機隊との交戦に入った。
ジオン軍による有史初のコロニー落とし作戦、「ブリティッシュ作戦」の最終局面の始まりである。
この時、ティアンム艦隊の戦艦22隻、巡洋艦62隻に対してジオン軍キリングB主力機動部隊は戦艦4隻、巡洋艦72隻。
この戦争における初の大規模会戦の火蓋は、ジオン軍の火力劣勢の元に切られたのだった。
「当たれっ!」
前方から接近する敵戦闘機にザク・マシンガンを斉射、撃墜する。
撃墜間際に敵機の放ったミサイルと右側の敵が放ってくる機銃をバレルロールで回避した後そのまま向きを変えて、馳せ違った側方の機体を撃墜。
あっという間に二機の敵を血祭りに上げ、味方機と戦う敵の側面から攻撃をかける。
「大佐、人の獲物を取らないで下さいよ」
「獲物ならそこらにいくらでもいるさ」
言いながらも更に別の敵に襲いかかり、撃墜数を稼ぐ。
ミノフスキー粒子によって小型化に成功した核融合炉の生み出す巨大な動力と、人型であるがゆえに姿勢の制御で機体を操ることのできるAMBAKシステムは、従来の戦闘機を遥かに上回る戦闘性能をザクに与えていた。
「にしても、この数は少々厄介ですな」
敵艦隊から発進した増援が戦闘に加わり、劣勢を押し返そうとする。
「そろそろ打ち止めになってくれるといいのだがな。いつまで経っても敵艦隊を撃ちに行けん」
MS隊が戦闘機部隊に足止めされているというのは、ジオン軍としてはあまりいい状況ではない。
敵艦はコロニー破壊のために核ミサイルを搭載していることが判明しており、その射程範囲に「アイランド・イフッシュ」を入れてしまえば破壊されてしまう恐れがあるのだ。
故に、この戦闘機部隊を突破して後方の艦隊を衝きに行きたいところだが、敵部隊も練度が高く、易々とそれを許してはくれない。
「このままでは弾薬も尽きる。各機、一時後退する」
「後退!?この状況でですか!?」
信じられない、と言いたそうな部下。
「手は考えてある。第二教導大隊各機は殿を務めろ」
教導大隊以外のMSがぽつぽつと戦場から離脱していく。
その結果、大隊のザク一機が三機四機の敵機を相手にしなくてはならない状況になっていた。
無論、その全てを相手にしきることができるはずもなく、味方艦隊に向かって突破される部分も出てくる。
敵戦闘機隊は艦隊に接近していく。
「第二、第三中隊は転進。突破した敵の背後を衝き、味方艦の対空砲火及び、先に後退した部隊との間で挟み撃ちにしろ」
この状況で、あえて更に大隊を分割する。
教導大隊の練度が無くては明らかに成り立たない戦術だった。
一機のザクで六機の敵機を相手にできる部隊は、ジオン軍の中でも片手の指で数えられる程度しかいないだろう。
その中に第二教導連隊が入っていたことが、敵の運の尽きだった。
ムサイの機関砲とザク・マシンガンによって挟み撃ちにされた連邦軍戦闘機部隊は、瞬く間にその数を減らしていく。
教導連隊の戦場においても戦闘は膠着状態となっており、先に後退した部隊が戻ってくれば自然とジオンが勝利するのは明らかだった。
連邦軍にとっては更に悪いことに、後退した部隊が帰ってくるより早く、大隊規模のザク部隊が戦場に現れる。
「増援か。どこの部隊だ?」
「護衛部隊、第十一大隊であります。大佐」
近くにいたザクが、近距離通信に応じる。
「そうか。貴官は?」
「シン・マツナガ中尉であります」
「わかった。では中尉、ここは十一大隊に任せる旨、大隊長に伝えてくれ」
「了解しました」
通信の終了後、彼のザクは敵と戦闘しながら隊長機へと近づく。
「あの腕、かなりのものだな」
ひょっとすると、教導連隊のメンバーにも劣らないかもしれない。
「シン・マツナガか。ここからの戦いで異名持ちになるかもしれんな」
第二教導連隊は後方部隊との合流を果たすと数を減じた敵部隊をあっさりと突破し、敵の戦艦部隊に襲い掛かった。
「敵は核弾頭を撃ってくる。当たったら終わりだぞ!」
部隊に一応の注意を喚起するが、流れ弾でもなければ戦艦の武装でMSを捉えることができないのは、ここまでの戦闘で明らかになっていた。
すぐさま、サラミスとマゼランを叩き沈めていく。
グスタフは『敵先頭集団、撃破成功』という通信を後方の部隊に伝え、補給のために一時後退を命じた。