ソードアート・オンライン ~一閃の両手剣~    作:七海香波

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 どーも、全作品を通して今までで書いた話の中で一番長い今話です。
 それではどうぞ。


第五話 森林を駆ける隕石

 俺が剣を振り始めて三週間が経過した。

 そして約千人がアッサリと死んだ――らしい。

 

 というのもここ最近まともに話した相手がNPCしかおらず、キリトは基本攻略に関すること以外メールしないし、伝えてくれたリズベットも人から聞いた話らしいしハッキリと言い切ることも出来ないのだが。

 どうやらデスゲームと発覚してからの一週間後までに《はじまりの町》を発った者達の多くが無謀にもソロで突き進んだようで、途中途中で初めての敵の攻撃をに戸惑って沈んでいったのだとか。……それはそれで仕方無いのだが、それにも構わず馬鹿が何も学ばずに同じ事を繰り返し続けたことで今の結果に至ったらしい。

 

 それを聞いた俺は真っ先に思った――学習しろよお前ら。

 

 相変わらずソロで突き進んでいる俺が言える事でもないのだが、俺は一応先のことも鑑みて、(キリトに聞いて以降は)慣れた相手で金・経験値を稼ぎつつ装備を強化してから新たな敵へと挑んでいる。つまり最低限の安全マージンは取っているのだ。

 死んだ奴らはそんなことお構いなしに初期武器で突っ走った結果そうなったのだろう。実際モンスターの見た目は想像通りであるから、大方今までのゲームと大した変化はないと思い込んでいたのかもしれない。仕方無いと言えば仕方無いのだが……。

 

 いや、暗い話はここまでにしよう。考えているこっちの頭も暗くなってくる。それよりも今俺に取って最も重要なのは、そう。

 ここへ来てようやく、《両手剣》スキルが解放された事だ。

 《片手剣》スキルの熟練度が百を超えた頃にピロンッとログが更新されたかと思うと、『新たなスキルが解放されました』と来たので早速スキルツリーを見てみれば、新たに《両手剣》《細剣》の文字が浮かび上がっていたのだ。

 それを見たときはダンジョン内にも構わず、つい「っしゃぁぁぁ!!」と大声で叫んだものだ。お陰で《威嚇(ハウル)》紛いの判定を喰らったらしく、その後しばらく襲いかかってくるMod相手に散々剣を振るハメになったが。他と違って死ななくて良かった。正直かなり焦ったね。

 

 

 うん。やっぱり俺も十分馬鹿だ。

 

 

 で、今俺は最近拠点にしている村《アリステ》の武器屋のリストを見つつ悩んでいるのだった。

 手元に浮かんだ販売リストの中には様々な武器が並ぶ中、両手剣を表すアイコンの横には《アイアンブレイド》の名が表示されている。これを買うかどうかの問題が現在進行形で俺を悩ませている。実は先ほどキリトにメールで聞いたところ、もう少し進んだ先の村で《アニールブレード》と同クラスの純レア両手剣が手に入るかもしれない、との事らしいのだ。

 ここで買ってそれを手に入れるまでに少しでも熟練度を上げておくべきか、それともコルの消費を少しでも抑えてポーション類に費やした方が良いのか。実に迷う。熟練度は基本的に剣で敵を斬った回数で増えるのだが、両手剣はその名の通り両手で持つ剣。当然一撃の威力に比例して振るう回数は少なくなってくる。早い話が、熟練度が上がりにくい。

 

「あー、どうするかねぇ……」

 

 頭の後ろをポリポリと掻きながら、今の剣を眺める。

 腰に下げた《アニールブレイド1(正確さ)(鋭さ)》は、まだまだ働き盛りだと言わんばかりに鈍い輝きを放っている。ここに来るまでに既に+2の強化を済ませただけあって、あの女性から受け取った頃より僅かに刀身の色が深くなっている。これはこれで捨てがたいのだが……。うーむ。

 ……やはり止めておくべきだろうか。

 僅か三週間とは言え、ここまで一緒に戦ってきた剣を一旦すぐに廃棄しそうな店売りの剣に変えるのは、この剣を託してくれたあの女性に対しても失礼な気がする。唯のNPCだが、この剣を受け取ったときに彼女が浮かべた表情は確かに嘘ではない――なんとなく、そんな気がした。

 

「悪いが、やっぱり止めておくよ」

「そうかい!それじゃあまたな!」

 

 店主の声と共に、ウィンドウが淡い音を立てて消滅する。人の良いNPCの彼は、結局何も買わなかったにもかかわらず笑顔を向けたままだ。

 そんな彼の様子を視界から外し、俺は次の村へと向けてまた足を踏み出した。

 

 

 

 ――三時間後。

 徐々に埋まりつつ有る第一層のマップを開きながら、こちらではスタミナ切れがないことを良いことに、俺はマップ上に付けたマーキングの位置に向けて全力で走り続けていた。

 途中途中で挟まるMobとの戦闘をもはや慣れた手つきで潰しつつ、キリトに教えて貰った林の中の村――《キリア》へと向かっていた。ちなみに、このあたりに出没するのは主に狼系モンスターで、下手に群れのボスを取り逃がすと大勢の仲間を引き連れてしまう。だから群れと遭遇した場合、真っ先にボスを一撃で潰さなければならないのだが――どれがボスか、分かるわけがない。

 キリトによれば、ボスは少しだけレベルが高いらしいのだが……《索敵》スキルを取っていない俺には相手のレベルなど分かるわけもない。唯一見ることの出来るカーソルの色も、俺に取ってはどれも同じにしか見えない。ボスは恐らくレベルが1、2上なんだろうが、そんな細かな色彩の違いを見抜けるとでも?はっ、そんなのは俺には無理ですよ。えぇ。

 

 と、そんなことを考えていても何も始まらないし終わらないので。

 そろそろ現実をみるとしよう。

 俺はそっと首を回して、後ろの様子を見る。

 身体の横を流れていく林の木々の陰、その隙間の所々に見える灰色の陰。四つ足で駆けるその陰は、ハッハッと荒い吐息を吐き出しながら執拗に俺の後を付けてくる。それを見て、俺は口を開き、

