第二次降下作戦目標……北米ニューヨークシティ・キャリフォルニア・ベース
第三次降下作戦目標……旧中国及び東南アジア地帯
重力の井戸の底へと、鷲たちは今、舞い降りる。
u .c 0079 3月3日
飛行機雲を上げながら、何機かの航空機がコロニーの狭い空を編隊を組み進む。
丸っぽい巨大な胴体に双翼がくっついた、どこか滑稽な形状の航空機だ。
航空機がスピードを緩めると胴体部分に存在するハッチが開き、中からザクが空中へ飛び出した。
パラシュートを巧みに操り地表に着地したザクは二機単位で分隊を組み、互いにサポートを行いつつ足元の標的へとマシンガンを放つ。
降下したザクのうち、バズーカを装備する一機が信号弾を打ち上げた。
「閣下。バルビエ大尉の空挺部隊は目標地点への降下及び橋頭堡の確保に成功しました」
「マイヤー大佐、バルボーサ中佐に指示を」
部隊の後方に設置した司令部でコンソールを見ながらグスタフは指示を与える。
戦車部隊が一斉砲撃を行い、その砲煙の晴れぬうちにMS部隊が前進を始めた。
設置された自動砲台の撃つペイント弾を腕のシールドと運動性を駆使して回避すると上から攻撃を加え、次々と沈黙させていく。
「こちらMS部隊、敵軍への浸透を開始します」
「戦車部隊、援護砲撃の準備完了しました。座標の指示をお願いします」
司令部へと入ってくる度に、コンソールに置かれた敵味方の配置を表す模式図を動かしていく。
MS隊には抵抗が激しい場所を迂回させ、なるべく敵が戦力を配置しづらい場所を進ませ、戦車部隊にはMSの突破を助けるように砲撃目標を指定する。
やがて仮想敵の中心部、連邦軍の陸戦艇『ビッグトレー』を模した一際巨大なターゲットを取り囲むようにザク部隊が接近すると、動き回りつつ射撃を開始。
そして指揮官機が肉薄してヒート・ホークで五回ほど切りつけると、ターゲットは電子音と共に煙を上げ、撃破判定が下された。
「敵司令部、沈黙。我が軍の勝利です」
「よし。演習の終了を師団に伝えろ」
「了解しました」
公国内へと侵入した特殊部隊によって救出されたレビル将軍は連邦の宇宙基地ルナツーへ逃げ込むと、間髪入れずに使用可能な全周波数を通して地球圏に対して演説を行った。
「私はこの目で、ジオンの内情をつぶさに見てきた。我々以上にジオンも疲弊している。ジオンに残された兵力は少ない!連邦市民諸君、抵抗せよ!この大地に拠って戦うのだ!」
後世に「『ジオンに兵なし』の演説」と言われるこの演説は、まさしく歴史を動かした。
南極において締結寸前だったジオン有利の休戦条約を、継戦を決意した連邦の外交団は一蹴。
結局この会談は、コロニー落としや核兵器の利用を禁止する戦時条約を結んだだけに終わった。
開戦前の目論見は音を立てて崩れ去り、備蓄の稀少資源も底を尽きかけていたジオンに残されていたのは地球の資源を奪って自らのものとすることだけだった。
かくしてジオン公国はガルマ・ザビをその司令官とする新たな軍「地球方面軍」を設立、3月には地球侵攻作戦「鷲は舞い降りた」を発動。
黒海沿岸と北米大陸に対して大規模な降下作戦を決行し、未だルウムの損害から立ち直れていない連邦軍に対し、地球方面軍は各地で勝利を重ねていた。
「演習の映像、見せてもらった。素晴らしいものだったぞ」
モニターの向こうのドズルは、喜色満面の様子だ。
「いえ、所詮は西暦時代の電撃戦を焼き直したに過ぎません。地球でどれだけ通用するかは未だ未知数です」
「弱気なことを言うな。それと頼まれていた件だが、上手くいったぞ」
「本当ですか!?」
