ハリー・ポッターと虹の女神   作:セバスチャン

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※作中に登場する「銀色の短剣」はオリジナルです。


Page16.秘密の部屋へ

 野生化したウィーズリー氏の愛車フォード・アングリアに間一髪で助けられたハリーとロンは、主不在のハグリッドの小屋で、束の間の休息を取る事にした。ファングは寝床のバスケットで毛布をかぶって、先程の蜘蛛達の恐怖を思い出しているのか、ブルブルと震えている。

 

「クモの跡をつけろだって」ロンもファングに負けない位、寒気立っていた。

 

「ハグリッドを許さないぞ。僕たち、生きてるのが不思議な位だよ」

「きっと、アラゴグなら自分の友達を傷つけないと思ったんだよ」

 

 ハリーはハグリッドを思いやってそう言ったものの、落胆の気持ちを抑える事が出来なかった。

 

 ――話は数ヶ月前までさかのぼる。ある日、ハリーが「嘆きのマートル」の棲むトイレで手に入れた”不思議な日記”――それに封じ込められた記憶の人物・リドルは、五十年前に起きた”秘密の部屋”事件の真相をハリーに見せてくれた。それはハリーたちにとって、驚くべきものだった。”スリザリンの継承者”は当時学生だったハグリッドで、”スリザリンの怪物”は彼の飼っていた大蜘蛛・アラゴグだったのだ。

 

 ハリーたちはハグリッドと五十年前の事件について話をしようとしたものの、彼はアズカバンへ連行されてしまう。その直前に、彼が放った”逃げる蜘蛛を追いかけろ”というメッセージに従い、二人は禁じられた森に棲むアラゴグの元へ辿り着いた。しかし、人語を解する程に賢しい彼から告げられた真実は、ハリー達の予想を大きく裏切った。

 

 ”スリザリンの継承者”はハグリッドではなく、”スリザリンの怪物”もアラゴグではなかったのだ。リドルは間違っていた。五十年前の真の”スリザリンの継承者”はどこかへ逃れ去った。結局、今回誰が”秘密の部屋”を開けたのかも、わからずじまいだ。もう他に誰も尋ねる人はいない。全てが振り出しに戻ってしまったのだ。ハリーは透明マントをそばに手繰り寄せながら、考えを巡らせる。

 

「僕たちをあんなところに追いやって、一体何の意味があった?何がわかった?」

 

 筋金入りの”蜘蛛嫌い”であるロンは、それでも事件を解決するために勇気を出してハリーに同行してくれたが、今や彼は蜘蛛の恐怖に当てられて、完全な恐慌状態に陥ってしまっていた。ハリーは透明マントをロンにかけてやり、小屋を出て、腕を取って歩くように促しながら言った。

 

「ハグリッドが”秘密の部屋”を開けたんじゃないって事だ。彼は無実だった」

 

 ロンはフラフラと歩きながら、不満げに鼻を鳴らした。アラゴグをこっそりホグワーツで飼育するなんて、どこが無実なもんか!と言わんばかりだ。二人は城へ戻り、忍び足でグリフィンドール寮の寝室まで辿り着いた。ロンは服も脱がずにベッドにうつ伏せに倒れ込み、嘆かわしげにため息を吐いた。

 

「ああ、こんな時にハーマイオニーがいてくれたらなぁ!」

 

 彼の意見はごもっともだと、布団に潜り込みながらハリーも思った。賢明な彼女がいれば、もう迷宮入りとなってしまったこの事件だって、何か新たな解決策を見出してくれたかもしれないのに。――ハーマイオニー。ふと、ハリーの記憶の一部がくすぐられた。医務室で石化した彼女を見た時、確か手に”何か”を握っていなかったか?暗闇の中、ハリーは小さな声でロンを呼んだ。

 

「ロン!」

 

 早くも眠りにつきかけていたロンは、バネ仕掛け人形のように勢い良くベッドの上に起き上がり、怯えた目でハリーを見た。

 

「明日、何とかしてハーマイオニーに会いに行こう」

「ハリー。言っておくけど、彼女は石になっちまったんだぜ?会いに行ってどうするのさ」ロンは胡乱げに言い返す。

「さっき思い出したんだ。彼女は手の中に、何かを持ってた。もしかしたら、今回の事件に関係している事かも」

 

 ロンは暫く考え込んだ後、目を擦りながらハリーをチラッと見た。

 

「わかったよ。でも、どうやって医務室まで行く?」

「マクゴナガル先生に頼んで、マダム・ポンフリーを説得してもらうんだ。イリスのお見舞いもしたいし」

 

 イリスは数日程前から著しく体調を崩し、医務室で過ごしていた。二人は目を合わせたまま静かに頷き、早々と眠りについた。

 

 

 二人の計画は意外な事に、とんとん拍子に上手く運んだ。マクゴナガル先生は二人の友人達を案じる気持ちに涙ながらに賛同し、マダム・ポンフリーを自ら説得してくれたのだ。彼女はしぶしぶといった調子で二人を医務室へと引き入れた。二人はお見舞い用の蛙チョコレートの箱を一つずつ持ち、まずイリスのベッドを探したが、不思議な事に彼女の姿はどこにも見当たらない。