 

「いい加減着いてくんなよこの駄犬どもがッ!うっとうしいんだよ!!そんな俺を囓りたいのかよオイ!!」

 

 ついついそう叫んでしまう。だが、そんな俺の叫びに応えてくれる相手はおらず、声は虚しく林の中に吸い込まれていった。強いて言うなら、陰――狼型モンスターの遠吠えだけが、答えたとでもいうように返ってくる。

 それを聞いて、顔を前方へと戻し、俺はまた足に全力を込めて地面を蹴る。

 ……。

 

「クソ、なんでこうなるんだよもう!!」

 

 二十分ほど前に偶然にも出会った狼を取り逃してしまい、現在俺は――敏捷値ゼロなりの全力で《キリア》に逃げていた。一体一体相手にしていたら、その間に全身がガブリと噛まれてしまいそうで……ここしばらく、ずっとその事を考えては身震いしながら足を動かしていた。。

 走り続けて二十分、もういい加減精神的に限界である。

 俺を表すカーソルと村を示すマーキングの距離的に、もう少しだとは思うのだが……。まだか、まだかと思うほど余計にこの距離が長く思えてしまう。

 そんな俺の目の前には、ようやく建物らしきかやぶきの屋根が見えた。

 

「っしゃあァァァ!!!」

 

 あと10歩、8歩、5歩――0歩。

 村らしき建物の集合体へと踏み込んだその瞬間、《Inner Area》の表示が視界に映し出される。それを確認した俺は、次の瞬間踵でブレーキを掛け、身体を翻して迫ってきていたハズの狼たちの方を見る。

 奴らはどうやら圏内には入ろうとしないらしく、境界線の間を少しうろうろしたかと思えば、すぐに背後の林へと消えていってしまった。

 

「ぜぇ、ぜぇ……」

 

 脅威がいなくなったと思ったら、急に疲労が身体に押し寄せてきた。息が切れ、両手を膝に付けて荒い呼吸を繰り返す。もう少しで死ぬかもしれなかったと思えば、更に心臓がドクンッと強く暴れる。

 思わず尻を地面につけ、俺は両足を伸ばしてその場に座り込んでしまった。ふと顎を上げてみると、上空にはまだまだ青い空が浮かんでいる。片手間にメニューを開いてみると、時刻は現在午前十一時半。大体昼頃だった。……ついこないだまではまだ授業をボーッと受けていた時間だというのに、今や命を駆けて地面を走り回るとはなぁ。

 そのままタップリ五分間その場に居座って休憩した後、俺は目的に人物がいると聞いた村の中心部へと向かった。村のイメージはどこか森の民と言うべきもので、感覚としてはMH3Gの村のような物だ。当然同じように武器屋や雑貨屋も存在している。

 そんな多くのNPCが歩いている村の中を進み、俺はようやく目的のNPC(人物)へと辿り着いた。

 一つの建物の壁にどっしりと背を預けている、小さく禿げた頭の下には鋭い目が光っている一人の老人。黄色いシャツの上に青い作業着を羽織って立っている。左腕には分厚い手袋を嵌めており、何よりも特徴的に映る――その腰ほどの高さまである、鉄鎚(ハンマー)がその存在を主張するかのように突き立っていた。

 俺がその側まで近寄ると、老人は閉じていた瞳を片方だけ開けてこちらを見る。その頭の上にはクエストの開始地点である証の、黄色い《?》が浮かんでいる。

 

「どうも、そこのお爺さん。何してるんですか、そんなところで」

 

 そう話しかけた瞬間、鋭く閃いた老人の腕が俺の手をガッシリと掴んだ。その手はヤケにガッシリとしていて、ふと、現実世界で運動部の奴らに囲まれたときのことがフラッシュバックする。

 ――もしかして、コレ相当面倒なクエな気が……。

 その手を感じ取った刹那、そんな思考が頭を過ぎった。

 

 

 

 

 

 ――最近の連中は碌なモンじゃないわい。剣を握ったかと思えば、すぐに頭を振って村に戻ってくるんじゃからのう……。

 ――儂が若い頃は誰もが城の先を目指して剣を握ったものじゃ。やがて人は新たな村へと辿り着き、そこで新たな命を宿す。

 ――力尽きた者の剣はそこで立派な墓標となり、やがては風と共に消えてゆく。それこそが剣士の最後なのじゃ。

 ――少年よ。貴様もその背に鋼を背負う剣士であるのなら、頼みが有る。

 

「馬鹿共が去り際に捨てた剣を回収してきてくれ、ねぇ……」

 

 クエスト《老匠の願い》。内容は、この村の周囲に散らばった計七本の剣を回収して老人へと返還すること。それだけ聞けば意外と簡単なのだが……。ちょっと考えれば、そんな簡単に終わるわけがないと分かる。

 《アニールブレード》を手に入れるために必要な胚珠は、かなり出現率が低い花付きのネペントからしか出ない。今回も同じような納品クエとはいえ、同クラスの武器が出る以上半端な時間では終わらないだろう。

 つまり、これから俺は剣七本全てを揃えるまで延々と村の外でMobを狩り続けなければならないというわけだ。……いや、流石に寝るときは戻るけれども。それでも、時間が掛かることを前提にクエを進める必要が有る。せめて数体討伐とかだったら良かったのだが……仕方無いか。

 俺は村の雑貨屋で昼飯代わりの黒パン(1コル)を買い、ついでに武器屋で剣の耐久値回復を済ませてから、一時頃に林へ向けて出発した。意外と遅いのは、爺さんの話が長かったせいだ。なんで武勇伝から始まったのやら……話のポイントは最後の数行だけだったのが作成者の悪意を感じる所だった。

 

「ったく、面倒だけどやるしかないよな……」

 

 村の外に出た俺は、両腰に剣を携えて早速爺さんの言っていた剣を探しに林の中へと入っていた。所々にいる狼を《隠蔽》スキルで避けつつ地道に林の探索を進めていく。お陰で僅かながらもスキルの熟練度は上がっていく。

 最も、動く数字は小数点以下第一位の桁なので、全然成長を感じることは出来ないのだが。

 自身のジワジワと上がっていく熟練度の表示を眺めつつ探していくと、三十分後、ようやく始めの一つを見つけることが出来た。見たところ俺が右に装備している、店売りのアイアンソードの様だ。

 そう言えば耐久値って減らないのかね?所有者がいない剣は出しておくと自然と耐久値が消失していく物のハズだが……。いやどうでも良いんだけどさ。

 それよりも問題なのはアレだ。どう見ても剣を護るかのように周囲を歩き回る、狼型モンスター計五体。恐らくあれらを倒さないと剣を手に入れるのは難しいだろう。

 というか、もしかして剣を手に入れるのに避けては通れない戦闘ってやつか?

