u.c0079 1月30日
サイド3 ズム・シティ
「それで、何か進展はあって?」
「全く。レビル将軍とは何度か話しましたが、それくらいです」
ハモンのバーで、グスタフは酒を飲んでいる。
キシリアに移送情報を与えられ、何度かレビル将軍の元へ足を運んだものの、世間話や戦術論に終始するばかりだった。
「実は私の方でも少し調べてみたのだけれど、ダメね。あるラインからピタリと情報が入ってこなくなってしまう。ひょっとすると、そもそもが偽情報だったのかも」
「まあ、連邦きっての指揮官と話せたのです。それでよしとしますよ。南極条約も無事締結されそうですしね」
サイド6を通じてジオンから行われた休戦条約の申し入れを、連邦はほとんど諦めを持って受け入れようとしていた。
宇宙軍の再建もままならない地球連邦は、ソロモンにドズル率いる大部隊が終結中との連絡に、申し入れを受ける決意をほぼ固めているとのことだ。
ジオンの独立自治と地球連邦の軍備縮小を要求するこの休戦条約は、明日31日に南極観測基地の特設会場で調印式が行われることになっている。
あらゆる問題は山積しているが、とりあえずしばらくの間は平和が訪れるだろう。
ジオン国民は期待と、連邦国民は落胆と共に31日を待っていた。
「大尉、どうなさったのです」
グスタフに「生還祝い」と言って酒をくれた男が、店の奥からぬっと姿を表す。
「裏口から逃げろ」
男は店の入り口と反対の方向を指差す。
「何を仰っているのです。ここは戦場ではありませんよ」
つかつかと近寄ってきた男に、突然顔を殴り飛ばされた。
「酔いは覚めたか!?早く行け!」
店の戸を蹴破る音が聞こえたのは、男がそう叫ぶのとほぼ同時だった。
訳もわからないまま、グスタフは男の指差す方へ走り出す。
どかどかと店に集団が押し入ってくる音を背に受けつつ、グスタフは裏口から薄暗い路地へと飛び出した。
「なんだ!?なんなんだ一体!?」
路地に飛び出したはいいものの、どこへ行けばよいのかも定かではない。
まずはメイン・ストリートに出ようと必死で走るのだが、
「いたぞ!こっちだ!」
ストリートに通じる道には待ち伏せのように追っ手が配置されている。
「くそっ!?なぜこんな目に!」
背後からの銃声に、走りながら首をすくめる。
追っ手は銃火器で武装までしているらしい。
必死に逃げようとするのだが、裏通りの道は暗い上に入り組んでいる。
やがて、行き止まりへと追い込まれてしまった。
道を塞ぐように、追っ手の指揮官らしき男が銃を構えて近付いてくる。
「もう逃げられませんよ。観念してください」
やむを得ず、グスタフは両手を頭の後ろで組んで降参の意を示す。
「なぜ俺を追う?」
「あなたが国家反逆罪に問われる予定だからですよ、准将。早すぎる出世は、やはりろくなことになりませんね」
ライトの光を向けながら勝手なことを言ってくる男の顔は、逆光でよく見えない。
相変わらず何がなんだか分からないままだが、自分の身が進退窮まったことだけは理解できた。
「いつからこの国は予定で犯罪者を捕まえるようになったんだ?」
「国など、そういうものでしょう。ああ、手はそのままでお願いしますよ。不審な動きがあれば即撃ちます」
不審な動きと言われても、拳銃さえ持っていないグスタフに出来ることはない。
唯一出来ることは、近寄ってくる男を憎々しげに見つめることだけだった。
が、その時。
「准将!伏せて!」
男の足元に何かが転がる。
男の意識が下に向いた瞬間、グスタフは反射的に身を伏せた。
刹那、響く爆音と煌めく閃光。
スタン・グレネードだ。
爆発に備えて耳を塞ぐことまでは思い至らず、起き上がったグスタフはひどい耳鳴りに襲われる。
音は聞こえない。
たが、混乱状態にある追っ手をなぎ倒して、誰かが迫ってくるのはわかった。
動くたびにたなびく、長い銀髪は僅かな街灯の光を反射しているように美しい。
「フリーダ!」
思わず、銀髪の持ち主の名を叫んでしまう。
グスタフの元へたどり着いたフリーダは、彼の手を握って走り出す。
「なぜ君が助けにくる!?何が起きているんだ!?」
手を引っ張られてつんのめるように走りつつ、グスタフはそう叫んだ。
「ーーーー!」
フリーダは何かを叫び返すのだが、先程の爆音で耳が聞こえない。
「耳が!聞こえないんだ!」
そう言うや否や、通りに置かれていたゴミ箱の影に向かって突き飛ばされた。
フリーダもすぐに同じ場所へと身を滑り込ませるとまた手榴弾を取りだして背後へと投げ、覆い被さるようにしてグスタフを庇う。
閃光と爆音の後、彼女はグスタフの手を掴んで立たせると再び路地を走り出した。
しばらく走り続け、二人は追っ手を振り切り、なんとか大通りに出る。
フリーダは辺りを見回すと、路上に駐車してある車の一台に詰め寄った。
そして運転席の窓をノックし、銃を突き付けて座っていた男を車から出して自らが乗り込むと、グスタフに向かって手招きする。
「ですから、護衛も無しにあのような場所をうろつくのは止めるよう申し上げたのに!」
やっと聴力が回復して、最初に聞かされた言葉は小言だった。
「なんなんだ一体!俺は誰に追いかけられているんだ!?」
当然、グスタフは落ち着いて小言を聞けるような心境にはない。
運転席のフリーダを問い詰める。
「奴らはキシリア機関です!」
銀髪の秘書官は視線を前に向けたまま答える。
「キシリア機関!?」
「ええ。詳しい説明はこれから行く場所で致します!」
猛スピードで走る車のハンドルを急に切り、ほぼ直角にカーブを曲がる。
「これから行く場所って、どこだ!」
「公王庁、デギン公王のおわす場所です!」