 

「トイレかな?」ロンが首を傾げた。

 

 続いて二人は、ハーマイオニーのベッドへ向かった。ハリーは彼女の傍に屈み込み、その手を見つめた。――やはり、右手の拳にくしゃくしゃになった紙切れを握り締めている。ハリーはロンを見張りに立て、引っ張ったり捻ったりしながら、硬直したハーマイオニーの手から、何とか紙を取り出す事に成功した。それは、図書室のとても古い本のページが一部、乱暴にちぎり取られたものだった。ハリーは皺を伸ばすのももどかしく、ロンも屈み込んで、書かれている内容を一緒に読んだ。それには、このような記述があった。

 

『我らが世界を徘徊する多くの怪獣、怪物の中でも、最も珍しく、最も破壊的であるという点で、バジリスクの右に出るものはいない。・・・殺しの方法は非常に珍しく、毒牙による殺傷とは別に、バジリスクのひと睨みは致命的である。その眼からの光線に捕らわれた者は即死する。蜘蛛が逃げ出すのはバジリスクが来る前触れである。なぜならバジリスクは蜘蛛の天敵だからである。バジリスクにとって致命的なものは雄鶏が時をつくる声で、唯一それからは逃げ出す』

 

 このすぐ下に、見覚えのあるハーマイオニーの几帳面な筆跡で、一言『パイプ』と書かれていた。

 

 その時、まるで誰かが電気のスイッチをパチンとつけたように、ハリーの頭の中でごちゃごちゃに浮かぶ全ての謎が明るみになった。

 

「ロン!」ハリーはマダム・ポンフリーに咎められないよう、声を顰めて言った。

「これだ、これが答えだ。”怪物”はバジリスク――巨大な毒蛇だ!だから僕が彼方此方でその声を聴いたんだ。他の人には聴こえなかった・・・イリスにも。僕は蛇語がわかるからなんだ」

 

 ロンは驚愕の余り口をポカンと開けたまま、ハリーを見つめている。ハリーは興奮冷めやらぬ様子でベッドを見回した。

 

「バジリスクは視線で人を殺す。でも誰も死んではいない。――それは、誰も直接目を見ていないからなんだ。ミセス・ノリスが石になった時、「嘆きのマートル」のトイレから水が溢れてた。きっとミセス・ノリスは、水溜まりに映った姿を見たんだよ。ジャスティンは「ほとんど首無しニック」を通して見たに違いない!ニックはまともに光線を浴びたんだろうけど、ゴーストだから二回は死ねない。ハーマイオニーはきっと、バジリスクが怪物だって気づいてたんだ。だから手鏡を持ってた。襲われた時、手鏡を通して見たんだよ」

 

 手に持った紙切れに、ハリーはもう一度目を通した。読めば読むほど辻褄が合ってくる。――何故、もっと早くこれに気が付かなかったんだろう。そうすれば、アラゴグに会いに行くなんて危険過ぎる無駄足を踏まずに済んだのに。ハリーは悔しさに唇を噛み締めた。

 

「『致命的なものは、雄鶏が時をつくる声』・・・ハグリッドの雄鶏が殺された!”秘密の部屋”が開かれたからには、”スリザリンの継承者”は城の周辺に、雄鶏がいてほしくない。『蜘蛛が逃げ出すのは、前触れ』・・・何もかもピッタリだ!」

「だけど、バジリスクはどうやって城の中を動き回っていたんだろう?」ロンが呟いた。

「『パイプ』だ」ハリーが言った。「パイプだよ、ロン。やつは配管を使ってたんだ。僕には壁の中からあの声が聴こえて・・・」

 

 ハリーの言葉は、紙切れの片隅に視線が吸い寄せられた事で、尻切れトンボになってしまった。――ハーマイオニーが二人に向けたメッセージは『パイプ』だけではなかった。

 

 紙の端っこの方に、今度は彼女らしからぬ乱れた字で――『リドルは嘘つき、イリスを救って』――こう書き殴られている。

 

「どうしたんだい?ハリー」

 

 ハリーはロンの言葉に、咄嗟に答える事が出来なかった。ハーマイオニーがこのメッセージを通して二人に何を伝えたいか、理解したからだ。彼の頭は凄まじい勢いで回転し、様々な情報が錯綜しては収束して、ある一つの推測を導き出していく。

 

 客観的に考えれば分かる事だった。――ここ最近のイリスは可笑しい事だらけだった。イリスは事件の前後辺りから、原因不明の体調不良を起こし、医務室へよく通うようになった。そして彼女は、全ての犠牲者が石化した時、いつも医務室に行っていて、ハリー達と一緒にはいなかった。

 

 不審な点ならマルフォイもそうだ。クリスマス休暇中にスリザリン生に変身して、彼と会話したあの時、彼は『”継承者”をアズカバン送りにさせない(・・・・)』と言っていた。今になってよく考えれば、それはまるで”継承者”を守るような言い方だ。――マルフォイとイリスは友人だった。