「ああ。今すぐにとはいかんが、第三次降下作戦の実行当日までには部隊とともにそちらに合流できるはずだ。重力下訓練を行う時間がなかったのは心残りだが、奴ならば心配はあるまい」
「ええ。地球は大尉の庭のようなものですから」
「他にも足りぬものがあれば言え。最大限の援助をしてやる」
「新型の陸戦兵器をあれだけ回して頂いたのです。これ以上無理は申せませんよ」
攻撃空母『ガウ』、戦車『マゼラ・アタック』。
グスタフの率いる第四機動師団には、ドズルの口添えによってこれらの新型陸戦兵器が潤沢に配置されていた。
「なに、第三次降下作戦で地球に降りるのは俺の兵がほとんどだ。出来る限りのことはしてやらねばな」
「お心遣い、感謝いたします」
ドズルが頷くと、通信が切られる。
「第三次降下作戦、か」
モニターが消えたのを見届け、グスタフは独り呟く。
『ジオンに兵なし』演説の後、グスタフは正式に少将に昇進すると同時に、第四機動師団の師団長へ任命された。
第四機動師団はマレーシアへの降下を行った後東アジア第一の都市北京へ北進、これを攻略することが主任務だ。
アジアの高温多湿に、管理されたコロニーで育った兵がどれだけ適応できるかはまだわからない。
先に降下作戦を行った部隊からの報告では、兵は地球の重力や気候に不快感を覚えつつも未だ戦闘に支障は生じていないとのことたが、万が一戦争が長期化すれば疫病の恐れもある。
グスタフが考えていた前途の懸念を、訪問を告げる声が中断させる。
「失礼します、少将」
思い詰めた顔の、彼の副官だった。
「少将。お願いがございます」
「なんだ?」
「私を、前線の部隊へと転属させては頂けないでしょうか」
躊躇いがちに発したその言葉は、よほど考えて出した結論だったのだろう。
表情は強ばっていたが、グスタフの目を真っ直ぐに見つめてきていた。
「レビル将軍を逃がし、戦争を終わらせることが出来なかった責任の一端は私にもあります。私はその科を償わなくてはなりません。どうか、機会をお与えください」
「君がそのことで思い詰めていたのはわかっていた。だが、あれは公王陛下のご指示だ。君が気にする必要はない」
慰めではなく、グスタフは本心からそう思う。
フリーダがデギン公王の計画を知っていてその一端を担っていたとしても、フリーダが実際に果たした役割などとるに足らなかったはずだ。
「しかし、私は自分を許せません」
しかしグスタフの言葉にも、フリーダは納得しない。
彼女の性格がそうさせるのだろうか。
「ならば、俺が許そう」
フリーダはハッと目を見開く。
「軍隊では、兵の行動は上官の責任だ。君がどこからどのように指示を受けていたのかは知らん。が、君は俺の部下だ。俺には、君の行動に責任を持つ義務がある」
そう言い切ってやる。
「もう一度言う。君が気にする必要はない。公王陛下のミスを防げなかったことを責めるのならば、今度は私がミスを犯さないように近くで見張っていてほしい」
「私を、必要としてくださるのですか」
口を引き結んで表情を変えまいとしているが、泣き出しそうになっているのは隠しきれていない。
「君が必要だ。君がいなくては困るんだ。わかったか?フリーデリーケ・レーシュ中尉」
「はっ。ありがとう……ございます」
そのままの顔で敬礼する。
ずっと思い悩んでいたのか、目には隈ができ、どこか疲れた顔だった。
「幸い、明日からは休暇だ。好きなように過ごして、ゆっくり休んでくれ」
「ええ。そうしてみます。では少将、明日はお暇ですか?」
やっと見せた柔らかな笑顔で尋ねられ、グスタフの心臓は一つ早鐘を打った。
「君には睡眠が必要だろう。……遅めのランチになるが、いいかな?」
それが精一杯に気取った言葉だった。