 

「めんどくさ……」

 

 ハァ、と小さく溜息をつく。

 恐らく、いや絶対にここだけではなく他の六本も全部こんな感じになっているだろう。それで下手すれば一匹づつ増えるとかもあり得るかもしれない。

 どう考えても数時間では終わらなそうな予感が俺の頭を過ぎる。だって探すのにも時間が掛かる上に、一体一体仕留めるのにもまた時間が掛かるに違いない。

 

「ソロでやる奴の事もう少し考えてくれよ……」

 

 明らかに勝手な言い分だが、言った所で始まらない。

 腰に帯びたアニールブレードをそっと引き抜く。ちなみに二刀流は開始初日に面倒になったんで止めた。一々持ち変えるのとか、よく考えたら無駄に集中力を裂いているだけだったりするのだ。

 

「五体だし、《隠蔽》で隠れつつ二、三体同時撃破出来る時に攻撃するか。一体づつ相手するのより気が楽だろうし」

 

 俺は草むらの陰にしゃがみ、スキルを立ち上げる。

 視界の下にはレートが表示される。別に高くもないのだが、それでもモンスターは気付かずに目の前を素通りしていく。

 そのまま十分ほど待つと、ようやく二体が交わるように俺の前を通りかかる。

 瞬間、俺は素早くソードスキルを立ち上げて去り際の二体を薙ぐようにして一気に斬り捨てる。どうやら上手くヒットしたようで、一撃でモンスター共は死んだ。

 同時に残り三体の上のカーソルが敵を示す色に染まっていき、奴らはこちらに向けてうなり声を発し始めた。モンスターだからといっていきなり襲いかかると言うこともなく、軽くを様子をうかがう動作を見せた。だが俺はそんなの知るかと言わんばかりに次のスキル《バーチカル》を立ち上げて目の前の新たな一匹を襲ってくる前に斬る。別に待つ必要はない訳であるので、問題はないだろう。

 幾ら初期技とは言えソードスキルを発動させたので、僅かに硬直する。そこに残り二体が一斉に飛びかかってきた。二体は俺の腕と足に噛みつき、ガブリと牙の感触を中に伝えた。同時に俺のHPバーが僅かに減った。

 それでもお構いなしに俺は硬直のとけた瞬間、剣を腕についた狼の鼻の頂点に刺し、足に付いたもう一体の目に空になった腕で目つぶしを見舞う。どうやらモンスター相手にも目つぶしは効いたらしく、狼はギャン!と叫んだ後に顎を離す。そこにソードスキルをたたき込む。

 

「っと、これで終わりか」

 

 若干痛みの残る腕をぷらぷらと振りつつ、俺は剣の下へと近づいてそれを思いっきり引っこ抜いた。試しに剣の腹をタップしてみると、《アイアンソード+1》と表示される。

 

「強化済みなのか。へー、どうでもいいな」

 

 強化を施してあったことを少々意外に感じながら、俺はそれをストレージに仕舞った。

 で、これが後六本。一本に掛かる時間が四十分だとすれば、残り二百四十分……四時間も俺は森の中を彷徨わなければならないらしい。

 

「……これも両手剣を手に入れるためだ、うん。必要な対価だと考えよう」

 

 早速心の底にめんどくさいなという感情を芽生えさせつつ、俺は早速次の剣目指して歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――これで、五本目。

 

「せ……あァッ!」

 

 青い光を描くソードスキルが、五本目の剣の守り手(ガーディアン)の首を貫く。

 つい先ほどまで満タンだったHPバーが右端から一気に左端へと減少し、リーダー格の狼は高い音を立てて砕け散った。

 

「うし、剣ゲット、っと」

 

 《アニールブレード》を左腰の鞘に納め、俺は近くに落ちていた剣の側へと歩み寄る。もはや慣れた手つきで地に突き立っていた両手剣を引き抜き、その腹をタップする。《アイアンブレード+1》。ここまでに拾い集めた武器と同じようにそれをメニューを操作して、開いたアイテムリストの中に収納する。

 リストの下方には、ここまでに集めた武器がずらりと並んでいた。《アイアンソード》、《アイアンランス》、《アイアンアックス》、《アイアンレイピア》、《アイアンブレイド》。それぞれ名前の横に+1と表示されている。

 

「見事にバラバラだな……。こうなったら残りの一つはハンマーとかメイス、カトラス……いや敢えてシールドかもしれんな。シールドが突き刺さってるシーンとかどう考えても想像出来んが」

 

 ここに来るまでたまたま見た青髪のプレイヤー、そいつが背負っていたカイトシールドがシンプルに地面に立っている姿を想像する。うん。何か違う……気がする。

 

「いや俺がどうのこうの言うことじゃないが、さすがにそれはないだろ。爺さんも剣って言ってたしな」

 

 果たして斧や槍が《剣》に入るかどうかはさておき。

 頭に浮かんでいたイメージを消去し、最後の剣を求めて俺は次の敵を探しに歩き始めた。

 

 現在の俺のレベルは6、スキルスロットは三つに増えている。《片手剣》と《隠蔽》、あと一つは――《聞き耳》だ。キリト曰くソロで行くなら《索敵》を取るべきらしいのだが、それじゃあ余りにもつまらない。

 そう、人と違うことをしようとしてこその俺だろう。

 というわけで俺が取ったのは、《索敵》同等の働きを持てる《聞き耳》スキルだった。《索敵》のようにマップ上で対象の位置を追跡したりは出来ないのだが、感づいてからでも対処出来る距離は《聞き耳》でも十分カバー出来る。それに《聞き耳》は《索敵》と違って一々マップを確認する必要は無い。開きながらでも戦闘出来ないことはないのだが、ちょっと邪魔だ。

