ハリー・ポッターと虹の女神   作:セバスチャン

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2/9 スネイプ先生はミスとかミスターとか付けない事に、今本を読んでて気づきました。修正しました・・・。


File8.スネイプの補習授業

 あれから涙も枯れ果てて大分落ち着いた頃、イリスはハリーとロンに引っ張られるようにして大広間へと連行され、夕食を取っていた。イリスの失態は、授業で同席していた生徒たちから話のネタとして瞬く間に広がり、今ではレイブンクローやハッフルパフのテーブルでも、お喋りの合間にイリスを盗み見ては「あの子よ」等と囁く声が聞こえたりしていた。

 

「気にするな。すぐみんな忘れるさ」

 

 ハリーがイリスを気遣ってくれたが、イリスの心はどん底に落ちたまま、一センチたりとも浮上する事が出来なかった。何しろどん底に落ちる要素が多すぎたのだ。まず魔法薬学の授業で『ホグワーツの歴史に残るほどの大失態』(赤毛の双子が嬉しそうにそう教えてくれた。ロンは嘘っぱちだと言ってくれたが)をやらかしてしまったし、そのおかげで補習をやる羽目になった。何よりも、日頃『喧嘩はやめよう』と口うるさく言っている自分が、ハーマイオニーと喧嘩してしまった(・・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。おまけに今では、泣き虫の落ちこぼれとして周りの笑い者にもなっている。ハリーの気持ちはわかるが、気にしない方が難しいと言えた。

 

 ――あと数十分で七時になる。イリスは手元に置いた懐中時計の文字盤を、泣き腫らした目で見ていた。さっきからずっと「動くな!」と念じているにも関わらず、秒針は容赦なく時を刻んでいく。不意にテーブルの向かい側から手が伸びてきて懐中時計を取り上げ、パチンと蓋を閉めた――ロンだ。

 

「気持ちはわかるけど、何か食べた方がいいよ。もたないぜ」

「デザートでもいいからさ。ほら、プディングはどう?」

 

 ハリーに勧められたプディングを無理やり口に押し込むが、何も味を感じられずイリスは愕然とした。まるで泥を流し込んでいるみたいだ。イリスは本日何度目になるか分からないため息をまた零してしまった。

 

「あと三十分で七時だぞ。準備をしなくていいのか?『泣き虫』イリス」

 

 にやにやと意地悪い笑みを浮かべながら、ドラコがイリスのそばへやってきた。スリザリンのテーブルの同級生たちは、その様子を見て可笑しそうに笑っている。

 

「上級生に聞いたよ。スネイプ先生の補習授業なんて、余程の事がなけりゃ聞いた事すらないってさ。良かったなイリス、大好きなグリフィンドールの株を上げたじゃないか。君の先輩方もさぞかし鼻が高いだろう。

 ・・・あの時、君がスリザリンを選びさえすれば、こんなことにはならなかったんだ。僕が守ってあげられたし、補習なんか受けなくてすむように勉強も教えられた」

「やめろマルフォイ!」

 

 ハリーとロンが勢いよく立ち上がり、テーブル越しにドラコを睨みつける。ドラコはそれを見てせせら笑った。

 

「じゃあお前たちが、スネイプ先生に補習を取りやめるよう、お願いしてみたらどうだい?僕ならできる。・・・フン、スリザリン生でもない君のために、する気はさらさらないがね。

 まあ今更、何をしたって遅い。一度決まった寮は変えられないからな。せいぜい頑張るといいさ。今夜のうちにグリフィンドールの点数を空にしてしまわないよう、気を付けるんだな」

 

 ドラコはポンポンと軽くイリスの頭を叩くと、満足気な様子でスリザリンのテーブルへ戻って行った。ハリーとロンは、ドラコのされるがままになっているイリスを心配そうに見下ろす。いつもの『喧嘩はやめて』を言う気力すらないようだ。プディングは一口分しか減っておらず、スプーンを持ったままイリスは暗い表情で黙り込んでいた。

 

 

 七時前、イリスはスネイプ先生の研究室に向かっていた。研究室は地下にあり、石製の階段が薄暗い地下へと続いている。地獄への入り口みたいだ、とイリスは思った。生唾を飲み込んで、恐る恐る足を踏み出す。一段一段、足元を確認しながら降りる毎に、不安と恐怖で心臓がキリキリ絞られているような痛みを感じた。階段の先には重厚な造りの扉があり、ノックすると「入れ」と言われたので、ノブを掴んで開き、中に入る。

