さて、ようやく1話です。
今回はそんなにいちゃついてないはずなんですが、恐らく
高校生活初日。
入学式を終えた俺と愛香は喫茶店「アドレシェンツァ」で昼食を取っていた。
喫茶店でランチと、高校生にしては小洒落てるように聞こえるが、この店は俺の自宅なので、そんなに珍しい事ではない。
ドアには「Closed」の札が掲げられ、愛香と二人きりの店内。
目の前に置かれたカレーが強烈なスパイス臭を放っているが、そんな事よりも深刻な問題を俺は抱えていた。
「…完全に失敗した……初日から…なんて事を書いたんだ俺は…」
「そーじがあたしの事を好きでいてくれるのは嬉しいけど…あれは恥ずかしいかな」
顔をほのかに赤く染め、
「俺だって無意識だったんだ…愛香との関係は秘密にしときたかったし、あんな事書くつもりなんて無かったんだよ…!」
「無意識って…余計やばいじゃん。あんたの脳内、あたしとツインテールの事しか考えてないの?」
「し、仕方ないだろ!!予想できない失敗なんて、生きてれば何回かはするはずだし…それに、愛香が可愛いからいけないんだよ!」
「そーじ……」
更に顔を赤くする愛香。
心なしか、ツインテールが嬉しそうだ。
左右均等に腰まで伸びた愛香のツインテールはベーシックながらも、年月をかけて成長した大器晩成型、と言って良いだろう。
「けど…先生もわざわざ声上げる必要あったのか…?」
「声に出るくらいびっくりする事が書いてあったからでしょ」
「そうか……」
がっくりと肩を落とす俺。
これから三年間を過ごす高等部での初日に俺が人生でも最大級の失敗をしてしまった事実はもう消えない。
俺と愛香が通う陽月学園は初等部から大学部まであり、一貫進学が可能な超エスカレーター校だ。
だから、普通は高等部へ進学しても感慨は特に無いが、俺の場合、愛香と共に進めたという事もあって、とても嬉しかった。
そんな感情を抱きつつ、行われた入学式。
新入生歓迎のスピーチのため、登壇する少女に思わず俺は釘付けになってしまった。
神堂慧理那。
背は小学生程しか無いものの、見事なまでのツインテールを誇り、スピーチもまるで歴史の偉人が演説をしているかの如く立派な物だった。
こんな頼もしい生徒会長がいるなら、三年間はきっと素晴らしいものになるだろう。
俺はそう思いながら、余韻に浸っていた。
あれだけ素晴らしいツインテールを見てしまったので、頭の中がツインテールで一杯になるのも無理はない。
けれど、まさか部活動のアンケートにすら気がつかないとは、俺自身も思っていなかった。
『はい、それじゃあ後ろから集めてきてくださいね~』
『えっ!?』
(えっと…会長の…ツインテール…じゃなくて…愛香…あ、あれ……)
間延びした担任の声で我に返ったが、後ろの名前も知らない女子にプリントで肩を叩かれてテンパり、慌ててシャーペンを走らせる。
『ふんふん……って、あれ~?名前が書いてないのがありますね~』
『あ、すいません。多分それ俺のです。慌ててたもんで』
『ああ~観束くんのだったんですか~。って、え~っと……愛香のツインテール部……新設希望ですか?』
『え!?ちょっと見せてください…』
書き殴ったという感じではあるものの、しっかりと用紙にはそう書かれていた。
『愛香って津辺さんの下の名前ですよね~、観束君は津辺さんが好きなんですか~?』
『はい、もちろん。彼女ですから………って、あれ?』
『そーじ!?』
つい、言ってはいけない事を口走ってしまった。
『それでは皆さん、HRを終わりますが、この先の学校生活でも色んな事があるので、素敵な恋ができるといいですね~♪』
『!?ちょっと待って先生!樽井先生!!本気で俺は愛香の事が大好きなんだって…じゃ、違っ…』
ヒューヒューと囃し立てる口笛の音色をバックに、俺の高校生活初日は終わった。
「あああああああああああああああああああ……」
思い出しただけで自分が何をしでかしたのか、恐ろしくてたまらない。
「愛香のツインテール部」なんて、普通は条件反射で書けるもんじゃないのだが。
俺の中で愛香の存在が予想以上に大きくなった事が招いた悲劇だった。
「おかわり」
まだコーヒーにすら手をつけていない俺とは逆に、いつの間にかカレーを平らげた愛香が早くも二皿目に突入する。
というか、俺の手つかずなカレーを横取りして食べているのだが。
「さっきも言ったけど、そーじがあたしの事好きでいてくれるのは凄く嬉しいのよ。でも、あそこでテンパりすぎちゃダメでしょ」
「テンパってるの分かってたならフォローしてくれよぉ…!」
考えるだけで思わず泣きそうになる。
「アンケートはあくまで現段階での希望調査なのよ?『自分で作りたい同好会が他にあれば書いてください』って補足はあったけどさ、そこまで自己主張する生徒なんているの?」
「ううっ……」
「少なくとも、あたしはそーじが書いたような事をアンケートに書かない自信は十二分にあるわ」
「大した自信だな、張る胸なんてねーぶぇぇぇっ」
ジョークのつもりだったのに、殴られました。
「あたしのコンプレックスなんだから、そんな事言わないでよ」
「ジョークのつもりだったんだよ、ジョークの!俺は愛香の胸が一番好きなんだって!」