 日が差し込む森の中、近くにMobが存在しないのを確認した俺は近くの木に背を預けて目を閉じる。視界が暗く染まり、代わりに音だけの世界が水面に打った波紋のように広がっていく。

 シン、と静まった森の中。時たま背景として聞こえる小鳥のさえずり、木々のざわめき。

 その中に点を打つように存在するMobの足音を集中しながら探していく。

 前方――知覚圏にはいない。左右にも――反応無し。後方には、それらしい音があっても一、二体がポツポツと歩いているだけだ。恐らく俺のクエストには関係がない。あの老人の求める剣を探り当てるには、狼が最低五、六体出現していそうなポイントを浮かび上がらせる必要が有る。

 しかし、どうやら今の俺が分かる範囲には狼の群れは存在していなかったらしい。

 

「……倒したばっかりでその近くに現れるとかは、やっぱりないか」

 

 俺は目を開けて木の幹から背を外す。

 少しの間耳に集中を傾けていたせいか、差し込む陽の灯りが妙に眩しい。片手で光を遮るようにしながら、俺は一旦町の中に戻ることを決めた。

 流石に五つの群れと衝突する必要が有ったのに加えてその他の通常モンスターとも戦わなければならなかった――と言うより、レベルを一つでもあげるために一匹残らず狩ったために剣の耐久値がそろそろ危なくなっていた。一応サブ武器としてまた《アイアンソード》を残しているのだが、コレはあくまでサブであって、《アニールブレード》を持った感覚が残っている上で振るのは少々危険が伴う。

 残り一つの群れとも闘うのなら、少なくともこの剣の耐久値はフル回復させてやらねばなるまい。万が一折れてしまえば、アイアンソードを取り出す一瞬の隙を狙われてしまう可能性も有る。

 手元にマップを開いて大体の方向を確認しながら、俺は道すがらモンスターを狩って《キリア》へと戻っていった。

 

 

 

 

 武器屋で耐久値を回復させ、昼飯に黒パンを囓りつつ、俺はすぐに森の中へと再度繰り出した。戻って回復してすぐに出発というのもなんだったが、何となく気分が良いので、その気分の間に残り一本を回収しておきたかった。

 新品同様の切れ味を取り戻した剣を腰に下げながら耳に届く音を聞き分けつつ、森の中を突き進む。

 途中途中に発生する狼やらを斬って地味にコルを稼ぎつつ、ひたすらしらみつぶしに発生しそうな場所を潰していく。こっそりと近づくたびに隠蔽スキルを使っているため、こっちのポイントも僅かながら上昇しつつある。《片手剣》は《両手剣》を取ったらどうせ無に帰すため、気にしない。

 

「――お、いたいた」

 

 そしてようやく、最後の一本を見つけた。ちょっと前に散策したときにはなかったはずの開けた空間に、計六匹の狼がぞろぞろと徘徊している。

 肝心の剣は空間の背後に聳え立つ立派な木の幹に突き立っており、その前に守護者のような雰囲気の漂う白い狼が鎮座していた。明らかに今までとは違う。周囲とは一線を画したオーラを持つ、ここら一体の地域(エリア)を締めるボスの様に見える。

 相手の頭部に目を凝らすと、その上には《Silveric Wolf》――《銀狼》の意味を持つ英語名と、二段のHPバーが表示される。……やはりシステム上でも周囲の狼とは違うように扱われているらしい。

 

「計七体か……あの白を避けつつ一匹一匹駆逐していくか。回避メインで確実に削っていくべきだろうな」

 

 腰の鞘から剣を引き抜き、今までと同じように構えてソードスキルの構えをとる。

 確実に仕留められる一匹が通りかけた瞬間、剣を握る手に一際強く力を込める。後はシステムアシストに素直に身を任せ、自身の動きで前方へと飛び出しつつ――俺は片手剣技《バーチカル》を放った。

 

「ギャオンッ!」

 

 目の前の一匹は見事に首元にクリティカルヒットされ、その場で青いポリゴン片となった。それと同時に、残り五体の照準がこちらへと合わせられる。彼らはジリジリと俺を取り囲むように動く。

 その様子を眺めながら、目の前の白い狼はゆっくりとその腰を上げた。その赤い瞳でこちらを睨み、口元を振るわせて小さく唸る。そしてその首を天へと掲げるように真上へと差し出し、口を開いて――咆哮。

 

「ウ――ウオォォォォォォーンッ!!」

 

 辺り一面の大気が振動し、木々が一際大きく身を震わせる。

 周囲の狼も同調したかのように続いて小さく遠吠えを吹いた。

 一瞬で彼らの色に染め上げられた戦場。その迫力に軽くこちらが気後れした。しかしここで押されては、何故か、負けてしまうような予感がふと頭を過ぎる。

 その瞬間、右手に握った《アニールブレード》が自己主張したかのように、その重みが増した……ような気がした。不確かな気持ちで戦いを挑もうとした主人の背を押そうとでもしたのだろうか。

 そんなわけはないと思いつつ、俺は密かに心の中で剣に語りかけてみた。

 ――さあ、一匹残らず斬り飛ばそうぜ。

 それに答えるように、剣と腕が最も良く馴染んだかのような感覚が身に趨る。……まさか、ね。ふとそんなオカルトなことを考えつつ、俺は右手に握った剣を構え、勢いよく正面の一体目がけて走り出した。

 

 俺の初動を見て、五匹の内二匹が同時に俺の斜め左右から近づいて来る。他三匹は動かない。銀狼も少しづつ俺を中心として回るように動き、隙をうかがうかのように攻めては来ない。

 それを見て聞き取って、まずは手始めにこの二体を葬るためのソードスキルを立ち上げる。互いの距離を縮めながら、剣を横に引き、そこから発射するようにして水平切り――《スラント》を発動。光が単純な軌道を描き、剣先が丁度右前方の狼の弱点である鼻先を的確に斬り裂いた。そいつのHPバーがゼロになるのを見届ける前にもう一体へと剣を届ける。薙ぎ払うような軌道となっていたソードスキルに若干逆らうように手首を左へと折り曲げ、その勢いを保ったまま、剣を切っ先から狼の胴体に食い込ませる。もう少しで俺に届いたハズの狼のアギトは悲しくも僅かな差で俺に届くことなく、淡くその場に散ってしまった。