 

 『リドルは嘘つき』――ハリーは、今までリドルがハグリッドを犯人だと勘違いして、密告したのだと思っていた。だが、ハーマイオニーの言う通り、本当にリドルが意図的に(・・・・)嘘を吐いているのだとしたら?茫然と立ち竦むハリーの背中を冷たい汗が伝い落ちていく。――そうだ。そもそも、日記が登場したタイミングが良すぎるじゃないか。”秘密の部屋”の真実を追い求めるハリー達の目の前に急に現れて、そしてハリーにそれに関する記憶を見せた後、幻の様に姿を消したのだ。

 

 『ドビーは言ってはいけなかった!』あの日のドビーの金切声が、ハリーの脳裏に警鐘のように鳴り響いた。『ハリー・ポッターは友達のために命をかける!――”真実”をお知りになったら、あなた様はどんなにお嘆きになるでしょう!』

 

 ハリーの中で全ての点が繋がり、線になり、それは”一つの真実”を描いた。彼の手から、ハラリと紙切れが落ちる。――ハーマイオニー。ハリーはじっと親友の目を見つめ、心の中で語り掛けた。――君は、これを僕らに伝えたかったんだね。――その時、ハーマイオニーの凍り付いた瞳が、まるでハリーに応えるかのように、キラッと光を放ったような気がした。

 

「ロン」そしてハリーは勇気をもって、静かに言った。

「・・・イリスだ。イリスが、”スリザリンの継承者”だったんだ」

 

 ロンはハリーの予想通りの反応を示した。一瞬、目を丸くした後、髪の色と同じ位に顔を赤らめて怒り出したのだ。

 

「何を馬鹿な事、言ってるんだよ!いくら君でも許さないぞ!イリスがハーマイオニーを襲うわけないだろう!」

「そうだ。その通りだ」

 

 ハリーは、ロンが思わずたじろぐ程に、怒りに燃えた瞳を彼に向けた。

 

「イリスが自らハーマイオニーを傷つけようとする筈なんかない。・・・”誰かが、彼女に無理矢理そうさせている”としたら?

 ロン。君は、リドルの日記を僕が見つけた時、こう言ったよね。”危険な本もある”って。”人の行動を操る本もある”って。あの日記がそうだとしたら?」

「リドルの日記が?」ロンが茫然と呟いた。

「そうだ。『ボージン・アンド・バークス』で、マルフォイの父親は何かを売っていた。その後、店主は”マルフォイの屋敷には何かが隠されていて、今売った分を除いてもまだまだそれが残ってる”って言ってた。それがもし闇の魔術の道具で、その日記もその一つだったとしたら?ドビーが僕に、それを伝えようとしていたとしたら?」

 

 ドビーがマルフォイ家の屋敷しもべ妖精だというのは、四人共通の意見だった。ハリーは唇を噛み締める。イリスは、夏休み中にマルフォイ家に連れ去られた。もしその時、彼女がマルフォイの父親に、その日記を持たされていたとしたら――。

 

「で、でも・・・」ロンは小声で急き込んで聞いた。「どうしてイリスが?」

「わからない。でも、マルフォイの父親は”闇の陣営”にいたんだよね。今も彼がそうなら、イリスを自分と同じ・・・悪い魔女にさせたいのかも」

「じゃあ、じゃあリドルは?彼はどうして嘘を吐いてたんだ?僕らの味方じゃなかったのか?」

 

 それはハリーが一番疑問に思っている事だった。二人は暫く言葉を失ったまま、茫然と互いの顔を見つめた。

 

「イリスはどこにいるんだ?」

 

 ハリーとロンが同時にそう言った時、マクゴナガル先生の声が魔法で拡大され、医務室内に響き渡った。

 

「生徒は全員、それぞれの寮にすぐ戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まり下さい」

 

 その声は冷静だが、随分と緊迫した様子だった。二人は無言で目配せをすると、医務室を抜け出して駆け足で職員室へ向かった。心臓がドクンドクンと五月蠅い程に波打っているのは、ただ全力疾走しているだけではない事は、二人共よく分かっていた。

 

 二人は息を荒げながら、まだ誰もいない職員室へ辿り着いた。広い壁を羽目板飾りにした部屋には、黒っぽい木の机と椅子が等間隔に並べられている。左側にはやぼったい造りの洋服掛けが設置されていて、先生方のマントがぎっしりと詰まっている。二人はそこへ身を隠した。

 

 

 やがて職員室のドアがバタンと開いた。二人が黴臭いマントの襞の間から覗くと、先生方が次々と部屋に入ってくるのが見えた。皆ハリー達が今まで見た事のない程、余裕のない表情をしていて、忙しない様子でそれぞれの席に着く。やがて、現在不在のダンブルドアに代わってホグワーツを治めている、副校長のマクゴナガル先生がやって来た。

 

「とうとう起こりました」しんと静まり返った職員室で、マクゴナガル先生が切り出した。

 