 

「し、失礼します・・・」

 

 そこは、陰気な雰囲気が漂う石造りの部屋だった。四方の壁には頑丈そうな木製の棚が作り付けられており、無数の薬瓶が一糸乱れず整頓されている。部屋の中央には大きな作業机が一つあり、その傍にスネイプ先生が立っていた。

 

 スネイプはまず、イリスに補習授業の内容を伝えた。

 

「今宵は『かんしゃく止めの薬』を、君が教科書を見ずに出来るまで何度でも行う。出来るまでは寮に帰れんと思え。その上で時間の余裕があれば・・・まあ、あるとすればの話だが・・・次の授業で扱う薬の予習を行う。また失敗をしでかして教室を破壊されては堪らんからな。

 安心したまえ。この補習授業で君が何度失敗しても、減点はしない。もしその度に減点してしまったら、グリフィンドールの点数が今晩のうちに君一人のせいで無くなってしまうだろうからな」

 

 先生はドラコと同じ事を言うと、にやりと笑って見せた。安心しろと言われても、イリスは全く安心できなかった。確かに減点されないという点は寮に迷惑を掛けないから安心できるが、日頃教科書を穴の空くほど見つめていても間違う自分が、そらで出来るまで補習を続けるなんて。解放されるのは、一体いつ頃になるんだ?イリスには想像が付かなかった。

 

 スネイプが杖を振るうと、作業机の上に鍋や道具、材料が現れた。その中にキイロキノコを見つけ、イリスの胸がぎゅっと軋む。ハーマイオニーの事を思い出してしまったからだ。あの時、自分が彼女の言う通りすりつぶして入れてさえいれば、こんな事態にはならなかったんだ。イリスは自分を責めた。

 

 

 そして補習授業が始まった。まずは教科書を見ながら作れと言われ、見落としがないよう細心の注意を払いながら、イリスは作業を始める。背後からスネイプが覗き込み、イリスが何か物を動かしたり材料を刻んだりする度に、馬鹿にしたように鼻を鳴らしたり、ため息をついたりするので、イリスは生きた心地がしなかった。その内、早鐘のように刻む心臓の音が先生に聞こえるんじゃないかとひやひやして、恐怖の余り手も小刻みに震え始めた。

 

 そんな満身創痍の状態でも作業は何とか進んでいった。イリスがキイロキノコを教科書通りにすりつぶそうと乳鉢に入れた時、スネイプが「待て」と言った。

 

「キイロキノコをすりつぶすな。千切りにして(・・・・・・)入れなさい」

 

 ・・・え?イリスはスネイプと教科書を交互に見た。自分の聞き間違いかと思って慌てて教科書を確認したが、教科書には『すりつぶせ』と明記してある。もしかして、先生が他の薬と間違えているのか?先生は教科書を見ながら作れと言ったし、また手順を間違って、かんしゃく玉の悲劇を起こしてはならないと思い、イリスは恐る恐る手を上げた。

 

「すみません、先生。キイロキノコはすりつぶして(・・・・・・)入れろと教科書に書いてあります」

 

 イリスの言葉にスネイプは明らかに気分を害したようだった。土気色の顔が怒りに歪み、暗い色をした瞳がイリスを腹立たしげに睨みつける。

 

「私は千切りにして(・・・・・・)入れろと言ったのだ、ゴーント。同じ事を二度も言わせるな。吾輩は教師の忠告も聞かず、馬鹿の一つ覚えの様に教科書通りに作れとまで指示したか?教科書の内容は概ね正しいが、間違いや訂正するべき箇所はある。碌に教科書すら読めん貴様が下らん口答えをするな、グリフィンドール3点減点」

「すっ、すみません!」

 

 しまった、やってしまった!イリスはキイロキノコをすぐさま千切りにして鍋に入れた。鍋の中身を教科書通りの手順で掻き雑ぜる時、また注意されるのではないかとびくびくしていたが、スネイプはその後薬が完成するまで、ため息以外は何も言わなかった。

 

 やがて鍋に完成の証である黄色い湯気が上がり、イリスは火を止め、フラスコに中身を移した。部屋の明かりに透かして見ると、フラスコの中にたんぽぽ色のドロドロした液体が詰まっている。教科書に書いてあった正しい完成品の色だ、良かった。イリスは今までのようにハーマイオニー監修の下ではなく、初めて自分自身の手だけで薬を作れた事が単純に嬉しいと感じた。これが補習授業ではなく通常の授業でも作れたら、もっと嬉しかったが。