 

「オンッ!」

 

 それに続いて、今度は三体の同時攻撃が俺を襲う。二体が一息に殺されたのを見て、残り三体も別々の方向から俺に近づいてきていた。今度は前方に縦に並んで二体、後方に一体。ボス狼は未だ動かない。

 二体をソードスキルで倒した俺の身体には、僅かながら硬直時間が課せられる。いかに下位の《スラント》と入っても、硬直時間が無いわけではない。ほとんどゼロに等しいものだが、それでも高い敏捷が特徴の狼モンスター共にとっては俺に噛みつくまでには十分だった。

 奴らが迫り来るのを知って、まず一撃では倒せないことを知った俺は次のソードスキルを発動させるべく、《スラント》を発動した右手の握力を緩めた。このスキルは最後に左手と右手が左腰で重なって終わる。そのため、その勢いを繋げてそのまま左手へと剣を手渡し、後ろに流れるように引き絞る――!

 

「おぉぉぉぉぉっ!!」

 

 このシステムの成功率は六十パーセント。システムが流れを作ってくれているとは言え、左手で剣を握るのは中々に難しいのだ。それでも今ここで成功させなければ死に直結するだろう事は間違いない。一応アイツラはこちらのレベルと大差なく、その上噛みつき攻撃を喰らえばしばらく離れない上に貫通持続ダメージを喰らう。三体同時にやられれば勢いよくHPが減っていくのは間違いない。

 そんな思いをくみ取ってくれたのか、システムは俺の動きを察知したらしく、左手のアニールブレードに光を灯す。その緑色の光は一旦俺の腕を身体と共に真上に高く振り上げた。がら空きになった俺の身体の前方で、先頭を走る狼が笑った気がした。

 しかしそこから重力による加速が俺の剣を包み込む。身体全体と剣の重さを兼ねたそれは閃くように勢いよく真下へと振り下ろされる――ザンッ。

 確かな手応えと共に、手前の狼の身体を真っ二つに斬り裂く。

 俺の前で狼は砕け、最後の攻撃と言わんばかりに青い吹雪の様に視界を遮った。その間を縫って迫る、もう一体の前方から近づいてきた狼の顔がそこに飛び込んでくる。白い光の中、目の前の数センチの所にそいつの顔が映し出される。

 即座に俺は手首を反転させ、剣を斬り上げた。アニールブレードが先ほどの軌道を戻るように地面から跳ね返り、そのままもう一体の狼の身体を裂いた。数秒の間に行われたそのソードスキルは光で空中にV字を描く――片手剣二連撃技、《バーチカル・アーク》。《両手剣》スキルらと同時に出現した、俺の新ソードスキル。

 

 と、衝撃。俺のHPバーが僅かながら減少する。恐らく背中の方の狼の攻撃がヒットしたのだろう。それでも目の前にいた狼は全滅し、残すは後方の奴と少し先でずっと俺の動向を観察していた銀狼。

 どうやら引っ掻くか突進のどちらかを喰らったのだろう。HPの減り幅は少々大きかったが、貫通継続ダメージは発生していないようだった。

 ソードスキルが終わったのを感じた俺は、少々長い硬直時間を強いられる。その間に潮力に集中し、見えないはずの後方の狼の動向を観察する。どうやら攻撃した後は一旦後ろに下がったらしい。互いの間にはある程度の距離が出来ていた。……ふう、ラッキーだったか。

 そして硬直が解ける頃には前方と後方に銀狼と通常狼が待っているという状況になった。

 剣を正面にかまえたまま、相手方の様子を注意深く見る。

 なぜここまであの銀狼が攻めてこなかったのかは分からないが、恐らくその理由は二つに一つ。

 システム上でソロプレイヤーのことも鑑みて、一度に襲いかかってくる狼の数が規定されていたか――それとも、単に弱者(通常Mob)と入り乱れた場合、己の強者たる力を十全に発揮出来ないからか。前者であればおそらく残り二体となった今、同時に襲いかかって来るであろう。後者であった場合、先に一体は仕留められるものの、残り一体となった奴の猛攻が始まるのか。

 ――考えていても、始まらない。

 瞬時に身体を返し、俺は後者に賭けて《スラント》を立ち上げて残り一体へと斬りかかる。向かってきた俺の行動に対して狼が取ったのは迎撃行動で、こちらに駆けてきたかと思うと、宙に跳び上がり、その口を大きく開けて噛みつきを仕掛けてくる。

 俺の胸の中心に向けて開いたその口を、身体の捻りも乗せた剣で力任せに引き裂く。

 

 そして、殺気。

 正確に言えば、剣を振り抜いた瞬間に感じた――背後に迫り来た狼の僅かな呼吸音が耳を打った。

 

「ぬぉっ!?」

 

 直感的にソードスキルを放った勢いに身を任せたまま、振り向きざまに転倒しつつのガードを選択する。中途半端に終了したソードスキルは硬直時間もなく、俺は正面に剣を横にして構え、空いていた方の片手を剣の腹へと添えて衝撃に備える。

 その選択は、正解だった。

 ――ガキィンッ!