「生徒が一人、”秘密の部屋”へ連れ去られました」

 

 フリットウィック先生が思わず悲鳴を上げた。スプラウト先生は両手で口を覆った。スネイプは椅子の背をぎゅっと握りしめ、「何故そんなにはっきり言えるのかな?」と聞いた。

 

「”スリザリンの継承者”が、また伝言を書き残しました」マクゴナガル先生は蒼白な顔で答えた。

「最初に残された文字のすぐ下にです。”堕ちた卵はもう二度と、元の場所には戻らない 継承者イリス・ゴーント”」

 

 先生方の押し殺した悲鳴や物音で、辺り一帯は騒然となった。茫然と佇むハリーの横で、ロンがへなへなと崩れ落ちていた。

 

「その伝言は、他の生徒たちは・・・」マダム・フーチが真剣な表情で尋ねた。

「まだ誰も見ていません。今は厳戒態勢を敷いていますし、定期的に校内を巡回しているのが幸いして、発覚を未然に防げました。念の為、今は壁の前に遮蔽物を置き、アーガスに警護させています」

 

 マダム・フーチはホッと安堵のため息を零した。今度はスプラウト先生が、椅子から勢いよく立ち上がり、顔を真っ赤にしてマクゴナガル先生に詰め寄った。

 

「ミネルバ。あの子は心優しい子です。決して・・・」

 

 彼女は首を強く横に振り、食いしばった歯の間から、唸るように言葉を発した。マクゴナガル先生は彼女を宥めるように、穏やかに、しかしはっきりとこう言った。

 

「わかっていますよ、ポモーナ。ここにいる全員が、わかっていますとも。ミス・ゴーントは、望んでそんな所業を成す子ではありません」

 

 ハリーとロンは胸を撫で下ろした。どうやら先生方は皆イリスを恐れているのではなく、案じているようだった。マクゴナガル先生は、悲しげに顔を俯かせながら、言葉を続けた。

 

「ですが、あの子の『血』は特別です。・・・あの子は、”例のあの人”の・・・」

 

 ――特別な血?”例のあの人”?二人は思わず、目線を交し合った。ハリーは身を乗り出し、マントの裾を強く握り締めた。先生方は、自分たちの知らない”イリスの秘密”を知っている。

 

「あの子は何にも知りません!」フリットウィック先生が血相を変えて、キーキーわめいた。

「自分の血筋も何も・・・ましてや闇の魔術なんて、これっぽっちも!あの子は無実です!何かの間違いです!」

 

 マクゴナガル先生は沈痛な面持ちで頷いた。マダム・フーチが、片手で目元を覆いながら、どさりと椅子に体を沈め込む。

 

「だからこそ、彼女の素性を知る良からぬ者は、そのままにはしておかないでしょう。ダンブルドアは常に仰っていた。”注意深く見守ってほしい”と。・・・それなのに、私は・・・」

「ミネルバ。感傷に浸るより先に、今なすべきことを」スネイプが鋭く切り込んだ。

 

 その時、職員室のドアがもう一度バタンと開いた。この場に凡そ似つかわしくない、零れんばかりの笑顔を浮かべたロックハートだった。全先生方の憎しみを帯びた視線が、一斉に彼へと突き刺さる。

 

「大変失礼しました。ついウトウトと。何か聞き逃してしまいましたか?」

「なんと、適任者が」スネイプが一歩進み出て、嫌味たっぷりに言い放った。

「まさに適任だ。ロックハート、女子学生が”秘密の部屋”に拉致された。いよいよ優秀な魔法戦士である貴方の出番が来ましたぞ」

 

 ロックハートは先程までの威勢はどこへやら、途端に血の気を失くして、その場から後ずさり始めた。すかさずスプラウト先生が追い打ちをかける。

 

「その通りだわ、ギルデロイ。昨夜でしたね、確か”秘密の部屋”の入り口がどこにあるか、とっくに知っていると仰ったのは?」

 

 先生方は次々とロックハートに、今までの仕返しと言わんばかりの言葉の報復を与えていく。ロックハートはついに、ドアに背中を擦り付ける位まで後退し、目をキョロキョロとさせながら口ごもり始めた。そこへマクゴナガル先生が、ずいと進み出て、決定的な一言を突きつけた。

 

「それではギルデロイ、あなたにお任せしましょう。今夜こそ絶好のチャンスでしょう。誰にもあなたの邪魔はさせませんとも。お望み通り、お好きなように」

 

 ロックハートは絶望に塗れた目で先生方を見つめたが、誰一人として彼を助けようとする者はいなかった。「じゅ、準備をします」と慌しく出て行ったロックハートの背中を忌々しげに睨み付けた後、マクゴナガル先生が厳かな調子で言った。

 

「どうせ、あの男はここから逃げ出すでしょう。これで厄介払いができました。

 まずは生徒達の安全を確保します。各寮監の先生は、各寮の生徒たちに”生徒が一名連れ去られたため”明日一番のホグワーツ特急で生徒を帰宅させる、と仰ってください。他の先生方は、生徒が一人たりとも寮の外に残っていないか見回ってください」