「そーじ…………じゃなくって、あたし達の関係もクラスのみんなにバレちゃったわけだし、こういう時はポジティブに考えるのが一番よ」
「いやいやいや、あの後、俺、クラスメイトから、『津辺のどこに惚れたんだ?』とか『いつから付き合い始めたの?』とか『お前絶対ツインテールも好きだろ?』とか質問攻めにあったからな!?明日もその路線で確定なんだよ…って、俺の分まで食べ終わったのか、愛香…」
気付かない間に俺の分のカレーまで食べ終わった愛香。
そんなに食べるのにどうして胸に栄養が行かないのか、本当に不思議だ。
そう、考えていた時だった。
「……!?」
ふと、背中に悪寒が走る。
悪寒がした方向に目をやると、女性客が一人座っていた。
店は母さんが締めたはずなのだが、もしかしたらその前に来店していて、偶然母さんが忘れていたのかもしれない。
それにしても、こちらをずっとちらちら見ているような気がするのは、気のせいだろうか。
「ちょっと、そーじ…」
「ん?…あ、ごめん…」
いつの間にか、手が無意識に愛香のツインテールを触っていた。
青みがかった、黒くて、美しいツインテールと顔を赤くした愛香のコントラストはやっぱり最高だ。
「癖なんだよな。こうしてると、凄く落ち着くんだよ…すまん」
「そーじ…もっと触ってもいいのに」
「え?本当か?」
「最近触ってくれる事があんまり無かったから…ほ、ほら、デートの時とか…その…い、営んでる…時ぐらいしか…」
両手の人差し指をつつき合わせながら、愛香が生々しい事を話す。
「じゃ、じゃあこれからも…ずっとツインテールを保っててくれよ?俺が触る為にも…」
「う、うん」
愛香としっかり約束を交わした。
このツインテールを失ったら、もうどう生きていけばいいのか分からない。
「…!?」
また、悪寒がした。
先ほどよりも強烈な物が背中を走る。
「どうしたの?そーじ」
「いや……」
言葉に詰まるが、そこで愛香もようやく気付いたようだ。
「え?嘘…?全然気配なんて感じなかったけど…?」
お前日頃から周囲の気配を察知しつつ生きてたのかと、愛香にツッコミたくなったが、怪しげな女性客が気になって仕方ない。
まだこちらをちらちらと見ている。
その女性とついに目が合ったが、椅子を反転させて、逆の方向を向いてしまった。
愛香の方に目をやると、やはり警戒しているようだ。
すると、その女性は姿を隠すように、持っていた新聞紙を広げた。
(ぷすっ)
直後、その新聞紙に穴を開けて、こちらの様子を窺ってくる。
「…もう気にしないでおこうぜ」
「うん」
愛香も関わるのは危険と判断したようだ。
ところが、その矢先、突然女性が立ち上がった。
そして、こちらに向かって歩いて来る。
女性は俺の真横まで来ると、何故か俺にだけ微笑みかけてきた。
「…相席、よろしいですか?」
「いや、待て待て待てぇ!!」
我慢しきれなくなったのか、愛香がツッコむ。
正直な所、俺もツッコミそうにはなったが。
「はい?」
首を傾げながら、笑う女性。
愛香が物凄い目で彼女を睨んでいるが、それも全く気にしていないようだ。
「誰よあんた!」
「お構いなく~」
「かまうわよ!」
「私はこちらの方に用がありますので」
「俺!?」
俺に用なんて、一体どんな用なのか、考えがつかない。
「そーじに用って、一体何考えてんのよあんた!大人しそうな顔してるくせにおっぱい目立つ服着て腹立つし…谷間にストローぶっ刺すわよ!」
「落ち着け愛香」
恐ろしい恫喝をする愛香をなんとかなだめながらも、俺は目の前の女性に気を取られていた。
いざ近くで見ると容姿が凄く綺麗だったのだ。
染色したとは思えない、純銀の髪。
長い睫毛と蒼く光る瞳。
すっきりとした鼻筋に淡い桃色をした唇。
そして、けしからん体。
年齢は俺達と同じぐらいに見えるので、愛香が可哀想だ。
服装も谷間を強調する際どい上着に白衣を羽織り、下は何故パンツが見えないのか不思議なほどのミニスカート。
スカートからすらりと伸びた脚は、そのコーディネートに絶対的な自信を持っているからという事の裏返しだろう。
しかし…惜しい。
さぞやツインテールにしたら、物凄く似合うはずなのに。
「いって!…何すんだよ愛香」
「ふん、だ」
「ごめんって…怒らないでくれよ………ん?」
そんな事を考えていたら、愛香にストローでこめかみをつつかれた。
愛香は俺が女性に見とれていたのに怒っているのか、ぷいっと横を向いてしまう。
とりあえず、愛香に謝っておこうとしたその時、小さい声ではあったものの、邪悪な笑い声が聞こえた。
まさか…と思ったが、これほど綺麗な女性がそんな笑い声を上げるはずがない。
「えっと、一体俺達に何の用があるんだ?」
背中に悪寒を感じて、席の後ろに詰める。
だが、女性は更に距離を詰め、そして、こう言った。
「はい、貴方に大切な用がありまして」
「…大切な……用…?」
この女性が発した、大切な用。
それが予想以上の危機だという事を俺はまだ知らなかった。
今回はまだまだ序の口ぐらいのいちゃいちゃ成分でした…
書いてる本人の総二×愛香成分が不足してます。
オリジナルも混ぜ込んでいちゃいちゃさせないと……
さて、次回は赤い勇者、登場です。