 剣の腹の向こう側から火花が散り、金属同士が衝突し合ったような高い音が森の中に響く。押されたのは、こちら側。

 その音の源には、右前足の爪を振り抜いたように見える銀狼。

 その姿を見て、チッ、と軽く舌打ちをしながら今度はこちらから距離を取った。

 

「――マジかよ……ッ!明らかに他と比べてハイスペックだろ、コレ……」

 

 銀狼との間に空いていた距離は少なく見ても、普通の狼であれば詰めるのに二、三秒はかかる距離だ。それを、狼がHPをゼロにする攻撃を喰らったと同時に駆けて詰めるなど――どう考えても、敏捷値が高すぎる。それに剣に伝わった衝撃も、通常の狼たちと比べて非常に高い。極振りの俺でも押されるとか、どんなレベルなんだよ。

 

「おおおっ!!」

 

 今度はこちら側からダッシュし、狼へと向けて剣を振るった。これだけ敏捷値が高いなら、どう考えても隙のでかいソードスキルを使うのは禁止だ。自力で剣を振るって、少しづつHPを削っていかなければ。

 狼の方もこちらに駆けてくるが、突然方向を変えたかと思うと正面から真横へ移動し、俺の腕を狙って爪を大きく振り上げてきた。

 

「危なっ!?」

 

 突如目の前から消え失せた狼の足音が横から聞こえて来たことに気付き、剣を横に盾代わりにしてガードする。弾きざまに、空中では身動きが取れないだろうと、ついでに腹のあたりに蹴りを入れておく。思い水銀を蹴ったような感触と共に、ピッ、と数ドット分だけ狼のHPバーが削られた。

 余り上手く入らなかったのか、はたまた相手の防御が高かったのか。どっちにしろ、コレでは仕留めるまでにしばらく時間が掛かりそうだ。

 ――やったな、とばかりに地に降り立った狼が小さく唸る。

 

「(あー、面倒な)」

 

 これから費やされる防御と僅かな攻撃の応酬は、余裕を持って考えても三十分はかかるんじゃないのかと考えてしまう。

 俺はメニューを開き、ずっと空欄のままだった左手の欄に一つの防具を装備する。

 和鎧の一部だけを切り取ったような、薄い木の破片を何枚も重ねた四角盾だ。ここに来るまでの森の中の宝箱にあった物で、正直使うとは思っていなかったが、ここに来て剣の腹しか防御できるものはないというのは辛い。

 盾の握り手を強く握りしめ、俺は再度突進を開始した。

 

 狼が片前足を振り上げるような動作に入り、俺はその軌道上に盾を突き出す。丁度衝突するであろう位置を殴りつけるように、真っ向から相手の爪を迎え撃つ。

 木製にもかかわらず役割を果たした盾からはガィンッ、と金属とはまた違う音が響く。同時に狼の動きが若干ながら宙で止まる。その隙を狙って、俺は素早く剣を突き出した。アニールブレードの切っ先は狼の左前足をかすめ、僅かに切った。追撃を避けて、俺は確かなダメージを与えたことを確認しバックステップで後ろに下がる。

 これなら時間がかかりそうだが倒せるだろうな、そう期待が胸を過ぎる。

 

「(いや、でも、コレってもしかしてフラグか……?)」

 

 そんな馬鹿らしい考えも、同時に頭の中を過ぎった。

 

 

 

 二十分後、ようやく狼のHPバーの半分を割ることに成功する。すでにバーをみたすドットは黄色く染まっており、後四分の一を切ればオレンジ、八分の一を切れば真っ赤に染まる。その光景を予測して未来に希望を持ちながら、俺は再度迫ってきた狼へと迎撃の態勢を整えた。

 数パターンある爪攻撃も既に見慣れたせいか、余裕を持って対処出来るようになってきている。今回も同じように対処しようと、予測上の軌道へと向かって盾攻撃(シールドバッシュ)を繰り出した――しかし。

 

 瞬間、振りかぶった狼の爪に見慣れた光が迸る。

 

「ハァァ!?ソードスキルだと!?」

 

 後に知ることだが、この世界にも(クロー)系装備が存在しているのだ。

 とすれば、すなわちそこに属するソードスキルが存在していることになる。

 光を帯びた引っ掻き――否、斬撃が素早く迫る。当然それは単なる素早さのみならず、その威力までもが今までとは段違いだった。

 盾に直撃した狼の爪攻撃は互いに相殺し合うのではなく、一方的にこちらの盾を握った左手をはじき飛ばした。一応盾の裏の持ち手はしっかりと握っていたため盾を落とすことは無かったが、それでも大きく胸元が弱点としてさらけ出されてしまう。

 

 ――ヤバくね、コレ?

 

 守る手段を失った俺の身体に、遠慮無く狼の突進攻撃が突き刺さった。

 俺の身体は思いっきり吹き飛ばされ、空き地を突き抜けて一つの大木の幹へと激突した。

 

「ガハァッ!!」

 

 胸のあたりから空気が一気に抜ける。同時に俺のHPバーが、なんと二分の一にまで減少する。……嘘ぉ。

 俺は目の前の銀狼の事も忘れて、慌てて右手で腰のポーチを探ってポーションを取り出す。緑色の液体の入った小瓶の栓を片手で開けて、その中身を一気に煽る。うっ……不味い。

 中身を失ったビンが手の中で砕け散った。地面の横に置いておいた剣を握り直し、それを杖代わりにして立ち上がる。仮想の肉体が痛みで動かなくなることはないが、それでも俺の身体はふらふらとしていた。

 しかし、立たないと、このまま死ぬだけだ。

 再度剣と盾を構えた後、もう弾かれまいと一層強く力を込める。ついでに目の前の狼を睨み付ける。

 俺が構え終わった頃には既にソードスキルを立ち上げていた狼が、再度こちらへと迫ってくる。

 ――はははっ。

 

「一度喰らったらもうやられるわけないだろンの野郎!」

 

 この時の俺は、なんとなくキレていたのかもしれない。もはや防御ではなく、攻撃として盾を出す。近づいて来る狼の腕を防ぐのではなく身体を横にして躱し、胸の布防具を爪が僅かこするのを感じ取りながらその顔を――筋力値全開の裏拳で、鼻先から思いっきり殴りつける。現実世界なら下手すれば首の骨が折れるかもしれないその一撃を、躊躇無しに弱点へとたたき込んだ。

 

 ほんの少しだけでも命の危機を感じ取ったおかげで理性が飛んでいたのか、この時の俺は確実に防いでチマチマ削るなんて今までの指針を放り捨てて、ただ全力を狼のHPバーを削ることに注ごうとしていた。

 

 先ほどの俺と同じように吹っ飛んでいった狼の後を追うように駆けだして、木の幹に衝突した狼へと向けて追撃の《バーチカル》を立ち上げる。幹に磔になった狼のさらけ出された腹へと直線を描く光芒を放ち、それを受けてさらにのけぞった狼へと向けて、硬直が解けてすぐに追撃の剣撃を見舞う。