 

 先生方は無言で頷くと立ち上がり、一人、また一人と出て行った。

 

 

 誰もいなくなった職員室、その洋服掛けの中で、二人はまだ動く事が出来ずにいた。

 

「ハリー。一体、どういう事なんだろう。イリスが”例のあの人”と関係してるって」ロンが弱々しく呟いた。

「・・・わからない」

 

 ハリーも困惑していた。――何もかもが分からない。イリスとは随分長い事一緒にいるけれど、”例のあの人”と関係があるだとか、血の事についてだとか、彼女は今まで一度だってそんな事、言っていなかった。フリットウィック先生の言葉から推測するに、恐らく彼女自身も自分の詳しい出生を知らないのだろう。

 

 小さく身動きした拍子に、ハリーのローブのポケットの中で、軽やかな金属音が奏でられる。彼はそれを手に取り、じっと眺めた。それは、イリスが自分にくれた誕生日プレゼント――お揃いの金色の懐中時計だった。ハリーの心の中に、輝かしい思い出と共に熱い感情が込み上げる。

 

「わかってるのは」ハリーは押し殺した声で言葉を続けた。

「イリスが僕らの親友だってことだ」

 

 ロンは激しく目を擦りながら、何度も頷いた。

 

「ロン。イリスを助けに行こう。何とかして”秘密の部屋”に行くんだ」

「モチのロンさ!アイテッ!」ロンは勢いよく立ち上がり、その拍子に洋服掛けの棒に思い切り頭を打って悶絶した。

 

「でも、どうやって部屋に行くんだい?」

 

 ハリーはロンと共に職員室を出て、先生方に見つからないよう彼方此方の物陰に身を隠しながら、必死に考えた。――何か、部屋に繋がるヒントはないか。何でもいい。今までの全ての出来事を思い出すんだ。ハリーの脳は熱を帯びる程目まぐるしく回転し、暫くの後、ふとアラゴグと交わした会話の内容が蘇った。彼の頭の天辺から爪先を、一筋の電流が駆け抜けた。

 

「ロン。五十年前に死んだ女の子だけど、アラゴグはトイレで見つかったって言ってた。・・・もし、その子がまだそのトイレにいるとしたら?」

「何言ってるんだよ。死んだ人間が・・・」

 

 ロンは皆まで言わずに、口をポカンと開けてハリーを見つめた。ハリーの意図する事を理解したのだ。

 

「嘆きのマートル!」二人の声がハミングした。

 

 

 二人は先生方の目を掻い潜り、「嘆きのマートル」の棲む三階の女子トイレの近くへ辿り着いた。壁の文字の前には、魔法で作り出された巨大なパネルがそびえ立ち、何と書いているのか覗き見る事は出来なかった。その付近を血走った目で周回しているフィルチをやり過ごすのはなかなか大変だったが、二人は何とか無事にトイレの中へと滑り込む事に成功した。マートルは一番奥の小部屋のトイレの水槽に座り、死の妄想に耽っているようだった。

 

「あら、あんただったの。何かご用?」マートルはハリーを見るなり、お下げを弄りながら嬉しそうに問いかける。

「君が死んだ時の様子を聞きたいんだ」

 

 ハリーは挨拶も何もかもすっ飛ばし、いきなり本題から入った。”自分が死んだ時”という不謹慎極まりない事を聞かれているにも関わらず、マートルの顔は途端に誇らしげに輝いた。彼女はその半透明の頬を膨らませ、瞳を閉じてうっとりと夢見るような口調で教えてくれた。彼女が言うには、こうだった。

 

 ――当時、同級生にからかわれたマートルは、このトイレの小部屋で泣いていた。その時、女子トイレにも関わらず、女子の声と一緒に見知らぬ”男子の声”も聞こえて来た。彼は外国語のような不思議な言葉を喋っていた。文句を言おうと小部屋のドアを開けたマートルは、その瞬間に死んだ。死の直前に垣間見たのは、光る大きな黄色い目玉が二つ。それを見た途端、体全体がギュッと金縛りにあったように感じられたという――

 

「その目玉、どこら辺で見たの?」

 

 ハリーが尋ねると、マートルは「あの辺り」と小部屋の前の手洗い台周辺を、漠然と指差した。二人は急いで手洗い台に近寄った。見たところ、何の変哲もない古びた外観だ。何一つとして見落としがないように、二人は隅々まで念入りに調べた。やがてハリーの目に入ったのは、ある銅製の蛇口の脇に彫られている――引っ掻いたような、小さな蛇の絵だった。試しに蛇口を捻ってみたが、水は一滴も出ない。

 

「その蛇口、壊れっぱなしよ」マートルがご機嫌な口調で言った。

「何か言ってみろよ、ハリー。蛇語でさ」ロンが用心深く蛇口を突っつきながら促す。

 