 

 「できました」と言ってスネイプに手渡すと、彼はチラッと目を細めて中身を確認した後、回収するのではなく・・・何故か、再びフラスコをイリスに差し出した。

 

「飲め」

「え?」

 

 イリスは思いもよらない言葉がスネイプの口から飛び出してきて、思わず固まった。そんな間抜けな様子を見て冷たくせせら笑いながら、スネイプは言葉を続けた。

 

「君が成功作だと言ったのだ。心配するな、『かんしゃく止めの薬』は毒ではない・・・成功していればな。飲んでみるといい」

 

 イリスは自分の作った薬入りのフラスコをこわごわ見た。先程まで可愛らしいたんぽぽ色だと思っていたが、急に恐ろしげなものに見えてきた。でも、もたもたしてたらまた難癖を付けられて減点されるかもしれない。たとえ失敗作でも、たぶん死にそうになったらさすがに先生が助けてくれるはずだ、きっと。イリスは自分を無茶苦茶な理論で勇気づけ、最終的にもうどうにでもなれ!とやけっぱちになって一息に飲んだ。

 

 薬はとても苦く不味かったが(百味ビーンズの泥味と良い勝負だった)、程なくして、不思議な事が起きた。魔法薬学の授業以降、イリスの散々に荒れ果てていた気持ちが、すうっと落ち着いたように感じられたのだ。その様子を確認したスネイプが、静かにイリスに言った。

 

「今君が作った『かんしゃく止めの薬』の効能は、『一時的に抑えきれない感情の鎮静化』だ。君のその阿呆面を見るに、ある程度の効果はあったようだな。

 

 杖を振るう類の魔法は、その者の資質や感情に左右される。だが魔法薬の場合、その心配は無用だ。君のような杖の振り方すら覚束ないウスノロでも、魔法薬は手順さえ正しく踏んで作れば、その薬の冠した名称通りの素晴らしい効果を発揮する。君が望みさえすれば、やがて訪れる死にさえ蓋をする事が出来るだろう。・・・実に興味深いとは思わんかね?」

 

 イリスは、頭の中に一陣の風が吹き抜けるのを感じた。スネイプを仰ぎ見ると、奥底に深い知性を宿した目でイリスを見ていた。それは今まで勉強に追い込まれるばかりで、目を向けてこなかった彼女が、スネイプの言葉に心を揺り動かされ、初めて勉強に興味を持った瞬間だった。

 

 イリスはその後、『かんしゃく止めの薬』の作り方が夢に出てうなされる位、何度も頭に叩き込まれるまでやり直した。それに時間が掛かりすぎて予習は無しになったが、やっと解放されるという顔をしたイリスに、スネイプは嫌味ったらしい笑顔を向けて罰則を命じた。内容は、上級生の授業のための材料の下準備だ。バケツ一杯分のうねうね動く生きたミミズを素手で掴み、まな板の上でみじん切りにしてボールに入れる。臭いし気持ち悪いし、イリスは吐きそうだったが、一方でこれはどんな薬に使われる材料なんだろう、と好奇心を持った(だが余計な事を聞いてまた減点されては堪らないので、黙々と作業を続けた)。

 

「先生、ありがとうございました」

 

 無事罰則も終わり、イリスが一礼をしてから足早に研究室を去ろうと扉を開けると、追いかけてきたスネイプに開きかけた扉を大きな音を立てて閉められた。びっくりして見上げると、イリスの教科書を持ったスネイプが、怒りの形相で彼女を見下ろしていた。

 

「教科書を忘れるな、馬鹿者!グリフィンドール1点減点だ!」

 

 

 イリスが寮に戻れたのは、九時を大幅に過ぎた頃だった。何とか今日中に帰る事が出来たし減点も4点しかされなかった事にほっとしながら、誰もいない談話室を通り過ぎて部屋に戻ると、丁度お喋りをしていたルームメイトのラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルがイリスを気遣ってくれた。ハーマイオニーはチラリとイリスを見るなり、目を逸らした。

 

「大丈夫だった?私たち、心配して待ってたのよ」

「いじめられたりしなかった?罰則は何だったの?」

「ありがとう。心配かけちゃってごめんね。罰則はミミズを刻む事だったよ・・・バケツ一杯の。おかげでずいぶん肩が凝っちゃった」

 