 視界の端では狼のHPバー残り半分からガリガリと削れていく。それに一切目を向けず、ただひたすらに狼の身体を俺は切り刻んだ。

 

「――!!」

 

 声にならない一種の狂気に満ちた声を上げて、俺は剣を振るい続ける。

 ――狼がもはや見慣れたポリゴン片となって消え去るまで、残り三十秒もなかった。

 

 

 

「――はぁっ、はぁっ、はぁーっ。あー、疲れた」

 

 狼が死んで緊張の糸が切れ、俺は剣を取り落としてその場にへたり込んだ。

 途中からもう無我夢中になって切り刻んでいたせいか、未だに戦闘を終えたという気分にはなれない。心臓が刻む鼓動が幻聴となって聞こえる。

 

「ははっ、動く気になれないな……マジ疲れた」

 

 そのままバタッと背を倒れさせ、全身の力を抜いて俺は地面の静かな冷たさを感じた。……もう起きたくない。このまましばらく休んでいたい。恐らくクエスト限定でシステム上作られたこの場は、俺が剣を抜いて出るまで消滅しないだろう。ならば、好きなだけゆっくり出来るハズだ。そうに違いない。

 そんな結論に至った俺の目は自然と閉じられる。

 流れるように俺は意識を闇の中に落とし、森の中に潜む他の情報を意識からシャットアウトして、眠りについた。

 

 

 

 

 目が醒めたのは夕方だった。

 うっすらと目を開けた俺が捉えたのは、層の隙間から差し込む夕日に染められた赤い空だった。黒いシルエットが鴉のように宙を飛び回っており、まさにそろそろ宿に帰る時間だと言うことを告げている。

 俺はゆっくりと背を起こし、その場でうーん、と腕を伸ばす。

 ふと周囲を見渡してみれば、俺の予測通りにこの場も剣も消滅せずに残ったままだった。

 足に力を入れてのっそりと立ち上がり、俺は幹に突き立っていた剣の柄を握って力強く引き抜いた。そしてメニューを開き、そこからアイテムリストへとしまい込んだ。表示名は俺の現主武装と同じ、《アニールブレード》。どうやら護っていた銀狼が一際強かったこともあってか、肝心の武器も相応のものだったようだ。

 

 俺はそのまま村の中へと戻り、続けて宿屋のベッドに倒れたい衝動を抑えつつ、爺さんのいる場所へと向かっていった。

 爺さんは村の端にあった一つの建物の前に最初に話しかけたときと同じように佇んでおり、俺が初めて話しかけたときと同じように、近づくと閉じていた目の片方を開けてこちらを見た。

 

「……どうも」

 

 俺がそう声を掛けると爺さんはこちらへと歩いてきた。

 

「もしや、儂の頼みを叶えてくれたのか?」

「ええ、まあ」

 

 どうすればいいのか分からなかったので、とりあえず手元から林の中で拾ってきた剣の全てを実体化させた。シャランッ、という音と共に計七本の剣が構成され、目の前の地面に突き立った。

 爺さんは軽く目を見開いた後、それら全てを一本一本丁寧に眺めた。

 まるで昔を懐かしむような、そんな瞳で。

 

「……ありがとうよ、親切な若者よ」

「いえ、どういたしまして」

 

 爺さんは剣を一つずつ拾い上げると、どうやら自分の家だったらしい後ろの建物の中にそれらをしまい込んでいった。

 最後の一本を仕舞い終えて出てきたときに、彼はこちらを見てこう言った。

 

「さて、頼みを聞いてくれた以上はお主にはお礼をせねばな。……そうじゃな、お主はこれからまた旅立つのじゃろう?」

「は、はい」

「ならばそれにふさわしい剣を贈るとしよう。たった今ここで、お主に剣を創ろうかの」

 

 すると、俺の目の前に突然ウィンドウが出現した。

 《作成する武器の種類を選んで下さい》――俺は迷わず、即座に《両手剣》を選択する。

 続いて、《素材を選択して下さい》――《お任せ》と《自身で選択する》の二つが最初に浮かび上がったので、《自身で選択》に触れる。するともう一つ同サイズのウィンドウが出現し、《心材》《基材》《添加材》の三つの選択肢が縦に並んで浮かび上がる。そしてもう一つ小さな、《心材を作成しますか?》との表示が出る。

 ……そこまで見て、細かい実際の説明を聞いていなかったことを思い出す。

 とりあえず自身が今どんな素材を持っているのか確認使用と、試しに一番上の《心材》に触れてみる。しかし、何も表示されていない。

 

「あの、すみません。《心材》って、なんですか?」

「名前に《インゴット》と付いている奴がそうじゃな。持っていないのであれば、今持っている武器を《インゴット》にすることも出来るわい」

 

 つまりそれが、《心材作成》なのだろう。

 今度はそちらをクリックしてみると、現在所有している武器の二つ、《アニールブレード+2》《アイアンソード》の名前が浮かび上がる。

 ……どう考えても《アニールブレード》しかないだろう。俺は自ら腰の剣を外し、素直に《アニールブレード》を選択する。不思議なことに、《決定》を押してもすぐに剣が爺さんの手へと消えることはなかった。俺は自ら持った剣をゆっくりと爺さんの差し出した手へと受け渡す。

 

「――ありがとうな」

 

 自然と、そんな言葉が口をついた。

 そんな俺の様子を爺さんは満足げに笑いながら、確かにそれを受け取った。

 そして剣を、家の近くに有った煉瓦を組んだ本格的な炉の上に乗せた。ゆっくりと炎がアニールブレードの刀身を浸食していき、やがて全体が一瞬炎に包まれた後、青白い光の固まりとなって収縮していき、長さ二十センチほどの直方体のインゴットへと変化した。

 爺さんはそれを手袋を嵌めた手で持ち上げ、俺へと静かに手渡した。同時に開きっぱなしだった《心材》のリストに、新たなアイテムが表示される。《スティフネス・インゴット》。やや青みを帯びた濃い灰色の金属塊だ。