 ハリーは狼狽して口ごもった。蛇語が話せたのは、本物の蛇と相対した時だけだったからだ。でも、今はそんな事を言ってられない。イリスを助け出すんだ。ハリーは深呼吸をすると、小さな彫り物の蛇を真剣に見つめ、それが本物なのだと強く思い込もうとしながら、言葉を発した。

 

 〖開け〗

 

 「開け」と言った筈の言葉は、奇妙なシューシューという音へ変わり、ハリーの口から飛び出した。不意に蛇口が眩い白い光を放ち、回り始める。ロンが息を飲み、一歩後ずさった。手洗い台そのものが沈み込み、見る見る内に消え去った後に、太いパイプが剥き出しになった。大人一人が滑り込める程の太さだ。パイプの中は果てのない暗闇が詰まっていて、そこから湿った冷たい空気が流れ出し、立ち竦む二人の頬を不気味に撫でていく。

 

「僕はここを降りていく」

 

 しかし、ハリーは勇敢にもそう言った。彼の心は決まっていた。行かないではいられない。”秘密の部屋”への入り口が見つかった以上、この先にイリスがいるのだ。彼女を助け出さなければ。

 

「僕も行く」ロンも言った。

「僕もだ」

 

 ハリーとロンの背後から、冷たく気取った声がした。二人が思わず振り向くと、トイレの中程に――二人の天敵であるドラコ・マルフォイが立っていた。蒼白な顔をこわばらせ、薄いグレーの瞳は悲壮な決意に燃えている。――何故、こいつがここにいるんだ?二人にとって、ドラコはイリスを嵌めたと思われる”マルフォイ家の人間”だ。つまり、”敵”でしかない。

 

 三人は、ほぼ同時に杖を引き抜いた。ハリーとロンはドラコへ、ドラコは二人の中間へ向け、構える。張り詰めた空気が辺り一帯に漂う。

 

「なんで、君を連れて行かなきゃならない?」ハリーが冷たく言い放つ。

「イリスを助けるためだ」

 

 二対一で圧倒的不利な状況であるにも関わらず、ドラコはその場から逃げ出そうともしなかった。

 

「イリスを助けるため?」ロンが唾を飛ばしながら叫んだ。

「お前が悪の手先のくせに!お前がイリスをそうさせたんだろう!」

 

「違う!」ドラコはロンを睨み付け、激昂して叫んだ。「僕じゃない!」

 

「エクスペリアームス、武器よ去れ!」

 

 ハリーがドラコが自分から注意を外した一瞬の隙をついて、「武装解除呪文」をかけた。射出された赤色の光線は見事ドラコを捉え、彼は空中を切り揉みしながら吹っ飛び、壁にぶち当たって倒れた。反対に彼の杖は、ハリーの空いた方の手に吸い寄せられるように収まった。

 

「そこで伸びてろよ。僕らの邪魔をしようたって、そうはいかないぞ」

 

 全身を強く打ち、痛みに悶絶しているドラコを睥睨し、ハリーはもう彼が戦う事が出来ないように、彼の杖をパイプの中へ投げ捨てた。そして二人はパイプの縁に手を掛け、その下へ滑り降りようとした。

 

「待て!」ドラコが必死に立ち上がろうとしながら、絶叫した。

「僕は”真実”を知ってる!そのまま行くと、死ぬぞ!」

 

 ――”真実”だって?二人は訝しげな目をして振り返った。ドラコは乱れた前髪を直そうともせずに、二人と再び対峙した。

 

「イリスは望んで”継承者”になったんじゃない」

「そんなこと・・・」

 

 「知ってるさ」と吐き捨てようとしたロンを、真剣な表情をしたハリーが押し留める。何かの拍子に切った唇の端を舐め、ドラコは苦虫を噛み潰したような面持ちで口を開いた。

 

「日記だ。日記に宿る亡霊が、彼女を操っている」

 

 ハリーの推測が、確信に変わりつつあった。彼の全身を激しい怒りが駆け巡る。――やっぱり、こいつは全部、知っていたんだ(・・・・・・・)。彼は握り締めた両手が震え出すのを、止める事が出来なかった。

 

「なぜ、君が、それを知ってる?」ハリーは一言一言区切るように問いかけた。

 

 ドラコは一瞬目を伏せ、唇が白くなるまでギュッと噛み締めた。そして、全ての覚悟を決めた真っ直ぐな瞳でハリーを見つめ、こう言った。

 

「僕の父が。夏休みの最後の日に。イリスに、それを持たせた」

 

 ハリーの感情が爆発した。彼は無我夢中でドラコに飛びかかり、押し倒した。ハリーは、抵抗せず成されるがままのドラコの胸倉を掴み、力任せに揺さぶった。

 

「君はそれを知ってたのか!!どうして今まで、黙っていたんだ!!」

「怖かったからだ!!」ドラコは恥も外聞もなく、泣き叫んだ。

「僕は何度も、助けようとした!でも・・・父が怖くて、亡霊に脅されて、怖くて・・・助ける事ができなかった!」

「臆病者め!!僕なら助けていた!!何を失ったって、イリスを助けていた!!」

 