 イリスの言葉を聞いた途端、二人は目を回し、「女の子にバケツ一杯のミミズを刻ませるだなんて、最低だわ!」等と、興奮した様子で口々にスネイプの悪口を言い始めた。イリスは、ベッドに腰掛け図書館から借りて来たのだろう分厚い本を読んでいるハーマイオニーにおずおずと近づく。今日の事を謝りたかったのだ。

 

「ハーミー、今日はごめんなさい。ひどいこと言っちゃって」

「・・・貴方、私の話を聞いてなかったの?ハーミーって呼ばないでって言ったじゃない。もう話しかけないで、読書の邪魔だわ」

 

 ハーマイオニーはイリスを一睨みし、謝罪をピシャリとはねつけてから、再び本に目を戻した。その様子を見ていたパーバディとラベンダーが、悪口を中断して慌ててイリスに駆け寄り、談話室へと連れ出した。

 

「何よあの子!感じ悪いったらないわ!」

「あの子変わってるのよ。イリス、あなたはちゃんと謝ったんだもの。あとは放っておけばいいわ。それよりも私たち、ずっとあなたとお話ししたいって思ってたのよ。あなたと一緒のお部屋なのに、あの子がべったりだったから、なかなか話せなかったんだもの」

 

 そう言って、二人は労いの意味を込めてイリスに紅茶を淹れてくれた。それから周囲の迷惑にならないよう声をひそめ、十時過ぎまで三人で世間話に花を咲かせた。イリスは二人の気持ちが嬉しかったし、紅茶もとても美味しく感じられたけれど、ハーマイオニーの言葉が心の底に澱のように沈んで、心から深夜のお茶会を楽しむ事が出来なかった。

 

 

 イリスはハーマイオニーと絶交して以降、ハリー・ロンと一緒に過ごしていた。相変わらずドラコが絡んでくるけれど、その度に二人が庇ってくれたし、とりわけハリーが今までの分を取り返すかのようにイリスを離さなかったのだ。

 

 ハーマイオニーとの勉強尽くしの毎日から解放された事は、イリスの心に多少の安寧をもたらした。しかし同時に、いつも心が針で刺されたようなチクチクとした痛みも感じていた。イリスはその痛みの原因が何かわかっていたけれど、気にしない振りをして過ごした。

 

 ハリーはロンとイリスに、グリンゴッツ銀行からホグワーツへ『例の包み』が移されたのではないかという事(イリスはハリーに「ダイアゴン横丁へ君と一緒に行った時、ハグリッドが言ってたあの金庫の中身の事だよ。君も見ただろ?」と三回位言われてやっと思い出した)を話し、それほど厳重な警備が必要なものって何だろうと、大広間で三人であれこれ話し合った。

 

「ものすごく大切か、ものすごく危険な物だな」とロン。

「その両方かも」とハリー。

「大切で危険・・・ダイアモンドでできた爆弾かな?」とイリスがとんちんかんにしめた。

 

 結局、謎の包みについては五センチくらいの長さのものだろうということしかヒントがないので、それ以上何の推測もできなかった。

 

 そうしているうちに、ふくろう便の時間がやってきた。たくさんのふくろうが大広間を飛び交う。イリスの下にも如何にも頑丈そうなガタイの良いふくろうが一羽・・・日本でイオが飼っている『ウメ』だ・・・やってきて、イリスの手元に手紙をぽとりと落とした。

 

「ありがとう、ウメ」

 

 ウメがイリスの皿からベーコンをつついているのを見守りながら、イリスは手紙を開けた。差出人は勿論イオだ。イリスはホグワーツに入学して以来、イオへの定期的な近況報告を欠かさなかった。ただ国を隔てているため、二人の間には十日以上のずれがある。イオはハーマイオニーとイリスが絶交したという事実をまだ知らない。実際にこの手紙は、ハーマイオニーという友達ができた事と勉強が大変という、十日程前に書いたものに対する返事だった。

 

『 イリスへ

 ハーマイオニーちゃんは良い子そうで、よかったな。

 何か最近、手紙も愚痴ばっかりだけど、大丈夫か?

