u.c 0079 1月3日
ムサイ級巡洋艦「ロート・シュヴァルト」艦内
「諸君、あと10分でミノフスキー粒子の散布開始予定時刻だ。これが最後の通信となる。心して聞いてほしい」
グスタフは、乗機のコクピットでモニターに向かって話し始める。
「ロート・シュヴァルト」は、グスタフが連隊長を務める第二MS教導連隊の旗艦である。
現在この艦はダニガン中将率いるB主力機動艦隊に加わり、サイド2「ハッテ」宙域へ向け進軍している。
ハッテに駐留する連邦艦隊を撃破し、サイド2を制圧するためだ。
また、ドズルのA基幹艦隊はサイド1、4の制圧に、キシリアの突撃機動軍は月面都市への進駐に向かっている。
宣戦布告とほぼ同時に、これらの分艦隊は作戦行動に移る手筈だ。
「我々はMSパイロットとして、これまで血の滲む訓練に耐えてきた。それは何の為だ?」
MS教導連隊は、ジオン公国軍MS部隊の範となる部隊としてパイロット適性の特に高いものが集められ、戦術典範の制定や訓練の仮想敵としての役割を果たしてきた。
「それは今日!今!この時のためだ!」
また、戦場においてはその技量を持って全MS部隊の先頭に立ち、全軍の槍となることを定められたジオン軍最精鋭部隊の一つであり、その隊長であるグスタフには最前線のMS部隊への限定的な指揮権さえ認められている。
「俺が君たちに要求するのは、高邁な理想や人の革新などではない。英雄となれ!敵は時代遅れの軍。シップエースの称号も思いのままだ!奮闘を期待する。以上。ジーク・ジオン!」
グスタフは通信を切る。
モニターの向こうでは、各機のコクピット内で返声が轟いているだろう。
「素晴らしい檄ですな」
専用回線で部下の一人が話しかけてきた。
「シップエースも思いのまま、とはまた大風呂敷を広げなさる」
敵艦を五隻落としたパイロットは、シップエースとして称えられる。
当然だが、並のパイロットに得ることのできる栄光ではない。
「だが、それぐらいやってもらわねば勝てないのだ。仕方があるまい」
「それは確かに」
部下はニヤリと笑う。
このドレッドヘアの黒人は、アルベルト・バルボーサ中佐。グスタフの副官的存在だ。
「これだけの戦力差で本当に戦争を始めるとは。総帥も思いきったものです」
肩をすくめるアルベルト。
「こいつの性能を見ればその気になるのもわかりますがね。MS-05『ザク』、MS-06『ザクⅡ』。凄まじいものです。にしても、連邦を降伏させるというのは誇大妄想の気もしますが」
「その辺にしておけ。どこにキシリア機関の目があるかわからんぞ」
「はいはい、了解です。死ぬなら戦場か、美人の腕の中でと決めていますのでね。取っ捕まるのはごめんです」
「汚れ役」と名高いキシリア機関にザビ家への批判と取られれば、待っているのは反逆者としての逮捕と尋問である。
それは承知であるだろうに、なおも軽口を叩くアルベルト。
わざわざ出撃前にこんな態度をとるのは、MSを駆っての初の実戦に彼なりの緊張を抱えているからだろうか。
「ミノフスキー粒子散布開始。MS部隊各機、出撃体勢に入ってください」
「我々の出番ですね。お先に行かせてもらいますよ」
アルベルトは口笛を鳴らすと、グスタフに敬礼をし、通信を切る。
静寂に包まれたコクピットの中で、普段は気にも留めないノーマルスーツとヘルメットの窮屈さを感じる。
出撃前に一度バイザーを下ろして深呼吸をしようかと思ったところで、まだバイザーを閉じていないことに気付き、緊張しているのは自分の方だと苦笑した。
「アルベルト・バルボーサ、ザクⅡ。出るぞ!」
アルベルトのザクが、艦後方の射出口から出撃する。
「大佐。出撃準備完了です」
緊張をほぐす暇はないことを教えるオペレーターの声。
その声にわかったと応じ、一つ深呼吸をしたあとバイザーを下ろしてグスタフは叫ぶ。
「グスタフ・タンネンベルク、ザクⅡ!出撃する!」
宇宙空間に、グスタフの機体が躍り出る。
身体は訓練で染み込ませた通りに動き、機体の姿勢制御と進行方向の反転を行ってくれた。
出撃した第二教導連隊は、艦隊の前面に展開する。
「連隊各機、部隊を崩すなよ」
グスタフは指示を出す。
彼のザクには通信機能の強化が施されているが、ミノフスキー粒子散布下において他の機体にどれだけ通じているかはわからない。
それでも、連隊を構成する四個中隊三十二機は一片の淀みなく動く。
「よし。行くぞ」
大隊はスピードを上げ、他のMS部隊に先行して敵艦隊に接近する。
背後からの光。
ムサイ艦隊の主砲斉射だが、打撃を狙ったものではない。
「宣戦布告セリ。MS部隊、攻撃開始」の合図、開戦を告げる号砲である。