 ハリーはいつしか、喉が潰れる位の音量で叫んでいた。幸いな事に、少し前からマートルが恒例の癇癪を起こしていたため、この一連の騒ぎを外で控えているフィルチに嗅ぎ付けられる事はなかった。

 

 ホグワーツとそれに関係する人々を心の拠り所としているハリーとは違い、ドラコにはホグワーツの他にも、自分を心から愛してくれる家族がいて、幸福で満たされた日常がある。だが、それは裏を返せば、ハリーよりもドラコの方が、”失うものが多い”という事だ。そしてそれを恐れるが故に、今までの平穏を崩すような危険な行動をなかなか取る事ができなかった。自分の身を守るために他を切り捨てるのは、生きるために必要な行為だ。

 

 だが、ドラコはもう”愛”に気づいてしまった。愛とは、自分よりも愛する者を大事に思う事だ。イリスを想う心が、今まで彼を形成してきた自尊心やプライドを粉々に壊し、守りのなくなった彼の奥底に、ハリーの言葉が辛辣に突き刺さる。ドラコは顔をぐしゃぐしゃに歪め、押し潰されたような声で懺悔した。

 

「そうだ!僕は臆病者だ!・・・あの日、イリスは僕に助けを求めていたのに!」

 

 ドラコの涙に濡れた双眸が、ハリーを射竦める。ハリーはその目から視線を外す事が出来なかった。彼を罵倒する事は簡単だ。しかし、聡いハリーは、やがて気づいてしまった。自分たちに彼を責める資格なんて、最初からなかった事を。ハリーはゆっくりとドラコから手を離し、よろよろと立ち上がった。

 

「何でだよ、ハリー!」ロンは拳を握り締め、いきり立った。

「こいつを一発殴らなきゃ、気が済まないよ!」

「ロン。僕たちに、こいつを殴る資格なんてない」ハリーは静かに言った。

「僕らはイリスの親友だった。同じグリフィンドール生だった。こいつよりもずっと、イリスの傍にいた。・・・なのに、気づく事ができなかった。もしかしたら、イリスは僕らに、何か助けを求めるサインを送っていたかもしれない」

 

 それは残酷な事実だった。――殴られるべきなのは、責められるべきなのは、僕らも同じだ。これでイリスの親友だったなんて、笑わせる。ロンを見つめるハリーの瞳から、悔悟の涙が零れ落ちた。ロンは唇を噛み締め、力なく俯いた。ハリーは思い出した――イリスが、彼が”継承者”ではないかと疑われていた時、ただ一人、いつも泣きながら庇ってくれていた事を。彼の心臓が、ギュウッと握りつぶされたように痛んだ。

 

 ハリーは、声にならないイリスへの謝罪を繰り返すドラコをじっと眺めた。ハリーの怒りは、不思議な程に鎮められていった。そして彼はドラコに歩み寄り、手を差し出した。

 

「行こう。マルフォイ」

 

 ドラコが信じられないといったような面持ちで、ハリーが伸ばした手を見つめている。ハリー自身も――というより、彼が一番――自分の行動に驚いていたが、今更手を引っ込める気にはなれなかった。ロンが驚きの余り、グエッと変な声を出した。ドラコは少しの間躊躇したが、何も言わずに手を掴み、起き上がった。

 

 

 三人は一斉にパイプの中へ滑り込んだ。パイプの中はヌメヌメしていて、何か恐ろしく大きな化け物の胃の中を滑り降りていくような感覚に囚われる。彼方此方で無数に枝分かれしているパイプが見えたけれど、自分たちが今降りているものより、太いものはなかった。パイプは曲がりくねりながら、下に向かって急勾配で続いている。何時まで続くのだろう、と三人の頭に不安がよぎり始めた頃、不意にパイプの先が平らになり、出口から勢い良く放り出された。

 

 ドスッと音を立てて、じめじめした床にお尻から着地する。ハリーは臀部を摩りながら起き上った。パイプの先は、石造りのトンネルだった。辺りは不気味な暗闇に包まれている。トンネルは立ち上がるのに十分な広さだった。

 

「学校の何キロもずーっと下の方に違いないよ」ハリーの声がトンネルの闇に反響した。

「申し訳ありませんがね」ドラコがぶっきらぼうに言い放った。

「辺りを光で照らしてくれないか。僕の杖を回収したいのでね」

 

 ハリーは杖に灯りを点し、ロンと共に(彼はしぶしぶだったが)ドラコの杖を探すのを手伝った。三人はハリーとドラコの灯す杖明かりを頼りに、暗いトンネルの先を目指して歩き出す。足を踏みしめる度に、湿った床が水音を生み、トンネルの壁全体に大きく反響した。三人は周囲を警戒しながら、互いの持っている情報を交換し合った。その中でハリーとロンが最も驚いたのは、日記のリドルが自らを”闇の帝王”と名乗っていた事だった。

 

「リドルが・・・”例のあの人”?だって”あの人”はリドルからすれば、ずっと未来の人だろ?」ロンが首を傾げる。

「確かに彼はそう言っていた。イリスを自分の”従者”だとも呼んでいた」

 