 悩んでるけど友達にも言えないこととかあったら、ハグリッドにでも相談しろ。

 手紙よりも会って話した方が手っ取り早し、あいつはわたしのダチだ。信用できる。あいつにも手紙を送っといた。

 わたしの手紙よりは、早く物事が解決できるはずだ。

 じゃあな、またお前からの手紙、楽しみにしてるよ。

                           イオより 』

 

「おばさんからの手紙、なんて書いてあったの?」

 

 ハリーの問いかけに、イリスが手紙を見せようとした時、六羽の大コノハズクが細長い包みを加えてハリーのところへやってきた事で、イオの手紙どころではない騒ぎになった。

 

 後の『ニンバス2000事件』である(イリスが命名した)。

 

 

 それから二か月が経った。毎日たっぷり宿題がある上、毎週金曜日、全ての授業の中で一番気力と体力を使う魔法薬学の授業と補習授業(主に補習でのスネイプの『忠告』を、本授業で忘れないよう反映するのに必死だった)をこなしながら、イリスは忙しく過ごしていた。ハリーはあの事件以来、ニンバス2000を片手に週三回のクィディッチの練習に勤しんでいたため、イリスは自然とロンと一緒に過ごす事が多くなった。ロンだけでなく、ネビルやパーバティ、ラベンダーも声をかけてくれたので、有難い事に一人ぼっちになる心配はなかった。

 

 イリスは勉強の面で、意外にもハーマイオニーなしで何とかやっていけている事に、心底ほっとしていた。少しずつ基礎が解り始めてきて、嫌で堪らなかった勉強も次第に面白いと感じ始めていたのだ。現に今日の変身術の授業でも、ハリーとロンが『ボタンをクルミに変える理論』が理解できず、頭を捻っているのを見て、イリスが羊皮紙の空きスペースに解りやすく基本理論の図解を書き、二人に教えてあげる事が出来た。

 

「すごいな君、よくわかったね」

 

 二人に尊敬の眼差しで見つめられる事が心地よく、イリスは誇らしげに胸を張った。

 

「当たり前だよ。だってこの図解は、ハーミーに何度も教えてもらったもの(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ・・・今、自分は何と言った?イリスははっとした。頭に電流のような衝撃が走り抜ける。

 

 今まで授業の内容を理解し上手くやれていたのは、ハーマイオニーが当初落ちこぼれ真っ盛りだった自分に、仲違いするまで付きっきりで勉強を教えてくれたからではないか?

 

 二人が気まずそうにイリスを見るのを気にもせず、茫然とした表情で変身術の教科書をパラパラとめくる。今まで無意識に見ていたせいで、気が付かなかっただけだった。どのページにも、ハーマイオニーに教えてもらった授業の理解に役立つポイントや間違えやすい綴り等が、ある時はイリスの丸っこい文字で、またある時はハーマイオニーの几帳面な文字で、事細かに書いてある。・・・それは、イリスとハーマイオニーが積み重ねてきた友情ときずなの証だった。

 

 授業が終わった後、イリスは「忘れ物をした」と言うなり一人駆け出して、自分の部屋に戻った。トランクから自分の全ての教科書を引っ張り出し、確認する。全ての教科書に・・・驚いた事に、ハーマイオニーがこっそり書き足していたのか、ページの終わりに至るまで・・・彼女の書き込みがあった。

 

 そしてどの教科書にも、一番最後の真っ白なページに『お疲れ様!よく頑張ったわね。また来年も一緒に頑張りましょう』という彼女のメッセージが添えられていた。

 

 恐らく、二人で仲良く一年の勉強を終えた後、最後にイリスがそのメッセージを見る事を密かな楽しみにして書いたのではないか?・・・自分があの時、あんな酷い言葉を投げつけなければ、一年の終わり頃、二人一緒にこのメッセージを見て、お互いの健闘を認め合い、笑い合う事が出来たのだ。イリスはそう思った途端、視界がぼやけて、次々浮かんで流れる大粒の涙を教科書に零れ落とした。

 

 イリスは自分がしでかしたことの罪深さに打ちひしがれ、涙が溢れて止まらなかった。

 

 

 その日の夜、イリスはルームメイトの二人が寝静まった頃、勇気を出して読書中のハーマイオニーに話しかけた。話しかけずにはいられなかった。

 

「あのね、ハーミ・・・ごめん、ハーマイオニー・・・あ、言えた。あの、ごめんね、あの時は・・・」

 

 ハーマイオニーはイリスの言葉を最後まで聞かないうちに、本を投げ出して布団を頭までかぶると、横を向いた。イリスを無視、拒絶したのだ。イリスは耐え切れなくなって、自分も布団に潜り込んで、声を押し殺して泣いた。悲しくて堪らなかった。その時、ハーマイオニーの布団からも静かな泣き声がしていたけれど、悲しみで一杯のイリスは気づく事が出来なかった。


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