突然の砲撃に、連邦艦隊は狼狽しているようだった。
艦載機の発進も行えていない。
ミノフスキー粒子によってレーダーが無効化され、近づくMS部隊には気付いていないのだろう。
対空砲火ではなく、メガ粒子砲による艦隊への応射を行ってきた。
「連隊各機、注意しろよ」
「あれに当たるようなやつは、うちにはおりませんて」
僚機を務めるアルベルトのその言葉通り、グスタフの部下たちは隊列を維持しながら最小限の動きで砲撃を回避している。
「旗艦を叩いて終わらせる。各中隊、遅れるな!」
敵艦隊の中心に見える、連邦軍の主力艦マゼラン級が集まっているエリアに突っ込む。
鋼鉄の巨人の接近をやっと察知したのか、敵艦は対空砲火を開始する。
マゼラン級二十門、巡洋艦サラミス級六門の機銃が教導連隊の接近を阻もうとするが、ザクⅡの機動性能はそれを凌駕していた。
「一番槍、いただきぃ!」
最初に敵艦へ攻撃を行ったのは、ジル・バルビエ中尉率いる第三中隊だった。
隊の半分が対空砲を引き付け、残り半分は後方や艦底部に回り込んでザク・バズーカを撃ち込む。
核弾頭搭載のバズーカ弾を弱点に受け、攻撃を受けたサラミス級はあっけなく沈んでしまう。
「ハッ、勲章一丁貰い、ってか!次!」
第三中隊は次の獲物を狙いを定め、狩りを再開した。
危険とされている高速機動中のバズーカ装填を苦もなく行うところに、高い技量が現れている。
それを見た他の部隊も、栄光を掴むべく続く。
敵艦隊の中心、旗艦に真っ先にたどり着いたのはグスタフ直率の第一中隊だった。
「悪いが……いただく!」
中隊を四つの分隊に分け、敵を撹乱しつつ艦橋部の前に出る。
モニターに映し出された愕然とする敵艦クルーの顔を見ながら、グスタフはマシンガンのトリガーを引き、上下に斉射した。
「旗艦は沈めた!後は掃討戦だぞ!」
火球を背に、グスタフは叫んだ。
後続のMS部隊も到着し、戦場はもはや名誉欲に燃えるジオン兵の手柄争いの舞台となっていた。
「タンネンベルク大佐」
「何だ?」
一機のザクのパイロットが、近距離通信で話しかけてくる。
「キリング中将がお呼びです。また、『教導大隊は帰投せよ、功を他部隊に譲ってやれ』とのことです」
「わかった。君も功を立ててくれ」
ザクが去ると、グスタフはチャンネルを操作し中隊に撤退を伝えた。
「さて。緒戦は勝ったが、ここからどうなるかな」
グスタフは通信を切ったのち、誰も聞くことのない呟きをバイザーの中でぽつりと漏らすと、機体を反転させ味方艦隊の方向にスラスターを噴かす。
もはや、ノーマルスーツにもヘルメットにも窮屈さは感じなくなっていた。
「巨大な戦果をありがとう、大佐」
中将の私室に入ったグスタフは、握手を求められる。
「新兵器の投入により敵の不意を突き、上手くやれただけです」
グスタフは中将の手を握りつつ、そう当たり障りのない答えを返す。
「ハッテの守備隊など、練度も装備も形だけのものでした。艦もほとんどが老朽艦です」
「わかっている。だが、敵戦力から25隻を脱落させたのは大きい。ドズル閣下の艦隊も勝利を収めたそうだ。合わせて75隻。我が軍の初陣としては過大な戦果だ」
「次はいよいよ、コロニーの奪取と軌道への運搬ですか」
「ああ、コロニー内部の制圧は突撃機動軍の海兵隊が行うことになっている」
「海兵隊、ですか……」
海兵隊はジオン本国であるサイド3以外出身者で主に構成されている、「荒くれ部隊」である。
「不満はわかるが、我が軍は基本的に対人戦闘を想定していない。なに、奴らもスペースノイドだ。そう手荒なことはせんだろう」
「では、私の隊は。作業に加わりますか?」
核パルスエンジンの取り付け、外部構造の強化、大気圏での減速作業と、実際にコロニーを地球に落下させるには、多大な作業行程が必要になる。
ジオン軍はそれを、MSのマニピュレーターによって行おうとしていた。
「いや。教導連隊の無駄遣いはできん。君の部隊に加えて、ある程度の戦力を分ける。コロニーに先行し、露払いを頼みたい」
「はっ」
「次の敵は恐らくティアンムかレビルだ。先程の敵とは違うだろう。教導大隊の活躍に期待している」
「お任せを」
第四艦隊司令官、マクファム・ティアンム中将。
第二艦隊司令官、イブラハム・レビル中将。
いずれも、連邦軍において名将の名を欲しいままにする優秀な指揮官であり、その艦隊は最新鋭の装備で統一されているという。
腕が鳴る。
だというのに、先程の戦いで自分達の力量に自信を深めたグスタフはそんなことを思っていた。
「では、指示があるまでは休息を取ってくれ。あまり長い時間はやれないと思うが」