 ハリーとロンは、思わず互いの顔を見合った。確かに職員室で先生方は『イリスは”例のあの人”と関係がある』という発言をしていた。――ますますリドルが得体の知れない人物に思えてきて、二人の背中を戦慄が走る。だが、そんな人物とイリスは今、一緒にいるのだ。ハリーの脳裏に、かつてクィレルが宿したヴォルデモート卿と対決した思い出が蘇る。彼は、ハリーとイリスの両親の仇だ。ハリーは無意識の内に、自分の杖をギュッと固く握り締めていた。

 

 その時の光景を思い出しているのか、浮かない表情を湛えたドラコは、おもむろにローブのポケットから銀色の短剣を取り出した。全体に美しい装飾が施されていて、大きさは掌に収まる位だ。

 

「日記は恐らく、闇の魔術の道具だ。これで破壊できるかもしれない」

「なんだ、それ?」ロンが覗き込み、しげしげと眺めた。

「僕がまだ幼い頃、護身用にと母上がくれたものだ。強力な破魔の呪文が込められている。

 マルフォイ家は著名であるが故に、時として誰かの恨みを買う事もある。呪いの道具を贈られるのも、あり得ない事ではない。その時に、これはそれを破壊できると教えられた」

 

「ワーオ!さっすが名門・マルフォイ家!お金もたっぷり、恨みもたっぷりってね!」

 ロンがすかさず、嫌味たっぷりに言い放った。

「ああ。逆噴射するボロ杖を持たせてくれるような、貧困ウィーズリー家には劣るがね」

 ドラコが噛み付いた。

「ぺちゃくちゃウィーズル、もう一度ナメクジを喰らいたいか?貧乏舌な君には、あれだって上等なおやつだろうよ」

 

 二人はどうあっても性根が合わないらしく、ついに歩みを止め、忌々しげに睨み合った。しかし、ハリーが踏んだネズミの頭蓋骨が破壊される音に飛び上がり、二人はたちまち口論をやめた。ハリーが杖先を近づけて足元をよく見てみると、ネズミを始めとした小さな動物の骨がそこら中に散らばっている。

 

 何番目かのカーブを曲がった先で、三人は突如、息を飲んで立ち止まった。――トンネルを塞ぐように、何か大きくて曲線を描いたものがある。じっと動かない。先頭を歩いていたハリーは後ろを振り返り、「バジリスク?」と小声で二人に尋ねた。三人は持ちうる限りの最大の警戒態勢を取り、じりじりとその物体に近づいた。

 

 だが、杖明かりが照らし出したのは、バジリスクではなく――巨大なその抜け殻だった。毒々しい程に鮮やかな緑色の皮が、トンネルの床にとぐろを巻いて横たわっている。脱皮した蛇は、優に六メートルはあるに違いない。

 

「なんてこった。蜘蛛も逃げ出すわけだ」ロンが力なく呟いた。

 

 抜け殻だけでも、今すぐ踵を返して逃げ出したい程の迫力があるのに、イリスは本物のバジリスクとも、一緒にいるのだ。三人は力を合わせて抜け殻を端っこへ押し遣り、先へ進んだ。

 

 トンネルはくねくねと何度も曲がった。もう何個目か分からない曲がり角をやり過ごした途端、ついに前方に固い壁が見えた。そこには、二匹の蛇が複雑に絡み合った彫刻が施してあり、蛇の目にはキラキラと美しい輝きを放つ大粒のエメラルドが嵌め込んであった。

 

 壁には扉はない。だが、ここで何をするべきか、ハリーにはもう理解できていた。ハリーは壁の前まで進むと、確認するように二人を振り返った。ロンとドラコは強張り青ざめた表情で頷き、ハリーの両隣に並ぶ。本来ならば、決して相容れない筈の三人は、『イリスを救う』――ただそれだけの一途な思いで、それぞれの恐怖や不安を支え合い、一丸となっていた。

 

〖開け〗

 

 ハリーは壁を守る蛇を本物と思い、再び蛇語を喋った。その途端、壁の中央に亀裂が入り、二つに裂けた。絡み合っていた蛇が分かれ、両側の壁がスルスルと滑るように開いていく。ハリーとロンが意を決した様子で部屋の中へ足を踏み出す前に、ドラコが用心深く周囲を見渡しながら、小さく「聞いてくれ」と囁いた。二人が振り向くと、ドラコは真摯な瞳で彼らを見つめていた。

 

「恐らく、三人一緒に行ってもやられるだけだ。上手く行くかはわからないが、僕に作戦がある」

 

 ドラコの握る短剣が、キラリと鈍い輝きを放った。




どういうことだオイ・・・結局、リドル戦一話で終わらせられてないじゃねえか。
あと2話で終わらせる(目標)
祈ろう、なにとぞうまくいきますように。
ロックハートは無事ホグワーツから逃げおおせたのであった。彼はアズカバンの囚人編へ持越しです。

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