 それをタップして《心材》の欄にセットし、俺は残りの《基材》に《プランク・オブ・アイアン》を、《添加材》に先ほど狩った銀狼からドロップした《銀狼の牙》を追加する。必要アイテム枠が全て埋まると、《0》と表示された費用と最後の確認である《YES・NO》の選択が出現する。

 俺は最後にウィンドウ全体を俯瞰した後、《YES》を押した。すると、爺さんの前にあった台の上に二つの袋が置かれる。俺は一緒に手にあるインゴットもそこに置いた。

 爺さんは素材の袋だけを炉の方に慎重に入れる。アイテムを包んでいたらしき袋は一瞬で燃えてしまい、肝心の中身も真っ赤に染まっていく。ここからはもう、爺さんの腕に任せるしかない。

 代わりと言っては何だが、俺はここからの作業を全てしっかりと見届けようと思った。

 やがてアイテムが全て融解してしまい、炉が眩い白の光を放った。爺さんはそこでインゴットを投入する。灰色のインゴットは炎と交わり有って、白く発光し始める。

 爺さんはインゴットが解け崩れるんじゃないのかと思うほどジックリと加熱を加えた後、分厚い手袋の手でそれを掴みだし、アンビルの上に置いた。右手に握ったハンマーを老体ながらも力強く握り、左手で狙いを定め、赤化したインゴットを叩き始めた。錆び付いた見た目のスミスハンマーは、高い音を立てながら振り下ろされる。

 キリトは言っていた、《ここの爺さんは良い武器を創る可能性もあるし悪い武器を創る可能性もある》、と。その良い武器の場合がアニールブレード以上、悪い武器であるなら初期武器のアイアンソード。大体の目安はインゴットを叩いた回数で、最短で五回、最大でベータテストの時は三十回、つまり《アニールブレード》だったらしい。

 爺さんは三秒に一回という緩慢なペースで鎚を動かし、未来の俺の武器を創り上げていく。

 五回――十回――十五回。最低限の回数を超えても猶、爺さんの手は止まらなかった。

 二十回を超えたところで、俺は息をのんだ。少なくともこのペースで行けば、《アニールブレード》クラスには届く。

 しかし爺さんの手は《アニールブレード》の三十回を終えても、未だ止まる気配を見せなかった。……つまり、俺の剣は少なくとも以前よりは上のクラスになるわけだ。一応素材としてはあれだけ苦労した、というか死にかけた《銀狼の牙》まで使っている以上、そうなっても不思議ではない。

 そして爺さんの鎚の音は――三十五回で聞こえなくなった。

 鈍く輝く灰色のインゴットがゆっくりと姿形を変えていく。長く、力強く、重く、鋭く。変化を終えるとインゴットは最後に大きく輝きを見せ、それが集束した後には今まで握っていた片手剣に比べて巨大な剣がアンビルの上に残った。まるで一つの巨大な金属塊を圧縮して創ったような、縁から鍔、柄にかけて全てが輝く鋼色の両手剣。

 

「……ほう、中々良い武器が仕上がったのう」

 

 爺さんは手袋を外し、一旦工房の奥に入っていったかと思うと、剣に似合うような黒い留め金を持ってきた。

 それを剣にガチャリと取り付け、俺に差し出してくる。

 

「ありがとうございました」

 

 俺はそれを受け取り、元々アニールブレードがあった場所へとそれを装着する。以前に比べて重量が増した剣は、ズシリと俺の身体に力強い重みを感じさせた。

 

「うむ。儂も久々に打ったが、ここまでのものが出来るとは思わなんだ。精々大事に使いなさい」

「そんなの当たり前ですよ……」

 

 最後にもう一回有り難うございました、と言って頭を下げてから、俺はその場を立ち去った。

 最初に爺さんと会ったあたりの村の中心まで来て、俺は腰に付けた両手剣を取り外し、タップしてみる。表示されたウィンドウに表示された銘は――【Sideritic(シダライティック・) Edge(エッジ)】。うん、Edgeは《刃》ってのは分かるんだが、シダライトってなんだよ。モンハンに出てきそうな鉱石だから、それっぽい意味だとは思うんだけどさ。ちなみに強化試行回数は――《12》。

 

「お、マジか!」

 

 強化試行回数だけで見るならば、一応アニールブレードは超えている。残りのATKとかはさっぱり分からんが、十分強い性能のようだった。これは非常に嬉しい。

 

「一体なにがどうなのかは知らんが、これはつまり、俺の普段の行いが良かったって事だな!……多分」

 

 その場で高笑いでもしてしまいそうな気分だったが、ふとプレイヤーでなくともNPC達がいることを思いだし、俺は慌てて頭を冷やした。

 

「……あ、後そう言えば……」

 

 そこでもう一つ重要な思い出す。

 剣を戻した後、右手を振ってメニューを開き、自身の取得しているスキルのリストを出す。その中の《片手剣》スキルをタップし、外側に浮かび上がった設定のうち一番下にあった《削除》を選択する。

 《このスキルを削除すると、熟練度もリセットされます》――再確認のボタンも《OK》を押し、俺のスキルからは《片手剣》は跡形もなく消え失せた。

 そして俺はスキルツリーを開き、その中から片手剣より派生している《両手剣》を選択する。《このスキルを取得しますか?》という表示に《OK》を押し、空欄となっていた最初の一つに《両手剣》の三文字があらたに組み込まれた。

 《両手剣》で最初から使用可能なのは、《ブラスト》《アバランシュ》の二つ。

 

「……ふーん、なるほどね」

 

 ソードスキルの動作を確認するためにスキルの説明を確認し、いざ試してみようと思って、気付く。

 

「あれ、もう夜か……」

 

 思い出してみればこの村に来たのは夕暮れ時だ。

 それから武器を作ってもらって性能確認やら何やらを済ませてみれば、空は暗く染まっってしまうのも当たり前だった。

 

「ま、確かに今日はもう疲れたしな。……休むか」

 

 俺は村の中の宿屋目指して、星明かりの下を新たな剣と共に歩き出した。

 

 

 




 あ、sideriteは《鉄隕石》って意味です。―icでその形容詞系です。

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